千原兄弟 ガサツな兄とシャイな弟が織りなす愛のハーモニー

千原兄弟 ガサツな兄とシャイな弟が織りなす愛のハーモニー

NSCに入った兄が引きこもりの弟を誘い出したとき、物語が始まった。引きこもりといってもジュニアにひ弱さは感じられない。ガサツといわれるせいじだが不快なイメージはまったくない。実は高スペックな兄弟なのである。


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今から40年ほど前の事です。
アンデス山脈のナスカ上空を飛行していたアメリカのジュン・レノンという飛行士が、大きな大きな鳥の形をした絵を見つけました。
周りを見ると猿、犬のみたいな、動物の形をしたものがありました
ジュン・レノンは急いで引き返して連絡しました。
そして世界一の科学者、日本の千原浩史先生が調べに行きました。
しかし謎は解けませんでした。
その後いろいろな科学者が謎を解こうとしましたがダメでした。
ある日、千原浩史博士はパッと気がついた。
「地図なのかもしれない」
千原浩史博士はナスカまで行き写真を撮ってきて、夜も寝ずに研究にかかった。
しかし地図ではなさそうだった。
ある日、ドラえもんもみていた千原浩史博士は
「あれをつくろう」
それはタイムマシンだった。
しかし失敗に終わった。

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これは兄、せいじ(千原靖史)が小6のときに書いた「ナスカの地上絵」という作文。

作中の「千原浩史」は弟、ジュニアの本名。
2人は京都府の福知山市に生まれた。
おじいちゃんの家にいったとき、せいじは悪さをして
「反省しとけ!」
と柿の木にくくられワンワン泣いた。
それをみてジュニアは
(なんとか助けたい。
でもこのロープをほどくのはアカン。
どうしよう)
と思い、ポッキーを1本ずつ食べさせた。
またある日、せいじが
「家出したるからな!」
といって部屋を飛び出したが、なかなか玄関の開く音がしないのでジュニアがみにいくとせいじはローラースケートを履こうとしていて
「家出も楽しもうしてんねん」
といった。

兄弟が公園で遊んでいるとき、ジュニアはブランコに座って地面をみながら泣いているせいじを発見。
「どないしてん」
と聞くと、せいじは
「アリが一生懸命エサ運んでんねん」
と答えた。
「こんなに心優しい男はいない」
と感動したジュニアだったが、別の日、彼も同じ公園でオンブバッタが離れ離れになるのをみて泣いた。

ジュニアは、
「せいじの1Pなんか、何回みたか」
という。
初めてみたのはジュニアが小学生のときで、中学生のせいじは顔を真っ赤にしながら
「ちゃうねん、ちゃうねん、実験や」
と弁解した。
あるときジュニアは、幼稚園のとき、絵を描いていて先生に
「太陽は紫色じゃない」
と怒られたことがあった。
そのとき強い違和感と悲しみを感じたが、小学生になっていつものように友人の家に遊びに誘いに行くと、中からその子の親が出てきて
「息子はいない」
と言われた。
そして帰り際、家の中から
「千原くんと遊んだらあかん」
という声が聞いた。

中1のとき、周囲の同級生がチェッカーズやおニャン子クラブなどのレコードを買う中、ジュニアは、
「なんかみんな聞いてるアイドルとかテレビの人のやつじゃなくて、なんかもっとこう無茶苦茶なヤツないんか」
と思っていた。
そして初めて買ったレコードは、日本のパンクロックバンド、ザ・スターリンの「虫」。
入っていた中学校は、中高一貫の進学校。
1つの教室に2人の教師がつき、まだ中学生なのに大学受験に向けてを猛勉強する雰囲気になじめず、友人も出来ずに孤立。
ある日の帰り道、橋から川に制服を投げ捨て、以来学校に行く事はなかった。
14歳から15歳まで引きこもることになったジュニアは当時のことを
「神経がほんとむき出しで、ほんとにビリビリ…」
「引きこもってること自体に自分自身違和感を感じながら、でも引きこもるというか、その場所にしか居れないという・・・」
「ほんとにこう、しんどい感情を抱きながら、その部屋にずっといた」
「両親が、僕が学校に行かなくなったことでよく喧嘩するようになったし、そういう声が聞こえてきて、でもちょっと待ってくれ、なんとかしようと思てんねんけど、どっちに足を踏み出していいかわからないみたいな」
などと語っている。

