ともあれ世界大会へ向けて八巻建志の稽古は再開された。
しかし100人組手のダメージは予想以上に大きかった。
小便が出にくく、歩くだけで汗が全身から噴出しすぐに息が切れた。
まずはゆっくり散歩することからはじめた。
そして2ヵ月後に軽いランニングができるようになった。
3ヵ月後にジムワークと道場稽古を再開した。
100人組手の代償は入院生活とあわせて4ヶ月の稽古中断となった。
世界大会の最大の敵となるのはおそらくブラジル勢だった。
フランシスコ・フィリョ、グラウベ・フェイトーザの蹴りはブラジリアンキックといわれ、独特のリズム、軌道、スピード、タイミング、大きさがある。
足刀を突き出し、そのまま回し蹴りに変化させたり、踵落しも軸足をスライドさせながら振り下ろす。
凄まじいスピードの後ろ回し蹴りを連続でビュンビュン振り回す。
日本人の得意な下段回し蹴りと突きという攻撃パターンとはまったく違うバリエーションを持っていた。
その蹴りへの対抗策としてテコンドーの道場へ出稽古することにした。
テコンドーの黒帯5、6人が攻撃を30秒ずつ仕掛けていく。
こちらからの攻撃は一切なし。
受けに専念し相手の攻撃をいかに捌くかに集中する。
テコンドーの選手は身体は細いものの凄まじく切れる足技を持っていた。
半身に構え脚全体を鞭のようにしならせ蹴りを飛ばす。
爪先は空気を切り裂くカミソリのようだった。
極真空手とは蹴り方が根本的に異なっている。
実際に組み手をはじめると攻撃をもらうケースが多い。
どうしてもガードが追いつかない。
しかし半月もたつと目が慣れ、ステップワークやスウェーでかわしたり、体の芯をずらして相手の攻撃を殺したりする防御ができた。
1ヶ月もすると外国人選手のトリッキーな蹴りへの対策は万全といえるほどになった。
前蹴り
道場でのスパーリングでは、これまでになかった感触が出てきた。
蹴りが力みなくスッスッと出せるのだ。
中でも前に突き刺す前蹴りはダブル、トリプル(2連続、3連続)と叩き込めるようになった。
しかも1つの構えから中断、上段へ自由自在に、それまでの押し込むような蹴りからビュンと突き刺すような蹴りに進化した。
相手の前進を止めるストッピングではなく相手を破壊する必殺の蹴りに変わっていた。
相手はこの前蹴りにまったく対処できず吹っ飛んだ。
膝が上がった時点で上段か中段か見当がつかず、膝が伸びはじめてわかったときには遅すぎて前蹴りの餌食になった。
これは100人組手のおかげだった。
体力・精神力が限界を超えて戦ううちに、余計な力が抜けて流れるような蹴りを会得していた。
一見非合理な100人組手は科学を超えた不思議な力を与えてくれた。
廣重師範も前蹴りに指導の重点を置いた。
「お前の前蹴りは手前でグンと伸びる。
おそらく相手が予想する間合いより30cmは伸びるはずだ」
空蹴りとサンドバッグへの蹴りを1日何百本と繰り返し、タイミング、スピードに磨きをかけた。
廣重師範は八巻に自信を持っていけとアドバイスした。
「打ち合いでお前に勝てる人間は世界のどこにもいない。
少々の攻撃はよけなくても大丈夫だから、その分思い切って攻撃を仕掛けろ」
廣重師範は、<強い八巻>が出れば世界のどんな人間にも簡単に勝てると思っていた。
八巻が100%の強さを発揮する場面は年に1、2回あった。
それも道場稽古で、身体がいつもより軽く自由に動き、中国拳法でいう練足が自由に使えていて、通常の送り足、前足がまず動いてそれに後足が追う動きに比べ、練足は左右の足が交互にスッスッと動いて通常の倍の速さで距離を詰める。
相手はアッという間に間合いを詰められ何もできずに追い詰められ攻撃を食らう。
