UWF   そして復讐の団体は誕生した

UWF そして復讐の団体は誕生した

「蛇の穴」ビリー・ライレージム、カール・ゴッチ、力道山、アントニオ猪木、藤原喜明、佐山サトル、前田日明、高田延彦、猪木舌出し失神事件、アントンハイセル事件、新日本プロレスクーデター事件、,タイガーマスク引退、1984年にUWFができるまで色々なことががありました。


前田日明から3年遅れ、新日本プロレスに入団した高田延彦は、いきなり藤原教室にも入った。
小学校のときに長嶋茂雄に憧れ、オール横浜にも選ばれた野球少年は、中学でアントニオ猪木にハマり、17歳で新日本プロレスに入ったとき体重は64kg。
ハードなトレーニングとスパーリングで痛めつけられた。
そして入門半年後、同期と飲みに行き、門限に遅れ、寮長だった前田日明に半殺しにされた。
また試合会場で子供たちがパンフレットの対戦カードをみながら勝敗予想をしているのを目撃。
その予想はすべて当たり、結果が決まっている八百長試合をしていることを恥ずかしく感じ、そのことを藤原喜明にいうと
「本日の第1試合じゃなくて第1芝居なんだ」
といわれた。
あるとき第1試合に出場することになった高田延彦は、16時から試合用のリングで合同練習が始まり、17時半から客が入り始めたが、18時20分くらいまで藤原とセメントをやらされた。
藤原は高田を抑え込みながら、客にVサイン。
高田は、スパーリングから解放されて数十分後に試合に立った。
藤原は藤原教室の教え子の試合にはセコンドにつき、ここぞというときは親指と人差し指を立ててピストルの形をつくる。
これは
「殺せ」
という意味のシュートサインで、送られた側はガチンコをした。


アントニオ猪木は、柔道家、空手家、ボクサーなどと異種格闘技戦を行い
「プロレスこそ最強の格闘技」
「いつなんどき誰の挑戦で受ける」
と明言。
そのため新日本プロレスには道場破りがやってきた。
この相手をしたのが藤原喜明。
目と急所への攻撃以外なんでもOKというルールで戦い、関節技を極めて「まいった」させた。
「猪木さんが格闘技世界一というもんだから挑戦者たちが道場に来るわけですよ。
となるとそうしたやつらに対応するやつがいないといけない。
今はプロレスラーがバカにされているから来ないと思うけど、当時は猪木さんが「オレが世界で1番強いんだ」といっているから当然来るわな。
そのときオレらは刀を持ってるんだけど刃の部分を隠して戦っている。
でもいつでも鞘は抜ける状態なんだ。
だからオレが当時若いやつらにいっていたのは、これも例えだけど常にナイフは研いで懐に入れておけと。
でも(道場破りが来ると)周りのヤツらが道場からいなくなっちゃうのよ。
さっきまで居たのに、腹が痛いとかってさ。
だから道場破りと対戦すんのも俺しか残らないんだよ。
1度、ハイキックを喰らってな・・・
小鉄さんがレフェリーやってて相手が参ったっていうから1回離したんだよ。
そしたら向こうが蹴ってきやがって・・・
それで頭にきちゃって『ぶっ殺すぞ』っていったら周りに止められたんだよ」


当時、新日本プロレスのリングでは、藤波辰巳、木戸修、キラー・カーン、木村健悟など若手がしのぎを削り、スポットライトを浴びていた。
一方、藤原喜明は前座。
テレビ中継もない地方大会巡業で、アメリカで「アンドレの脚を折った男」として凱旋帰国したキラー・カーンは
「マディソン・スクエア・ガーデン で1試合・・・・円もらった」
と自慢話をしていた。
藤原はそれが面白くなかったのでキラー・カンが試合でリングに上がるハシゴをわざと逆さに出した。
試合後キラー・カンは
「藤原、あんなことするな!!」
と怒った。
その夜、選手そろっての食事のとき藤原はカーンに毒づいた。
「強くもないくせに」
「このヤロウ!」
年下の藤原にいわれたカーンは立ち上がり、2人はもみ合いになった。
「だったらリングの上でやってみろ!」
この猪木の鶴の一声で、翌日急きょ試合が組まれることになった。
試合前の合同練習に藤原の姿はなく、1人、体育館の大きなカーテンを結んでサンドバック代わりにしてパンチを打ち込んでいた。
そして試合が始まるといきなりキラー・カンに殴りかかり、ロープに詰めてラッシュ。
キラー・カンは倒れなかったが、藤原は寝技に引き込み、関節技をかけた。
キラー・カーンは防戦一方になってしまい、見かねた長州力とマサ斎藤が乱入して強引に試合を終わらせた。
まだ前座にすぎない藤原がスター選手を手玉に取る様子をみて観客がどう思ったはわからないが、レスラーたちからすれば藤原の強さを知っているから当然の結果だった。
前田日明、高田延彦も道場破りの相手をしていたが、観客の前で行う試合より藤原教室のスパーリングを重視するようになった。

