高3の夏休みに同級生に誘われ、初めて花月にいき、初めて横山やすし・西川きよしの漫才をみて、死ぬほど笑ってしまった西川のりおは、同級生と一緒に弟子入り。
5歳上の西川きよしは、超マジメで超厳しく、一緒にいたくないが一生ついていきたいと思うタイプ。
7歳上の横山やすしは、超破天荒で超面白いが、ついていけないと思うタイプ。
そのギャップに苦しみながら、なんとか弟子を続け、同級生と「淀公一・公二」というコンビでデビューするも1年で解散。
同級生は、あっさり芸能界を辞め、会社勤めを始めたが、目立ちたがり屋で自己顕示欲が強い西川のりおは、芸人になることをあきらめなかった。
すぐに新しい相方をみつけて、横山エンタツ・花菱アチャコの「横」、中田ダイマル・ラケットの「中」を勝手にとって、新コンビ「横中バック・ケース」を結成。
自作のアカペラソング「漫才は楽しいな」を歌ったり、緞帳にぶら下がって引きずり下ろしたり、常々『大事にしろ』といわれているマイクにかじりついたり、カバーを噛みちぎり、相方のケースに
「そんなことしたら感電するで」
とツッコまれると
「俺はもうシビレとるんじゃ!」
クイズネタで無茶苦茶な問題を出し、ケースに
「なんの関係があるんや」
とツッコまれると
「その答えを待ってたんや!」
といって、その顔面を往復ビンタ。
破壊的な漫才で通常とは違う種類の笑いを起こし、
(やった)
と思うが、舞台を降りると怒られた。
西川のりおの型破りな芸風は、ウケるときはウケ、ウケないときはウケないが、とにかくパワフル。
暴走して自滅してしまうこともあるが、芸人を含めて熱烈なファンは多かった。
「僕はアウトローが好きなんですよ。
笑いってね、悪の部分と正義の部分のちょうど狭間なんです。
笑いって裏切りなんですよ。
僕は毒気が大好きですから。
コイツ、ムチャクチャむしよるなというね。
僕はムチャクチャするけど警察にはお世話になってないです。
ギリギリのところを攻めるというのが大事なポイントです」
しかしケースとはコンビ仲は悪かった。
あるとき舞台でネタがウケず、ケースを客席に投げ落としたところ、今までで1番ウケたがケースが足を骨折。
その入院中、西川のりおは、相方を探し、
「顔の大きさでは勝っているが面白さでは完全に負けている」
という2歳下の上方よしおを見つけた。
上方よしおは、大学受験に失敗し浪人してたとき、松竹芸能の上方柳次・柳太師匠に弟子入り。
「ピンクパンク」「ムチャクチャ」というコンビを経て、「横中バック・ケース」をやっていた西川のりおに
「B&Bの片割れが新しい相方を探しとる」
と島田洋七を紹介され、柳次師匠にも、
「吉本の方が若手はノビノビやれる」
と背中を押され、吉本興業に移籍して、2代目「B&B」を組んだ。
2代目B&Bは、スピード感溢れるしゃべくりととセンスで半年後に第4回NHK上方漫才コンテスト最優秀話術賞受賞し、その後も数々の賞を受賞。
フジテレビのバラエティ番組「オールスター90分」に、学業に専念するために活動を休止したあのねのねに代わってレギュラーに抜擢され、吉本が東京キー局のゴールデンタイムでレギュラーを持ったのは、これが最初といわれている。
B&Bをみたザ・ぼんちの里見まさとは、
「もうええよ!というくらいの大爆笑に次ぐ大爆笑で圧倒された。
正直、負けたと感じた」
といい、18歳の島田紳助はB&Bの漫才をみて衝撃を受け、島田洋七と同門に入り(島田洋介・今喜多代に弟子入りし)、金魚のフンのようについてB&Bを研究した。
しかし2年後、
「東京で勝負したい」
という洋七に対して、よしおが
「怖い」
と断ったことで仲が悪くなり、最終的に京都花月で大ゲンカして2代目B&Bは解散。
西川のりおも上方よしおも、ちょうど新しい相方を探しているところだったのである。
こうして新コンビ結成かと思いきや一悶着あった。
B&Bをやめたとき、
「よしおは芸能界を引退する」
と受け取っていた島田洋七の師匠、今喜多代が、
