黒田有の母親は、トヨタの重役だった父親(黒田有の祖父)と母親(黒田有の祖母)の反対を押し切って、結婚。
しかし夫(黒田有の父親)は、外で女と借金をつくった。
「ヤマ師的というか、投資とかバクチが好きで、会社員とかには向かん性格やったらしい。
なんせ、離婚後に養育費やいうて送ってきたのがミカン1箱やからね]
そういう黒田有は、男ばかりの4人兄弟の末っ子。
赤ちゃんの頃、左耳の耳たぶをネズミにかじられて変形した。
「1歳になる前です。
危うくリアルドラえもんになるとこでした」
そして同時期、捨て子になりかける。
1歳になる前に近所の神社に捨てられた黒田有は、姿がみえないので心配した長兄に捜し出された。
同じことは黒田有が小学校3年生のときにも起こり、最寄り駅である近鉄(近畿日本鉄道)奈良線、河内花園駅近くの高架下に捨てられ、再び長兄によって救われた。
黒田有は、それを23歳のときに知り、2日間泣き続けた後、母親に聞くと
「あれは冗談や」
といわれた。
「全然冗談になってないやんって。
まあ、それだけ追い詰められとったってことやね」
黒田有が2歳のとき、両親は離婚。
母親にしてみれば、ダンナが消え、借金だけが残った状態となった。
離婚後、少し経ち、黒田有が隣に自分と顔が似ているオッサンが住んでいているの気づき、母親にいうと
「アンタの、おとんやで」
といわれた。
母親は、一緒に住んでいない父親の悪口を頻発させ、黒田有いわく、
「これでもか!というほど悪くいう」
黒田有が道で転ぶと
「オトンが後ろから押した」
雷が落ちると
「オトンの愛人の家に落ちた」
強盗犯が逃亡中というニュースが流れると
「犯人はオトンや」
仮面ライダーをみていると
「ショッカーの親玉はオトンや」
といわれ、幼少期の黒田有は自分の父親は極悪人だと思っていた。
そしてあるとき母親に
「そんなに恨んでんのになんで結婚したん?」
と聞くと鬼のような顔でにらまれ、それ以来、2度と聞けなくなった。
住まいは、東大阪市の木造2階建てアパートの2階。
4畳半、3畳、ミニキッチンとトイレがあり、風呂はなし。
3畳は物置として使うため、5人家族は、6畳で生活し、そこには母親が牛乳パックでつくった椅子があった。
トイレは、和式、かつくみ取り式の、いわゆるボットン便所。
家が2階のため、便槽まで3m以上あり、まだ体が小さかった黒田有は、母親に
「落ちたら確実に死ぬで」
といわれた。
ある程度、たまると市役所に電話してくみ取ってもらうのだが、お金ないからなかなか来てもらえない。
放置していると、不気味な水面がどんどんせり上がってきて、便器をのぞくと自分の顔がに映った。
その状態で暑くなると目が痛くなるほどのアンモニア臭で息ができなくなり、息を止めて行わなければならず、夏場、トイレにいくときは決死の覚悟が必要だった。
家で唯一の女性である母親は、
「若い頃は今より40㎏痩せてた」
といいながらブリーフパンツ一丁で家の中をウロウロ。
それでも基本的にお嬢様体質で、自宅の近くで服屋、化粧品屋、クリーニング取次店、駄菓子屋、託児所などいろいろな商売に行ったがことごとく失敗して借金を増額。
最終的に自宅で和洋裁の針子をして生活費を稼いだ。
黒田有は、兄弟と共に小学校3年生の頃から新聞配達やうどん屋でアルバイト。
3人の兄は、いずれもスポーツも勉強もできて、顏もよく、バレンタインデーにはチョコをたくさんもらうため、母親は近所の駄菓子屋に転売。
勉強もスポーツもできず、チョコをもらえない黒田有は、
「不細工に生まれてかわいそうに・・」
といわれた。
家が貧乏だったが、母親はネガティブなそぶりは一切見せずに近所の人と明るくお付き合い。
借金取りが来て
「金返せ」
と凄まれても、
「私が借りたんちゃう」
「なんや!ブタ」
といわれても
「ブタで結構。
豚肉は今高いんじゃ」
と強気に対応。
裁判所の差し押さえで家財道具に紙が張られると、次々と剥がし、小さく切って電話のメモ書きにした。
母親は、最寄り駅、河内花園駅に特急が止まらないので、
「特急止まるようにして」
と近鉄に電話したり、近所の商店とも度々、トラブルが起こし、黒田有も
「ケンカばかりやった」
