伝説のボクシングトレーナー エディ・タウンゼント 「OK! Come on Boy!」

伝説のボクシングトレーナー エディ・タウンゼント 「OK! Come on Boy!」

力道山に見出され来日。 その大きすぎるボクシング愛で、ハンマーパンチ 藤猛、悲運の天才 田辺清、カミソリパンチ 海老原弘幸、天才パンチャー 柴田国明、和製クレイ カシアス内藤、伝説の男 ガッツ石松、エディの秘蔵っ子 村田英次郎、浪速のロッキー 赤井英和、ハンサムボーイ 友利正、天才少年 井岡弘樹など数々のボクサーを育てた伝説のボクシングトレーナー。 毎年、プロアマを問わず、活躍した、また縁の下の力持ちとして貢献したボクシングトレーナーに対して、「エディ・タウンゼント賞」が送られている。


田辺清 

闘病の努力もむなしく、右目は回復せず、田辺清は日本タイトルを返上し、引退した。
デビューから3年3ヶ月、21戦無敗、世界1位のまま世界戦直前での無念の引退だった。
4年ぶりにタバコを吹かした。
ボクシングの夢は終わった。
退院するとき、右目は1/3しかみえなかったが、2年後、完全に失明した。
しかし挑戦し続けた人生に後悔はなかった。

逮捕?!

藤猛とエディの仲には、亀裂が入っていった。
それは藤が強くなるほど大きくなり、世界タイトルを獲得する頃には回復不能なほどに壊れてしまった。
度々、2人は激しい口論となり、藤は目を剥き、エディも睨みつけて怒った。
対立の原因の1つに、マネジャー料があった。
藤猛は金銭感覚にシビアだった。
写真撮影に対して
「ギャラを出せ。」
といった初の日本人であり
「ボクね、1試合でファイティング原田の4倍は稼いでいたよ。」
というように、ギャラに対してこだわりが強く、常に水準以上のファイトマネーを出さないと、リングに上がらず、試合直前でも、自分の主張を通らず、ジム側が折れないと、控え室を1歩も出なかった。
エディは、藤猛に正当なマネージャー料を要求した。
しかし藤は、エディをマネージャーではなくトレーナーだと認識していて、マネージャーは、リキジムの代表の吉村義雄だと思っていた。
アメリカのボクシングは、選手がマネージャーやトレーナーとそれぞれ個人的に契約し、報酬を払う。
ジムのオーナーは、練習場所を提供し、その使用料金をもらうというシステム。
日本のボクシングは、選手は自動的に所属ジムの傘下に入り、ジムがマネージメントを行うシステムである。
藤は吉村に大声で尋ねた。
「ミスター吉村。
ボクのマネジャーはユーなのか、エディなのか!」
吉村は困った。
日本流にいえば自分で、アメリカ式に考えればエディとなる。
繰り返される口論の末、ついに藤猛とエディのコンビは解消された。

