世界のバブル経済の歴史

世界のバブル経済の歴史

運河バブル、鉄道バブル、チューリップバブル、ウサギバブル、不動産バブル、ITバブル、サブプライムローンバブルなどバブルは常に別の顔をしてやって来ます。熱狂的な陶酔感による異常な資産膨張(資産価格が実態の価値より大きく乖離して高騰)の発生と崩壊の歴史を振り返ってみましょう。


1986年2月にNTTが上場し、株価は2カ月で売り出し価格の3倍にあたる318万円の高値をつけ、企業・個人が財テクに入り込んでいくきっかけとなった。

NTT株売り出し 初値は翌日160万円。財テクブームのきっかけになる。

当時の日本企業による国外不動産買い漁りの象徴となった。

1989年(平成元年)に、三菱地所が約2200億円で買収したニューヨークのロックフェラー・センター。

1980年代後半のバブル期に政府は「年収の5倍で住宅を」といスローガンを掲げていた。
地価上昇は、地価の高い都心の戸建て住宅や高級マンションだけでなく、都市近郊にさえ適当な戸建住宅を取得することを困難にした。

日本のような戸建主義的な都市構造において、いずれは戸建住宅を取得することが人生の夢・目標の一つであるとされ、それを動機として貯金に励むことも行われていた。

しかし過度の地価上昇を見て、これ以上値上がりする前に一刻も早く住宅を取得するべきだと考える人も増え、その行動は、また、地価上昇に拍車をかけた。

東京圏のマンション価格は、サラリーマンの平均年収の8.9倍に達した。あまりにも住宅が高騰して、平均的な収入では最早購入するのが不可能な域に達すると、二世代ローンも登場した。本人の資力で支払きれないところを、その子の資力をもって補うものである。

高級マンションの代名詞的存在とされていた広尾ガーデンヒルズ

当時、ドル高による貿易赤字に悩むアメリカ合衆国はG5諸国と協調介入する旨の共同声明を発表した。これにより急激な円高が進行。1ドル240円前後だった為替相場が1年後に1ドル150円台まで急伸した。日本と西ドイツがアメリカのドル安政策の標的にされた。

このショックを和らげるため日本政府は、内需主導型の経済成長を促すため公共投資拡大などの積極財政をとり、また一方で日銀は段階的に公定歩合を引き下げ、(最終的には2.5%)、長期的に金融緩和を続けた。この結果、長期景気拡大をもたらした一方で、株式・土地などへの投機を許しバブル発生を引き起こしたとされている。

バブル景気でみなが浮かれていた。

バブル期には通称、名画買いが起きます。空前の絵画投資ブームがやってきます。日本が86年に輸入した美術品は700億円未満だったのが、90年には6146億円になります。

1987年3月に安田火災海上(現・損害保険ジャパン日本興亜)が3992万1750ドル(当時のレートで約58億円)で購入した

メキシコをはじめとする中南米バブル(1994年まで)・東南アジア(特にタイの不動産バブルが中心)バブル。アジア通貨危機で崩壊。

1990年代のタイ経済は、それまで年間平均経済成長率9%を記録していたが、1996年に入るとその成長も伸び悩みを見せ始めていた。この年、タイ王国は初めて貿易収支が赤字に転じた。1997年5月14日、15日にヘッジファンドがバーツ(以下฿)を売り浴びせる動きが出た。これに対して、タイ銀行は通貨引き下げを阻止するため外貨準備を切り崩して買い支え、バーツのオーバーナイト借入れレートを25-3000%に高めるなどの非常手段を用いて対抗した。

同年6月30日には、当時の首相、チャワリット・ヨンチャイユットが通貨切り下げをしない(ヘッジファンドの攻撃に対する勝利宣言)をしたものの、再びヘッジファンドによる空売り攻勢が始まり、同年7月2日にバーツとドルのペッグ制は終わりを告げ変動相場制に移行した。

それまで対外資金によってファイナンスされていた不動産バブルの崩壊に加え、IMFが融資条件として課した政府支出の削減と利子率の引き上げが、景気後退期における総需要の更なる減少を招いたこともあり、それまで好景気を謳歌していたタイ経済はあっという間に崩壊し、タイでは企業の倒産・リストラが相次ぎ失業者が街に溢れかえった。

