向井亜紀は、代理母出産で双子の男の子の母になった
タレントの向井亜紀(1964年11月3日 - )は、1994年にプロレスラーに高田延彦(1962年4月12日 - )と結婚した。2000年9月に妊娠と子宮頸がんが同時に発覚し、同年11月、子宮の全摘出手術を受け、胎児も失い出産ができない体になった。
向井は、夫・高田の遺伝子を残すために、2002年から代理母出産に踏み切った。2度の失敗を経て、3度目に妊娠に成功。2003年11月、31才でアメリカ人の代理母シンディ・ヴァンリードが、米ネバダ州の病院で双子を出産した。
代理母を認めていない日本では、生まれた子供たちの国籍は、アメリカであり、向井を母とした出生届を役所は受理しなかった。子供の戸籍をめぐる争いは3年以上続いた。2007年、最高裁は、“実子”とは認められず、双子は「日本在住のアメリカ人」とされた。2008年に家裁の審判で双子との間に特別養子縁組が成立した。
向井亜紀の代理母出産は、世間の注目を集めた。生まれた子供2人は『日本国籍』だけでなく、『アメリカ国籍』も持っている。二重国籍が原則的に禁じられている日本では、21歳までにどちらの国籍を選ばなければならない。その期限は2024年11月だ。
丸岡いずみは、体外受精した夫婦の受精卵を代理母が出産
元日本テレビアナウンサーの丸岡 いずみ(1971年8月6日 - )は、映画コメンテーターの有村昆と2012年8月28日に結婚した。自然妊娠したものの、10週目で流産。その後、不妊治療を始め体外受精により、妊娠したものの、再度流産。子宮内膜が薄いことによる「不育症」の疑いがあり、投薬治療を続けたが、副作用が強いことなどから、米国での代理母による出産を考えた。アメリカでは代理母が見つからず、2016年冬、ロシア在住の代理母と契約に依頼した。凍結保存した受精卵をロシアに運び、2018年1月に代理母が男児を出産。丸岡は46歳で待望の第1子を迎えた。
2021年7月29日に丸岡いずみは有村昆と離婚した。代理母出産で誕生した長男の親権は有村が持つ。
マイケル・ジャクソンの次男は、代理母を通じて生まれた。
マイケル・ジャクソンの3人目の子供、次男のプリンス・マイケル・ジャクソン二世(ブランケッド)は、2002年2月21日に米カリフォルニアのサンディエゴ近郊の病院で代理を通じて生まれた。代理母は、メキシコ人の看護師ヘレナ、30歳。マイケルは、ラテン系で白い肌を持つの美しい女性を選んだという。代理母出産では、親が望む外見などを持つデザインされた子供、いわゆるデザイナー・ベビーの誕生を可能にする。
ブランケッドが、7歳を迎えた2009年。6月25日にマイケル・ジャクソンは、自宅で心肺停止状態に陥り死去した。50歳没。
サッカー選手のクリスティアーノ・ロナウドが突然父親に
サッカー界のスーパースターで、ポルトガル代表のクリスティアーノ・ロナウド(1985年2月5日-)は、2010年7月にSNSを通じて突然父親になったことを発表、母親は公表されていない。長男は、クリスティアーノ・ロナウド・ジュニアと名付けられた。代理母による出産だったと言われている
2017年6月代理出産を介して男女の双子の父親になった。名前はマテオとエヴァ、代理母は米国西海岸在住の女性だという。
そして、交際1年の恋人ジョージナ・ロドリゲスが妊娠、アラナが誕生した。
ジョージナとロナウドは2021年秋、ジョージナが双子を妊娠していることを発表した。しかし、2022年4月、双子の1人である男児が生後間もなく亡くなり、もう1人の女児、ベラだけが助かったことを公表した。
同性婚したエルトン・ジョンは、依頼した代理母から子供を授かる
英ポップ界のスーパースターであり、最も有名な同性愛者であるエルトン・ジョンは、2010年12月5日に代理母出産で男児の親となった。名前は、ザカリー・ジャクソン・レボン・ファーニッシュ・ジョン。代理母は、米カリフォルニア州の女性だが、詳細は明らかにしていない。
