佐山聡が虎のマスクを脱ぐまで

佐山聡が虎のマスクを脱ぐまで

1981年4月23日、突然、リングに現れたタイガーマスクは、2年4カ月後、突然、消えた。


1981年4月21日、イギリスにいた佐山聡が成田に到着。
4月22日、虎のマスクが渡されたが、日本にマスクをつくる職人や工房がなく、新日本プロレスのグッズをつくっていたビバ企画が制作し、しかも与えられたのが数日間だったので、白いマスクに黄色と黒のポスターカラーで描いただけにシロモノだった。
4月23日、試合当日、マントが届いたが、マスク同様、ペラペラでチープなつくりだった。
佐山聡はそれをつけ、アントニオ猪木 vs スタン・ハンセンのメインの前、セミファイナルの花道に出た。
満員の蔵前国技館に拍手はほとんど起こらず、失笑さえあった。
対戦相手の「爆弾小僧」ダイナマイト・キッドは、173cmと小柄ながら圧倒的な筋量を誇り、まるで命を削るような危険を顧みない激しいファイトが身上。
ケガを恐れないことを自らに課すと同時に、自分の攻撃に対戦相手が対応できなければ壊すことも厭わず、古舘伊知郎に
「全身これ鋭利な刃物」
「カミソリファイト」
といわれていた。
試合が始まるとタイガーマスクは組み合おうとせず、軽快なステップでリングを回り、距離を保ちつつ、速くて多彩なキックを繰り出し、手首をリストをつかまれるとヘッドスプリングで切り返した。
打点の高いドロップキック。
後方宙返りしながら相手を蹴るサマーソルトキック。
場外のダイナマイトキッドに飛ぶと思いきや、ロープの間をクルリと旋回してリングに戻るフェイント。
新日本プロレスのセメントサブミッションレスリング、メキシコのルチェ・リブレ、目白ジム仕込みのキックが融合した「3次元殺法」に観客は驚愕。
一瞬の気の緩みも許されない、緊張感あふれる試合を古館一郎は、
「肉体の表面張力の限界」
と表現。
最後はスープレックス爪先立ちの完璧なブリッジで抑え込み、タイガーマスクが勝利した。
この10分間の戦いでスーパースターが誕生。
空前のタイガーマスクブームが到来した。

新日本プロレスは、アントニオ猪木、坂口征二、藤波辰己、長州力、「不沈艦」スタンハンセン、アンドレ・ザ・ジャイアントなどヘビー級のスターが揃っていた。
藤波辰巳や佐山聡はジュニアヘビー級で、迫力と強さで劣るはずだが、タイガーマスクの人気はそのすべてを超えた。
試合会場は、常に超満員。
毎週金曜日20時の「ワールドプロレスリング」の平均視聴率は20%を超え、裏番組の人気刑事ドラマ「太陽にほえろ!」を脅かした。
それまでプロレスに興味を持っていなかった女子中学生や女子高生にもタイガーマスクは話題になった。
タイガーマスクの正体は誰なのか、みんな知りたがり、
「千代の富士」
という人もいた。
新日本プロレスはバスで会場入りするとき、多くのファンが待ち受ける中、全員が虎のマスクをかぶって出ていって巻いた。
タイガーマスクグッズはバカ売れ。
次々とサイン会や握手会などイベントが開催され、佐山は数十万円のギャラをもらい、スポンサーの食事会にもマスクをかぶったまま出席。
あまりの忙しさに深夜、1人でトレーニングすることもあった。

新日本プロレスに入ったばかりの山崎一夫は、タイガーマスクをみて
「こんな動きできる人いるんだ」
と思っていたが、坂口征二に
「お前、ついちゃれ」
といわれ、5歳上の佐山聡の付き人になり、マスクやマントを洗濯した。
「佐山さんの付き人は大変そうと思うかもしれないですが、ホントに気の優しいお兄ちゃん的な感じで、付き人の中で1番ってくらい楽でした。
地方に行くたびにサイン会があるんです。
僕とケロちゃん(田中秀和リングアナ)がついてって、ケロちゃんが司会をするんですが、控え室に数百枚、色紙が置いてあって、それを3人で分けて『TIGERMASK』って書くんです。
それで終わったら『はい、山ちゃん』ってお小遣いをもらってました。
巡業に出るとみんな最後はすっからかんなんですよ。
でも僕だけは増えているんです」