そして1967年6月20日、エディとリキジムの契約が切れた。
その3日後、6月23日、エディは、喫茶店でお茶を飲んでいるところを、ピストル不法所持・火器取締法違反の容疑で警視庁保安課の刑事に逮捕された。
「プロボクシング世界ジュニアウェルター級チャンピオン藤猛の前トレーナー、エドワード・タウンゼント(五二)=東京都中野区本町4-31-2森方=が、国際的運び屋を使って、ピストルをアメリカから密輸入し、日本の暴力団に流していた事件を内偵中の警視庁保安課は、タウンゼントを含む4人をピストル不法所持、火器取締法違反容疑で逮捕。
新品のピストル6丁と実弾8発を押収した。
同課は、このグループは数年前から組織的に密輸を続け、すでに数十丁を暴力団に売っていた疑いが濃いとして、捜査4課の協力でピストルの入手先などを徹底的に追及する。」
(朝日新聞)
逮捕されたのは、エディ・タウンゼント、クラーレンス・リン・ルウ、ジョージ・エキタ、田中勝太郎。
警視庁は早くからピストル売買の情報をキャッチし、21日夜に田中がリン・ルウとエキタが泊まっているホテルからピストルと実弾を運び出すのをつきとめ、芋づる式に4人を逮捕した。
「主人は刺されたのよ。」
百合子夫人はいう。
「あの頃、ハワイのヤクザっぽい友人が2人、うちにやってきてね。
実はピストルを入国したが持って出ることができないので処分してくれっといってきたの。
ああ、捨ててやるよって主人がいって、それをサブトレーナー(田中勝太郎)の子が持って行ったのよ。
主人はみても触ってもいなかった。
あの夜、主人は中野区のポニーという喫茶店にいて捕まったけど、あれは刺されたと思っています。」
エディとエディの見習いをしいた田中に濡れ衣を着せた仕組まれたことだというのだ。
「あの頃はリキジムに主人を排除しようという一派があって色々企みがあったらしいの。
その連中が刺したと思う。」
彼らが警視庁にタレこんでエディの契約が切れた直後に逮捕させたといのである。
確かにエディは2日ずれていたら前トレーナーでなく現トレーナーだった。
エディは拘置所に入れられ起訴された。
東京地裁は、4年の執行猶予がついた懲役2年の有罪判決。
クラーレンス・リン・ルウ、ジョージ・エキタは、ハワイへ強制送還となった。
「あれは警察のおとり捜査でひっかかった気の毒なケースでした。」
エディの弁護人となった安部弁護士はいう。
「この事件には終始スパイがつきまとっていて、いつもエディさんの家にやってきたり、我々の対策会議に出入りしていた男が実はスパイだったわけです。
完全に仕組まれていました。」
問題はエディさんが濡れ衣かどうかである。
「確かにエディさんは刺されたんですが、やったことは事実です。
私はおとり捜査の無効性で争ったがダメでした。
エディさんはちょこっとしか関係していなかったから、初犯ということで執行猶予がついた。
それにしても気の毒でした。」
エディが拘置されている間、ケンカ別れした藤猛が百合子を訪ね、心から励ました。
後日、証人としてハワイから召喚されたマングスターというギャングが法廷に立った。
彼がピストル売買の主犯であり、彼はその事実を認めた。
この証言で、一時は犯罪組織のボスのように思われていたエディの関与が少しだったことが確認された。
マングスターはエディの幼友達でおとなしい男だったという。
帰国したマングスターは、仲間の秘密を暴いたためにアパートで惨殺された。
マングスター惨殺事件の裁判がハワイで行われ、エディは証人として召還された。
百合子は猛反対した。
証言台に立てば今度はエディが狙われる。
「絶対にそんなことはさせない。
必ず生きて連れて帰る。」
アメリカ大使館は確約した。
エディはホノルルに向かい、そして無事に帰った。
しかしエディはその後1度も故郷ハワイの地を踏むことはできなかった。

カミソリパンチ 海老原博幸

1967年8月12日にブエノスアイレスで行われるはずだった世界フライ級チャンピオン:オラシオ・アカバロ vs 田辺清(世界ランキング1位)が、田辺のケガによりキャンセルされ、代わりに海老原博幸(世界ランキング4位)が戦うことになった。
海老原博幸は、力道山が亡くなった年にボーン・キングピッチを1RKOし世界チャンピオンになった。
3ヵ月後、初防衛戦でバンコクでボーン・キングピッチと再戦し謎の判定負け。
その後、強打者アラクラン・トーレス(メキシコ)をロスで2度破り、世界挑戦権を手に入れたが、左拳を骨折し、アカバロに判定負け。
そして田辺清の引退で、再びアカバロへの挑戦権が転がり込んできた。
エディは協栄ジムの金平正紀会長に頼まれ海老原のトレーナーとなった。
7月10日、海老原は世界戦の調整試合として韓国フライ級2位と対戦した。
「エビちゃん、殺すのよ。」
海老原は初回からワンサイドで攻め、5R1分51秒でKO勝ちした。
海の向こうでもアカバロがエレノ・フェレイラに判定勝ちしたが、試合で頭部に裂傷を負い、試合は1週間延ばされ、8月12日に行うlことになった。
日本ではエディのピストル密輸事件について、刑事裁判被告人の海外遠征は妥当でないと、日本ボクシング協会内で常任理事会議が開かれた。
議論は紛糾したが
「タウンゼント氏はトレーナーとして立派な人なのだから、ボクシング界のために頑張ってもらいたい。」
という会長の鶴の一声で沈静化した。
エディは東京地裁に上申書を出して許可を得た。