2013年1月11日、ジョンとファーニッシュは、米ロサンゼルスの病院で代理母が出産した男児を2人の第2子として迎えた。名前は、イライジャ・ジョセフ・ダニエル・ファーニッシュ・ジョン。
男児はゲイカップルが代理母出産で子どもを持つことをサポートしているロサンゼルスあるエージェンシーを通じて、第1子のザッカリーのときと同じ女性が出産したという。
エルトン・ジョンとカナダ人の映画制作者のデービッド・ファーニッシュは、12年間の交際を経て、2005年に同性婚した。2009年にウクライナを訪問したジョンは、児童養護施設で出会った生後14か月の男児との養子縁組を希望したが、同性婚を認めていないウクライナでは、法的に養子縁組は不可能だった。
「代理出産契約」を結んだキム・カーダシアン
米リアリティ番組のスターとしてブレイクしたキム・カーダシアン(1980年10月21日生まれ)は、2013年にラッパーのカニエ・ウェストと婚約。2014年5月25日にイタリアのフィレンツェで盛大な結婚式を行った。2013年6月15日に第1子の長女ノースを出産。2015年12月5日に第2子の長男セイントを出産したが、どちらも癒着胎盤(胎盤の組織の一部(絨毛)が脱落膜を貫通して子宮の筋肉の 内側に入り込んでいる状態)を発症する難産だった。「これ以上の妊娠は危険」と判断したキムと当時の夫カニエは、代理母に妊娠、出産を依頼した。2018年1月15日に代理母が、第3子女児のシカゴを出産した。2019年5月10日には、第4子男児のサームは、代理出産で誕生した。
2021年2月19日、キムはロサンゼルス郡上級裁判所にカニエとの離婚を申請した。2022年11月28日に離婚が成立した。4人の子どもについては共同親権で合意した。
離婚届には両者の「和解しがたい不和」への言及があり、資産に関する婚前契約についての記載があったという。
泥沼離婚後に代理母出産を選んだアンバー・ハード
2017年に人気俳優ジョニー・デップと泥沼離婚したアンバー・ハード(1986年4月22日 - )が、2021年4月8日に代理母が出産した女児ウーナ・ペイジを第一子を迎えた。アンバー自身が妊娠・出産することが難しいと診断されたため、代理母出産を選んだという。
バイセクシャルであることを公表しているアンバー・ハード。
2022年 6月1日、ジョニー・デップとの名誉毀損裁判にで敗訴し、1035万ドル(約15億円)の支払いを命じられてた。
代理出産で第一子を授かったパリス・ヒルトン
元祖お騒がせセレブのパリス・ヒルトン(1981年2月17日 -は、過去3回の婚約解消を経て、2021年11月に作家兼ベンチャーキャピタリストのカーター・リウムと結婚した。コロナ禍の最中に体外受精の準備を始めた。2023年1月、代理出産で第一子となる男児フェニックス・バロン・ヒルトン・リームが誕生した。
パリス・ヒルトンは、ブランド商品の売り上げや香水の大ヒットなどにより、彼女の年収は8億円以上とされている。そして、唯一代理母から生まれた子供の写真を公表している。
SNSに投稿された代理出産で生まれたフェニックス君。写真を見た読者から「赤ちゃんは頭が大きい」と心配のコメントが書き込まれた。パリスは、投稿に「私のエンジェルは完璧に健康」と反応。コメント欄に「この世には病んでる人がいる」など怒りをあらわにした。
日本国内においての代理母出産
現在の日本では、日本産科婦人科学会、日本学術会議などにより代理母は禁止されている。日本国内での代理母出産は原則として行うことができない。米国の一部の州、ロシア、ジョージア、ウクライナは商業的な代理出産が合法化されている。
歌手の美川憲一は、約25年前、50代の時に海外で人工授精で子供をもうけることを考えたという。しかし、自分のエゴを貫き通して子どもをつくったとしても、不幸を招く可能性があると考え、結局代理母出産の選択をあきらめた。現在も結婚しておらず、子どももいない。
「この世に生まれなかった子かもしれない」美川憲一が“しぶとく生きる”に込めた想い - Ameba News [アメーバニュース]