という。
しかし母親の毒を含んだ愛嬌と裏表のない性格は周囲に好かれ、友人は多かった。
家には朝から晩までいろいろなオバちゃんが出入りし、大声で話した。
母親やオバちゃんたちは、悪口をいうと止まらず、さんざん悪口をいった後、最後に必ず
「根は悪い人ちゃうけど」
といい、芸能ニュースを、まるで自分が取材してきたように話し、最後に必ず、
「知らんけど」
そのため黒田有も自然と大阪のオバサン化。
現在でもスーパーの袋を集め、オッサンと話すよりオバちゃんと話す方が盛り上がるという。
「ウチみたいな超貧乏でも生活ができたいうのは大阪やからやと思うんです。
おせっかいなくらい近所づきあいが濃くて、困ってはる人がおったら放っとけんのです。
ウチはいっぱいいっぱい助けられました。
大阪に生まれてよかった。
ホンマ、思いますわ」
関西では「恵方巻き」といって、節分に巻き寿司を食べる風習があり、その年の恵方(吉方)を向いて、黙ったまま1本食べ切ると幸福になれるといわれていた。
黒田家も母親が材料を買ってきて、巻き寿司を5本つくった。
そして母親が、
「今年こそ、エエことありますように」
といった後、食べようとしたら、急に家の中が真っ暗に。
未払いのせいで送電が停止されてしまった。
あまりにタイミングが悪すぎて、黒田有は、まるで神に幸福を否定されたような感覚に陥った。
そして兄に
「ロウソク持ってこい」
といわれて従うと、部屋に母親がいない。
探すと母親はベランダにいて、恵方に向かって無言で巻き寿司を食べていた。
黒田有が
「むっちゃ福来て欲しいんや」
と思った。
ちなみに料金滞納によってライフラインを何度も絶たれた経験がある黒田有によると、電気を止められるのは比較的早く、
「最後の最後は水」
だという。
近所の友人とウルトラマンごっこするとき、友人はソフトビニールの人形だが、黒田有は、母親が醤油のビンでつくった怪獣。
ご飯のおかずは、イモやカボチャの煮物ばかり。
トイレの壁に穴が開き、していると外を歩く人がみえるので
「直してくれ」
と頼んだが、母親は、竹を2本入れただけ。
子供ながらに立ち食いそばを
「金持ちは時間がないから食べ、貧乏⼈は金がないから食べる」
と分析。
ものすごく小さくて四角いフライパンをみて、
「自分よりも貧乏な人がいる」
と思ったが、後に玉子焼き用のものだと知った。
大阪を台風が通過しているとき、黒田有は天カスをもらうために店の前で2時間以上立っていた。
着ているのは父親のニングシャツのみ。
パンツも履いておらず、風雨に晒されて透けてきて、店主はたまらず大量の天カスを渡した。
正月、近所のお好み焼屋は、短パン姿で拳を握り締めた黒田有を発見し、冬空の下、あまりにも不憫に思い、お年玉として500円をあげた。
小学校3年生のとき、給食袋がなくなった。
ホームルームで担任教師は、
「正直に手を挙げたら許す」
と前置きした後、
「目ェつむれ」
といい、机に座っている子供たちは全員、目を閉じた。
続いて教師が、
「とったヤツ」
といったので、黒田有は
(誰やろ)
と思って、うす目を開けた。
すると机の前に腕組みをして、こちらを見ている教師がいた。
(俺ちゃうのに・・・)
遠足の前日、担任教師が
「明日、お茶を忘れないように」
といったのに対し、黒田有は、
「加藤茶」
と返し、20発くらいビンタされた。
学芸会で「浦島太郎」の演劇をやることになったとき、黒田有と友人の2人が浦島太郎役に立候補。
すると担任教師の判断で、友人は浦島太郎役、黒田有は竜宮城のコンブ役になった。
本番、タイやヒラメが竜宮城で躍るシーンで、黒田有はアドリブで舞台に飛び出し、歌を歌って笑いをかっさらい、後で先生にビンタされた。
中学生になったとき、台所にいる母親が、急に
「ひっくり返った」
といった。
「何がひっくり返ったんや!?」
黒田有は、鍋やフライパンでひっくり返って火傷したのではないかと思い、隣の部屋からあわてて台所へ。
するとズボンを下ろし、机に両手をついて中腰で立っている母親がいた。
みるとお尻から何かが出ている。
それは脱肛といって、本来、肛門の中に収まっている直腸の一部が外に飛び出している状態だった。