東南アジア(特にタイの不動産バブルが中心)バブル。アジア通貨危機で崩壊。

『ITバブル(インターネット・バブル)』(1990年代末から2000年代初頭)

この時代はWeb系サービスの前例がほとんど無いと行っても良い時代だったので、どんなユーザーがどんなニーズでどのようにネットを活用するかすら全く分からない状態だった。

その一方でインターネットを活用したビジネスに対して市場の期待は高まるばかりで、”全てがネット化する”というコンセプトを信じて、巨大な資金が流れ込み、株価の高騰も招いた。

http://blog.btrax.com/jp/2014/12/08/web1/

2000年前後のドットコムバブルとその終焉を示すNASDAQの株価推移

インターネット・バブル(Internet Bubble)またはITバブルとは、1990年代末期に、アメリカ合衆国の市場を中心に起った、インターネット関連企業の実需投資や株式投資の異常な高潮である。「ドットコム会社」と呼ばれる多くのIT関連ベンチャーが設立され、1999年から2000年にかけて株価が異常に上昇したが、2001年にかけてバブルははじけた。

通常、英語では「dot-com bubble(ドットコムバブル)」と言う。日本では、1999年(平成11年)1月から2000年(平成12年)11月までの景気拡張期を景気の名称(通称)で、ITバブルの他に、IT景気(アイティーけいき)や、ITブームなどと呼ばれる。また、2000年(平成12年)12月から2002年(平成14年)1月までの、ITバブル崩壊による景気後退期を景気の名称で、IT不況(アイティーふきょう)や、第3次平成不況、デフレ不況などと呼ばれる。

日経平均:ITバブル、ライブドアショック、リーマンショック、アベノミクス

ITバブル崩壊

このような株価の崩壊のなかで、多くのIT関連ベンチャーは倒産に追い込まれ、2002年の米国IT関連失業者数は56万人に達した。

シリコンバレーを中心とした起業支援ファンドは一時的にではあれ縮小や廃止を余儀なくされ、グーグル、アマゾン・ドットコムやe-ベイなど一部のベンチャーのみが生き残った。

崩壊後の不況の最中、2001年9月11日に同時多発テロが発生し、アメリカは深刻な不況へ突入した。マイクロソフトやインテル、デルやヒューレット・パッカードなど既存のIT関連事業者、あるいはベライゾンやAT&Tモビリティなど通信事業者などの株価も大幅に下落したが、本業が与えられた影響は軽微なものであった。

光ケーブルの過剰敷設問題(ダークファイバ)の再燃も懸念されたが、すでに90年代後半の過剰投資の経験から抑制的に投資されていたこともあり、ITバブル崩壊にともなうダークファイバの不良債権化については懸念されるほどの問題は生じなかった。

ITバブル、サブプライムバブル(住宅バブル)、コモディティ(原油・エネルギー・商品)バブル

ドットコムバブル時代は数多くのITベンチャーが生まれ、消えていった

Webvanは食料品のEC+配送サービスを提供。時代を先取りしすぎた。

AOLやYahooなどとの競合に飲み込まれ、ユーザーの獲得に苦戦。また、ディズニー社のサービスである事からアダルトコンテンツを検索出来ないというハンデも原因とされている。

ディズニーが挑戦したポータルサービス。残念ながら力及ばずだった。

ファイル共有ソフト・サービスとしてのNapster
P2Pの技術を利用したWindows用ファイル共有サービス・ソフトの一つ。MP3などのファイルをインターネットに接続されたコンピュータ間で共有することができた。 2003年6月、米国連邦倒産法第7章による清算型倒産(破産)手続開始が決定なされた。

音楽配信サービスとしての Napster
Napster社により2003年10月29日に開始された音楽配信サービス。デジタル著作権管理技術(DRM)を使用したWMA方式を採用。

2002年11月27日:初代Napster社の更生手続に係る資産売却において、負債以外の全資産を現金500万ドルと株式10万株で米Roxioが購入。

2003年5月19日:米国ユニバーサル ミュージック グループと米国ソニー・ミュージックエンタテインメントの合弁会社であるPressplayを米Roxioが買収。買収金額は現金1,250万ドル+Roxio普通株約390万株。
2003年10月29日:音楽配信サービス「Napster 2.0」を、一事業部門として開始。
2004年8月9日:Napsterへの商号変更計画を発表。。
2006年:無料音楽配信サービス「Free Napster」提供開始。
2007年1月:AOL Musicの定額サービスを現金1500万ドルで買収。
2008年9月:米国家電小売大手・Best Buy Co.,Inc.により1億2100万ドルで買収される。
2011年11月:Best Buyが音楽定額配信事業のRhapsodyに売却、Napsterブランド消滅。