せいじは高校に入ったとき、知能指数測定を受け、
「普通に勉強しとけば東京大学に入れる」
という学校史上初の高数値を叩き出し、特別進学コースに入れられたが、成績が悪すぎて2年生から普通科になった。
しかし非常に目立つ存在で、女子からもモテて、最高で3股をしていた。
毎年開かれていた10kmマラソンでは、スタート直後に脇道に入り、親戚のお姉ちゃんに車でゴール付近まで送ってもらい10kmを5分で切り、陸上競技10000mの世界記録、26分11秒を大幅に縮めたが、停学処分。
その他、カンニングなどで3年間で8回、停学になった。
そして卒業後、大阪の専門学校、ニュースタークリエーション、通称:NSCに入学。
3ヵ月後、相方を決める時、
「明日、弟連れてくるわ」
と言って家に引きこもっている4歳下、15歳のジュニアに電話。
「はい」
「あ、浩史?」
「・・・うん」
「俺やけど吉本一緒に入って芸人しよか?」
「・・・・・・」
「土曜日来て、大阪」
「・・・・わかった」
「絶対売れるしな、ほな土曜日」
「・・・はい」
「ガチャ」
そしてNGKなんばグランド花月の前での待ち合わせにせいじは遅刻。
その間、ジュニアはずっとドキドキしていた。
そしてNSCに入ったジュニアにせいじは、
「明後日までにネタつくってこい」
と命じ、そのネタはNSCで爆笑をとり、ジュニアは
「俺にはこれしかない」
と決意。
1日も登校していなかった高校を2ヵ月で中退した。

こうしてジュニアはせいじに強引に誘われ、今の生きている道に入ったわけだが、
「僕なんか本当に奇跡的に、たまたませいじが、引っ張り出してくれたから。
もし、せいじが居なければ、まだ部屋にいた可能性もぜんぜんあります」
といっている。

引きこもりが社会問題として取り上げられ、コメントを求められると
「ひきこもった人にはこうやればいいという答えがないから。
十人十色、100人100色」
「ひきこもりって特別なことじゃないんや。
誰でもそれぞれ不安や悩みを抱えてる自分のペースでいいから少しずつ歩いていけばいいんちゃうかな」
「引きこもっていることで、プラスになることもあると思う」
と優しく応援している。

NSCには200人以上の生徒がいて、発声や演技、ダンスなどいろいろな授業があったが、あまり面白くなく役に立ちそうでもないのでボイコットする生徒も多かった。
しかしバッファロー五郎の竹若だけは、すべての授業を1日も休まず、ダンスの授業ではメガネが外れないようにメガネバンドをつけるなどして1番、熱心に取り組んでいた。
週に1度、生徒がネタを発表し講師がアドバイスする「ネタみせ」という授業にはほとんどの生徒が参加。
ここでジュニアが始めて笑ったのが、袖のないGジャンを来たFUJIWARAの原西孝幸の見たことのないような動きのコント。
千原兄弟がネタを発表した後、隣にドカッと座って
「お前らおもろい」
と人差し指を突きつけながらいったのが吉本新喜劇の福山雅治こと大山英雄。
兄弟は同じ自動車教習所に通っていた。
雨上がりの教習でジュニアが運転していると、歩道でせいじが傘をグルグル回しながら熱唱していた。
隣に座っている教官は
「はーいよそ見しなーい。
外出たら頭おかしい人いっぱいいるからねー」
と言った。

コンビ名は、お笑い新人コンテストのエントリーシートを書くときに
「千原兄弟でええやん!」
と吉本の女性社員に言われたのがきっかけ。
せいじはツッコみ、ジュニアがボケ。
ネタづくりは基本的にジュニア。
当初はジュニアがネタを書いている場にせいじも同席していたが、ある日の深夜、せいじが
「今日、親友が来てんねん」
と席を外し、早朝になって顔中キスマークだらけで帰ってきて、以降、せいじはネタづくりに参加しなくなった。