黒田有は、母親が痛くて動けないのはわかるが、どうしたらいいのかわからない。
「オカン、救急車呼ぼか?」
「お金かかるからアカン」
「どうしたらエエねん」
「入れてくれ」
母親は、出ているものを中に入れれば、まったく痛くなくなるという。
痛さで体を震わす母親をみて、黒田有は涙を流しながら、出ているものをゆっくり押し込むと
「ポンっ」
と入った。
すると母親は急に元気になり
「全然痛くない」
といいながら、机から手を離し、姿勢を正して立った。
しかしその瞬間、再びひっくり返って飛び出し、母親は、再び机に両手を置いて、中腰の姿勢に。
黒田有は、
「オカン、キリない。
救急車呼ぶわ」
といって、119番。
救急車が来ると、母親は、救急隊員に支えられながら歩いて移動。
黒田有は、母親の股間がみられないように手で隠しながら一緒に移動。
母親が段差を歩き、振動が加わった瞬間、放屁。
その音を聞いて隊員が笑い出し、それにつられて母親も体を震わせて笑い出し、黒田有は、ひっくり返った部分が
「プルプルッ」
と震えるのを目撃した。
大阪タカシマヤにいったとき、母親が、
「ここで待っとき」
といってトイレへ。
黒田有はトイレの前で待っていたが、なかなか出てこない。
ただ
「ジャーッ」
「ジャーッ」
と何度も水を流す音が聞こえてくる。
気になって女子トイレの中を覗くと、出したモノが大きすぎて流れず、バケツに水を汲んで便器に流す母親がいた。
何度やっても流れず、ついに母親はトイレから逃走。
その際、前だけをみて歩く母親は、黒田有を無視。
取り残された黒田有は、その個室に入ったおばあさんが、
「ギャー」
と叫び、飛び出してきて警備員に
「サンショウウオがいます」
といった。
中学3年生になると黒田有は、学校内の友人関係が変化するのを感じた。
「中1や中2のときは頭がいいヤツも頭が悪いヤツも一緒に仲良く遊んでいたのに、中3になると高校受験のために一気にグループが分かれ出す」
それはまず1学期に
・頭がいいグループ
・頭が悪いグループ
の2グループに分かれ、まったく勉強をしてこなかった黒田有は「頭が悪いグループ」だと自認。
2学期になると急に塾に通い出す者が現われ、
・頭がいいグループ
・頭が悪いが家が裕福グループ
・頭が悪い上に家が貧乏グループ
の3グループに分かれ、黒田有は自分は「頭が悪い上に家が貧乏グループ」だと思った。
そして急に塾に通い出した連中をバカにしながら、スーパーをウロついたり、家電販売店でラジカセのフタを開閉させたり、本屋で立ち読みをして時間を潰した。
ある日、「頭が悪い上に家が貧乏グループ」の仲間と本屋にいると、2学期から塾に通い出した元仲間を発見。
「参考書でも買ったんか」
と話しかけると、元仲間は本を体の後ろに隠した。
仲間が無理やり奪い取り、袋の中身をみるとアイドルの写真集だった。
「勉強もせんとこんなん買ってエエんか」
仲間がからかうと元仲間は、写真集を奪い返して帰ろうとした。
黒田有は、そのアイドルの大ファンだったので、咄嗟に、
「ちょっとみせてくれへん?」
といった。
高価な写真集は高い場所に陳列してあり、立ち読みすることができなかった。
背中を向けていた元仲間は、ゆっくり振り返り、優越感タップリに
「買ったらエエやん」
といった。
黒田有は、殺意を覚えた。
かつてこの元仲間は、遠足に行ったとき、卵焼き、唐揚げ、ウインナー、鮭おにぎりが詰まった弁当を食べながら、黒田有の半分ご飯、半分ヒジキの弁当を
「オセロ弁当」
といって笑ったことがあった。
(それやのに俺の小さなお願いを軽くいなしやがって・・・)
黒田有は、隣にいる仲間に
(お前は俺の気持ちわかってくれるやろ?)
と熱い視線を送った。
すると仲間は、少し微笑みながら静かにつぶやいた。
「俺、その・・ちゃんの直筆サイン持ってんねん」
写真集は金を出せば買えるが、直筆サインはそうはいかない。
元仲間は固まり、「頭が悪い上に家が貧乏グループ」は一気に優勢に。
しかし元仲間は
「サインみせてくれるなら写真集を貸す」
と悪魔のささやき。
仲間がニヤッと笑うのをみて、黒田有は
(ヤバイッ)
と思った。
(このままやったら孤立してまう!)
