幻の金メダリスト『ベン・ジョンソン』ドーピング事件の陰謀説と引退後の活動について

幻の金メダリスト『ベン・ジョンソン』ドーピング事件の陰謀説と引退後の活動について

オリンピック史上最大の衝撃と言われる1988年ソウルオリンピック陸上100m。ベン・ジョンソンが9秒79の世界新記録で優勝したが、筋肉増強剤の使用が発覚し金メダルを剥奪、記録も抹消された。後に語られたこの事件におけるカール・ルイス陰謀説や、日本のバラエティ番組での活躍、ベン・ジョンソンの現在について徹底紹介。


ソウルオリンピック以前のベン・ジョンソン

1984年、ロサンゼルスオリンピックに出場し、カール・ルイス(アメリカ)が優勝した100mと、4×100mリレーで銅メダルを獲得した。
この時点では目立った存在ではなかったが翌1985年から急激に成績を上げ始める。

本名:ベンジャミン・シンクレア・"ベン"・ジョンソン
1961年12月30日生まれ、身長178cm
ジャマイカで生まれたが母親がカナダへ移民した4年後に本人も移民し、コーチのチャーリー・フランシスからスカウトを受け、陸上競技のトレーニングを始めた。

写真は1982年頃のベン・ジョンソン。
この時点では筋骨隆々の体では無かった。

ベン・ジョンソン(Ben Johnson)

1985年にはスイスのヴェルトクラッセチューリッヒ男子100mでカール・ルイスに初めて競り勝ち、1987年の世界選手権男子100mでルイスを破って9秒83の世界新記録(当時)を樹立。
アメリカ陸上界のスーパースター、ルイスのライバルとして広く認知されるようになった。

イタリアのスポーツ用品メーカーmディアドラがスポンサーになり、日本においても当時の共同石油(現ENEOS)のCMに出演するほどの人気であった。

終始イーブンペースで走る追い上げ型のカール・ルイスに対し、ベン・ジョンソンは低い姿勢で序盤から最高速を出す「ロケットスタート」を得意としていた。

他の選手と比べ、スタート直前は両手を大きく横に開き、低い姿勢からのスタートをし、スターティングブロックは他の選手に比べ左右のずれがほとんど無く、両足でほぼ同時に踏み出す方式を取っていた。
これらはいずれも人並み外れた上半身の筋肉があってこそなせる業であり、このスタート方式を採用しているトップ選手は非常に希少である。

1988年ソウルオリンピック男子陸上100m決勝で優勝。

それまでのベン・ジョンソンのカール・ルイスとの通算対戦成績は6勝9敗。
だが、直近3年間では勝ち越していた。

迎えた1988年ソウルオリンピックの100m決勝。
スタートから飛び出したべン・ジョンソンは一気に走り抜け、宿敵カール・ルイスを破り、9秒79の驚異的な世界新記録(当時)を樹立して優勝した。

スタートから猛ダッシュしたベン・ジョンソンを、後半に強いカール・ルイスでもとらえることはできなかった。

【画像】圧倒的なスピードで優勝

勝利を確信した瞬間から流しはじめ、ゴール時には人差し指を天に突き上げ、No1であることをアピールした。

【画像】ゴール時のNo1ポーズ

カール・ルイスの憮然とした表情が印象的であった。

【画像】表彰台で握手するベン・ジョンソンとカール・ルイス

ドーピングテストで筋肉増強剤が検出され、金メダルと世界新記録を剥奪される

カール・ルイスを破り、世界新記録で金メダル。
オリンピックの報道は、ベン・ジョンソンの活躍一色に染まり、世界一足の速い男の称号を確固たるものにしたかにみえた。

だが栄光は一瞬だった。
競技後のドーピング検査で筋肉増強剤の陽性反応が出て、金メダルと9秒79の世界新記録はあっさりと剥奪されたのだった。

金メダルは2位のカール・ルイスが繰り上げで承継した。
カール・ルイスはそれまでも100m決勝時においても、ベン・ジョンソンが禁止薬物を使用していることを確信していたと語っている。