一方、アマレスのエリートだった長州力は、藤原教室を
「今さらこんなこと・・・」
というような目でみていた。
在日韓国人二世という出自のため小学校時代、教師からも差別を受け、中学では柔道部に入り、山口県桜ケ丘高校にはレスリング部の特待生として進学。
3年生のでインターハイで準優勝、国体で優勝。
専修大学商学部に特待生として入学。
2年生で全日本学生選手権90kg級で優勝。
3年の年生のとき、ミュンヘンオリンピックを迎えたが、日本国籍がないことから日本代表にはなれず、急遽、韓国の選考会に出場し代表となってフリースタイル90kg級で出場。
メダルに手は届かなかったが
「立てた目標に対してはたどり着けたっていう思い」
4年生でキャプテンとなり、全日本選手権ではフリースタイルとグレコローマンの100kg級で優勝。
大学卒業後、新日本プロレスに入った。
「練習の厳しさでいったら断然プロ。
お客さんにみてもらって儲けるわけだから、体をつくるにもストイックさが求められる」
といいつつ、
「プロレスは表現」
と思っていた。

1981年、高田延彦より1年遅れて、山崎一夫が新日本プロレスに入門。
中学生のときに藤波辰巳に憧れ、どうしたらプロレスラーになれるのか、新日本プロレスの道場に聞きにいった。
「だったらベンチプレスを挙げてみろ」
応対した小林邦昭はいわれやってみると、体重70kgの山崎は50kgのバーベルを上げるのが精いっぱい。
これをきっかけに猛練習を開始。
朝、授業が始まる前、授業の合間の休み時間に腕立て伏せやスクワット。
ダンベルを購入し、バレーボール部からバーベルがある柔道部に移った。
その結果、ベンチプレス130kg、スクワット2000回、腹筋1200回をこなせるになった。
そして高校卒業後、新日本プロレスに入門。
合宿所に入った日、荷物を運び入れていると
「もしよかったらお茶飲みにいきましょう」
という声が聞こえ、みてみると引越しの手伝いをしていた姉が前田日明にナンパされていた。
寮長の前田は、後輩に厳しい一方、情が厚くイタズラ好きで憎めない人だった。
髙田延彦は、料理が苦手でチャンコ番になると豚肉を買うだけで
「今日はポークソテーです。
焼き加減は皆さんのご自由に」
といい、山崎にお金をわたしてチャンコ番をやらせることもあった。
前田は
「またポークソテーか。
今日のチャンコ番、髙田やな」
といって肩を落とした。


藤原喜明が帰国して1ヵ月後、佐山サトルもフロリダを離れ、メキシコに戻り、3ヵ月ほど試合をした後、ゴッチの紹介でイギリスへ渡った。
そしてブルース・リーの従兄弟「サミー・リー」として黄色いジャンプスーツで入場。
軽快なステップとスピンキック、ハイキック、サマーソルトキック、ローリングソバットなど多彩な蹴りを繰り出し、イギリスでもトップレスラーとなった。
プロレスラーとしてロンドンで順調な生活を送っていた1981年4月、日本から国際電話が入り
「帰国して欲しい」
と新間寿にいわれた。
「4月20日からタイガーマスク2世というアニメが放映され、新日本プロレスのリングにも生身のタイガーマスクを登場させたいのでマスクをかぶってくれ」
てっきり新しい格闘技の話かと思った佐山サトルは
「僕は帰れません」
といって切った。
実際、2ヵ月後に世界ミッドヘビー級のタイトルマッチが決まっていたし、マンガのヒーローをストロングスタイルの新日本プロレスに登場させる意味がわからなかった。
しかしその後も毎日、矢のような催促。
「タイガーマスクの映画をつくる」
「梶原先生に顔向けできないじゃないか」
新間寿が何をいっても佐山はハイといわなかったが
「君がマスクをかぶってくれないと猪木の顔を潰すことになる」
というと、
「わかりました」
尊敬するアントニオ猪木の名前を出すと佐山サトルは弱かった。