逆に攻撃すればスッとかわされてしまう。
そして前蹴りはパンチの間合いでポンポン出る。
この出入りのある組手をやってしまう日が年に数回あった。
「強い八巻が試合で現れれば誰もお前の前に立っていられない。
間違いなく世界最強、無敵だ」
廣重師範の目には試合場での八巻は30%の力しか出していなかった。
世界大会前の暗闘
「フランシスコ・フィリョは化け物だ」
「日本人は勝てない」
「世界大会はフィリョの大会」
「フィリョを日本人選手が追いかける構図」
大会前、マスコミは盛んにフランシスコ・フィリョを持ち上げた。
フィリョの師である極真空手のブラジル支部長:磯辺清次師範は八巻建志についてこう発言した。
「大したことない。
4年前の世界大会でフィリョが負けたのは、フィリョがフグをKOして満足してしまったからだ。
しかも今のフィリョは当時とは別人」
八巻建志は自分をとことん追い込むものが必要だと思い一か八か賭けに出た。
大会終了後、妻と自分の両親をハワイ旅行に招待すると宣言した。
もちろん蓄えがあるはずはなく旅費は優勝者に与えられる武道奨学金を当てる算用だ。
「もう優勝しかない」
マンションの壁にハワイのポスターを貼り、朝晩、青い海を見てと自分を奮い立たせた。
世界大会1ヶ月前、稽古の最中、腰痛が爆発した。
最終的な追い込み時期であったが仕方なくベッドで伏せていた。
首と背中がカチカチに張っていた。
自身も現役時代に散々腰痛に苦しんだ松井館長がアドバイスした。
「以前、私が通って効果のあった鍼灸の治療院が3軒あります。
この3軒を回ればなんとかなるんじゃないかな」
格闘技雑誌の取材で自宅近くの公園でグラビア撮影があった。
「上半身裸になってください」
撮影中、編集者がいった。
「最近ウエイトをやっていないので胸の筋肉が落ちています。
とても雑誌のグラビアになるような体ではありません」
このとき腰をカバーするためにさらしを何重にも巻いていた。
腰痛を知っているのは廣重師範、松井館長、城南支部の数人だけだった。
治療のかいあって2週間ほどで稽古が再開できた。
ある夜、自宅の電話に女性のヒステリックな声が飛び込んできた。
「優勝したら殺す」
「不正はやめろ」
嫌がらせの電話は毎日かかってきた。
手紙も届いた。
封を切るとどこかのナイトクラブをバックにした女性の写真が入っていた。
便箋にはこう書いてあった。
『八巻さんと過ごした白里海岸の夜のことは一生忘れません。
奥さんと離婚してくれるといったけど、私はあの日愛し合ったことだけで十分です。
お腹の子供は私が育てていきます。
これは私のお気に入りの写真なので送ります。
時々は思い出してくださいね』
嫌がらせの電話と手紙は続いたが気にしなかった。
世界大会1週間前、この日のウエイトトレーニングを終えて、これですべての稽古を終了した。
道場仲間とホルモン屋で食事会を行った。
ウエイトトレーニング、サーキットトレーニング、テコンドー、道場の稽古、調整の遅れはあったができることはすべてやった。
極真空手 第6回全世界空手道選手権大会
1995年10月30日、世界大会前日、西池袋メトロポリタンホテルで行われたレセプションパーティーに参加。
会場には優勝候補のブラジル支部のフランシスコ・フィリョ、グラウベ・フェイトーザ、リングスにも出ているグルジアのビターゼ・タリエルなどの大型選手がゴロゴロいた。
その夜もホテルの部屋に自宅から転送される嫌がらせの電話が幾度となく入った。
11月1日、 第6回全世界空手道選手権大会初日。
朝、ホテルの部屋のカーテンを開けると黄金色の太陽の光が射し込んできた。
目が痛いほど空は青かった。
「いよいよ来たな。