Napster(ナップスター)

「エンロンショック」(巨額の不正経理・不正取引による粉飾決算が明るみに出て、2001年12月にエンロンが破綻)

2001年10月17日、ウォールストリート・ジャーナルがエンロンの不正会計疑惑を報じた。株価はこの日から急落する。証券取引委員会(SEC)の調査も始まった。11月6日、同じヒューストンに本拠を置くパイプライン企業であるダイナジーが合併に名乗りを上げ、エンロンは崩壊を免れるのではないかとの観測もいったんは流れた。

しかし、SPEの特殊なスキームによってエンロンの株価が一定額を下回るとエンロン本体に巨額な債務が発生することが判明し、それがさらにまた株価を押し下げるなど、状況は加速度的に悪化した。

さらには数々の不正経理が明るみに出るに及んで、11月28日買収交渉は決裂した。その結果、12月2日にエンロンは連邦倒産法第11章適用を申請し、事実上倒産した。

エンロンに投資していた投資家、ならびに自社株を401kプランに組み込んでいた従業員など多くの関係者が巨額の資産を失い、あるいは損失を抱えることとなった。

その中で、CEOケネス・レイ、CFOアンドリュー・ファストウ、COO(一時期ケネス・レイの跡を継いでCEOとなった)ジェフ・スキリングなど、会社の中枢にいた経営陣ならびにその家族は2000年夏以降の株価下落局面において大量のエンロン株を売り抜けており、インサイダー取引の疑いでSECの調査・訴追を受けることとなった。

エンロン(Enron Corp.、2007年3月にEnron Creditors Recovery Corp.に改称)は、アメリカ合衆国テキサス州ヒューストンに存在した、総合エネルギー取引とITビジネスを行う企業。

エンロンとワールドコムと合わせ、アメリカのみならず世界を代表する3社もの巨大企業と信用を短期間で失ったアメリカ経済は大きな混乱に陥り、世界経済にも大きな影響を及ぼした。

エンロンの監査を担当しながら、一方で会計粉飾やその証拠の隠蔽に関与していたアーサー・アンダーセンの信用は失墜し、当時世界5大会計事務所の1つと言われた名門会計事務所は2002年に解散を余儀なくされた。

「ライブドアショック」(2006年1月)

2006年1月16日に証券取引法違反の容疑により、ライブドア本社や堀江貴文の自宅・新宿の事業所などが突如東京地検による家宅捜査を受けた。

翌1月17日、ライブドア関連7銘柄(ライブドア、ライブドアマーケティング、セシール、ターボリナックス、ダイナシティ、メディアエクスチェンジ、ライブドアオート)は朝方から大量の売り注文によるストップ安気配となり(セシール、ターボ、ダイナ、LDオートはS安比例配分、他は値付かず)、とくに時価総額の約1割をライブドア株が占めていた東証マザーズ市場の株価は終値で前日比-11.7%と大幅に下落した。

ライブドアの株価:2006年1月16日「696円」から2月13日「61円」、14日「55円」へ大暴落

ライブドアグループの株価と時価総額の変遷

「不動産ミニバブル」(2000年代半ば)

日本の不動産は、2007年に「ミニバブル」と言われる急騰を経験しました。その後、急落しましたが、2013年から再び上昇し始めています。

東証REIT指数の過去10年の動き

『米国のサブプライムバブル』(2000年代前半から半ば)・「サブプライム住宅ローン危機」(2007年末から2009年頃を中心)

サブプライムローン(米: subprime lending)とは、主にアメリカ合衆国において貸し付けられるローンのうち、サブプライム層(優良客(プライム層)よりも下位の層)向けとして位置付けられるローン商品をいう。