仲間と元仲間が仲良く話すのをみて、追い詰められた黒田有は、
「実は、俺も・・・」
仲間と元仲間がこちらをみるのをみて、一瞬ひるんだが、
「今度、その子の家に行く」
とウソをついた。
仲間に
「どういうことや」
といわれると
「だから今度、・・ちゃんの家に行く」
元仲間が全く信用していない様子で
「なんで?」
と聞いてきても
「だって住所知ってるもん」
と即答。
仲間と元仲間が目を丸くするのをみて
(勝った!!)
と思ったが、元仲間が
「いつ行くの」
と詰めてきたので、
「今度の休みに行く」
と答えた。
すると
「じゃあ写真撮ってこい」
といわれてしまった。
当時、芸能人やアイドルは、住所や電話番号を公開していてファンレターを送る事が可能だった。
「もう誰も頼れんし、後に引けない」
黒田有は、そのアイドルの情報を調べ、神奈川県へ。
交通費は、小学生の頃から時々、皿洗いのアルバイトをしているうどん屋の店主に、
「帰ったらバイト代で返す」
といって3万円を借りた。
大阪から神奈川まで新幹線で一気にいけば早いが高いので、まず近鉄特急で名古屋へ。
そこで新幹線に乗り換え、小田原で降り、バスに乗って、目的のバス停で降りた。
ここまでは順調だったが、バス停は、山道にあり、小田原駅で買った地図をみながら歩いたが、いつまでたっても目的地に着かない。
3時間後、黒田有は自分が道に迷っていることに気づいた。
それでもアイドルの家を探していると、やがて日が落ち、真っ暗になり、聞いたこともない獣の声が聞こえた。
怖くなって、遠くにみえる灯りに向かってダッシュ。
やっとの思いで住宅地に出て、時計をみると20時を回っていた。
気持ちが落ち着くと旅の目的が蘇り、
「写真を撮らないと仲間や元仲間にバカにされる」
と街灯の下、地面に地図を広げた。
しかしまったくどこかわからない。
その上、最終の新幹線の時間が迫っていた。
すると
「なにやってるの」
と上品そうなおじさんに話しかけられた。
「あの・・家を探してまして」
「こんな時間に?
誰の家?」
素直に
『アイドルの・・ちゃんの家です』
といえばいいに、
「親戚のおじさんです」
とウソをついた。
「なんて名前?」
「田中です」
ウソにウソを重ねるとおじさんは、
「田中さんは、この辺りに数十軒ほどあるよ」
やがて奥さんもやってきて、おじさんから事情を聞くと心配そうに
「中学生がかわいそうに。
あなた、警察に連絡してあげたら」
黒田有は、首筋にジットリと汗がにじむのを感じた。
「そうだな。
それがいいな。
君、私の家はすぐそこだからついてきなさい」
おじさんが歩き出し、いよいよヤバくなった黒田有は大きな声で、
「ちょっと待ってください」
そして怪訝そうにこちらをみる夫婦に
「実は僕のおじさん、ヤクザなんです。
だから警察はダメなんです」
「かわいそう」
と涙ぐむ奥さん。
「じゃあ、どうすれば・・」
というおじさんに
「駅まで送ってください」
「わかった。
待っていなさい」
そういって夫婦が去り、残された黒田有の頭の中には、仲間と元仲間の高笑いがこだましていた。
しばらくするとバイクがやってきて、おじさんは黒田有に、ヘルメットを渡しながら、後ろを指さし、
「乗りなさい」
見ず知らずの自分のウソを信じてくれる優しさ、バイク、標準語、黒田有にとって、すべてがカッコよかった。
バイクは数分で住宅地を抜け、山道を疾走し、やがて街の明かりが見えてきた。
黒田有が
「こんなに歩いたんや」
と思っていると、バイクが少しスピードを落とし、
「あそこに大きな茶色い家があるだろ」
おじさんのいう通り、数十m先に大きな家がみえ、
(なんや、急に)
と思っていると
「あれっ、アイドルの・・ちゃんのお家だよ」
ついに探し続けた目的地が見つかった。
あの家の写真を撮るためにやってきた。
しかし善良なおじさんに本当のことはいえない。
(こうなったら!)