これから3日間全力を出し切るのみだ」
10時、東京体育館へ入った。
体重を測定を受け、軽いウォーミングアップ。
11時、開会式が始まり168名の選手が勢ぞろいした。
世界大会は3日間かけて行われるビックトーナメントで優勝するには8回勝たないといけない。
初日に客の入りは5分程度だった。
トーナメントで八巻建志はAブロック。
フランシスコ・フィリョはDブロック。
グラウベ・フェイトーザはCブロック。
彼らに当たるなら準決勝以降になる。
足立は檄を飛ばした。
「コンディションは最高に仕上がっている。
今の八巻さんに勝てる人間はいない。
あなたは最強なんだ」
別のトレーナーもマッサージしながらいった。
「どんな怪我を負っても私が治してみせる。
だから後顧の憂いなく精一杯戦ってください」
廣重師範は、自身が第2回の世界大会で足刀の試割で失敗し3回戦で判定負けした経験から弟子のおごりと油断を戒めた。
「八巻、格好はつけるなよ。
世界大会だと必要以上に気負って自意識過剰になりやすい。
それで実力を出し切れず負けてしまう選手が多いんだ。
俺もそうだったよ」
1回戦はシード。
2回戦は韓国のヤン選手。
ヤンは小柄な体ながらアグレッシブに仕掛けた。
八巻建志は焦らずじっくり追い込んで下段回し蹴りで確実に相手の脚を蝕んでいった。
判定4-0でまずは無難に緒戦を乗り切り初日が終わった。
ホテルに帰ると嫌がらせ電話が入ってくる。
「死ね」
「八百長野郎」
「不正はするな」
11月2日、第6回全世界空手道選手権大会2日目。
この日の第1試合にフィリョが出るということで午前中の早い時間から客は7割入った。
12時過ぎ、そのフィリョの試合が始まった。
183cm108kg。
上腕は丸太のように太い。
相手はスティーブン・クラーン(イギリス)。
クラーンはしゃにむに攻めた。
フィリョは冷静に相手を捌き、時折放つ中段回し蹴りだけで圧倒し3-0で判定勝ちした。
4年前の世界大会より身体が厚みを増し、組み手もドッシリと腰が落ちて安定感を増した。
八巻建志の3回戦の相手はウラー(パキスタン)。
ウラーは回り込みながらゴツゴツした正拳を突いた。
八巻の攻撃を反則であるが道衣を掴み遮った。
「掴むな!」
八巻は叫んだがウラーはラフな攻撃をやめない。
何回かこれも反則である顔面に突きを入れ八巻の前歯が少し欠けた。
試合は結局延長までもつれ、八巻が下段回し蹴りでウラー動きを止め右のボディフックを決めた。
そして4-0の判定勝ち。
この日、、空手母国の威信にかけて王者を死守せんとする日本人選手たちの中で2人が破れた。
ホテルの部屋に戻ると嫌がらせ電話の主は怒っていた。
2日目を生き残り最終日に進んだことに怒り心頭のようだ。
「優勝したら殺す」
「試合中、大変な目にあわせてやる」
この電話は翌朝7時半まで鳴った。
どこの誰かは知らないがこのイタズラ電話のおかげで八巻建志の闘志が高まり、精神面で過去にないほどベストコンディションだった。
11月3日、 第6回全世界空手道選手権大会3日目。
東京体育館は10時の開場と共に満員の観衆で埋まった。
その数12000人。
選手は、試合前にドーピング検査を受けた。
「大丈夫。
絶対勝てますよ。
ここまでケガもないし、最高の状態に仕上がった八巻さんが負けるなんて想像できないもの」
足立光がいった。
八巻建志の最後の挑戦が始まった。
嫌がらせ電話のこともあり、城南支部のメンバーは選手をガードし飲み物や食べ物への薬物混入を防ぐために管理した。
13時10分、4回戦の相手はカナダのチャンピオンであるジェイソン・シャンテカーク。
ジェイソンは右の下段回し蹴りを飛ばしながら強烈な正拳を打ち込んだ。