100m決勝の実況したNHK羽佐間正雄アナウンサーは「ベン・ジョンソン、筋肉のかたまり」と解説。
陸上選手としては発達しすぎている驚異的な筋肉ボリュームは、関係者のみならず一般人ですらドーピング報道に納得した。

【画像】ベン・ジョンソンの筋肉

ドーピング発覚後のベン・ジョンソンは、カナダ国内の自宅へ直行。
後日の記者会見で宣誓書を読み上げ、「薬物を故意に使用したことはありません」、「家族、友人、祖国に恥をかかせるようなことしません」と述べた。

ベン・ジョンソンから検出された、スタノゾロールは筋肉増強剤ステロイドの一種。
同じくドーピング検査で陽性になったカナダの女子陸上選手アンジェラ・イサジェンコの証言によると、ジョンソンに投与されたスタノゾロールは動物用の商品(ウィンストロールV)であったという。

国際陸上競技連盟(IAAF)は2年間の競技者資格停止処分を決め、国際オリンピック委員会(IOC)は第2種ブラックリストに登録。
同時にスポンサーのディアドラをはじめ、共同石油のCMも打ち切られた。

剥奪されたベン・ジョンソンの記録は、2002年にティム・モンゴメリ(アメリカ)が9秒78を出すまで幻の記録と呼ばれ、ギネスブックは「薬物の助けを得たにせよ、人類が到達した最速記録」と但し書き付きで彼の記録を掲載していた。
(ティム・モンゴメリも、2005年にスポーツ仲裁裁判所に薬物使用を認定され、引退している。)

1980年代の100m走において9秒7の大台に乗った人類はベン・ジョンソンただ一人。
その後、人類が再び9秒7の大台に乗ったのは1999年のモーリス・グリーンである。

後にドーピングを認めたベン・ジョンソン

ベン・ジョンソンがドーピングに手を出したのは、1985年に女子400mで東ドイツのマリタ・コッホが出した圧倒的な世界記録がきっかけであった。

同じ大会に出場し、その瞬間を目撃していたベン・ジョンソンと、コーチのチャーリー・フランシスはドーピングを確信。
自らもドーピングをおこなうことを決意したという。

1970年代後半から1980年代前半にかけて活躍した、東ドイツの女子陸上競技短距離走選手。
活躍期間の長さと記録の傑出度から、史上最高の女性スプリンターとの呼び声が高い。
女子400mの世界記録保持者で、その記録47秒60は、30年以上経った今もそれに迫る記録すら出ておらず、永遠に破られないとも言われている。
だが、当時の東ドイツは組織的ドーピングが盛んであったため、突出したパフォーマンスを発揮したコッホにも薬物疑惑がつきまとっている。

マリタ・コッホ(Marita Koch)

カール・ルイス陰謀論と、カール・ルイス自身のドーピング疑惑

薬物使用を認めながらも陰謀説を唱えているベン・ジョンソン

ベン・ジョンソンは、「私は長年にわたり薬剤を常用していたが、(検出された)スタノゾロールは使ったことがなかった。私は陰謀に巻き込まれたんだ。」とし、そこに当時のライバルだったカール・ルイスの関与があったかと尋ねられ、「多くは語らないが…関与していた」と答えている。

ソウル五輪の薬物テストの待合室でジョンソンは、ルイスとは「家族同然のつきあい」だったというアメリカの元フットボール選手アンドレ・ジャクソンと一緒にビールを飲んだ際、この人物に薬物を混入されたと主張している。
ジャクソンと2004年にロサンゼルスで出会った際に、先の検査前において錠剤のステロイドを飲料に混入させた旨をジャクソンが告白したとジョンソンは証言している。

この陰謀論に関して、カール・ルイスは自伝「Inside Track(邦題:カール・ルイス―アマチュア神話への挑戦)」のなかで、ジャクソンがジョンソンと一緒にビールを飲んでいたところを見かけていると一部事実を認めたが、この選手がジョンソン氏のビールに薬物を混入したことについては否定。
ルイスのマネージャーも、「カールはベンの陽性反応とは全く無関係だ」と答えている。