1982年1月、週刊ヤングジャンプが
「タイガーマスクと素人挑戦者と戦わせる」
という企画を発案し、新日本プロレスはOK。
誌上で挑戦者が募集され、書類選考の末、10名が選ばれた。
その中には190cm、95kgの空手の有段者も含まれていた。
彼らはまず新日本プロレスのレスラーと予選を戦い、互角以上の勝負をすればタイガーマスクと対戦できることになった。
新日本プロレス側は、山本小鉄、藤原喜明、前田日明が相手をした。
1人目を小鉄、2~4人目を前田が片づけ、藤原は5人目と6人目を倒した後、7人目にアームロックを極めた。
ギブアップしない相手に小鉄は
「早くまいったしろ。
腕が折れるぞ」
といったが、それでも我慢するため藤原は最後の一押しを加えた。
「ギャー」
という絶叫と共に腕が折れ、それをみて190cm、95kgの空手使いを含め、残りは辞退。
この後(1982年2月)、前田日明は、契約が残っていた佐山聡に代わりにイギリスに行くことになった。
5年間、藤原喜明とスパーリングを積んできた前田日明は、待望の初海外遠征でサミー・リーの弟「クイック・キック・リー」としてイギリスのリングに上がった。

1982年8月26日、スポニチと東スポが
「タイガーマスク結婚」
と報道。
マスクをかぶった佐山聡と婚約者の女性の写真を大きく掲載。
佐山聡は
「恋人の写真を信頼していた記者に預けたところ無断で暴露されてしまった」
というが、その女性は、1977年に練習中に猪木に投げられて肩を痛めていった整骨院の娘。
彼女は高校生のときに治療に来たキラー・カーンに、
「乳首の色は何色かな」
と1人のときにいわれて以来、プロレスラーに悪い印象を持っていたが佐山と付き合うようになった。
新聞記事を知った新間寿は烈火のごとく怒った。
「まだまだタイガーマスクはこれからなのにいったい何を考えているんだ。
そんな浮ついたことでスター街道が歩めるか」
翌27日、後楽園ホール大会で新間寿は観衆の前で
「タイガーマスクは結婚しません」
と報道を否定。
マスコミは
「人権無視」
と非難した。
「冗談じゃない。
タイガーマスクと佐山聡は別ものだ。
タイガーマスクは会社の財産であり、これからまだまだ稼いでもらわねばならないレスラーだ。
企業防衛として結婚を打ち消すのは当然のことだ」

1982年11月、小林邦昭がタイガーマスクをコーナーに逆さづりにしてマスクに手をかけて破った。
会場は騒然となり、16分57秒、小林は反則負けとなったが、2ヵ月後の再戦でもマスクを破り、敗れたマスクの下から髪の毛や顔の一部がみえて、カメラマンが群がった。
以後、小林は「虎ハンター」といわれるようになり、タイガーマスク vs 小林邦昭戦の視聴率は必ず20%超えた。
小林は試合後、タイガーファンの女子高生に囲まれ
「バカじゃないの」
といわれたり、上部分にカミソリを仕込んだ封筒で指を切り、中の手紙をみると
「死ね」
と赤い文字で書いてあったり、長野県の実家も2階の窓に生卵を食らった。
しかし小林邦昭は内心
「やった」
と思った。
佐山聡も人間として尊敬していた先輩、小林邦昭が売れたことを喜んだ。
小林邦昭がマスク剥がし、山崎一夫が替えのマスクを持ってリングに上がってかぶらせたことがあった。
以後、マスクが剥がされると会場から
「山ちゃん、早くぅ」
という声が上がった。