黒田有は、スピードを上げたバイクの上で、つかまっている右手を離し、ポケットからインスタントカメラを取り出し、通り過ぎるアイドルの家に向けて2回シャッターを切った。
数秒間の出来事だった。
駅に着くとおじさんにお礼をいった後、最終の新幹線に飛び乗り、席に座ると落ちるように寝た。
後日、放課後の教室に、元仲間、仲間、黒田有が集合。
机の上にそれぞれ、写真集、サイン色紙、ピンボケの写真を置いた。
「じゃあ交換しよか」
黒田有は、意気揚々、写真集に手を伸ばした。
元仲間は、その手を払って
「この写真が・・ちゃんの家っていう証拠は?」
仲間にも
「たしかに証拠はないな」
といわれ、黒田有は怒りで体を震わせた。
「この写真のために血のにじむ苦労をして、うどん屋で皿洗わなアカンのに・・・」
中3の夏休み、これまで勉強をまったくしてこなかった黒田有は、
「このままでは高校に行けない」
と焦りながら必死に勉強。
ある日、家の近くの電信柱の前で
「すいません」
と声をかけられ、振り向くと見たころのないセーラー服を着た女の子が2人いた。
声をかけてきたのはショートカットの活発そうな女の子。
もう1人は、ロングヘアーのおとなしそうな女の子。
「なに?」
黒田有が聞くとショートカットの女の子が
「この手紙をあなたの友達の・・くんに渡してほしいんです。
わたしたち、あなたたちと同じ年なんです」
・・くんとは、学校で1、2を争うイケメン。
ロングヘアーの女の子がラブレターを書いたものの本人に渡せず、黒田有に頼んだということだった。
「わかった」
黒田有が手紙を受け取り、その場を去ろうとすると、ロングヘアーの女の子がか細い声で
「あの~」
振り向くとロングヘアーの女の子はうつむいてしまい、見かねたショートカットの女の子が
「返事、もらえますよね?」
黒田有は、
(俺に聞かれても)
と思いながら
「多分」
と答えた。
次の日、わざわざ自転車に乗って友人である・・くんの家まで手紙を届けた。
・・くんは、
「ああ・・」
と受け取り、封を開けずにに手紙をテーブルの上に置き、黒田有と日常会話を始めた。
(コイツにしてみたらラブレターなんて日常茶飯事なんやな)
黒田有は友人の話を適当に切り上げ、受験勉強のために家路を急いだ。
家に着いて自転車を止めていると
「こんにちは!」
と明るい声。
シュートカットの女の子が1人でいて
「手紙、渡してくれました?」
「いま渡してきた」
「ありがとう!」
そういってシュートカットの女の子は笑顔で帰っていった。
黒田有は、スカートをなびかせて去っていく女の子の後ろ姿に、これまで経験したことのない感情を覚えた。
数日後、家のそばに女の子が2人組でいて
「あのー返事どうなりました?」
ショートカットの女の子に聞かれ、あれ以来、・・くんと会っていない黒田有は、
「なんかアイツ、忙しいみたいやで」
と適当に返事。
ロングヘアーの女の子が悲しそうにうつむくとショートカットの女の子が
「聞いてもらえません?」
「今度会ったら聞いとくわ」
「電話で聞いてみてください」
語気を強めていうショートカットの女の子に黒田有は心の中で怒りが湧き、
『なんで俺が。
自分で直接聞けや』
といいたかったが、それを怒りを圧倒的に上回る恋心と下心によって
「わかった」
と返事。
「ありがとう。
また明日来ます」
と元気よくいって、ロングヘアーの女の子の手を引いて帰っていくショートカットの女の子を見送った。
家の電話は料金滞納のため不通なので、ブタの貯金箱からなけなしの小銭を取り出し、それを握りしめて近所の公衆電話へいき、・・くんの家に電話。
「高校受験があるから女の子と付き合っている暇はない」
といわれる。
翌日、2人組が家の前で待っていたので、そのまま伝えると、ロングヘアーの女の子は、
「じゃあ、高校に入るまで待ちます」
それを聞いて黒田有が、
「じゃあ」
といって家に入ろうとすると、ロングヘアーの女の子は
「また来ていいですか?」
「なんで?」
聞くとロングヘアーの女の子は、・・くんのことをいろいろ教えてほしいという。
(俺も受験があるのに・・)
と思ったが下心がうずき
「別にいいよ」
するとショートカットの女の子が笑顔で
「じゃ、これからはこの子1人で来ますんで」
といった。
(おい、ちょっと待て。
俺はお前が好きで興味があるのに、なんで忙しい受験勉強中に友達の恋してる女と話さなアカンねん)
と思い、
『君も一緒に‥』
といいたかったができず、ショートカットの女の子は
「ありがとう」
と再び微笑み、ロングヘアーの女の子の手を引いて帰っていった。
その後、母親に
「その女の子ら、アンタの友達か?」
と聞かれ
「友達とかやない」
「そうやろな。
あれ、お嬢様学校の・・女子中の制服や。
アンタみたいなもんが、あんなお嬢様と友達になんかなられへん」
そこで黒田有は、
(そうか、・・女子中はエスカレーター式だから受験がないんや!)