「筋を通してない」
と激怒。
のりおの師匠、西川きよしとよしおの師匠、上方柳太が仲に入り、やっとコンビを組むことを許され、「西川のりお・上方よしお」は誕生した。
礼儀、楽屋マナー、漫才のつくり方、やり方、すべてが漫才師らしい上方よしおは、
「9割アドリブ。
予定調和が嫌い。
ドギマギする自分が好き」
と台本完全無視で暴走する西川のりおに正統派なツッコみを入れ続けた。
結局、島田洋七は、B&Bで相方を4度変えたが、よしおと別れた後、一時的に間寛平とコンビを組んだ。
「花王名人劇場」に出演したとき、前座で西川のりおが暴走し、島田洋七と間寛平は、まったくウケず、
「客を温めておくのでなく客を疲れさせた」
と激怒した。
「西川のりお・上方よしお」は、最初は前座ばかり。
ギャラは、1回1千円で、1ヵ月で10回舞台あって月収1万円。
そこから税金を引かれ、もらえるのは9千円となった。
「少ないギャラから税金とるな。
人でなし」
西川のりおは、そう思いながらアルバイトへ。
そしてアルバイト先から楽屋に向かいながら、
「こんなんでどこが芸人や」
と思った。
「休み多いからテレビ好きなだけ観れるんです。
でも芸人にとってテレビは観るもんやなく出るもん。
ホンマ最低の生活やった。
女引っかけても月9千円じゃなんもできへん。
名前は売れてへんわ、金はないわ、やらしてもらいたいわ、どうすりゃええんじゃいうて、いつも泣いとりました」
テレビばかり観ていてもあきるので散歩に出始めた西川のりおは、最初は10~20分だったが、
「家に帰ってもやることがない」
とどんどん長くなっていき、
「倒れるまで歩いたろ」
と心斎橋、難波、梅田と歩きまくって体調が悪くなったこともあった。
西川のりおは、舞台でウケると持ち時間は15分なのに30分やった。
スタッフは合図を出してもやめないので、マイクを切り、それでもやめないので緞帳を下げ、西川のりおは、緞帳の前に出てマイク無しで漫才を続けた。
客は、その熱意が伝わって大爆笑。
同期や後輩と飲みに行くと、誰が嫌いかを熱く語り、悪口をいって笑わせた。
ある日、吉本興業から
「日本テレビの『やじ馬寄席』出ることになったで」
といわれ、西川のりおは、よしおと手を取り合って喜んだ。
(ついに運が向いてきた。
会社はオレらを売り出そうとしてる。
俺らはサラブレッドや)
そしてすぐに1歳下のザ・ぼんちのおさむに
「ボクら、日本テレビのヤジ馬寄席出てくるわ」
と自慢。
「どこや?」
「大阪の田舎モンには困ったもんやな。
東京や東京。
後楽園ホールや。
日本テレビ、N、T、V。
よしお君、明日の新幹線は何時だったかね?」
「今晩飲み行こか」
悔し紛れに周りの仲間を誘うおさむをみて、西川のりおは
(勝った)
と思った。
「一応、座席指定の料金やるから、自由席乗って、余った金で弁当でも買い」
会社にいわれた西川のりおは、その通りにして東京へ。
(ここで一旗あげたる)
と意気込んで東京駅に降り、
「あの、水道橋ゆう駅はどこですか?」
と駅員に低姿勢で聞いて後楽園ホールへ。
入り口で係員に
「どなたですか?」
と聞かれて
「大阪から来ましてん。
吉本です」
「ああ、マネージャーの方?」
「いえ、漫才のモンですが」
「あっ、そう」
と軽くいわれて
(後でみとれ。
大スターになってアゴで使ったる)
と思いながら楽屋入り。
しかしその後、ヤジ馬寄席からも、他の東京のテレビ局からも、そして大阪のテレビ局からも、オファーは来なかった。
4歳下の明石家さんまとは、昼間からコーヒー1杯で喫茶店に4、5時間居座り、バカ話をしながら外を歩く女性に点数をつけ、夕方になって獲物が増えると、
「パトロール」
に称して、ナンパにいく仲だった。
西川のりおは実家は自転車屋を営んでいて、さんまは、その店舗兼住宅によく泊まっていた。
「さんま、もっと売れたいなあ」
「売れたいですね」