千原兄弟は、ダウンタウンや雨上がり決死隊が東京に進出した後、大阪で頭角を表し、お笑いライブでは異例の大阪城ホール公
演を開催し超満員にした。
千原兄弟の舞台の練習は、ジュニアが考えたネタを監督に伝え、照明に伝え、音響に伝え、小道具に伝え、すべてに人間に伝え切ってから
「おもろいんやろなァ?」
とせいじが登場。
せいじは「おもろいんやろなァ?」とはいうが、ネタに文句をいったり修正したことは1度もない。
なにもいわずにそれをやる。


若手時代のジュニアは
「ジャックナイフ芸人」
と呼ばれた。
その由来は、いつも鋭い目つきをしながら、飲み会の席でも大喜利を始めるなどお笑いにストイック姿勢、そして芸人を含めさまざまなものに対する対抗意識をムキ出しの態度と尖った行動をとるため。
NON STYLEの石田明はジュニアのファンで追っかけをしていたが、あるとき人が殺到しもみくちゃになりジュニアに足を踏まれてしまい
「痛っ!」
といったところ、ジュニアから至近距離でガンを飛ばされ(睨まれ)
「あぁ?」
といわれた。

ジュニアは、15歳でデビューし芸歴が長く、同い年や年上の後輩が多く、年上から敬語で話されたりする。
ナインティナイン、岡村隆史も4歳上の後輩。
あるとき岡村隆史がレゲエクラブの2階にいるとき、1階ではジュニアとメッセンジャーの黒田有が来店。
女の子に
「芸人や~ん、なんかおもろいことやって~」
とリクエストされ、黒田は尻を出したが
「全然おもんないねんけど」
と言われ
「おらぁ~!」
とキレた。
すると女の子の周りにいた男もキレて、仕方なくジュニアも参戦。
突然、1階が騒がしくなり、岡村隆史は
「おらあァッー」
と暴れるジュニアを目撃。
「関わってはいけない…」
と思った。
その後、ラジオで「ジュニアは危険人物」と悪口を言って笑いをとってしまう。
ジュニアは、自分のラジオ番組にそのことが書かれたハガキが届き、ボソッと
「シバいたる…」
とつぶやいた。
ジュニアが住んでいたマンションの1階には飲食店の入っていて、ある日、ベロベロに酔っ払って帰ってくると店員に
「宮迫さんと岡村さん来てますよ」
と教えてもらった。
ジュニアは店に入って先輩の宮迫博之に挨拶。
そして
「あれ?
小っちゃいの、挨拶あれへんな。
おい!何かおかしない?」
とカラみはじめた。
しかしちゃんと挨拶する岡村隆史を目撃していた宮迫博之に怒られた。
(この後、2人はいよいよ近づくことがなく、2011年の「笑っていいとも!増刊号生SP」で初めて共演し、2人は近くにいたものの、まったく会話を交わさず、翌年の「めちゃ×2イケてるッ!」でやっとまともに共演を果たした)

あるとき東西の人気若手芸人が名古屋に集まってネタ対決をするという企画があった。
犬猿の仲だったせいじとやるじゃねぇかーずの浦井崇は、大阪から名古屋に向かう近鉄電車から会場に着くまでずっと口喧嘩。
本番5分前にも舞台袖でヒートアップし、浦井がせいじにヘッドロック。
兄をやられたジュニアも参戦し、騒動は拡大。
そこへ
「お前ら、本番前に何してる!」
と止めに入ったのが極楽とんぼの加藤浩次。
面識がなかったジュニアは
「やかましいわ、コラッ!」
以降、狂犬とジャックナイフが共演することはなかった。