と気づいた。
次の日もその次の日もロングヘアーの女の子は家の前にやってて、毎日15分、・・くんについて質問攻め。
しかし3日目、パタリと現れなくなり、その後も何の音沙汰もなかった。
黒田有は、ラッキーと思いつつ、さみしさも感じていた。
夏休みが終わり、秋になり、学校から帰ると背後から
「お久しぶり!」
という元気な声。
振り返るとショートカットの女の子がいて、驚いていると
「今日は謝りに来たんです」
聞けばロングヘアーの女の子は、別に好きな男の子ができたという。
「あの子熱しやすくて冷めやすいから・・・」
笑いながらいうショートカットの女の子に
「なんで君が代わりに来るん?」
と聞くと
「あの子の好きな人、めっちゃヤキモチ焼きで他の男の子と話するだけで怒るから」
黒田有は、
(なんて勝手な女や!)
と思いつつ、目の前のショートカットの女の子には
(なんていい子なんや)
そして自然と
「なあ、ロイホいかへん」
と近所にできたファミリーレストランに誘った。
ショートカットの女の子は快くOK。
黒田有は、タの貯金箱から小銭を取り出し、自転車に2人乗りしてロイホへ。
シャンプーの香りに心を躍らせながら店に到着。
おかわり自由のドリンクバーを注文し、飲めないコーヒーを無理やり何杯もおかわりしながら語り合い、ショートカットの女の子から
「またここで会いましょう」
といわれたときは、心の中でガッツポーズ。
「朝6時に集合」
といわれ、理由をきくと、ショートカットの女の子の家は門限が厳しいが、朝早い分はいつでも会えるという。
黒田有は、喜んだが問題はお金だった。
その日も
「割り勘で・・・」
ということができかった黒田有は、
「一生懸命やれば週に2度くらいは彼女とコーヒーが飲める」
と針金の枠に薄い紙を張った金魚すくいの道具、ポイに紙を張る内職を開始。
「受験シーズンに何しとる」
と怒る母親を無視し、紙を張り続け、週2回、ショートカットの女の子と他愛のない話をした後、登校。
学力は低下し、学校の先生に
「目標をもう3ランク下の高校に」
といわれたが、すでに高校なんて、どうでもよくなっていた。
冬が過ぎ、春になり、高校生になっても早朝のロイホデートは続いていた。
高校で後ろの席のKと友達になった黒田有は、いつもケラケラ笑い合っていたが、ある日、
「彼女おるん?」
といわれ、沈黙。
ロイホデートは続けていたが、告白したことはない。
Kに
「なんや。
おるんか」
といわれ、
「好きな子はおる」
そういうとKは
「会わせろ」
といい出し、彼女をみてほしかった黒田有は承諾。
彼女にそれを伝えると、
「それなら家に来て」
といわれた。
学校帰り、渡された地図をみながらKと一緒に女の子の家へ。
到着すると驚くほど大きな家で、私服姿のショートカットの女の子が迎えられ、制服の彼女しかみたことがなかった黒田有は興奮した。
その後、彼女の部屋で3人、ワイワイ話をした。
ほとんどKがしゃべり、何とも思っていない女子の前ではベラベラしゃべれるが、気になる女性の前では無口になってしまう黒田有は、Kの話しを聞いて笑うショートカットの女の子をみて
(いつも2人きりで退屈してたのかも)
と思った。
それから何度も彼女に家に行ったが、黒田有はKがいた方が楽しいので、自分からKを誘って彼女の家へ。
ある日、Kが
「ドクターペッパーってジュース、知ってる?」
というと彼女は
「知ってる。
東京しか売ってへんジュースやろ」
Kが
「それがスーパー・・・で売ってるらしいで」
というと彼女は
「エエッ、飲みたい!」
と目を輝かせた。
黒田有も、その幻のジュースの存在は知っていた。
そのスーパーまで、彼女の家から自転車で片道30分はかかるが
「俺、買ってくるわ」
と志願。
すると
「ワー」
と喜んだ彼女にハグされ、髪の毛が鼻に当たって、その香りに体が熱くなった。
そして買ってきたドクターペッパーを飲んで、
「コーラの方が何十倍もうまい」
と思ったが、その日以来、Kと彼女は、ドクターペッパーを飲みたがり、黒田有は自転車をこいでドクターペッパーを3本買いに行った。