八巻は前蹴りで牽制し、中段、下段回し蹴りで相手の突進を止め、集中的に相手の右大腿に左下段回し蹴りを叩き込んだ。
左、左、左・・
ジェイソンは苦悶の表情で右足を上げてガードする。
そこへ左上段回し蹴りを放った。
「バシッ」
いい音がしてジェイソンの右側頭部にヒット。
動きが止まった相手に左右の下段から正拳の連打。
そして体重を乗せた右の下段回し蹴り。
ジェイソンは身体をくの字に曲げ技ありを取られた。
4回戦といえば世界ベスト32。
日本人選手の敗退も出始めた。
瀬戸口雅昭はポーランドのユーゲウス・ダデズダフに判定負け。
高尾正紀はブラジルのルシアーノ・バジレに判定負け。
成嶋竜はオーストラリアのギャリー・オニールに判定負け。
中量級王者の青木英憲はフィリョに前蹴り1発で場外のカメラマン席まで吹っ飛ばされた。
ブラジル支部のグラウベ・フェイトーザもシュナーベルトを膝蹴りで一蹴した。
5回戦の相手は杉村多一郎だったが、杉村が前戦で左目の上を13針縫う大ケガを負って棄権し八巻建志は不戦勝となった。
田村悦宏がブラジルのルシアーノ・バジレに破れ、岩崎達也はギャリー・オニールに破れ、池田政人はフィリョの重い突きを胸をボディに叩き込まれ右下段回し蹴りで1本負けし、高久昌義はニコラス・ペタスに技ありを取られて負け、市村直樹はグラウベ・フェイトーザに顎に高角度の蹴りを何発も食らい判定負けした。
5回戦を終えベスト8が決まった。
その中で日本人選手は3人。
ブラジル選手も3人。
しかしブラジルは代表枠4人中3人が生き残っていた。
準々決勝の第1試合は、八巻建志 vs 黒澤浩樹。
前回の世界大会では、体重判定で黒澤浩樹が勝った。
またここまで4試合、黒澤浩樹は延長戦は1つもなく本戦で決め、技ありを2つとっての1本勝ちが2つある。
「はじめ」
「ドンッ!」
審判の声と太鼓がほぼ同時に鳴った。
黒澤浩樹は両腕で顔面をガードしながら小刻みなリズムを刻みながら接近。
八巻建志は懐に入られるのを嫌って左上段前蹴りをフェイントに出して左下段回し蹴り。
近づきたい黒澤浩樹は強引に突っ込んだ。
八巻建志はそれに左上段前蹴りを合わせた。
黒澤浩樹は構わず前に出て右下段回し蹴り。
八巻建志はバックステップでかわした。
上段への警戒を強めて両腕を高く構える黒澤浩樹のボディに八巻建志が前蹴りを入れるとバランスを崩しスリップダウン。
顔を強張らせた黒澤浩樹が渾身の力を込めた右下段回し蹴りを狙うが、八巻建志は打ち合わずスッと引いてかわす。
黒澤浩樹は構わず左下段回し蹴りを狙って踏みこむと、八巻建志は上段前蹴りをカウンターで入れた。
黒澤は再びスリップダウンした。
黒澤浩樹の必殺技は下段回し蹴り。
下段回し蹴りは接近して威力を発揮する技だが、八巻建志の前蹴りは射程距離が長くも短くもなる。
しかも回し蹴りよりも技が速い。
黒澤浩樹は、接近して正拳から左右の下段を決めたい。
八巻建志は前蹴りを放って距離を保ち続けたい。
「バシッ」
黒澤浩樹の下段がいい音で決まる。
その下段は異常に強く、1発で相手を体ごと持っていく。
下手すれば一撃で戦闘不能にしてしまうほど凄まじい破壊力も持っている。
八巻建志は連打を食らってサンドバッグにならないように常に動き黒澤浩樹の攻撃の打点の軸を外しすかし、前蹴りで黒澤の下段の連打を許さなかった。
しかし黒澤浩樹は決してあきらめずに前進し続け、下段蹴りと正拳で攻め続けた。
八巻建志は猪のように突進してくる相手のボディに右膝蹴りを突き上げてから右後ろ回し蹴りを放った。
「ドスン」
と右の踵がボディにめり込んだが、黒澤浩樹は何事もなかったがごとく左下段回し蹴りを蹴った。