サブプライムローンは証券化され、世界各国の投資家へ販売されたが、米国において2001 - 2006年ごろまで続いた住宅価格の上昇を背景に、格付け企業がこれらの証券に高い評価を与えていた。また、この証券は他の金融商品などと組み合わされ世界中に販売されていた。

しかし2007年夏ごろから住宅価格が下落し始め、サブプライムローンが不良債権化した(サブプライム住宅ローン危機)。これと共にサブプライムローンに関わる債権が組み込まれた金融商品の信用保証までも信用を失い、市場では投げ売りが相次いだ。この波紋から2008年終盤にはリーマン・ブラザーズ倒産によるリーマン・ショックなどが引き起こされ、高い信用力を持っていたAIG、ファニーメイやフレディマックが国有化される事態にまで至った。

そこへ大幅な世界同時株安が度重なった。そして世界中の金融機関で信用収縮が連鎖した。サブプライムローンはクレジット・デフォルト・スワップと共に世界金融危機 (2007年-)の原因となった。

米国の住宅ローンの種類:2007年夏ごろから住宅価格が下落し始め、サブプライムローンが不良債権化した(サブプライム住宅ローン危機)。

サブプライムローンは、通常の住宅ローンの審査には通らないような信用情報の低い人向けのローンである。 所得に対する借り入れが50パーセント以上 過去1年間に30日間の延滞が2回以上あった 過去5年以内に破産したもの サブプライム・モーゲージ(subprime mortgage)ともいい、通常は住宅ローン担保証券(RMBSもしくはMBS)の形で証券化され、さらにそれらが債務担保証券(CDO)の形に再証券化されて、金融商品として投資家に販売される。RMBSやCDOは格付け機関により格付けされており、市場で取引される。つまり、不動産ローンの債権そのものを証券化し、金融機関や投資家の間で取引されたことになる。このことによって、ローン契約した債務者の弁済先は銀行から金融機関や投資家へ移ることになる。 住宅ローンの実施にあたっては、債務者の信用力を数値化したFICO信用点数が用いられる。充分な信用力を有している顧客に対しては、比較的低利のプライムローンが提供されるが、所定の基準を満たさない顧客に対する貸付に際してより高い利率が要求される。この様な貸付を総称し、サブプライム(sub-下に prime-優れた→信用度の低い)ローンと呼ぶ。サブプライムローンにおける債務者の特徴として、典型的には債務者の所得水準が低い場合が主だが、所得は高いもののクレジットやローンの利用実績が乏しかったり無い場合もこれに該当する。また、信用力を超えた借入を行って不動産投資を行う場合などにも、同様にサブプライムローンが利用されている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%96%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%B3

サブプライムローン - Wikipedia

サブプライム住宅ローン危機のおおもとの原因であるサブプライム・ローンとは、米国のサブプライム層を対象として、彼らの住宅購入用途向けに、ローンへの返済が滞った場合への担保として購入する住宅に抵当権を設定し、抵当貸付とした住宅ローン、即ちモーゲージ・ローン(mortgage loan)である。

米国では日本などとは異なり、住宅ローンの証券化が広く普及しており、その債権を組み込んだ金融商品を所有していた金融機関は種類も数も多数に上る。

米国の住宅の安定供給を目的として設立された、連邦住宅抵当公庫(ファニー・メイ/Fannie Mae)や、連邦住宅金融抵当公庫(フレディ・マック/Freddie Mac)などが、モーゲージ・バンク(mortgage bank)からサブプライム・ローンの債権をまとめて購入して証券化し、MBS(Mortgage Backed Securities)という担保証券の中で比較的リスクの高いサブプライム・モーゲージ(subprime mortgage)として市場に供給した。

こうした制度によって発行されたサブプライム・モーゲージのうち、およそ80%が変動金利型のアジャスタブル・レート・モーゲージ(en:Adjustable-rate mortgage) であったとされる。「住宅の値段が上昇し続ける」という考えのもと、サブプライム・ローンは過剰に供給されていた。

サブプライム層の借り手は典型的には信用履歴と弁済能力に問題がある。サブプライムローンはプライム層顧客へのローンに比べて債務不履行に陥るリスクが高い。

もし借り手が期限までに弁済を履行できなければ、貸し手(銀行その他の金融企業)は物件の所有権を得ることができ、この手続きを差し押さえと呼ぶ。

米国で差し押さえ対象となった住宅の四半期当り件数(2007年~2009年)