ある日、いつものようにドクターペッパーを買い出て3分後、駄菓子屋に
「ドクターペッパー入荷」
という張り紙がしてあるのを発見。
「ラッキー」
と思い、中に入って、ドクターペッパーを3本買って、意気揚々、彼女の家へ。
階段を上がって2階の彼女の部屋の扉を開けると2人は唇を重ねていた。
黒田有は、自分に気づいた2人をみながら扉の前にドクターペッパーを2本置き、無言で階段を降り、自転車に飛び乗って自宅へ。
その日、Kから電話があったが、母親に頼んで居留守を使った。
その後、学校でKと話さなくなり、ショートカットの女の子からも連絡はなかった。
2学期になるとKが高校を辞め、女の子を妊娠させてしまい、工場で働いているという噂を聞いたが、妊娠したのが彼女なのか知る由もなく、調べる気にもならなかった。
こうして黒田有の初恋は終わった。
夏に失恋し、秋に初めての彼女ができた黒田有が、ある日、彼女の家に電話すると出たのは彼女の母親。
緊張しながらも印象を良くしようと、いつもは使わないような言葉を使ってがんばって話した。
すると母親は、その声の低さに
「娘が50くらいの男と不倫している」
という勘違い。
家族会議が開かれた。
それでも2人はつき合い続け、ある日の夕暮れ、学校の帰り道、人気のない場所で2人きりになり会話が途切れたとき、黒田有は彼女を見つめた。
少しうつむく彼女をみて心臓がバクバクしたとき、2人の頭上に3匹のコウモリがバサバサと飛び、ムードは一瞬で崩れ去った。
そして数日後、彼女に
「他に好きな人ができたから・・」
と別れを切り出された。
高校卒業後、黒田有は
「あらゆる意味で食べるのに困らない」
と寿司屋で板前として働いた。
ある日、喫茶店でコーヒーを飲んでいると
後ろに小さな男の子と若い母親が食事をしていて
男の子がご飯を食べるのを嫌がって泣き出すと
母親がなだめようと
「ご飯食べたらオモチャを買ってあげる」
というのを聞いて
カップを落としそうになった
同じ頃、まともにご飯を食べさせてもらえず、コーラは
「骨が溶ける」
という理由で飲ませてもらえず、近所にあった寿司屋にいきたいというと
「子供が寿司食べたら腹に虫がわく」
といわれ、オモチャを買ってと駄々をこねると人前でもビンタされた黒田有は、夢のような取引を提示されても泣き続ける男の子に殺意を覚えた。
起業して成功した同級生に
「どうすれば大金持ちになれる?」
と聞くと、
「金を心から好きになることや」
「俺も金は好きやで」
「お前は金が好きなんやなくて、貧乏がイヤなだけやろ。
女好きが女のケツ追っかけるのと、嫁さんを大事にするのは違うやろ?」
黒田有が
(要は苦労して手に入れたものをずっと愛し続けろか・・・)
と思っていると、同級生は
「ポイントカードの類は一切持たないとことが大事や」
といった。
「なんで?」
「大金は小銭を嫌うからや。
嫁さんがいるのに愛人を家の中に入れるわけにはイカン。
そんなことをすれば嫁さんは怒って家を出てってしまういうことや」
(嫁は大金、愛人はポイントカードいうことか)
買い物に行ってポイントカードを忘れたら、後日レシートをみせに持っていってポイントをもらっていた黒田有は、帰宅後、財布からポイントカードをすべて抜き出してゴミ箱へ入れた。
しかし耐え切れず、すぐに回収し、財布に入れ直した。
21歳、フグの調理師免許も取得した黒田有は、板前として独立を考えた。
「自分のお店を出すにはお金を握ってからだ」
と思い、起業する資金を稼ぐ方法を考えると
「手っ取り早そうなんは芸人やな」
こうして吉本興業の養成所、NNSC大阪校に10期生として入学。
同期にジャリズムの山下しげのり(オモロー山下)、渡辺あつむ(世界のナベアツ、桂三度)などがいたが、ほとんどが高校卒業したての18歳。
彼らはNSCに入る前からテレビやラジオでお笑いを研究していたが、21歳の黒田有は、1日13時間、飲食店で働き、テレビを観たりラジオを聴く暇などなかった。
