世紀の番狂わせでタイソンを倒した男、ジェームス"バスター"ダグラスの悲劇と現在

世紀の番狂わせでタイソンを倒した男、ジェームス"バスター"ダグラスの悲劇と現在

1990年2月11日、東京ドーム。史上最強と言われていた世界ヘビー級チャンピオン、マイク・タイソンを倒してボクシング史上最大の番狂わせを起こしたジェームス"バスター"ダグラス。マイク・タイソン敗北の理由や正規の誤審と言われたロングカウント事件、最強を倒したのに最強と呼ばれなかった悲しき男の運命について紹介。


23歳とまだ若く、連勝も続いていたタイソンだが、この時には精神・肉体・技術の全てが既に凋落していた。
指導者カス・ダマトが死去してからタイソンは精神的支柱を失い、「絶対に手を組むな」と言われていたドン・キングに取り込まれてしまう。
それまでのトレーナーとマネージャーを更迭し、周囲にはイエスマンしかいなくなった。
私生活ではロビン・ギブンスとの結婚・破たんをきっかけに、自殺未遂騒動、交通事故、数多の訴訟とトラブルが続発。
練習は減り、体重は増え、スピードは明らかに衰えていた。

ダグラス戦の直前、タイソンの状態に気付いた周囲はトレーニングを課し、ドン・キングはダイエットにボーナス支給を約束する。
しかし、やる気のでないオーバーワークは試合直前のタイソンを疲労させただけだった。

当のタイソンはダグラスを見くびり、試合前夜においてもスパーリングと称しホテルで何人もの女性と楽しんだという。

派手なKOシーンのイメージからパンチ力ばかりが強調されたが、タイソンの強さは相手のパンチをことごとく躱すディフェンスにこそあると言う専門家も多い。

だが、一発当てれば倒せると傲慢になったタイソンはこうしたディフェンスを使うことが減っていく。タイソンは後年ダグラス戦を振り返り、「俺は楽な標的だった。全然頭を振っていなかった。」というコメントを残している。

【要因2】タイソン陣営(セコンド)のおそまつな対応

試合序盤からダグラスのパンチを浴びたタイソンの瞼は4~5Rには腫れてきていた。
だが、ラウンドが終わりコーナーに戻った時にセコンドが使ったのは【エンスウェル(金属の腫れ止め器具)】ではなく氷嚢であった。

バケツの氷水でキンキンに冷やしたエンスウェルはボクサーの目の周囲を瞬時に冷却、腫れ止めとして活躍する。
大きな特徴はその形状を活かして、腫れている部位を特に目の外側に逃がすことができる点。
ボクシングの試合で試合中に目が腫れると視界が悪くなり、大きく不利になるため、この症状を緩和させることができる。

エンスウェル

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氷嚢にも腫れを冷やす効果はあるが、腫れを目の外に逃がす効果はない。
エンスウェルを使ってもらえなかったタイソンの左目は6Rには視界をふさぐほど腫れあがり、ダグラスのパンチをより躱しにくくなってしまった。
タイソン自身もこの対応に不満があったと語っている。

【要因3】ダグラスがダウンした8Rのロングカウント

レフェリーのオクタビオ・メイランが、カウントを始めたのはダグラスがダウンしてから約4秒後。
通常、選手がダウンした時からリングサイドのコミッショナーがカウントを開始して、レフェリーはダウンさせた選手をコーナーに下がらせたあと、リングサイドのカウントを引き継いでカウントを始める。
つまり、このケースではカウント「4」から始めるべきカウントをなぜかカウント「1」から始めてしまったのだ。

この試合のジャッジを務めた森田氏は「あれは、故意ではない。ただ、あのレフェリーが試合前からアガッていたのは確かです」と後にコメントしている。

ダグラスが立ち上がったのはレフェリーのカウントでは「9」。
カウントが「4」から始まっていれば「13」。
つまり、正常なカウントがなされていれば、この時点でタイソンのKO勝ちになっていた。

【要因4】最高の仕上がりで臨んだダグラス

名ボクサーを父に持ち小さい頃からボクシング技術を教え込まれたダグラスは元々パワーとテクニックを兼ね備えた強豪ボクサーであった。
だが、比較的裕福な家庭に育ち大学まで進んだダグラスはハングリー精神に欠け、「どうしても勝ってやる」という強い気持ちが足りないと指摘されることもあった。

そんなダグラスであったが、このタイソン戦だけは違っていた。
偉大な父でさえ獲得できなかった世界タイトルを手にするチャンス、しかも相手は史上最強ボクサーと言われる男。
全てを賭けて臨もうとこれ以上ないモチベーションでトレーニングに励んだ。

そして、「タイソンに勝てるわけがない」と誰もが言う中、「いや、絶対に息子が勝つ」と周囲に言い放っていた最愛の母が試合の2週間前に病気で亡くなってしまう。
ダグラスには絶対に勝たなければいけない理由ができていた。