『リーマン・ショック』(2008年9月15日に、リーマン・ブラザーズが破綻したことに端を発して、世界的金融危機が発生)

2007年のサブプライム住宅ローン危機に端を発した米国バブル崩壊を切っ掛けとして、サブプライムローンやオークション・レート証券、そのほか多分野にわたる資産価格の暴落が起こっていた。

07年からの住宅市場の大幅な悪化とともに、危機的状態となっていたファニー・メイやフレディ・マックなどの連邦住宅抵当公庫へは、政府支援機関における買取単価上限額の引上げや投資上限額の撤廃など様々な手を尽くしていたものの、サブプライム住宅ローンなどの延滞率は更に上昇し、住宅差押え件数も増加を続け歯止めが効かないことを受け、2008年9月8日 米国財務省が追加で約3兆ドルをつぎ込む救済政策が決定。「大きすぎて潰せない」の最初の事例となる。

リーマン・ブラザーズも例外ではなく多大な損失を抱えており、2008年9月15日(月)に、リーマン・ブラザーズは連邦倒産法第11章の適用を連邦裁判所に申請するに至る。この申請により、同社が発行している社債や投信を保有している企業への影響、取引先への波及と連鎖などの恐れ、及びそれに対する議会政府の対策の遅れからアメリカ経済に対する不安が広がり、世界的な金融危機へと連鎖した。

リーマン・ショックは、2008年9月15日に、アメリカ合衆国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズが破綻(Bankruptcy of Lehman Brothers)したことに端を発して、続発的に世界的金融危機が発生した事象を総括的によぶ。

アメリカ合衆国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズの負債総額、約6000億ドル(約64兆円)という史上最大の倒産により世界連鎖的な金融危機を招いた。

リーマン・ブラザーズの株価推移

2006年までアメリカでは住宅価格が上昇を続けていたが、同年に入りその伸びが急速に鈍化した。その影響が特に顕著に表れたのが、信用力の低い層のための住宅ローンであるサブプライムローンであった。 このローンの債務者の一部は住宅価格の継続的な上昇を見込んだ返済計画を建てていたため、住宅価格低下の影響を受けて利払い延滞率が急激に上昇し始めた。債務者の利払い延滞が顕著となってくると、サブプライムローンの直接の貸し手である住宅金融専門会社に対する金融機関の融資が慎重になり、住宅金融専門会社の中には資金繰りが悪化して経営破綻する例が出始めた。 さらにサブプライムローンは、貸し倒れの危険を分散させるために、分割・証券化され、世界中の金融機関の数多くの金融商品に組み入れられていたため、その金融商品そのものに対する信用リスクが連鎖的に広がることになった。 このようなことにより、2008年にベア・スターンズの経営危機が明らかになると、金融危機が本格的に世界的に報道され始め、9月のアメリカ政府支援機関(GSE)のフレディマックとファニーメイ2社の実質的破綻と、リーマン・ブラザーズの破綻により、ついには爆発的に世界中で信用収縮が起こり世界金融危機が顕在化した。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E9%87%91%E8%9E%8D%E5%8D%B1%E6%A9%9F_(2007%E5%B9%B4-)

世界金融危機 (2007年-) - Wikipedia

2008年9月15日、連邦倒産法第11章を申請したリーマン・ブラザーズの様子

アメリカ合衆国下院が緊急経済安定化法案を否決。「世界恐慌の再来」を世界が危惧する事態に(議会指導部や大統領は採決は通ると楽観視していたが、下院議員たちはアメリカの伝統的な「自己責任」の価値観に基づき反対票を投じた)。

2008年9月29日 - 法案否決を受けてNYダウが史上最大の777ドル安(下げ幅:6.98%)となる。

日本は長引く不景気からサブプライムローン関連債権などにはあまり手を出していなかったため、金融会社では大和生命保険が倒産したものの直接的な影響は当初は軽微であった。

しかし、リーマン・ショックを境に世界的な経済の冷え込みから消費の落ち込み、金融不安で各種通貨から急速なドル安が進み、米国市場への依存が強い輸出産業から大きなダメージが広がり、結果的に日本経済の大幅な景気後退へも繋がっていった。