7月27日、海老原、金平会長、エディ、山神(トレーナー)の4人は、35時間の空の旅に飛び立った。
南半球のアルゼンチンは真冬で、首都ブエノスアイレスは冷風が吹いていた。
その風の中を海老原はロードワークした
ラプラタ川が市内を貫通していた。
寒風の中、エディは立っていた。
「エディさん、もういいよ。
ホテルの中で待っててよ。」
「ボク、トレーナーよ。
エビちゃんが走っているのにボクだけ温かいところいられないよ。」
公開スパーリングで、海老原はスパーリングパートナーを左ストレートで失神させた。
海老原は、街頭テレビで、白井義男がペレスにKO負けしたのをみて
「オレがペレスをやっつけて世界チャンピオンになってやる。」
その場で決心した。
中学から喧嘩で負けたことはなく、短距離走でも、マラソンでも常にトップ、体育の成績は常に5。
そして無類のギャンブル好きだった。
「フィリピンの選手なんかとやるでしょ。
ファイトマネーは100万くらい出るが、アドバンスとして前もって50万くれといってもらう。
そいつを前部ポケットにねじ込んで競馬場へ行くわけよ。
で、全部すっちゃう。
もう1度稼ごうと思って一生懸命やった。
清く正しく美しくなんて優等生みたいなこといっていてボクシングできないよ。」
海老原博幸、体は小柄だが大きなプライドとクソ度胸を秘めた男だった。

8月12日10時、海老原は、計量を115ポンド(50.8kg)リミットぎりぎりでパスすると、直ちにレストランへ行きステーキを食べた。
23時、ルナパークスタジアムは30000人の超満員だった。
海老原は27歳。
60戦56勝29KO3敗1分。
アカバロは33歳。
82戦74勝34KO2敗6分。
イタリア系移民の子で、子供の頃は極貧の中で育ち、屑屋、靴磨き、サーカスの軽業師など転々とした末、ボクサーとして成功したハングリーチャンピオンだった。
23時31分(日本時間12時31分)、ゴングが鳴った。
海老原の作戦は、序盤から攻めまくりノックアウトを狙うというもの。
アカバロはスロースターターだったし、敵地ではKOでしか勝てない。
海老原は積極的に打って出た。
3R 、アカバロの左フックが海老原にヒット。
海老原にバッティングの注意。
4R 、海老原がボディへストレートをヒットさせるとアカバロはロープに詰まった。
海老原は詰めて乱打した。
5R、アカバロはナイスファイトで戦局を持ち直した。
6R、アカバロ、サウスポーにスイッチし、クラウチングスタイルで互いにフックを打ち合った。
海老原は左拳の指を骨折し、右1本で戦わざるえなくなった。
2人とも目の上をカットし出血した。
7R、アカバロがラッシュ。
8R 、貯金をアカバロが攻めて、前半に海老原が積み上げた貯金を引き出していく。
11R、エディは海老原の左拳のトラブルに気づいた。
海老原はラッシュし主導権を取り戻そうとする。
15R、最終ラウンドは、両者共に血まみれで戦い、アカバロがラッシュしたところでゴングが鳴った。
息を詰めるような静寂の後、レフリーは、勝者として、アカバロを指した。
「No、エビハラの勝ちよ。」
エディはレフリーに食ってかかった。
「強盗に遭ったようなもの。」
と地元新聞の記者にも怒りをぶちまけた。

