ファミコンと共に「家庭用ゲーム機」が本格的に登場した1980年代
この時代をリアルタイムに生きた私たちは、家庭用ゲーム進化の歴史を丸ごと目撃してきた世代でもあります。
そんな1980年代を、ファミコンが生まれた1983年から1年ごとに振り返っていこうと思います。
本記事では1986年のテレビゲームについて振り返ります。
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1986年のテレビゲームを振り返ろう
栄華の時を迎えた任天堂を中心とするファミコン経済圏
前年のモンスターソフト「スーパーマリオブラザーズ」の影響もあって、ファミコン本体の販売台数は飛躍的に伸び、1986年を迎えるころには実に600万台を突破。
まさに子供から大人まで幅広い層のユーザーを獲得しました。
1986年は、そんなユーザー層の裾野の広さが反映されたように多様なゲームが登場。
ミリオンヒットだけでみても「スポーツゲーム」「キャラクターゲーム」に加えて「ロールプレイングゲーム(RPG)」の登場と、まさに「ファミコンの栄華ここに極まれり」といった一年となりました。
一人あたりの所有するゲームソフトの本数も、どんどん増えていったころだったと記憶しています。
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時代はカセットからディスクへ!や~れば~やる~ほど~ディスクシステム♪
これまでにも様々なファミコン周辺機器をリリースしていた任天堂でしたが、この年には「カセットからディスクへ」の触れ込みでディスクシステムが登場しました。
従来のカセット型ゲームで難しかった「ゲームデータ保存」「書き換えサービスによる安価なゲーム購入」を武器に大々的にPRがなされたディスクシステムは、これまた圧倒的な支持で迎え入れられました。
夢のディスクライター
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ただし、ファミコン本体ほどの爆発的ヒットではありませんでした
数多くのヒット作も生まれましたが
メーカー希望小売価格は15,000円。
対応ソフトは199タイトル、ソフト総売り上げ数は約5,300万本。
ディスクシステム本体は400万台以上を売上げましたが、6,000万台以上を売り上げたファミコン本体と比べれば、たしかに小規模だったのかもしれません。
一本当たりの価格設定や著作権の考え方も含め、サードパーティーも当然、ヒット作が出しやすいファミコン本体へのゲーム供給路線を継続することとなりました。
1986年のミリオンヒットゲーム
12本ものミリオンヒットが生まれた1986年。
任天堂以外にも老舗のハドソンやナムコに加え、アニメ版権を強みとするバンダイや大ヒットシリーズとなる「ドラクエ」第1作をリリースしたエニックスなどがミリオンを達成しました。