日経平均株価も大暴落を起こし、2008年9月12日(金)の終値は12214円だったが、10月28日には一時は6000円台(6994.90円)まで下落し、1982年10月以来26年ぶりの安値を記録した。

株価の推移については2008年11月から2009年3月をおおむねの底値圏として、各国の株式相場は上昇に転じ、2010年の3月時点では各国の株価はリーマン・ショック以前の水準に回復した。

金融危機の発端であるアメリカでは、ダウ平均株価が2010年4月1日に1万0927.07ドルと、2008年9月26日の株価まで回復した。日経平均株価は2010年4月1日に1万1286.09円を記録し、2008年10月1日以来約1年半ぶりの高値水準となった。しかし同年5月には、ふたたび1万円を割り込んだ。

バブル(1989年)後の最安値(終値)は2009年3月の7054円

『新興国バブル』(2000年代後半から2010年代前半) 米国の金融緩和であふれた緩和マネーが新興国に大量に流入してバブル化。

日本の総合商社は、この時期、エネルギー会社化していた。資源エネルギー・重厚長大産業のバブルの崩壊の大ダメージを受けた。

2008年~2012年にかけて発生した新興国株・資源エネルギー・重厚長大産業のバブルの崩壊

「バーナンキショック」(2013年5-6月) 米国FRBのバーナンキ前議長が金融緩和縮小を示唆して、金融市場が混乱した。

バーナンキ・ショックは、2013年5-6月に発生した、アメリカ合衆国の連邦準備制度理事会(FRB)の第14代議長を務めたベン・バーナンキの発言を引き金とした世界的な金融市場の混乱(動揺)。

2013年5月22日に、当時のバーナンキFRB議長が、今後幾度かの会合を経て、債券の購入ペースを徐々に減速することで量的緩和を縮小する可能性を示唆し、さらに2013年6月19日には、FRBが今年中に債券の購入金額を減額し、2014年半ばに完全に終了する可能性があるという一段の踏み込んだ発言をしたことにより、世界的な流動性懸念が生じ、新興国の通貨や株式などから資金が流出し、市場に大きな動揺をもたらしました。

米国FRBのバーナンキ前議長が金融緩和縮小を示唆して、金融市場が混乱した。

市場との対話が十分になされていない中でのバーナンキ前議長の唐突な発言だったことから市場の混乱が増幅されたとみられている。

2013年5月23日の「バーナンキ・ショック」で「日経平均」は1143円の大暴落を食らう

また新興国の通貨安に加えて、新興国の株式も暴落した。新興国リスクが懸念され、安全資産への回帰=「質への逃避」が起こった。

MSCI新興国株指数は、1カ月間あまりで約16%下落。

新興国の5通貨(ブラジルレアル、インドルピー、インドネシアルピア、南アフリカランド、トルコリラ)は「フラジャイル・ファイブ(F5)」と呼ばれ、2013年5月から8月にかけて最大で約20%程度下落した。

2014年10月29日、FRBは資産買い入れ額をこれまでの150億ドルからゼロとした。

2012年9月に開始した量的緩和第3弾(QE3)による新たな資産買い入れは終了した。

黒田総裁、ドラギ総裁、イエレンFRB議長

日本の金融緩和バブル「アベノミクス・黒田バズーカ」(2010年代の官製バブル)

「日本のベースマネーとTOPIXの推移」 2012年末にベースマネーの急拡大が始まるのと同時にTOPIXが急騰しています。

S&P500の上昇は、2008年の世界金融危機後のFRBによる量的緩和政策によるところが大きいことが分かる。金融緩和バブルと言える。

米国のベースマネー(銀行が中央銀行に預けているお金と紙幣・硬貨の合計額)とS&P500の推移

アベノミクスの「三本の矢」

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伝説の「プロレスリング・マスター」武藤敬司、その足跡を網羅。『Gスピリッツ選集』第3巻が待望の発売!

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辰巳出版は2026年3月6日、プロレス専門誌『Gスピリッツ』の証言集第3弾『Gスピリッツ選集 第三巻 武藤敬司篇』を発売しました。平成の新日本プロレス黄金期を支え、日米を股にかけて活躍した武藤敬司のキャリアを、本人や関係者の貴重なインタビューで振り返る一冊。新録インタビューも追加された、全プロレスファン必携の保存版アンソロジーです。