天皇賞(秋) 東京芝2000m 10月29日
体調不良のまま挑んだレースは、いいところがなく惨敗。オグリキャップとスーパークリークが輝いたレースでした。
続くジャパンカップ(東京・11月26日)も不調のまま出走。まったくいいところがなく、11着と惨敗。ニュージーランド牝馬のホーリックスを追い詰めるオグリキャップが光ったレースでした。
イナリワンの直近2レースは、春のGⅠ2勝馬とは思えない大乱調で、すでにピークアウトしたのかも、という憶測が、ファンや競馬会に広がりました。
そして、グランプリ・有馬記念を迎えます。
3強の頂へ
食が徐々に戻り、復調していたイナリワンですが、単勝人気は4番目、16.7倍と人気はガタ落ちでした。前2レースの凡走からすれば、いたしかたないことでした。しかも馬場は良ながらも、イナリワンの天敵、雨がぱらついていたのでした。
3強対決3度目の正直、イナリワンは勝利することができるのか!?
第34回有馬記念 中山芝2500m 12月24日
圧倒的不利の大外から2番目の15番ゲート(イナリワンが勝利して以降26年間(2015年現在)3着以内なし)での勝利。「3強」と呼ばれながらオグリキャップとスーパークリークが別格に見られる中、改めて存在を示した圧巻のレースでした。
そしてこの1989年、GⅠレース3勝をあげたイナリワンは、年度代表馬に選出されるのでした。
2度目の「盾」取りへ
1990年、数え7歳となったイナリワンの初戦は、3月11日阪神大賞典(芝3000m)。天皇賞を照準においてのローテーションでした。が、何と斤量が62キロ。前走より6キロも増やされてのレースでした。結果は6頭立ての5着と惨敗でした。
ハンディがあったとはいえ、不安の残るスタートとなったのです。
天皇賞(春) 京都芝3200m 4月29日
春の天皇賞連覇にはならなかったのですが、阻止したのはあの武豊騎乗のスーパークリーク。昨年イナリワンとともに同じレースを戦った武豊騎手だったのです。
しかし、大一番になると必ずと言っていいほど力を発揮するイナリワンを、いつしか、「荒武者」と呼ぶファンが増えていたのでした。
ターフよ、さらば
天皇賞後、イナリワンは宝塚記念に出走しますが、荒れた馬場で本領発揮できず、4着となります。そして、この後脚部不安が発生し、そのまま引退が決断されます。
数奇な余生
北海道日高町に移ったイナリワンは、種牡馬としてはあまりいい成績(産駒)に恵まれませんでした。その後、2004年、20歳で種牡馬も引退し、功労馬として門別町に移ります。2007年12月には「里帰りイベント」で、大井競馬場を20年ぶりに訪れ、その後何度か繁養先が変わり、2010年頃から、なんと所在不明となります。
これほどの実績馬が所在不明とは。。。
そして、2014年12月以降、北海道トマムのアルプスペンションで過ごしていることが判明。
気性が荒く、ヤンチャ坊主だったイナリワンは、年輪とともに成長し年老いて、他馬の面倒見がいい親分肌の大人の馬に変身していました。