「今はこんなんやけど将来は俺が全国ネットの番組の司会して、お前はパネラーや」
「そうでんなあ、兄さん」
と西川のりおは夢を語ったが、後年、さんまがバカ売れすると
「逆になっとるやないか!」
と怒った。
ちなみに明石家さんまは、3歳上の先輩、ぼんちおさむの家にも泊まったこともあるが、マジメなおさむが夜中、何度も、頭を叩くフリをしながら舌で音を鳴らす練習や、
「オッ、オッッッ、おさむちゃんで~す!」
の練習をして、顔を真っ赤にしてジャンプしまくるため、まったく寝れなかった。
「正直な話、上っ面では『おもろいな、頑張ってるな』といいながら『せやけど俺のほうがおもろい』という気持ちがないと芸人は続けれん。
心底認めたら、やめんとダメ。
今、君らはウケてるかもしれんけど、実は俺のほうがおもろいねんと思わないと。
本心でお前らおもろいな、負けたわいうときは、それはやめるときです。
一応、建前では褒めますよ。
でも本心では褒めてないんです。
尖った気持ちがなくなったら芸人は終わりです」
(西川のりお)
西川のりおはMr.オクレと一緒に兵庫県西宮市、甲子園の近くにある明石家さんまのアパートに遊びに行ったとき、駅の近くで3匹、1000円のカニ、まんじゅう、ビールを購入。
雨が降る中、歩いてアパートに到着すると入り口で靴を脱ぐスタイルで、住人の靴がたくさん置いてあった。
のりおはすぐに脱いで上がったが、オクレはブーツを履いていたため手間取った。
「遅い。
そんなん履くな」
「これが流行るんや」
オクレは、そういいながらやっと脱いだブーツを持って上がろうとした。
「そこに置いとくんや!」
「盗まれたら困る」
「誰が盗むかい、そんな靴!!」
明石家さんまはカギをかけないので、そのまま4畳半の部屋に入ったが留守。
とりあえず窓を開けようとしたが、木の戸が雨で膨らんで、なかなか開かない。
何とか開けると、今度は雨が入ってきて、今度は閉めるのに一苦労。
西川のりおは
「さんま、はよ帰ってこんかのぉ」
といいながらテレビをつけた。
それは明石家さんまが拾ってきて修理したテレビで、4本足が3本になっているので斜めに傾いていた。
西それに合わせて首をかしげながらテレビを観て、バリバリとカニを食べ、ビールを飲んだ。
壁には飛行機の搭乗券が貼ってあって
「初めて飛行機に乗った。
俺は大スターや」
と書いてあったり、
「・・・・のアホ」
「・・・・死ね」
などと芸人の名前が書いてあった。
結局、明石家さんまが帰ってこないまま、Mr.オクレと退散。
翌日、明石家さんまが帰宅すると部屋に目が染みるような臭いが立ち込めていて
「死体あるんとちゃうか?」
と思い、管理人を呼んだ。
管理人は警察に通報し、死体があると聞いてかけつけた警官が
「ここや」
とコタツの布団をめくると山になったカニのカラがあった。
「誰や!?」
明石家さんまは憤った。
西川のりおは、楽屋で明石家さんまを見つけ
「さんま、エエ加減にせえよ。
オクレと2人でいったら、お前おらんかったやないか。
カニ買うていったのに」
と後輩の非礼を責めたが、倍の勢いでマジギレされた。
吉本からもらう給料が月7~10万円になった西川のりおは、その多くをオシャレに投入。
舞台衣装のほとんどをブランド品で揃え、ズボンの折り目などはキッチリしてないと気がすまず、靴はいつもピカピカに磨いた。
「私服もスーツが多い」
という西川のりおは、ある日、おろしたてのスーツの上にお気に入りのトレンチコートを着て、
「こういうときっちゅうのは心まで新しくなるというか、ウキウキしてくる」
とまるで映画の主人公になった気分で1人、心斎橋辺りを歩いていた。
吉本興業本社のそばに女の子を2人連れた明石家さんまがいたので、気づかないフリで立ち止まり、コートからタバコを取り出して火をつけた。
そして
「兄さん」
と呼ばれると
「なんや、さんまか」
といかにも今初めて気づいたフリをして、心の中では
(これは決まった。
女の子たちも俺をみてる!)
