プリンス
4月21日、57歳という若さで亡くなったプリンス。鎮痛剤の過剰投与が原因だったそうだが、近年は股関節を痛めていたそうで、彼が得意としていた股割りを繰り返す過激なステージ・アクションのせいだったのかと思うと、そこまでしなくて良かったのに!と残念に思ってしまう。
あらゆる楽器を自身で演奏し、そのどれもが超一流のテクニックを有していたプリンス。80年代、『パープル・レイン』で大ブレイクした後も、誰も想像できないような革新的かつポップな作品を短期間にリリースし続け、ワーカホリックとしても有名だった。自身の作品だけでは飽き足らず、他アーティストへの楽曲提供やプロデュースでもその才能をいかんなく発揮し、特に80年代にはミネアポリス・サウンドを確立し、数多くのミュージシャンに影響を与えたことでも、その功績は大きかったと言える。
70年代にデヴィッド・ボウイがもたらしたインパクトと同等のことを、80年代にもたらしたのがプリンスだったとも考えられ、偉大なるこの2つの才能を同じ年に失ってしまったこの喪失感は、どうにも埋めようが無い。
ビリー・ポール
4月24日、がんのため81歳で亡くなったビリー・ポール。フィラデルフィア出身で、いわゆるフィリー・ソウルを代表するシンガーだった。「ミー・アンド・ミセス・ジョーンズ」は、1972年に3週連続全米1位のヒットとなり、彼の代表曲とされているが、他にもアル・グリーンやエルトン・ジョンのヒット曲をカバーするなど、幅広い楽曲を歌いこなすシンガーとしての魅力は唯一無二。
バーニー・ウォーレル(ファンカデリック、パーラメント)
6月24日、がんのため72歳で亡くなったバーニー・ウォーレル。ファンカデリック、パーラメント、といったいわゆるPファンクを支えるシンセサイザー・キーボード奏者として活躍し、独特なグルーヴを生み出したバーニーの演奏は、無くてはならない存在だった。さらに80年代になると、トーキング・ヘッズにも参加し、名作『ストップ・メイキング・センス』でも彼の演奏を堪能することが出来る。
ピート・バーンズ(デッド・オア・アライブ)
10月23日、心不全のため57歳という若さで亡くなったピート・バーンズ。デッド・オア・アライブのヴォーカルとして一世を風靡し、その中性的なルックスと、ユーロビートの先駆けともいえる斬新なディスコ・サウンドで人気を博した。美への執着が強すぎて整形手術を繰り返したが、失敗してしまい、晩年は見るも無残な腫れぼったい姿となってしまったピート。もともとカッコイイのだから、そこまでしなくても良かったのに・・・。