【空手家】八巻建志(後編) ~俺の前に立ったら30秒と立たせておかない~

【空手家】八巻建志(後編) ~俺の前に立ったら30秒と立たせておかない~

極真空手の全日本大会で初優勝した八巻建志 は、自分は日本一、世界一強いと思った。 しかしその後、バイク事故で彼女に大ケガを負わせてしまう。 以後、5年間、地獄をさまよった後、復活し、2度目の全日本大会優勝、100人組手達成、世界大会優勝。 最強の空手家となった。


特訓は体重コントロールに及び
「ボクサーの身体はこんなもんじゃない。
もっともっと減量しなくちゃダメだ」
と1日に許された水の量はコップ1杯。
汗を絞りに絞り黙々とトレーニングを積んだ。
105㎏あった体重は95㎏に落ちた。
減量が進むと次は空手のスタイルの改造に着手した。
「構えを小さくすれば攻撃をもらわない」
と、腰を落とし、身体を屈め、両手をぐっと狭めて構える前傾姿勢。
ボクシングのクラウチングスタイルだ。
廣重師範は心配した。
「絞りすぎなんじゃないか」
「その前傾姿勢では腹部が圧迫されて十分な腹式呼吸ができない。
第一、空手とボクシングはまったく違うんだ。
そんなスタイルは奇をてらうだけで意味がない」

1993年6月18日、極真空手第10回ウエイト制大会の初日。
1回戦はシード、2、3回戦は不戦勝で初日、2日目は試合がなかった。
大阪市内の宿泊先に戻るとロビーで女性が声をかけてきた。
「2日間を戦わずに終えるのってどんな気持ちですか?」
女性は屈託ない笑顔で尋ねた。
失礼な質問に八巻建志は睨んで返答したが、女性は臆することなく質問を続けた。
「なぜウエイト制に出たんですか?」
「調子はどうなんですか?」
「優勝できそうですか?」
「自信はあります」
「明日から頑張ってくださいね」
「はあ」
この女性は城西支部長:山田雅捻の会社で働く女性で、その関係で応援に来ていた。
6月20日、極真空手第10回ウエイト制大会重量級トーナメント。
「オオー」
八巻建志の細くなった身体とクラウチングスタイルの空手にどよもきがあがった。
そして準々決勝、判定勝ち。
準決勝、判定勝ち。
決勝戦、技あり2つで1本勝ち。
「ニュー八巻、発進」
「八巻、完全復活」
マスコミがこぞって煽る中、廣重師範は批判的なコメントを出した。
「稽古のときの八巻には、動きの良い八巻と悪い八巻がいる。
動きの良いときには誰も彼の前に立っていられないほどの力を発揮する。
その八巻を出すことが課題なのですが、残念ながら今回は出ませんでした。
運良く勝ったという感じで今ひとつ納得できませんね」

八巻建志の次の目標は第25回の全日本だった。
ウエイト制で大会で優勝した翌日から10kmの走り込みをした。
1日も休みを設けなかった。
次第に強迫観念が生まれ休むのが怖くなった。
「ボクサーに休みはない。
毎日練習だ」
「ここで手を抜いたら元に戻ってしまう」
そうやって大会前日さえ9時から16時までしっかり練習した。
頬は削げ目ばかりギラギラ光っていた。
身長が187cmで体重は89kg。
骨と皮だけのガリガリの身体だった。
その皮はカサカサになっていた。
かつて「強さ=大きさ」と考え120㎏まで上げて世界大会に挑んだときと正反対の状態である。
「これで身体のキレ、スピードは最高になった」
こうしてついに1日も休まず第25回全日本大会を迎えた。
大会前に父親の会社が倒産し、役員だった父親は家の貯金、自動車などを差し押さえられた。
しかし父はいった。
「大丈夫だ。
必ず再起するからお前は空手に集中しろ」
1993年10月30~31日、極真空手第25回全日本大会。
八巻建志のコンディションは悪く鉛のように体が重く動きにキレがない。
これまで分厚い筋肉で跳ね返した相手の攻撃が薄くなった肉を通して骨まで響いた。
ガツンガツンと骨ばった拳で身体を突かれ奥歯を嚊んで耐えた。
内蔵を揺さぶる決定的なダメージこそなかったが痛みで身体がのけぞり上体が起きてクラウチングスタイルは形を成さなくなった。
1回戦から4回戦までなんとか勝ったが覇者の勢いはなかった。