佐山サトルが成田に到着したのは1981年4月21日。
23日にはタイガーマスク vs ダイナマイトキッド戦が決まっていた。
22日にマスクが渡され、マントが渡されたのは試合当日。
どちらもペラペラでチープな作りだったが、それをつけて花道に出ていった。
客は
「どうせ話題作りだろう」
と全然期待しておらず、失笑さえ起きた。
相手のダイナマイトキッドは、蛇の穴(ジム・ライレージム)出身の爆弾小僧。
タイガーマスクは組み合おうとせず、軽快なステップで距離を保ちつつ、速くて多彩なバリエーションのキックを繰り出した。
ヘッドロックからレッグシザース、リストをつかまれるとヘッドスプリングと鮮やかな切り返し。
場外のダイナマイトキッドにトペと思いきや、ロープの間をクルリと旋回してリングに戻るフェイント。
爪先立ちの完璧なブリッジによるスープレックス。
後方宙返りしながら相手を蹴るサマーソルトキック。
新日本プロレスのセメントサブミッションレスリング、メキシコのルチェ・リブレ、目白ジム仕込みのキックが融合した「3次元殺法」に観客は度肝を抜かれ、この10分間の戦いでスーパースター、タイガーマスクが誕生した。

あまりの大成功に、当初、「1試合だけ」といわれていたこともウヤムヤになってしまい、1981年6月18日にロンドンで行われるはずだった世界ミッドヘビー級選手権、サミー・リーvsマーク・ロコ(初代ブラック・タイガー)は、サミー・リーの肉親が急死したという理由でキャンセル。
アントニオ猪木、藤波辰己、長州力、「不沈艦」スタンハンセン、アンドレ・ザ・ジャイアントなどスター揃いの新日本プロレスだったが、タイガーマスクの人気はそのすべてを超えた。
試合会場は超満員が続き、それまでプロレスに興味を持っていなかった女子中学生、女子高生にもタイガーマスクは話題になった。
毎金20時の「ワールドプロレスリング」は平均視聴率20%を超え、裏番組の人気刑事ドラマ「太陽にほえろ!」を脅かした。
タイガーマスクグッズはバカ売れ。
サイン会や握手会などイベント、スポンサーの食事会に佐山はマスクをかぶったまま出席。
しかし自分の理想の格闘技を忘れることはなかった
深夜、1人で練習とトレーニングを続け、高価だったワープロを購入し、自分の考えたルールを打った。

結婚を予定していた佐山サトルは、東京スポーツの記者に口車に乗せられ
「タイガーマスク結婚」
とスッパ抜かれてしまった。
新間寿は烈火のごとく怒った。
「まだまだタイガーマスクはこれからなのにいったい何を考えているんだ。
そんな浮ついたことでスター街道が歩めるか」
そしてリング上で
「結婚は3年間しません」
と誓わせた。
この件で、一部マスコミは「タイガーマスクの人権無視」と非難。
「冗談じゃない。
タイガーマスクと佐山聡は別ものだ。
タイガーマスクは会社の財産であり、これからまだまだ稼いでもらわねばならないレスラーだ。
企業防衛として結婚を打ち消すのは当然のことだ」
新間寿はそう主張したが、結婚式を海外で極秘に挙げるよう強要された佐山サトルは憤りを感じていた。

日本中が空前のタイガーマスクブームで沸く中、山崎一夫は、佐山サトルの付き人となった。
「佐山さんの付き人は大変そうと思うかもしれないですが、当時はホントに気の優しいお兄ちゃん的な感じで、付き人の中で1番ってくらい楽でした。
地方に行くたびにサイン会があるんです。
僕とケロちゃん(田中秀和リングアナ)がついてって、ケロちゃんが司会をするんですが、いくたびに何十万円か佐山さんに入るんです。
小遣いとして僕とケロちゃんに一万円札をわけてくれて・・・
巡業に出るとみんな最後はすっからかんなんですよ。
でも僕だけは増えているんです」
小林邦昭はタイガーマスクと対戦する度にマスク剥がしを行ったが、山崎が替えのマスクを持ってリングに上がって被らせたことがあった。
以後、マスクが剥がされると会場から
「山ちゃん、早くぅ」
という声が上がった。

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