「兄さん、どないしましたん?」
「ああ、ちょっとブラッとしよう思うてな」
「ああ、兄さん、今日、休みでしたね。
ちょっと茶飲みに行きませんか?」
「別にエエけど。
じゃ、行こか」
4人で入った喫茶店は前払い制で、ポケットから財布を出そうとする明石家さんまを制し、
「エエよ。
俺が出すから」
「エエんですか?」
「なんやその顔は!
まかせなさい」
そこから西川のりおと明石家さんまは面白い話を連発し、女の子たちを笑わせまくった。
(こりゃ、いけるんちゃうか)
西川のりおはノリノリでしゃべっていたが、やがて
(2人とも笑うときしかオレの方みいひん)
と女性たちが、ずっと明石家さんまをみていることに気づいた。
明石家さんまがオーバーアクションで話そうと立ち上がった瞬間、カップを飛ばしてしまい、コーヒーが西川のりおのスーツにかかった。
「すんません。
大丈夫でっか?」
あわてて謝るさんまに
『お前、コレ新品やぞ!』
といいたかったが、女の子たちが心配そうにこちらをみているので
「大丈夫や。
気にせんでエエよ」
すると女の子たちが
「さんまさん、大丈夫?」
といった。
(茶代払って、あんだけ笑わせて、その上、コーヒーかけられて、そんなんアリか!)
堪えて黙る西川のりおに、さんまは、
「兄さん、怒ってまんの」
「怒ってへん、怒ってへん」
「だって急に黙って怖い顔してますよ」
「ただ休憩してるだけや。
じゃ、そろそろ帰ろか」
というと女の子たちは、
「エエッ?!
さんまさんは帰らんといて」
といい、再び強烈な言葉のパンチを食らった西川のりおは、スーツから湯気の出しながら退店。
明石家さんまが後から追ってきて
「兄さん、ホンマすんませんでした」
「全然、怒ってへんがな。
チョット用事あるから先帰るわ」
「ああ、そうですか。
ところで兄さん、ちょっとお願いあるんですけど・・」
「なんや」
「実はちょっとお金貸してもらえませんでしょうか?」
西川のりおは
(ナニーッ)
と驚いた。
結局、誰か知り合いに会えると会社の前で張っていたさんまに出会ったのが運のツキだった。
心斎橋をトボトボと家に向かって歩くトレンチコートの男は、哀愁を通り越して悲惨だった。
西川のりおは、自分の服や舞台衣装に金をかけるが、基本的にケチ。
桂文珍、前田五郎と並んで「吉本3大ケチ」といわれるほど財布のヒモが固い。
芸人仲間で飲食したとき
「お勘定、まかせなさい」
ということは、まずない。
それどころか誘われると必ず
「すまんな」
というので、誰も西川のりおの財布の中をみた者はいない。
新幹線に乗ると降りた客が残していった雑誌をすべて回収し
「儲かったな!」
高額のギャラが入ると
「パッと使うとか怖くてできへん」
とそっくり貯金し、破天荒キャラと真逆の堅実さをみせた。
政府が発表する「高額納税者公示制度」、通常「長者番付」で、明石家さんま、島田紳助などの順位と納税額を蛍光ペンを持ちながらチェック。
やがて数歳下のさんまや紳助に加え、ダウンタウンやナインティナインもランクに入ってくるようになった。
彼らをテレビで観ると、
「この番組1本出たら、それこそちょっとした自動車買えるくらいもらってるん違うか」
「あのCMは、1億3千万くらい会社に入ってきて、アイツは1億ほどもらうんちゃうか」
「年間契約料とロイヤリティーと・・」
などと思ってしまい、
「家でテレビを観てても、いっこもオモロない!