両者距離が潰れてもみ合いになった。
一瞬、黒澤浩樹のガードが下がった。
八巻建志は右膝を捻りこむように突き上げた。
「ガシッ」
黒澤浩樹は顎を直撃された。
が、しかし微動だにしなかった。
さすがに強い。
黒澤浩樹は果敢に攻撃を仕掛ける。
黒澤浩樹のほんとうの恐ろしさは執念じみた精神力と化け物のようなタフネスさだろう。
あまりに強い黒澤浩樹の押しと下段回し蹴りに八巻建志はバランスを崩したたらを踏んでバランスを後方に崩した。
黒澤浩樹はそこへ攻撃を叩き込み一気に間合いを詰めようとする。
八巻建志は左脚を跳ね上げた。
「パシィッ」
左上段回し蹴りが黒澤浩樹の右頬を弾いた。
蹴った左足をマットへ接地すると同時に踏み込んで、右前蹴りをのけぞった黒澤のボディへ。
一瞬下がった黒澤浩樹が、すぐに距離を潰して下段回し蹴りを放つ。
八巻建志はそれを前蹴りでストップさせ逆に下段回し蹴りを返した。
「ドンッ」
そこで太鼓が鳴り試合が終わった。
判定は3-0で八巻建志が勝った。
準々決勝第2試合は、ギャリー・オニール vs ルシアーノ・バジレ。
試合は体重判定までもつれて、85kgのバジレが72kgのギャリーに敗れた。
準々決勝第3試合は、フランシスコ・フィリョ vs ニコラス・ペタス。
フランシスコ・フィリョの左上段回し蹴りがニコラス・ペタスの顔を切り裂き、5-0の判定で勝った。
最後の準々決勝は、グラウベ・フェイトーザ vs 数見肇。
試合開始と共にグラウベ・フェイトーザは長い腕と脚を振り回して数見肇を追い詰める。
遠い間合いで勝ち目のない数見肇は間合いに入り突きと下段回し蹴りを狙っていく。
するとグラウベ・フェイトーザは数見の顎を狙って高角度の膝蹴りを突き上げる。
数見肇は膝蹴りをかわしたが、グラウベは振り子のように大きくバックスウィングした正拳をラッシュし、飛び込むように渾身の中段回し蹴りを放った。
「ドカンッ」
凄まじい音が響いた。
数見はズルズル後退した。
前半はグラウベ・フェイトーザが台風のような猛攻で数見肇を圧倒した。
しかし後半に入って数見がコツコツ当てていた下段回し蹴りがグラウベ・フェイトーザの脚を蝕み始めた。
195cmの巨体がみるみる失速。
上体は左右に揺れた。
数見肇は確実に相手の攻撃を捌き自分の攻撃をヒットさせていった。
グラウベ・フェイトーザはベタ足になりながらも懸命に攻撃を仕掛けていくが、数見肇は冷静沈着な外科医がメスを振るうように相手の嫌がるところに嫌がる攻撃をした。
本戦では決着がつかず延長に入り、明らかにダメージがあるグラウベ・フェイトーザの脚を数見は情け容赦なく蹴った。
グラウベ・フェイトーザは必死に踏ん張り1発逆転を狙った左膝を突き上げる。
数見肇はそれを見切り、軸足を蹴った。
そして左下段回蹴りを連打。
グラウベ・フェイトーザはマットに両手をついた。
「技あり!」
立ち上がり脚を引きずるグラウベ・フェイトーザに数見肇はとどめのラッシュ。
戦意を失ったグラウベ・フェイトーザは敵に背中を向けた。
「一本」
数見肇の見事な一本勝ちとなった。
準決勝第1試合は八巻建志 vs ギャリー・オニール。
ギャリー・オニールは、変幻自在なステップワークで相手を幻惑し、スピーディーかつ大胆な攻撃を仕掛けてくる。
その卓越した格闘センスは他を寄せ付けぬものがあった。
ギャリー・オニールは、軽快なステップで八巻の周囲をクルクル回り、八巻建志が下段回し蹴りを放つと、ステップバックでかわし踵落とし、飛び後ろ回し蹴りを繰り出す。
ギャリー・オニールの怖さは蹴りだけでなく突きも強烈で、1発1発が内蔵を突き上げるような威力をもっていた。