1993年10月30~31日、極真空手第25回全日本大会。
八巻建志のコンディションは悪く鉛のように体が重く動きにキレがない。
これまで分厚い筋肉で跳ね返した相手の攻撃が薄くなった肉を通して骨まで響いた。
ガツンガツンと骨ばった拳で身体を突かれ奥歯を嚊んで耐えた。
内蔵を揺さぶる決定的なダメージこそなかったが痛みで身体がのけぞり上体が起きてクラウチングスタイルは形を成さなくなった。
1回戦から4回戦までなんとか勝ったが覇者の勢いはない。
準々決勝は七戸博。
185cm110kg。
決して速くないが、攻撃が重く絶対に下がらないパワフルなファイトスタイルの選手。
「ウォー」
七戸は阿修羅の形相で蹴り突きを放つ。
「ドスン」
「バチン」
互いの身体を打ち合う音が響く。
2回目の延長で魔が差した。
(体重判定なら勝てる。
それにこの後、岡本徹、数見との戦いがある。
スタミナを温存するか)
両者の体重差は21kg。
このまま引き分けで終われば体重判定で勝てる。
悪魔のささやきは攻めから守りへ変えた。
そして七戸はガンガン出た。
結局判定負けになった。
結局この大会は7位。
優勝は後輩の数見肇だった。
「あいつは確実に強くなっている
オレは低迷していくばかりだな・・・」
廣重師範は失意の弟子に声をかけた。
「あんな練習で勝てないことがわかったろう。
いい勉強になったな。
これからまた一緒にやろうや」
この後、練習メニューを見直し、再びウエイトトレーニングに取り組んだ。
極真空手ではある程度の脂肪と筋肉がなければダメージが大きすぎる。
勝ち上がるためには適正なウエイトトレーニングが必要と判断したのだ。

幻の佐竹雅昭戦

再び廣重師範の指導のもと稽古に精進しているなか、正道会館の佐竹雅昭選手との対戦のオファーが関係者を通じて入ってきた。
廣重師範は稽古の後に道場生に注意した。
「八巻と戦わせようとする動きがあるようだが、そういう話がみんなのところにきたら断ってください。
私がそういっていたと伝えればいいから・・・」
日ごろ、無口な八巻建志は一気にまくし立てた。
「師範、自分はもし挑戦されたら絶対にやります」
「八巻、お前の気持ちはわかるが、向こうはグローブをつけたら強いぞ」
「自分は極真が1番強いと信じてやってきました。
極真が背中を見せるなんて耐えられません。
どうしても避けれらない話ならやらせてください。
いつでも出て行きます。
自分がこの手でぶちのめしてやります」
後で廣重師範はこういった。
「八巻、お前がそこまでいうなら俺もやってやる。
オランダでもタイでも一緒に行ってグローブの技術をマスターしようじゃないか。
お前の特訓は俺が責任を持って付き合うからな」

転機

1993年12月、八巻建志が知人を訪ねに恵比寿に出かけ昼飯を食べようと歩いていた。
「八巻さん」
振り返ると極真空手第10回ウエイト制大会で
「2日間を戦わずに終えるのってどんな気持ちですか?」
と失礼な質問をしてきた女性だった。
2人は偶然の再会を祝して喫茶店に入った。
女性は名を裕美といった。
裕美は占いを中心としたライターとして独立し構えた仕事場が近くにあるという。
このときは雑談で終わったが、数日後、また会った。
裕美は気さくにどんな些細な話も真剣に耳を傾ける女性だった。
聞き上手の彼女に自然と事故で別れた彼女の話をした。
裕美は一部始終聞き終え一言ポツリといった。
「大変だったね」
その後も2人はデートを重ね、12月24日のクリスマスに結婚の約束をした。
1994年1月4日には入籍し都内のマンションで2人で暮らし始めた。
披露宴は全日本で優勝してからと決めた。

八巻建志がこれまでやってきたウエイトトレーニングは、基本的にボディビルトレーニングで筋肉を大きくすることが目的だった。
その筋肉を有効に活用する、空手家用のパワートレーニングを何とか習得できないか?
そう考えていたとき、幸運な出会いがあった。
ジムのトレーニング仲間のお兄さんで、1つ年上のスポーツトレーナー、足立光だった。
足立光は自らも打撃系格闘技の経験者で、独学で欧米のトレーニング理論を修めた極めて有能なスポーツトレーナーだった。
足立光は身長は170cm程だが胸囲は110cmもあった。
初めて八巻のトレーニングをみてこういった。
「八巻さん、そんなに練習して辛くないですか?」
「辛いですよ。
本当に辛いです」
本心だった。
「あの足立さんの言葉にはドキッとした。
なかなか復活の糸口が見つからず、試行錯誤を繰り返し、内なる不安を打ち消すように猛練習に明け暮れていた。
休むことが怖くて仕方なかった。
世界大会に向けまったく休日を設けず連日バーベルを挙げ道場での指導と稽古に当たる毎日だった」
足立は蓄積した疲労が精神にも及んでいることを見抜き、それを説明した。
「休息も重要なトレーニングの1つですよ」
まず足立は日曜日を完全休養日に当てることから指導し始めた。
布団に入っているもよし、映画をみるのもよし、なにか好きなことに没頭するのもよし、とにかく肉体を動かすトレーニング以外のことをするよう指示した。
「本当に休んでいいんですか?
弱くなることはありませんか?」
「バーベルを挙げる行為は筋肉を破壊しているだけなんです。
休息しているときに破壊された部分が修復されて、より太く強くなると思ってください。
つまりトレーニングの効果を最大限に引き出すか否かは休息次第なんです」
そして肉体の疲労は条件次第で簡単に回復するが精神の疲労を取り除くことは非常に難しいことも説明した。
過去のトレーニングと試合の結果を分析すると、適度な休息を挟まずにやっていたためピークパフォーマンスが試合の大分前に来ていることもわかった。
しかし非効率なトレーニングも悪い面ばかりではなかった。
「下半身がどっしりしていて、膝関節が太く、それでいて速く動ける。
理想的な筋肉のつきかたをしています。
この下半身なら間違いなく世界一になれる。
体調をベストに持っていけば負ける要素はありません」
そして逆に強化点も示した。
「下半身に比べて背筋のバランスが悪い。
突進力は背筋に比例するのでパワーのある外国人に対抗するには背筋強化は不可欠です」