1982年10月、アントニオ猪木の個人事業の1つ「アントン・アイセル」が社債を発行し、新日本プロレスの全社員は購入が義務づけられた。
すべての社員、レスラーが100万円以上を出し、坂口征二は自宅を担保に入れ、藤波辰巳は妻の実家から借りるなどして幹部クラスは数千万円を出した。
アントンハイセルは1980年、ブラジルで設立された。
当時からブラジル政府は、石油の代わりにサトウキビから精製したアルコールをバイオ燃料として使用する計画を進めており、アントン・ハイセルはバイオテクノロジーベンチャービジネスの先駆けだった。
猪木は自民党の大物議員に
「アントン・ハイセルによって世界中のエネルギー問題や食糧問題が全て解決する」
といって協力を呼びかけたが断られ、逆にブラジル情勢を危惧し辞めるよう説得された。
実際、プロジェクトを進めていくとサトウキビからアルコールを絞り出した後にできるアルコール廃液と絞りカス(バガス)が公害問題となった。
バガスを土中に廃棄すると土質が悪化し農作物が取れなくなり、家畜に飼料として食べさせると下痢を起こし、バガスを食べた家畜の糞を有機肥料としようとしたが気候の問題で発酵処理に失敗。
さらに追い討ちをかけるようにブラジル国内のインフレによりアントンハイセルの経営は悪化していった。

1982年11月7日、TBS「マイスポーツ」で「タイガーマスクは本当に強いのか」という特集があり、さまざまな体力テストが行われた。
佐山聡は90kg台の体で

100m走、12秒7
背筋力 293kg

など驚異的な記録を出した。
その後、タイガーマスクはメキシコ、ニューヨークに遠征。
MSG(マジソンスクエアガーデン)でWWFジュニアヘビー王座を防衛。
12月15日、長期遠征から帰国した翌日、佐山聡は京王プラザホテルで婚約式を行い、新郎新婦の親族、仲人夫妻、新間寿、坂口征二が参加。
「3年間結婚させない」
といっていた新日本プロレスは海外で式を挙げてもよいと譲歩。
ただし仲人は会社が選定し参加するのは当人たちの両親のみで入籍はしないという条件だった。

佐山聡は秘密裏に行うことは仕方ないにしても、親族や友人を連れていきたいと主張した。
「その年(1982年)の暮れになって今度はロサンゼルスで結婚式を挙げさせるという話になった。
秘密裏に、もちろん籍も入れず、参加するの僕と彼女の両親だけという・・・・
その頃から新日本プロレスのフロントの腐敗がわかり始めた。
聞いてビックリみてビックリで、どうしてこんなことが許されるのかと悩むようになった。
なんのためにレスラーは痛い思いをしているのか・・・」
(佐山聡)
タイガーマスクのサイン会では謝礼のうち一定のパーセンテージが佐山聡の取り分だったが、あるとき新日本プロレスの経理部を通す場合と通さない場合があって、現地の主催者と直接取引して自分の懐に入れている社員がいることに気づいた。
同様のことがテレビCMやレコードでも起こっていた。
佐山聡はキーボードと液晶画面が一体になった東芝TOSWORD JW-1、59万8000円を購入。
まだ珍しかったワープロに身の回りで起こったことを打っていった。

1983年4月、春の契約更改で、ほとんどのレスラーが現状維持。
客は常に満員なのに給料が上がらないことにすべての社員やレスラーが不満に思う中、5月16日、長州力、アニマル浜口らが新日本プロレスの三重県津大会を無断欠場し
「新日(新日本プロレス)から脱退したい」
と表明。
「社長、これは職場放棄ですよ。
謹慎処分か退職処分にすべきではないですか」
新間はアントニオ猪木に訴えた。
「そう派手にやってくれるなよ。
そもそもは俺が昨年の長州造反を押さえつけなかったことが原因なのだろうが、長州が今回やったことにしてももう1つ心から怒れない部分があるんだよ。
この前もいったように俺も長州と同じことをして自分を主張してきたし・・・」
「いや、ペナルティを科して、それが受け入れられなければ辞めさせるべきです」
「俺は長州を信じている」

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