ギャリー・オニールは離れては大きな蹴り技、近づけば突きを叩き込んで離れるというヒット&アウェー。
相手がその動きに翻弄され追い回すとギャリー・オニールの攻撃のみがヒットしやすくなる。
八巻建志はギャリー・オニールの攻撃を確実にカットし、すかさず自分の攻撃をヒットさせた。
本戦終盤、八巻建志が左右の下段でギャリー・オニールを追い込んだ。
ギャリー・オニールはそこで踵落としをカウンターで放った。
八巻健志はとっさに顔をねじって芯を外し顔面直撃は免れた。
本戦で決着はつかず延長へ入った。
極真空手のルールでは、再延長で決着がつかない場合、体重判定となり体重差が10kg以上あった場合、軽い者が勝ちとなる。
10㎏以上、差がない場合は試割の枚数で勝敗が決まる。
100kgを超える重量級の選手には体重判定は鬼門となる場合も多かった。
八巻健志は103kg、ギャリー/オニールは73kg。
接戦は八巻健志の負けを意味している。
しかもトップクラスの選手が防御に徹すればたとえ体重差があっても引き分けに持ち込むことは難しくないことだろう。
ギャリー・オニールの踵落としに八巻健志は前蹴りをカウンターを合わせた。
そして下段回し蹴りからボディに突き、さらに左右の下段回し蹴りを入れた。
電光石火のコンビネーションにギャリー・オニールが一瞬、顔をしかめ体が開いた。
八巻建志はそれを見逃さず前蹴り。
だがギャリー・オニールも上段回し蹴り、後ろ回し蹴り、踵落としと失った主導権を取り戻そうと反撃。
八巻建志はそれを冷静に捌き、逆に突きの連打でギャリーを場外まで押し出した。
2分間の延長戦の判定は5-0で八巻に凱歌が上がった。
ギャリー・オニールは苦笑いを浮かべ握手を求めた。
2人はがっちりと握手した。
通路を引き上げているとき、準決勝戦を戦うために後輩の数見が歩いてきた。
「数見、決勝で待っているぞ」
「押忍」
準決勝第2試合、フランシスコ・フィリョ vs 数見肇。
「バシンッ」
フランシスコ・フィリョの左太腿の内側を数見肇の左足が蹴る。
フランシスコ・フィリョはムッとした表情で猛烈に正拳でラッシュをかけ膝蹴りで数見を場外まで押し出した。
強引な攻撃にも数見は冷静さを失わなかった。
フランシスコ・フィリョは、まるでハリケーンのように、並外れたパワーで中段、上段と容赦なく攻め立てる。
数見はその猛攻を冷静に捌き、ときに受け止める。
フランシスコ・フィリョが上段回し蹴りを放つと数見肇はドンピシャのタイミングで下段回し蹴りを合わせてフィリョをぐらつかせる。
その差は紙一重である。
フランシスコ・フィリョが上段回し蹴り、後ろ回しと蹴りを繰り出すと数見肇は下段回し蹴りで迎え撃った
フランシスコ・フィリョは、本来のスピーディーで爆発的な技のキレがなく、パワーのみで数見肇を押し潰そうとしている。
しかし直線的なパワーは捌きが抜群にうまい数見に受け流されてしまいダメージを与えられない。
逆に数見肇はフランシスコ・フィリョの下半身に的を絞って着実にダメージを蓄積させていった。
本戦が終了し判定は0-0。
延長戦に入っても数見肇は執拗にフィリョの脚を攻めた。
フランシスコ・フィリョの左脚の動きが鈍ってきた。
それでもフランシスコ・フィリョは猛り狂う獣のように正拳を数見肇に叩きつける。
しかしダメージは与えられない。
延長戦も0-0の引き分けになり再延長に入った。
互いに退がらない、倒れない。
フランシスコ・フィリョは左脚をひきずりながら必死に攻撃を繰り出す。
数見肇は下段回し蹴りと正拳突きを情け容赦なく叩き込む。
そして瞬く間に時は過ぎ、両者を分けるときがきた。
熱狂の渦となった会場も、その判定に固唾を呑む。