過去最高のトレーニングを積み、絶好調のコンディションで臨んだダグラスは自信に満ち溢れ、怖かったのはタイソンではなく、試合がキャンセルされることだったという。

試合が始まってもダグラスは引かない。
それまでタイソンと戦ってきた相手と違い、タイソンの強打を恐れず果敢に前へ出て行った。

対戦したタイソンも「あの日のあいつは勇気も根性もすばらしかった。こっちの強いパンチも入っていた。ほかのやつらだったらスペースシャトルまで吹き飛んだだろう。」とダグラスの強さを称えている。

タイソンに勝利するも、祝われることなかったダグラスの悲劇

最強のヘビー級ボクサーと言われたタイソンを倒して、一夜にして『最強』の称号を手にするかと思われたダグラス。
しかし、勝利したその日から彼の悲劇は始まっていた。

疑惑のロングカウントを巡って、タイソン陣営のドン・キングはWBCとWBAの関係者を呼びつけ、さらに記者会見を開き「8Rのダグラスのダウンで勝負は決まっていたから、10Rのタイソンのダウンは無効だ」と訴えた。
WBCはレフェリーがタイムキーパーからカウントを引き継がなかったとして、ダグラスの王者認定を一時保留にし、レフェリーのオクタビオ・メイランもミスを認めた。

また、マイク・タイソンも「結果に不平を言ったり、文句を垂れたりはしない。だが俺はKOされる前に相手をKOしていた。世界チャンピオンでいたい。みんなそれを求めている」とコメントした。

こうした流れによって、ダグラスの勝利は祝われることなく『疑惑の王者』とされてしまう。
あのタイソンに真っ向から挑み、そしてKOしたのは事実であるにも関わらず、その実力さえ疑われてしまった。

このロングカウント判定は法廷に持ち込まれ、最終的に「試合におけるレフェリーの裁定は最も重要だ」と判断され、ダグラスの王座獲得が認められた。

しかし、数ヶ月法廷闘争に明け暮れたダグラスは防衛戦の準備ができず、モチベーションも損なわれてしまっていた。

初防衛戦でイベンダー・ホリフィールドに敗れ王座陥落。そして引退。

1990年10月25日。
当初タイソンの防衛相手として予定されていたランキング1位、イベンダー・ホリフィールドとの指名試合を行う。

試合会場に立っていたのはタイソン戦とは別人のようなジェームス・ダグラスであった。
タイソン戦から約8か月で体重は大きく増加し、引き締まっていた肉体はたるみを帯びていた。

ホリフィールドはアマ時代にロス五輪で銅メダルを獲得。
プロ入りし手始めにクルーザー級を統一し、満を持してのヘビー級タイトルへ挑戦であった。

体重増で動きにキレのないダグラスは、1Rからホリフィールドにスピードで圧倒される。
タイソン戦で見せた積極的な姿勢もなく、攻め込まれるシーンが目立つ。

そして、迎えた3R。
劣勢を感じたダグラスが大振りのアッパーを振り上げた隙を、試合巧者ホリフィールドは見逃さなかった。
後ろに下がりながら躱すと矢のような右ストレート。
この一発でダグラスはダウン、タイソンの剛打を何度も何度も耐えた男は起き上がることができなかった。

この敗戦によって、「結局、ダグラスはまぐれでタイソンに勝っただけ」とダグラスの実力を評価する声は聞かれなくなった。
失意のダグラスは引退を表明。

『タイソンを倒した男』として臨んだこの防衛戦でのファイトマネーは2,400万ドル(約30億円)にも跳ね上がっており、巨万の富を既に手にしていたダグラスは「もう戦い続ける必要はない」と語ったという。

引退後、自堕落な生活で死にかけて復帰を決意

元々、メンタルの弱さを抱えていたダグラス。
働かなくても十分な富を築いた引退後は過食症とうつ病、さらにアルコール依存に。

体重は180kgを超え、血糖値に至っては800を超えた。
重度の糖尿病で1994年には昏睡状態に陥ったこともあった。

迫りくる死を体感したダグラスは、減量するため、そして人生をやり直すためにボクシングへの復帰を決意。
体重を110kg程度まで落として1996年6月22日、6年ぶりに現役復帰を果たした。

その後も、『タイソンを倒した男』の実力を見せ、復帰から6連勝を記録。
タイソンも服役を終えて1996年に復帰しており、再びタイソンvsダグラスの試合が組まれる可能性もあった。
この再戦について後年ダグラスは「体重を落として健康的な人生を歩もうと思っていただけで、タイソン戦は考えていなかった。」と語っている。

1998年6月25日、マイナー団体ながらIBAの世界タイトル戦に挑んだ。

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