ソウル五輪ドーピングセンターのパク・ジョンセ博士も「分析結果によれば少なくとも検査の1週間前まで筋肉増強剤を服用していたはず」と他者によるドリンク等への混入疑惑を否定している。

陰謀の根拠の一つは、カール・ルイスのドーピング陽性は見逃されたこと。

当時は報道されることはなかったが、カール・ルイスはソウル五輪米国代表選考会で3つの薬物検査で陽性と判定されていることを米オリンピック委員会でディレクターをしていた医師が2003年に告発している。
検出されたのはエフェドリン(感冒薬の成分)など。
当時の国際法では出場停止を受けなければならなかったが、最終的に出場を許可されている。

カール・ルイスはこの件に関して、興奮剤を植物性の生薬から知らないうちに摂取したとし、「今は医薬品の薬物検査のリストにさえ載らないようなものだった。最初に検査を始めたとき、それ(禁止物質のリスト)に全てが載せられていたというのが真実だ。運動能力向上剤を摂取したことはないというのが事実だよ。」と主張している。

ベン・ジョンソンは、「なぜルイスがセーフで私がアウトだったか。それは私のスポンサーがイタリアのシューズ会社のディアドラで、ナイキでもアディダスでもなかったからだ。」と述べ、『もしいま、誰か一人だけ殴っていいと言われたら誰を殴りたいか』と問いかけたメディアに対して、「カール・ルイスだ。彼は私と同じこと(ドーピング)をやったはずなのに、私とは正反対の道を行った」と恨みを述べている。

スポンサーによる陰謀論も唱え、「当時ドーピングなんて誰もがやっていた。私は狙われた。私を陸上界から追放すれば、カール・ルイスが優勝する。それによって彼のスポンサーはボロ儲けができる。あの事件には、莫大なカネが絡んでいた」と語っている。
「ディアドラはナイキのような、五輪のNo.1スポンサーにもなれる企業と比べるとはるかに小さい。だが、ソウルの前年('87年)の世界選手権で私がルイスを破って世界新を記録して以来、セールスが飛躍的に伸び、世界一になろうとしていた。それが問題だった。私を犠牲にすることで、ディアドラを引きずり落としたかった誰かがいたというわけさ。それがすべてだ。」と説明した。

ソウルオリンピック後のベン・ジョンソン

2年間の競技者資格停止が解け、ベン・ジョンソンは1991年陸上界に復帰した。

1992年バルセロナ五輪、ベン・ジョンソンは100mのカナダ代表として3度目の五輪出場を果たした。
だが筋肉は細くなり全盛期のスピードはなく、1次予選は10秒55と、32人残った中で20番目。
2次予選は4位で辛くも準決勝に進んだ。

そして準決勝1組に出場したジョンソンは、スタート直後に躓き、10秒70。
ソウルオリンピック幻の金メダリストは準決勝最下位で決勝に進むことすらできなかった。

1993年3月、出場した競技会で再びドーピングで陽性反応が出たため、公式の陸上競技大会から永久追放され、IOCの第1種ブラックリストに登録された。
事実上の引退である。

陸上を引退した後のベン・ジョンソン

プロフットボールやプロ野球への転身も試みたが実らず、コーチやトレーナーとして活動。
リビアのカダフィ大佐の息子やマラドーナなど、他所で受け入れられない『問題児』のコーチも引き受けた。

濃すぎる2ショット。
1997年6月、ディエゴ マラドーナはベン・ジョンソンを専属トレーナーに任命するが、その4ヶ月後の10月には引退を表明した…。

ディエゴ マラドーナとベン・ジョンソン

世界的な悪役・ベン・ジョンソン、日本では愛され続けている。

ドーピングにより金メダルを獲得した世界的な悪役として、有名になったベン・ジョンソンだが日本ではその判官贔屓の国民性からか「しくじっちゃった」的な軽い感じで許され、映画やテレビのバラエティ番組に多く出演している。