再延長の判定は数見肇に旗2本が上がったが規定に達せず引き分け。
続く体重判定は、フランシスコ・フィリョが103.5kg、数見肇が97.5kg。
これも有効となる10Kg以上の差はなく引き分け。
決着は試し割り判定に持ち込まれた。
「フランシスコ・フィリオ選手、22枚。
数見 肇選手、24枚」
場内アナウンスが告げられると会場は大歓声に包まれた。
わずか2枚が両者の明暗をわけた。
死闘の末、決勝進出を果たしたのは数見肇であった。
試合場では松井館長による試し割と演武が行われていた頃、城南支部の控え室では、決勝戦まで体を休めるために八巻建志と数見肇が並んで寝ていた。
いつもならコメントを競って求めていくマスコミも、この異様な光景を遠巻きにみているだけだった。
「ビリビリしたカミソリが飛び交うような緊張感が漂っていて、とてもコメントなんか取れません。
同門の2人がこれから世界大会の決勝戦を戦うのに同じ控え室でしかも並んで横になっている。
あんな異様な雰囲気は初めてでした」
(その時現場にいた専門誌の記者)
八巻建志は両足首をアイシングしテーピングし直したかったが、数見肇がいるために素知らぬ顔で寝た。
そんな控え室に廣重師範が入ってきた。
師範の柔らかな笑顔は控え室の空気を和ませた。
「これは168名のファイナルマッチなんだ。
彼らの代表と思って戦って欲しい。
先輩後輩の意識は捨てて・・・・
そうだね。
悔いのない戦い、観る者を感動させる戦いを期待しています。
試合が終わったらいつもの2人に戻るんだから・・・
頑張ってください」
試合場では3位決定戦でギャリー・オニールとフランシスコ・フィリョが戦い、フランシスコ・フィリョが下段回蹴りで技ありを奪って判定勝ちした。
「時間です」
係りの者の出番を告げた。
試合場に一歩一歩足を進める。
割れるような歓声が体を包んだ。
世界大会の決勝の舞台が目の前にあった。
15歳で極真に入門して以来、ひたすらその頂点だけを目指してきた。
幾多の試練を乗り越え、数々のタイトルも手にした。
しかしひとつだけ手にしていないものが世界大会の優勝だった。
4年に1度、体重無差別制、3日間にわたる過酷なトーナメント。
極真空手世界チャンピオンの称号。
それは極真空手に人生の全てを懸けてきた男の未果てぬ夢であった。
少年が心奪われた、その山の頂きはあまりに遠いものだった。
幾度となくたたき落されては這い上がり、闇の中 孤独と絶望を背負い歩き続けてきた。
何度も心が折れそうになった。
だが決してその足を止めることはなかった。
それはずっと信じていたから・・・
今このとき 今日という日が必ずやってくることを・・・
(死んでもいい。
ここで完全燃焼する。
すでに覚悟は出来ている。
空手家として男として八巻建志のすべてをみせる)
場内アナウンスが鳴った。
「ゼッケン21番、八巻建志、ニッポン」
「オッシャ!」
気合を入れて試合場に上った。
拳をグッと握り締めた。
(この試合ですべてが決まる。
ケガを恐れる必要なない。
拳を、蹴りを、力の限り叩きこんでやる)
両者が十字を切って中央へ進み出た。
数見肇は静かな表情でスクッと立った。
八巻健志は数見肇の目を見据え軽く頷いた。
「わかった」
そういうように数見肇も頷いた。
「ドン!!」
決戦の始まりを告げる太鼓が鳴った。
八巻建志、187cm103kg。
数見肇、180cm97kg。
数見肇は体格で劣るが、その肉体は鋼のような筋肉の鎧をまとっている。
そして世界一と称される下段蹴りがある。
八巻健志はこの男の強さは誰よりも知っている。
小手先のテクニックや力任せの攻撃など一切通用しない。