足立のサポートは栄養面にも及び、食事の仕方を妻の裕美にレクチャーした。
火・木・土は空手の稽古が中心。
月水金はウエイトトレーニングとランニング。
以前のウエイトトレーニングは重い負荷に挑戦し筋肉を太くすることにみに専念したが、足立は空手家に求められる筋肉、極真空手の試合を分析し、その上で相手を一撃で確実に倒す爆発力、3分間の試合時間で俊敏に動けるスタミナ、相手の攻撃をガードする肉体を作り上げることをプランした。

「運動競技に要求されるパワーは、ローパワー、ミドルパワー、ハイパワーの3つに大別でき、ローパワーはマラソンなどの主に持久力を要求するもの、ミドルパワーはレスリング、柔道、ボートなどの持久力と同時に瞬発力も要求するもの、ハイパワーは重量挙げやスプリントなど無酸素運動域値、息を止めて運動する瞬発力を要求するもの。
極真空手はミドルパワー寄りのハイパワー。
全力で技を繰り出し相手を倒す時間はせいぜい10秒。
この部分はハイパワー。
試合時間は3分間、延長戦もあり得るのでかなり持久力も要求される。
これはミドルパワー。
つまり持久力の中に瞬発力を生み出す筋肉が必要になるわけです。
重い負荷のみを重視するウエイトトレーニングは重量挙げと同じでハイパワーのみで終わってしまう。
これでは空手に適した筋肉とはいえない。
筋力トレーニングで身体を大きくしてノッシノッシと相手を追い詰め叩き潰す空手は、パワーとパワーが真っ向からぶつかり合う組み手。
しかし新たに目指す空手はヒョウのように敏捷に動き、チャンスとみたら一瞬で獲物を仕留めるような爆発的な攻撃力、これらを併せ持つ緩急自在の組み手です」

当初のメニューは、

月 
広背筋、背筋(ラットプル、デッドリフト)
上腕三頭筋(ライイングフレンチプレス)

大胸筋(ベンチプレス、インクラインベンチプレス、ダンベルフライ)
三角筋(サイドレイズ、バックプレス)
上腕二頭筋(アームカール、ダンベルカール、リバースカール)
前腕筋(リストカール)

大腿四頭筋(レッグエクステンション)
大腿二頭筋(レッグカール)
大腿筋(スクワット)
下腿三頭筋(カーフレイズ)

ウエイトトレーニングのメニューは1~2週間サイクルで見直された。
種目、負荷、レップ数、セット数、インターバルなどは毎回変化した。
足立はトレーニングしている傍らに立ちチェックしながら叱咤激励した。
足立がこれないときは後輩がトレーナーを務めた。
そういうときは足立がFAXでメニューを送った。
後輩は足立と連絡を取り合いトレーニング状況、疲労具合などを報告しアドバイスを受けた。
八巻、足立、後輩、裕美の「チーム八巻」は世界大会優勝をターゲットにして動きはじめた。
空手の稽古は火・木・土。
これはマウンテンバイクを使うようにした。
道場まで約7km、20分程度のサイクリングは気分転換にもなった。
また、スカッシュ、バスケットボール、エアロビクス、水泳など、一見空手とまったく関係なさそうなものもトレーニングメニューに取り込まれた。
これは空手で使う筋肉以外の様々な部位の筋肉を使って刺激を与えることが目的だった。
このとき八巻建志は楽しく笑顔で練習する素晴らしさを知った。

足立はバラエティーに富んだトレーニングメニューをプログラムし、事前にミーティングの時間を設けコミュニケーションを図りながらトレーニングの説明を行った。
ハイパワーの養成は極めてハードなトレーニングを強いた。
無酸素運動が持続するのは最大で40秒程度。
この時間の運動能力を最大限にアップさせるためにサイクルトレーニングを取り入れた。
エアロバイクで40秒間ペダルをこぐ。
30秒にインターバルをはさむ。
これが1セット。
40秒間で全力を出し切るようにこぐ。
最後は身体のパワー全てを出し切るように努力する。
このトレーニングを終えると意識が朦朧として息絶え絶えになった。
「後のセットを考えてスタミナを温存させることのないよう、とにかく40秒間で全力を出し切ってください。
それで目標とするセットがこなせないなら、むしろそちらのほうがベターですから」
月曜から土曜日まで稽古とトレーニングに打ち込み、日曜日は完全休養日とした。
この日はのんびりと過ごした。

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