体に悪いわ!」
バブル絶頂期には不動産などのサイドビジネスに手を出して大損。
そのことを著書「のりおのゼニはこう貯めるんや! 1千万はすぐ手にできる」「オレの銭かえせ!!―バブル崩壊西川のりお大爆発」につづった。
西川のりおを含め、若い芸人の1番の興味は
「いかにタレ(女性)を口説き、かく(抱く)か」
あるとき楽屋である芸人に
「女口説くんやったらポルノ映画観にいくんが1番早いで。
女かて興奮して即ホテル。
イチコロや」
といわれた西川のりおは早速実行。
目をつけていた女性を誘い出した。
映画館の入り口で
「エッ、こんなん観るの。
イヤや」
という女性に
「今どきはポルノをアベックでみるんが流行ってるんや」
と適当にでまかせをいって中へ。
オッサンばかりで
「アベックなんていないやないの」
という女性を
「おかしいなあ。
そのうち入ってくるんちゃうか」
といって、とにかく座らせた。
映画の1本目は、家出した少女が売り飛ばされる話で、2本目が男に人生を狂わされた女の話。
そんな悲しい女のストーリーを、女性は終始キツい顔で鑑賞。
そして映画が終わると、
「私帰るわ」
(誰や!
ポルノ映画みせたら口説けるいうたん!!)
ポルノ映画の失敗で
(人から教えられた方法はうまくいかない)
(女口説くのに逃げ道与えたらアカン)
ということを学んだ西川のりおは、新たに女の子をホテルに誘い込むことに成功。
かなりタイプの女の子で部屋に入っても落ち着かず
(ガツガツしたらアカン)
と焦らないよう自分にいい聞かせてトーク。
しかし間が持たず
「汗かいたから、ちょっとシャワー浴びてくるわ」
といって風呂へ。
しかし出ると女の子がおらず
(恥ずかしがって隠れてるんか)
と思い、優しく
「出ておいで」
といった。
しかし返事はなく部屋を探したが女性はいない。
入り口にいくと女性の靴がなく
(逃げられた!)