だからこそ真っ向勝負。
全身全霊を懸けて戦うのみ。
数見肇がジリジリとにじり寄る。
隙あらば一気に懐に入り下段蹴りを合わせる。
まともに食らったらその脚を破壊されてしまうだろう。
数見肇が間合いを詰める。
八巻健志は前蹴り、左後ろ回し蹴り。
数見肇はバックステップでかわし左下段回し蹴り。
至近距離となり八巻健志が正拳突きを見舞うと、数見肇はこれもバックステップで急所を外し逆に左右の下段回し蹴りを返す。
八巻建志は今大会に備え、磨いてきた左前蹴りを数見肇のボディに突き刺し場外まで吹っ飛ばした。
数見肇は何ごともなかったかのように、ポーカーフェイスで中央に戻り試合再開。
臨機応変に変化する流水の動きと左右の中段回し蹴り、正拳突きと八巻健志を追いたててゆく。
八巻健志は“あるチャンス”を待っていた。
大会前に何百回となく、その瞬間を頭に描き繰り返し練習してきた攻撃。
その一撃を放つチャンスが一度は必ず訪れるはずだ。
下段蹴り、正拳突きとつなげながら、そのチャンスを待っていた。
次の瞬間、数見肇が左中段前蹴りを放とうと左膝が上げた。
(この瞬間だ!!)
八巻健志はすかさずサイドステップで踏み込み、同時に左腕で蹴り足を払い数見肇の体が開いたところへ渾身の力を込めた右フックをボディ深く打ち込んだ。
その手ごたえは拳から肩に突き抜けた。
「ウッ」
息の詰まる声が聞こえ数見肇の動きがガクッと落ちた。
深いダメージを負った数見肇だが、それでも正拳連打、前蹴りと反撃。
だが明らかにそのスピード・威力は落ちている。
八巻健志は構わず前に出た。
前蹴り、下段回し蹴りとつないでボディに下突きを打ち込む。
数見肇は前蹴りで応戦する。
八巻健志はそれを左腕で払い、再び 数見の左脇腹に全体重を乗せた強烈な右フックを打ち込んだ。
数見肇の動きが止まった。
(効いている!!)
前蹴り、右下段回し蹴り、正拳連打、そして再度、右下段回し蹴りと一気に攻め立てた。
容赦ない連続攻撃を受けた数見肇は苦悶の表情を浮かべ、たまらず後退。
八巻健志は勝利を確信した。
そしてそのとき本戦終了を告げる太鼓が鳴った。
正面を向き、息を整えながら、判定を待った。
まず副審の白い旗が2本上がった。
主審は?
上がった。
白い旗が3本上がって八巻建志の勝利を示した。
八巻建志がついに辿り着いた世界の頂点だった。
これまでの人生が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。
どれほど苦しい道程だったことか。
熱い涙が頬を伝った。
それは空手家として八巻建志がみせた最初で最後の涙だった。
男、八巻建志。
完全燃焼。
八巻空手
2000年、八巻建志は、TVCM 「X Fire」、映画「陰陽師」に出演。
2002年、極真会館を退会し、「八巻空手」を立ち上げた。
「私は空手には無限の可能性があると思っています。
度々、貧血で倒れるぐらいひ弱でいじめられっ子だった私は自信が持てず人の目をみて話すことも出来ませんでした。
それが空手に出会って懸命に稽古を重ねていくうち、10年後に全日本チャンピオンに、15年後には世界チャンピオンになりました。
その間、100人組手という荒行をも完遂しました。
そして自己の無限の可能性を確信しました。
人の才能は継続することによって磨かれ開きます。
継続的な空手の稽古から得られる自信は人の能力を無限に伸ばします。
そしてそんな人は何事にも自信をもって臨めるようになるのです。
稽古は無駄に長く時間を費やしたり、厳しければいいというものでは決してないのです。
継続するには楽しくなければいけません。
私は楽しい空手を指導していきたいと思っています」