2001年、東京に出て徐々に仕事が増え、「踊る!さんま御殿!!」の初出演が決まり番組アンケートを提出した帰り、ジュニアはバイクで自宅に向かっていて、タクシーと衝突しそうになり猛スピードのままガードレールに激突。
前頭骨骨折、鼻骨骨折、下顎骨骨折、頬骨骨折、上顎骨骨折、眼窩底骨骨折、眼窩内壁骨折などで一時、意識不明になった。
術後、ICUに入ったとき、顔面は腫れ上がりガーゼは血まみ、体のいろいろな所に管が通されていた。
お見舞いにいったYOUは、タバコを吸ったジュニアの喉から煙が出るのを目撃し、
「魂出てる」
と驚いた。
ダウンタウン、松本は、ジュニアにコンパのセッティングをさせていたが事故で連絡が取れないため、
「ジュニアやったら、あの店やろ」
と予想し、いってみると女の子がいて、正解したご褒美にその中の1人をお持ち帰りした。
入院当初、鼻に入った管から栄養を摂っていたが、アイスなら食べていいという許可がおりたジュニアは
「すとろへりーはふぇはへはい」
とストロベリーパフェをリクエストし
「おいふぃ」
いって食べた。

顔面が
「グッチャグチャだった」
というジュニアは表舞台に立つことを諦め、放送作家など裏方に回ろうと思っていた。
そんな中、先輩や後輩の芸人がひっきりなしにお見舞いに訪れた。
今田耕司は、バイクで死にかけた後輩にバイク雑誌、東野幸治は、ご飯が食べられないという後輩に「美味しんぼ」全巻などユニークなお見舞いを置いていった。
そして
「コイツ、芸人やめる気ちゃうか」
と思った東野幸治は、「鶴瓶・上岡パペポTV」の最終回のノー編集のビデオテープを渡した。
上岡龍太郎、鶴瓶、間寛平、明石屋家さんま、島田紳助、村上ショージらが同じ板に立ってボケまくるのをみたジュニアは
「絶対こっち戻りたい」
と芸人継続を決意。
そして千原兄弟のトークライブ「チハラトーク」で大きなサングラスをかけて復帰。
せいじはジュニアを後ろ向きにして顔面をチェックし、爆笑。
せいじは1度も見舞いに行かなかったが、弟の見舞いに行ってくれた1人1人にお礼を言っていた。

ジュニアは、板尾創路を尊敬し、たった1人の板尾軍団の団員で、数々の奇跡を目撃した。
甲子園に行こうと誘われ、2人でスタンドで観戦していたとき、7回裏、阪神タイガースの攻撃が始まる前、恒例のジェット風船飛ばしがあった。
そして8回表、裏が終わり、9回表を迎えたとき、誰かが飛ばしたジェット風船が板尾創路のおでこに
「ペチッ」
板尾創路はクールな表情のまま髪をかき上げてそれを落とした。
よく一緒にメシを食いにいっていたジュニアは、板尾創路が定食屋でショーケースに入っているサンマを取ろうとして突き指したり、暖かいソバを半分くらい食べてから、
「オレ冷たいやつ頼んだよな?」
と言ったり、エビフライ定食を注文しエビフライを残したり、ティッシュをスライスチーズと間違えて食べそうになるのをみた。
その他にも
「明日(午後)3時に家来い」
といわれ、ジュニアが時間通りに訪ねると
「何や?」
と不機嫌そうにいわれたり、楽屋でエアコンの調子が悪いとずっとエアコンを睨んでいたり、悪口をいっていた女性と後日、手を繋いで歩いていたり、百貨店の家具売り場で知らないおばさんとダブルベッドを見ていたり、コンビニで
「サンドイッチとコーヒー買うて…」
と言いながらおむすびとお茶を買ったり、ファミコンの野球ゲームでコンピュータ同士の対戦をジーっと観戦していたり、出産祝いとしてベビー服をもらったお返しにピンボケの子供の写真をあげたり、パイプ椅子に貼られていた「関係者席」の紙を背中につけたまま喫茶店へ行ったり、アロンアルファを目に入れて失明しかけたり、日光東照宮で参拝したときに二礼二拍一礼のことで頭がいっぱいになってお願い事を忘れたり、神がかり的な天然を目撃。