と気づき、部屋に戻るとテーブルの上に、
「バカな考えを改めて家に帰ることにしました」
という書置きがあった。
(殺生な)
西川のりおは1人でビール飲んだ。
以後、必ず女の子を先に風呂に入れるようにし、次に自分が入るときもドアを少し開け
「何してるん?」
「何やっとるん?」
と話しかけて目と耳で存在を確認した。
ある日、接待を受けてクラブへ。
27歳くらいの女の子がマッチ箱の裏に電話番号を書いてくれたので
(愛人にできたらエエなあ)
と妄想と股間を膨らませた。
その後、女の子2人、計4人で飲みに行き、電話番号をくれた女の子の隣に座ると
(こりゃひょっとしたらひょっとしてひょっとするぞ)
といよいよ期待が高まった。
実家暮らしの西川のりおは、彼女の部屋に上がるつもりで
「帰り、送ってやろうか)
といって道頓堀でタクシーを拾ったが、
「俺、片町」
というと女の子は
「エッ、私、堺ですよ」
といった。
実家と彼女の家はまったく真逆。
「だからグルっと回って・・・」
「とりあえずお茶でも飲みたいな」
「下駄箱の上で寝かせてくれてもエエから」
と粘ったが、女の子は
「ホンマ、今日は帰って。
また別のとき会うから」
といって西川のりおをタクシーから降ろそうとした。
西川のりおは、車から半分体が出た状態で
「冗談やて」
次に運転手が
「乗るの、乗らないの?」
とキツめにいってきたので
「まあまあ」
となだめて、女の子にいい寄っていたが、運転手にドアを閉められた。
片脚がはさまった状態の西川のりおは、
「痛い!」
と訴えたが、運転手はバンバンと何度も閉め、女の子は無視。
最終的に1人、道に取り残された西川のりおが翌日、マッチ箱をみながら電話にかけると
「この電話番号は現在、使われておりません」
という感情のない声が耳に飛び込んできた。
西川のりおは、歳は上だが芸の道では後輩になる宮川大助を
「自分より顔がデカい。
新幹線の窓くらいある」
そして嫁、花子との漫才については、
「熱心なコンビ」
と思っていた。
しょっちゅうネタ合わせをする2人は、しょっちゅうケンカもしていた。
大助は、漫才では尻にしかれる夫を演じているが、実は亭主関白で、
「さっきのツッコミ、なんやねん」
「・・・」
「俺はお前のなんやねん」
「亭主です」
「お前は俺のなんやねん」
「妻です」
と花子を責め続ける。
西川のりおが京都花月で漫才をしていると、舞台袖で2人がやり合う声が聞こえてきた。
それは客席まで聞こえていたので、降壇後、
「エエ加減にせい」
と怒り、
「アンタら夫婦やろ。
ケンカなら家でしたらエエやんか」
といったが
「これはキッチリせなアカン問題やから」
と聞く耳を持たなかった。
次のコンビの漫才が始まっても2人のケンカは続き、
「本日は、ありがとうございました」
というアナウンスが鳴って、幕が下りてもまだモメていた。
守衛に
「もう閉めまっせ」
と花月を追い出されると、大阪、寝屋川の文化住宅から車通勤していた2人は車内でケンカを継続。
しかし大阪に入る手前、京都府八幡市にさしかかると
「お前は何を考えて仕事してるんや」
「お前はを何やってるんや」
と責め続けてきた大助が急に
「ゴメン。
俺も悪かった」
とトーンダウン。
そしてハンドルを切ってラブホテルに車を入れた。
西川のりおは、それを知り、
「ケンカして燃えるタイプか」
と思いつつ、
「なんでホテル入らなアカンねん?」
と質問。
すると大輔は、
「幼稚園の子供がいるんで家ではできんのです」
「子供に聞かれんように広い家に引っ越したらええやないか。
共働きで儲かってんやろ」
「それが残らんのですわ。
ギャラの半分はホテル代に消えるんです」
西川のりおは、ホテル代を稼ぎ出すために漫才をしている夫婦を初めてみた。
「兄さん、野球しません?」
元々プロ野球選手を目指していたザ・ぼんちの里見まさとにいわれ、西川のりおは
「ええよ。
やりとうないわ」
と断った。
しかし
「そやないんです。
岐阜にスポンサーがいるんですわ。
トルコ風呂の経営者」
といわれると
「なにっ!
トルコ風呂!」
と豹変した。
トルコ風呂とは、風俗店のこと。
正式名称「個室付特殊浴場」といい、本当はやってはいけないサービスを提供してくれる。
しかし本来、トルコ風呂は、トルコを含む中東やアジア諸国に広くみられる伝統的な公衆浴場のことだったので、トルコ人から抗議を受けて「ソープランド」に改称し、石鹸業界からは抗議はなかったようで現在に至っている。
「そのスポンサーが接待で野球やってくれいうんですよ。
終わった後は風呂に招待。
もちろん新幹線代向こう持ち」
「イクイク、イクゥー」
こうして西川のりおを含む芸人一行は、期待をふくらませて岐阜へ。
岐阜駅に着くと雨が降っていたが、西川のりおは
「雨がなんや。
カッパ着てやろ」
と元気いっぱい。
スポンサーの車が迎えに来て、
「まず食事でも」
といわれると
「待遇エエわあ」
とさらに上機嫌になった。
食事が終わって球場にいくと相手チームは、ホホに傷があったり刺青が袖からはみ出したりしていて
「修羅の群れのようだった」
修羅の群れチームの先攻で試合開始。
2ストライク、ノーボールから3球目、
「カンッ」
と軽い音がしてゴロが転がり、セカンドは余裕をもってファーストに送球し、
「アウト」
するとランナーは
「ナニッ?