『トリビアの泉』では、他にもベン・ジョンソンにまつわるトリビアとして下記2つを紹介している。

●ベン・ジョンソンが動く歩道を全力疾走すると100m、10.89秒である。
●イタリア旅行中に財布を盗んだ少女を全速力で追いかけたものの、振り切られてしまった。


2010年8月1日、TBS系列「クイズ☆タレント名鑑」の企画で、100mのタイムを計測した。
48歳という年齢の上に体重も100kgと往年の面影はなかったが、予想を上回る11秒50という好タイムを記録した。

2011年7月10日
82.5kgに減量して出演。
長距離走選手だった松野明美と800m競争をしたが、もともと短距離走選手ということもあり、最後は松野に大きく突き放されて負けてしまった。

【クイズ☆タレント名鑑】松野明美と800m走 対決!

2012年1月22日放送
兵庫の西宮神社で行われる、本殿まで走り参拝一番乗りを競う「福男選び」にベン・ジョンソンが挑戦したが惨敗。
後に、この番組が終了したのは「福男選び」にベン・ジョンソンが勝てなかった結果、番組に福が舞い込まなかったのが理由だと枡田絵理奈アナウンサーは主張している。

【クイズ☆タレント名鑑】福男選びに挑戦するベン・ジョンソン

2012年10月8日放送
芸能界最速の雄を決める戦い。出場者はダンテ・カーヴァー、永井大、武井壮と緊急来日したソウルオリンピック幻の金メダリストベン・ジョンソン。
110m競走を行い、1位武井壮、2位ダンテ・カーヴァー、3位ベン・ジョンソン、4位永井大であった。

【ALLSTAR WARS】武井壮と対決するベン・ジョンソン

「ギャラにうるさい」、「ギャラが高い」と明かされることも多いベン・ジョンソンだが、長年に渡ってバラエティ番組に起用され続けていることからも番組上のキャラクター設定だと思われる。

現在のベン・ジョンソン

「現世界記録保持者のウサイン・ボルトより速いと思っている。」

ベン・ジョンソンは現在、孫も住んでいる地元カナダのオンタリオ州トロントでスポーツインストラクターを務めている。
その傍らで日本でテレビ番組に出演したり、欧州でプロサッカー選手への指導するなど世界各地を回っている。

直近のインタビューでは、「自分も十分に年をとった。IOCや国際陸連が自分をどう扱ったかなど気にしない。今もベン・ジョンソンとして生き、楽しんでいることが大事だ。薬の後遺症はない。いま健康そうに見えるだろう。カナダにいると、人々は「君は今でも100メートルで世界最高の選手だ」と言ってくれる。私は、現世界記録保持者のウサイン・ボルト(ジャマイカ)より速いと思っている。今は、靴も陸上トラックも進化しているのでもっと走りやすいから。」とメディアに答えている。

反ドーピングの啓蒙活動もおこなっている。

かつての過ちを反省し、反ドーピング活動家として薬物追放への啓蒙活動も行っている。
2013年9月には、ソウルの五輪スタジアムに立ち、「ドーピングは私から金メダルや世界記録、名声を奪っていった。私は今もその間違えた選択がもたらした人生から自由になっていない。時間を引き戻すことができたら…」と悔恨の念を話している。

2015年11月、世界反ドーピング機関(WADA)の独立委員会は、ロシア陸上界の組織ぐるみのドーピングを明らかにする報告書をまとめた。
コメントを求められたベン・ジョンソンは、この事件を聞いても驚かなかったとし、「ドーピングが世界で話題になると必ず私の電話が鳴り、コメントを求められる。いつも話しているとおり、金のあるところには不正がある。」、「選手がスポンサー契約や賞金と関わる限り、薬に手を染めるリスクがある構造は変わらない。そして問題が発覚すれば、選手だけが罰せられる。そうした状況を見ているととても悲しい。私たち選手は奴隷のようだ。」と語っている。

かつての宿敵カール・ルイスも別途、反ドーピング活動をおこなっている。
ドーピングにより金メダルと世界記録を失った男・ベン・ジョンソンと、ドーピングで陽性となったがオリンピック出場を許され金メダルを手にしたカール・ルイス、この二人がともに現在は反ドーピング活動に携わっているというのも運命の皮肉であろうか。

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