NHK、深夜の生放送番組「着信御礼!ケータイ大喜利」では、今田耕司、板尾創路、ジュニアが競演。
番組終了、残り5秒前、
「最後に一言メッセージをお願いします!」
とフラれた板尾創路は、潤んだ瞳でジッとカメラを見つめたまま一言も発することなく番組が終了させてしまった。
NHKホールで行われたケータイ大喜利初の公開収録のオープニングで
「(生放送ではなく公開収録は)基本的に大反対」
とコメントし
「なんでですか!」
とツッコまれた板尾創路はエンディングで、今日の感想を聞かれ、再び
「基本的には大反対です」
と答えようとして
「基本的にはだーはいたーです」
と噛んでしまった。
しかし照れるどころか胸を張り堂々と仁王立ち。
その潔さに客席からの拍手が止まらず、遂にはスタンディングオベーションに。
あるときNHKで生収録が終わった後、板尾創路とジュニアは朝6時から映画の撮影があってバスで移動。
「こんなもん寝られへんな」
板尾創路がいうのでジュニアは
「そうですねえ」
と応じたが、しばらくしてみるとスヤスヤと寝息と立てていて
「さすが板尾さん」
と思った。
そして現場に着くと、板尾創路は遠山の金さん役、ジュニアは水戸黄門役でヅラと衣装を装着。
「よーい、スタート」
勢いよく立ち上がり、桜吹雪の入れ墨をみせる板尾創路。
しかし首にマフラーを巻いたままで
「カット!」
次のシーンは
「おうおうおうおうっ」
と袴を持って歩くシーン。
なにやら白いものがカメラに向かって飛び
「カット!」
板尾創路が足の裏に貼っていたカイロだった。

あるとき板尾創路に
「お前のテレビの出方はなんや?
地球上、ほぼほぼお前より年上や。
で、今日、大阪の街を歩いたけど、みんなジュニアさん、ジュニアさんっていうてる。
志村さん、みてみ? 
みんなから、志村、志村、志村って。
あれが芸人のあるべき姿や」
と説教され、ジュニアは
「わかりました」
いったが、その後、お店を出たところで
「あっ板尾さん」
とさんづけされていた。
しかしこのときの板尾創路のアドバイスが
「何%の人だけがわかってくれればいい」
と思っていたジュニアの笑いの理想が、
「1000人いたら1000人笑わせたい」
に変わるきっかけになったという。
またジュニアとダウンタウンを引き合わせたのも板尾創路。
普段、誰ともつるまない板尾が
「えらいつるんでる後輩がいるらしい」
という噂を聞いた松本人志が
「誰やそれ?」
となったことがきっかけとなった。

せいじは、毎年、芸人ブサイクランキングにおいて上位に入る顔面を持っているが、181cm、75kgとプロポーションは抜群。
嫁は元ファンで、長男にはよく
「ハゲとるやないか」
「中途半端にハゲやがって」
といわれていた。
木村拓哉が乗っているワゴン車からせいじが出てくるとドッキリで犠牲となった一般女性はあまりのギャップに腰を抜かして立てなくなった。
車で外出中、マクドナルドのドライブスルーで注文し、高速道路に入ってからポテトが入っていないことに気づくとすぐに引き返し、ポテトのみならず、高速代も要求。
最終的に本社へ電話を入れたが担当者に
「我が社のポテトをそれ程までに愛して頂き、ありがとうございます」
といわれると上機嫌になり、
「かまへん、かまへん」
その後、周囲に
「あの店は最高やで」
と語った。
ダウンタウンの「絶対に笑ってはいけないスパイ24時」では、
「せいじ ガサツやから OUT」
と宣告されレギュラー陣以外で初めて罰を受けた。