セーフ違うんか」
と塁審にクレーム。
「いえ、あの・・・」
「セーフやな」
「はい、セーフです」
次のバッターが入り、ピッチャーの宮川大助がインコースに投げると
「危ないなぁ。
真ん中に放れ、真ん中に!」
宮川大助は、真ん中にスローボール。
それでも打てないのをみて西川のりおは、
(そんな下手なんが野球するな)
と思いつつ、バッターが打ち上げると
「おおっ、スゴイッ!」
とヨイショ。。
勝つためには死の覚悟が必要な接待野球で負けた後、再び食事となり、
「精力つけなアカン」
としっかり食べた後、
「ではお風呂へ」
と、ついに念願の言葉がかかった。
トルコ風呂店に移動したとき、時間は14時。
開店は15時だが、
「早出してくれるん違う?」
と思いながら部屋に入ったが、女性は来ない。
「来るまで先に洗ってよ」
ということになり、男同士で洗い合った。
30分ほどすると修羅の群れの1人がやってきて
「お客さん来るから上がってくれるか」
その後、ボーリング場につれていかれ、
(ああ、そうか。
トルコ接待はボーリングの後か)
思っていると、
「1人、ワンゲーム500円です」
「接待やないの?」
「割引料金になってます」
なにか怪しい雰囲気に恐る恐る、
「あの~トルコ風呂は?」
と聞くと
「さっき入ったやないか」
(マジか!)
西川のりおたちは、帰りの交通費と弁当代をもらって新幹線に乗ったが、欲求不満が収まらず
「犯す」
「まわす」
とわめきながら帰った。
「ヤングOh!Oh!」は、若手芸人にとって憧れの番組だった。
番組の起こりは、桂三枝。
弟子入り後、1年足らずで深夜ラジオ「歌え!MBSヤングタウン」のパーソナリティに抜擢されると
「ひとりぼっちでいる時のあなたにロマンチックな明かりを灯す、 便所場の電球みたいな桂三枝です」
という独特の語りかけと
「オヨヨ」
「いらっしゃーい」
というギャグでブレイク。
「ヤングOh!Oh!」は、「歌え!MBSヤングタウン」のテレビ版で、合言葉は「若者の電波解放区」
司会は桂三枝と笑福亭仁鶴が行っていたが、すぐに横山やすし・西川きよしも加わり、吉本芸人による大喜利、コント、漫才、トークをメインに、多彩なゲストが登場し、アイドルが歌を歌った。
桂三枝は
「あっち向いてホイ!」
「さわってさわってナンでしょう(箱の中身はなんだろな)」
「たたいて・かぶって・ジャンケンポン」
などのゲームを考案。
吉本にとって「ヤングOh!Oh!」は、新喜劇や劇場中継以外の初めての番組だったが、爆発的な人気を得て、松竹芸能が独占していた上方お笑い勢力図を逆転させた。
桂三枝、笑福亭仁鶴、横山やすし・西川きよしは「吉本御三家」、桂三枝、笑福亭仁鶴、3ヵ月遅れてで番組レギュラーとなって「嘆きのボイン」を大ヒットさせた月亭可朝は「上方落語若手三羽烏」と呼ばれた。
桂三枝は、落語家としても、また吉本のトップ争いということでも、漫才師のやすきよをライバル視していた。
ある日、西川のりおは楽屋で西川きよしに
「昼飯に僕が何をごちそうしたか三枝君にいうたげて」
といわれ
「重亭のハンバーグをいただきました」
と答えると、西川きよしは目をむきながら
「あそこのハンバーグ、なかなかいい値段するよな」
すると桂三枝が
「重亭のハンバーグなんかでエエのんか?
