大滝詠一の「夢で逢えたら」がやっぱりすごい: なんとなくサイケ
再評価のきっかけとなった鈴木雅之のカバー
1977年のアマチュアバンド・コンテストに、オールディズ・ドゥーワップのグループとして参加し、1980年レコードデビューしたラッツ&スター(デビュー当時はシャネルズ)は、デビュー前から大瀧詠一と交流があり、シングル「Tシャツに口紅」も作曲していますが、ガール・ポップを意識して作った曲を20年後にヒットさせたのは男性グループだったというのも、この作品の普遍性を物語っているかもしれません。
幻の音源の発見
2013年の暮れ、テレビのニュース番組で衝撃的なニュースが伝えられます。大瀧詠一の死を告げるものでした。大瀧は自宅で意識を失い、そのまま搬送先の病院で息を引き取ったといいます。意識が戻ることはありませんでした。
その後、遺品の整理をしていたスタッフが、1つの音源を見つけます。それは家族にだけ存在を伝えていた、「夢で逢えたら」のセルフカバーの音源でした。
大滝詠一さん遺品の中に幻の音源…本人が歌う「夢で逢えたら」― スポニチ Sponichi Annex 芸能
テレビに出演することがなく、アルバムジャケットにも本人の映像を使うこともなかった大瀧は、セルフカバーもそのままカバーするということはありませんでした。
他のシンガーやグループに提供した作品も、自分が歌う場合はアレンジを加え、編曲せずに録音したものはわずか数曲と言われます。提供する曲は、提供するシンガーのために作った曲という意識が強かったのかもしれません。
テレビに出ることはありませんでしたが、ラジオではその声を聞くことができました。山下達郎の番組でも、年に一度は「新春大放談」と称してゲスト出演し、音楽番組のはずが音楽について語り合う番組になってしまう、という事もファンの間ではお楽しみの一つとされてきました。
大瀧詠一は亡くなってしまいましたが、彼の作った曲はこれからも多くの人々に愛され、歌われていくことでしょう。