アカバロが引退したため、WBAはその空位を、世界ランキング2位のホセ・セベリノと3位の海老原で決定戦を行うことを決めた。
試合は、3月30日、場所は札幌市と決まった。
試合前日、海老原はロードワークで転倒し、右手の甲を強打し、右のパンチを打つと痺れるほど痛かった。
3月30日、 控え室に入った海老原は 出番直前まで支度に入らず、出番15分前、チェックのために同室にいた相手のトレーナーの目を盗んで、麻酔注射を右拳に打って、急いでバンテージを巻いた。
セベリノ側のトレーナーは巻き終えたバンテージを見てOKした。
3Rには右手の麻酔が切れた。
セベリノは、勇敢なファイターで、1歩も引かず前に前に出る。
海老原の右拳は威力を落としながらも 突進してくる相手を突いた。
「エビちゃん、右の回るの。
右よ。
頼むよ。」
9R、 海老原の猛攻にセベリノはロープを背にしてガードを固め、グラつきながらもダウンはしなかった。
このとき海老原は左の指の付根を骨折した。
15R 、最終ラウンド開始時点で、3人のジャッジは共に 「海老原70点、セベリノ62点」だった。
エディはおかしなことをいった。
「エビちゃん、逃げるの。
走って、走って逃げるの。
新宿まで逃げるの。」
海老原は笑いそうになった。
途端にリラックスして 、逃げるどころか攻めてこのラウンドも獲った。
「海老原!」
レフリーが勝者を告げると、海老原の目からドッと涙が溢れ出た。
タイのバンコクで失った世界最強の証を取り戻すまで5年かかった 。
試合後、海老原の両拳の故障が明らかにされた。
「エビちゃん、すっごいガッツよ。」

阪神百貨店の屋上遊園

- 十三のいま昔を歩こう

1969年10月14日、初防衛戦の4日前、海老原は大阪北区の阪神百貨店屋上の特設リングで公開スパーリングを行った。
海老原のアッパーとパートナーのアッパーが交錯し、パートナーのアッパーが海老原の左肘を打った。
海老原は、左肘から首へと激痛と痺れが上がってくるのを感じた。
今回、海老原に挑戦するのはパーナベ・ビラカンポ。
153cm、サウスポー、ファイタータイプのボクサーだった。
1金平会長は、試合に用いるグローブは日本製をと主張したが、海老原は強気で薄いメキシコ製を望み、KOこそボクシングという美学と意志を貫いた。

10月19日、阪急ブレーブスが近鉄バッファローズを破り3年連続のパ・リーグ優勝を決めた。
そして大阪府立体育館には海老原のカミソリパンチを観るために7000人が入った。
21時15分、試合開始 。
ビラカンポは、低い姿勢から接近戦に持ち込もうとする。
海老原は、フットワークで突進をかわして右フック。
中盤、海老原が左ストレートを放った瞬間、 激痛が走り、左肩が抜けた。
2R、ビラカンポ、ボディブローに対し、海老原はクリンチした。
3R、ビラカンポはヒルのように執拗にくっついて離れない。
4R、あまり動かない海老原に、ビラカンポは右アッパーを連打。
海老原は鼻血を出した。
このラウンド終了後、海老原は左肩の異常をエディに告げた 。
インターバルが終わり、リングに出る直前、海老原は早口にいった。
「エディさん、柔道の先生がいたら探しておいてよ。
もし見つかったらコーナーに連れてきてよ。」
肩の故障を脱臼と判断し、柔道整復で治そうと考えたのだ。
5R、
「誰か、柔道の先生いませんか。」
エディはリングサイドのほうを向いて訴えた。
「柔道の先生。」
エディは近くを歩きながら叫び続けた。
しかし返事はなかった。
6R、海老原は短期決戦を覚悟し勝負に出た。
しかしビラカンポは平然と反撃してきた 。
7R、前半が終わった時点まで、海老原の必殺の左ストレートはまったく出ていなかった。
左は感覚がなくなるほど痺れていた。
左腕はダラリと下げたまま、右腕1本で戦う海老原は余裕があるようにもみえるが、左腕は上がらないだけだった。
海老原は、ビラカンポの攻撃を、右手で左腕を持ち上げてガードするという離れ技もしていた。
8R、海老原は左目尻から出血し、脚は動かなくなった 。
ビラカンポは、ボディを滅多打ちし、海老原のフックは空転した。
10R、ビラカンポはラッシュ。
海老原、右目もカットし出血した。
11R 、エディはタオルを握りしめた。
「タオルは投げないで。」
海老原はコーナーに戻る度にいい続けた。
長い15Rが終わった。
「ビラカンポ!」
レフリーが勝者の名を呼んだ。
セブ島のヤシの葉をふいただけの粗末なジムで猛練習を積んだ田舎の青年が、一夜にして世界の頂点に立ったのだ。
海老原は肩を落としながら控え室に戻り、その場で引退を表明した。
その後、友人たちと残念会をやってグッスリ寝た。
ビラカンポは興奮で眠れず、ホテルを出て公園を秋風に吹かれながら朝まで歩いた。

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