もっといいもんを食べに行くか?」
といい、吉本の権力闘争に巻き込まれた。
素人時代、予選を勝ち抜いて、「ヤングタウン」に3週連続で出演したことがある西川のりおは、「ヤングOh!Oh!」に呼ばれて、喜んだ。
しかもてっきり前説だと思っていたが、いってみるといきなり本番に参加させてもらい、
「一生、前座専門で、一生、電波に乗れんヤツもようけおるけどね」
と悦に浸った。
「ヤングOh!Oh!」は、スタジオに客を入れての公開録画番組。
自分が出る放送日、西川のりおは京都花月の近くにあるお好み焼き屋「しんせつ」にいき、店内のテレビで「ヤングOh!Oh!」を鑑賞。
店員が
「のりおさん!
出てるやん!!」
が驚くと、内心うれしくてうれしくて叫びたかったが我慢し、さりげなく
「まあな・・・」
番組の最後に
「大型新人登場!!のりお・よしお、乞ご期待!!」
というスーパーが出て、西川のりおはさら喜んだ。
こうして彗星のように「ヤングOh!Oh!」にデビューした西川のりお。
明石家さんまに
「兄さん、すごいですね」
といわれると
「まあな。
オレ、「ヤングOh!Oh!」なんか知らなんだ。
お前も出たいか?
こんな番組」
と答え、すごくいい気分に。
3回目の出演で
「オーメン!!」
というギャグが大ウケし、笑いと拍手がドッときて、天にも昇る気持ちになった。
そして明石家さんまに
「兄さん、やりましたなあ。
これでレギュラー決定ですね」
といわれると
「まあな。
今度、紹介したるわ」
といった。
ところが欠員が出て桂三枝の推薦で「ヤングOh!Oh!」に出演した明石家さんまは、プロ野球選手の小林繁の形態模写で大ブレイク。
どこに行っても声をかけられ、サインを求められるさんまをみて、影が薄くなった西川のりおは
「俺のオーメンはどうなったんや」
と嘆いた。
ザ・ぼんちも「ヤングOh!Oh!」に出ていたが、こちらは最初あまりウケず、カットされて映っているのはエンディングで手を振っているだけの回もあり、西川のりおは
「俺らは打率10割や。
やれば必ずオンエアされる。
お前らは10回のうち3回くらいはオンエアされたかな」
といった。
やがて番組プロデューサーに
「ザ・ドリフターズみたいなんをやれ。
ウケたらコーナーを持たせてやる」
といわれ、西川のりお・上方よしお、B&B、ザ・ぼんち、そして明石家さんまの7人でコントユニットを結成し、前説を担当。
西川のりお、島田洋七、ぼんちおさむの3人が好き勝手に暴れ、吉本の林正之助会長は
「あのバイ菌どもを、はよ降ろせ。
2度と出すな」
と激怒。
それを聞いた7人は、自らユニット名を「ビールス(Virus)7」とし、番組のレギュラーに。
キャラの被る西川のりおと島田洋七は度々殴り合いの大ゲンカをし、20歳そこそこの明石家さんまは、仲裁に入り、2人の機嫌をとるために代わりに殴られ
「初めて大人の汚い世界をみた」
のりお、洋七、おさむの荒くれ者3人と、よしお、洋八、まさとの傍観者3人、合計6人の先輩をコントロールするさんまは、やがて他のコーナーで司会を任されるようになった。
桂文珍は、
「さんま君、今日もアンタが司会?」
「はい、よろしくお願いします」
「フン!
偉ぁなったんやね」
西川のりおは女性にキャーキャーと騒がれる後輩をみて
「俺もやったるわい」
と勇んだが、無理だった。