非常にデリカシーはない反面、非常にオープンで、どんな生物とも打ち解けることができる。
外国語は全く喋れないが、アフリカ大陸の30ヶ国を含む世界の60ヶ国以上を訪れ、ベトナムを訪れたとき、バイクタクシーの運転手が指定した場所の道をよく知らずモゴモゴしていると、運転手を押しのけて自分で運転。
マサイ族の村を訪問したときは、いきなり
「オイ!
自分の子どもはどれや?」
と聞いた。
「ここにいるのは全部、私の子どもです」
マサイは一夫多妻制で男性に数十人の子供がいるのを知ると
「めっちゃヤルやんけ、お前」
と肩を抱いた。
その後、すぐに溶け込み、翌日にはせいじの後ろをマサイ族がゾロゾロと付いて行くまでになった。
普通なら躊躇するような怪しい料理をアッサリと食べ、
「不味い!」
といった。
車で移動中、ラクダの群れが道を塞ぎ車が立ち往生。
ラクダは車を怖がらないので現地のドライバーは諦めていたが、せいじは
「俺に任しとかんかい」
と車を降り、
「ちょっとどいてくれや!」
とラクダにいい、手を大きく動かし
「行け!」
とジェスチャー。
するとラクダの群れが移動を開始。
「あいつはラクダ使いか!」
と驚かれた。

ゴリラを研究している施設でのロケでは、ゴリラは警戒心が強く人がいる所には出てこないと言われたが
「おーい!出てこーい!」
というと奥からボスゴリラが出てきて蹲踞の姿勢。
研究者によるとそれは歓迎を意味。
その後、別のオスゴリラ2頭と赤ちゃんを抱いたメスゴリラ1頭も出てきて、メスゴリラは赤ちゃんをせいじに見せたため、研究者は驚愕。
昼間、赤ちゃんを抱いて出てきて、しかも人に見せるなど初めてのことだった。
番組でサイの赤ちゃんを見に行ったときも、赤ちゃんは奥の方にいるので撮影は不可能だと言われたが、せいじが行くとなぜかサイの親子がこっちに向かってきて、無事赤ちゃんを撮ることができた。
サイの赤ちゃんは「せいじ」と名付けられ、アフリカですくすくと育っていった。
タイにサルしかいないという島があって、そこに道具を使って貝やカニを食べるカニクイザルがいた。
しかしカニクイザルは賢いが故にめったに人間に姿を見せない。
「ほんまにおるん?」
せいじが島をウロついていると奥からガサガサとカニクイザルが出てきて貝を食べ出した。
「よっしゃ~」
とせいじはそばに行き、
「ウェーイ♪」
と石で貝を割って渡すとサルは
「オゥ!」
と応じ食べた。
何個も貝を割って渡していると5、6匹のサルが並んで待ち始めた。
ロケが終わり、島を出る時にはボスらしきサルがせいじ達をずっと見送っていた。
「初対面のカメラマンと2人きりになったらどうするか」という企画では、開始数秒で積極的に話しかけた。
「徹子の部屋」では黒柳徹子のペースに一切惑わされず、自分の思い通りにトーク。
世界的に有名なフィリピンのプロボクサー、マニー・パッキャオが好きで、マカオでの試合後のホテルまで押しかけて起こし、ツーショット撮影。
Facebookを始めるとすぐに「友だち」が上限に到達してしまい、その後、閉鎖。

ガサツで雑な兄に比べ、弟は神経質でストレス体質。
新しいタバコを開けるときビニールをとらなければならないが、
「灰皿に捨てて焼けて臭いし、小さく折りたたんでもピローンとなる」
と捨てに行かねばならず、大嫌いで1カートンで買うと、まず全個取り出しビニールを取り外す。
ある朝、マンションの窓を開けるとパジャマ姿でゴミ袋を持って歩く男性を発見。
みているとゴミ置き場まで4、5mの地点で止まり、そこからゴミ袋を投げて
「室伏~」
といった。

そして「ズームイン!!SUPER」をみていると日本語の研究家が
「最近は日本語が乱れている」
と警鐘を鳴らしていた。
そして
「上司に『うん』と答えたり、『はいはい』と答えたり『はい』といえない若者が増えている」
とし「はいと言おう!全国運動」を行っているといった。
すると男性アナウンサーが
「はいはい」
と返事をしたのを永遠のレジスタンス、ジュニアは見逃さなかった。

ファミレスのジョナサンに入ったとき、抽選で当たる懸賞があって
「C賞 5000名様にお食事券2000円」
「B賞 1000名様にオリジナルティーセット」
とここまではよかったが
「A賞 ジョナサンの店長と行く石垣島」
と書いてあるのをみると
「なんでやねん」
「何店の店長やねん」
などとツッコみながら応募した。

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