後にお笑いコンビ「メッセンジャー」を組む相方のあいはら雅一は、黒田有と同じ年だったが、初対面のときに小学生高学年の頃、パンクズを集めてパンをつくった話をして、その工程を得意げに語る姿や、道頓堀の相生橋の下で寝泊まりをしながら、全財産を入れた紙袋とワンカップを持って学校に来るのをみて、
「人生の残酷さを生まれて初めて悟った」
という。
ナインティナインは、1つ上の9期生の「兄さん」だが、2人共、年下。
営業で尼崎の市民会館へ電車で向かっていたとき、矢部浩之が隣に座ってきたのがファーストコンタクト。
「お前、彼女おんのか?」
「います」
「ほな今度、またいくわ」
矢部浩之は、そういって、その後、実際に黒田有のマンションで彼女と一緒におしゃべりし、
「芸人ちゅうのはいろいろなことあるし、コイツもこんなヤツやけど我慢してついていってやってな」
その後、黒田有は、2丁目劇場まで矢部浩之と一緒に自転車で通ったり、ご飯を食べるなど良い先輩後輩関係を築いていったが、ナインティナインは売れると、そういう機会も減っていった。
ある日、黒田有は、先輩でナインティナインの同期である「ダブルトラップ」の水野透に
「飲みに行かへん?」
と誘われた。
水野透は岡村隆史と非常に仲が良く、その日、黒田有は初めて岡村隆史が一緒に飲むことになった。
その後、3人で飲むようになったが、何度目かのある日、急に水野透に来れなくなった。
待ち合わせ場所に来た岡村隆史に
「どっかメシ行こうや」
といわれ、黒田有は道頓堀の知っている店に行こうとした。
しかし歩いていると通りがかった人が
「あっ、岡村や」
「岡村や」
と騒ぎ出したため、岡村隆史は
「お前どこ行くねん。
こんな派手なとこ行くなや」
黒田有は
「わかりました」
といって千日前通りから3本奥まった場所にある小さな焼き鳥屋「鐘鳥」へ。
店内には大きな木の柱があって、目立たないように岡村隆史を、その奥の席に、自分は手前の席に座った。
飲み出すと、岡村隆史が仕事のことをグチり出し、
「俺がボケてんのに今日、あいつスカしよった」
と矢部浩之に対する不満をいい出し、黒田有は現場をみていないので
「あっ、そうですか」
など合わせていた。
すると急に岡村隆史が
「黒田、ちょっと相方のところに電話して」
といい出し、
「えっ?」
と驚くと、
「それで俺が耳元でいうから、それをそのままいうてくれ」
恩ある矢部浩之へのイタズラ電話。
しかも時間は深夜1時。
黒田有は何度も断ったが、あまりに岡村隆史があまりにしつこく、仕方なく了承。
岡村隆史は、黒田有の携帯電話を持って矢部浩之にダイヤル。
その電話機を渡された黒田有が右耳に携帯電を当てると、岡村隆史は携帯電話の背中に左耳を当てた。
矢部浩之が
「はい」
といって出ると岡村隆史は小声で
「お前しばくぞっていえ」
と指示。
「・・・・」
「ええからいえ、いえ」
黒田有は仕方なく、
「お前、しばくぞ」
といった。
何事かわからずそ電話の向こうから聞き返してくる矢部浩之に対し、その後も、
「前からいおう思うてたんやけど、お前しょうもないねん」
「ノッテるときに口から下出すのやめい。
気色悪いんじゃ」
などと暴言を連発。
そして矢部浩之が
「お前、黒田やろ」
「ケンカ売ってんのか」
「シバキに来いや」
とキレ出すと、黒田有はワナワナ震え出し、岡村隆史が爆笑しながら電話切った。
そして
「謝っとけ、謝っとけ」
と岡村隆史にいわれ、黒田有はリダイヤル。
「兄さん。
遅くに失礼します。
気づいてはると思うんですけど、メッセンジャーの黒田です。
すいません。
さっきの電話、実は岡村さんにいわされてたんです。
岡村さんが横にいて、いえいうて指示されて、しゃーなしにいってたんです」
と謝罪&説明。
しかし
「それは関係ないんちゃうん。
お前がいうたんやろ。
それでお前な、オチないやん。
オチもないし、おもろもないし、どうすんねん、これ。
お前も芸人やったらオチつけろや」
と静かにキレる矢部浩之に絶望。
横をみると岡村隆史は、チビチビと日本酒を飲んでいた。