日本国有鉄道法に基づき日本の国有鉄道を運営していた事業体
日本国有鉄道発足の経緯
プロ野球の球団も設立
1950年から1965年まで、プロ野球球団「国鉄スワローズ」(東京ヤクルトスワローズの前身)を運営。
発足したばかりの日本国有鉄道職員の意識高揚を目的に第2代加賀山総裁が設立に尽力。
国鉄法の規制から、国鉄の外郭団体として設立された「国鉄野球株式会社」がチームを保有しました。
日本野球機構に加盟しセントラル・リーグに所属、チーム名は球団発足当時の特急の一つであった「つばめ」にちなんでいました。
国鉄スワローズ
40万人もの職員がいた国鉄、お父さんが国鉄だったご家庭は多いことでしょう
分割民営化直前の1987年(昭和62年)3月31日時点で新幹線と在来線併せて総延長19,639キロメートルの鉄道路線を有し、30局の鉄道管理局と総局で運営されていました。
このほか鉄道に関連する船舶事業(航路延長132キロメートル)、自動車(バス)事業(路線延長11,739キロメートル)などを行っていました。
従事する職員数は1980年代までおおむね40万人台で推移、合理化によって大幅に削減されたものの、民営化直前の1986年(昭和61年)時点でも27万7000人。
このうち20万1000人がJRグループの各新会社に移行されました。
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国鉄からJRへ
JR - Wikipedia
JRグループ各社は1987年4月1日に発足。
JR発足当初、国鉄から移行した日本国有鉄道清算事業団が全株式を保有する特殊会社でしたが、2001年6月27日にJR会社法が改正されて本州の旅客3社(JR東日本、JR東海、JR西日本)が同法の対象から外され、純粋民間会社(非特殊会社)となりました。
本州3社の株式については順次民間への売却が行われ、2002年6月にはJR東日本、2004年3月にはJR西日本、2006年4月にはJR東海の全株式の売却が完了し、上場している本州3社は名実ともに「完全民営化」が実現。
一方、いわゆる三島(さんとう)会社と呼ばれる本州以外の旅客3社(JR北海道、JR四国、JR九州)およびJR貨物は独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道運輸機構)が全株式を保有する特殊会社で、もともと採算の厳しい路線が多く、経営努力だけでは限界があることが当初より想定されていたため、固定資産税の減免および三島会社に関しては経営安定基金により損失補填している等経営環境の厳しい状況に。
JR北海道は、2000年頃のITバブルで株価が急回復したことを受けて、2002年頃の上場を計画していたものの、その後の株価低迷により見送りに。
2015年6月10日にJR会社法が改正され、2016年4月1日よりJR九州が同法の適用から除外。
これにより同社は法令上は特殊会社から民間会社に移行。2016年10月25日に東京証券取引所へ上場となりました。
なお2016年時点で、その他3社(北海道、四国、貨物)については上場や民間への株式売却の目途は立っていません。
日本電信電話公社 → NTTグループ
日本電信電話公社の設立
電信電話業務の拡大と電気・通信事業の企業的効率性の導入による更なる公共の福祉に役立つ運用を行うことを目的に、1952年(昭和27年)に公法上の特殊法人として日本電信電話公社が設立されました。
なお国際電信電話業務は、同公社設立の翌年1953年(昭和28年)に、国際電信電話株式会社法に依る特殊会社として設立された国際電信電話株式会社に移管される事となりました。
電電公社の歩み
1952年(昭和27年) - 電気通信省が廃止され日本電信電話公社設立。業務承継。
1953年(昭和28年) - 国際電信電話業務を国際電信電話株式会社に移管。第一次5ヵ年計画開始。
1957年(昭和32年) - 近畿日本鉄道の特急で列車公衆電話サービス開始。
1958年(昭和33年) - 第二次5ヵ年計画開始。
1962年(昭和37年) - 600形電話機導入。
1963年(昭和38年) - 第三次5ヵ年計画開始。
1964年(昭和39年) - 東海道新幹線列車公衆電話サービス開始。
1968年(昭和43年) - 第四次5ヵ年計画開始。東京23区内でポケットベルサービス開始。全国地方銀行協会データ通信システムのサービス開始。
1969年(昭和44年) - プッシュ式電話機導入。短縮ダイヤルサービス開始。DEX-2電子交換機導入(牛込局)。
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