1971年 九州地区(熊本市・大分市)に初出店。
1973年 土浦京成百貨店と業務提携。
プリマート(現在のマルエツ)と提携。
プリマートと合弁で食品スーパーのサンドールを設立。
1974年 ブラジルナガサキヤを設立し、海外進出。
「サンバード・フランチャイズチェーン」展開開始。
1978年 ナグス・ボガール・サンファミリック・長崎屋ストアー・サニーディップス・サンレオを本体に吸収合併。
1981年 ライフ(現在のライフコーポレーション)と提携。
1983年 シャル1号店を大分に開設。
1989年 サンドールおよびサンドール北海道を合併。
多角化の失敗、会社更生法を経て経営再建へ
上記引用にて1999年の倒産とありますが、そこまでの紆余曲折をまとめてみましょう。
1993年2月期の中間決算で経常損失約20億円を出してしまった長崎屋は、経営陣が引責辞任して経営再建に取り組むことになりました。
結局この年の決算では約156億円という大幅な赤字となり、不採算店閉鎖を進めるなど思い切ったリストラ策が打ち出されました。
一方では、再建のための資金確保の一環として1994年2月にコンビニエンスストアを運営していた子会社のサンクスを事業譲渡するなどの取組も。
こうした取り組みの継続で95年、96年については黒字を確保。1997年には本業の営業力の回復を目指した取組みを積極化させることとなりました。
痛手となった紳士スーツの販促強化失敗、相次ぐ目標未達
衣料品でも得意としていた紳士スーツなどに絞って商品の仕入や販売員、広告費を増やして売上高の拡大を目指した長崎屋。
ところが売上標が未達成となって大量の売れ残りが発生し、その処分販売などで再び経常赤字に転落する結果を招いてしまうこととなりました。
相次ぐ目標未達、下方修正の連続。
その結果、2000年には連結で約165億円の債務超過に陥る見込みとなってしまい、2000年2月13日に自力での再建を断念して約3039億円の負債を抱えて東京地方裁判所へ会社更生法の適用を申請して事実上破綻したのでした。
関連会社を合わせた負債総額は約3800億円。
その後は相次ぐ再建への取り組みを経て、ドン・キホーテの傘下に入ることとなったのです。
西日本を中心におなじみのスーパーだったニチイ!サティからイオン、ビブレへと名を変えていきましたが懐かしいのは鳩のロゴ!! - Middle Edge(ミドルエッジ)
