田野は無視した
平仲はさらにいった
「具志堅が負けたさーね
具志堅の仇をとるからさ
ボクシング教えてくれんね」
田野は平仲の頭から足先まで視線をはわせていった
平仲の学生服はパンパンに膨れ上がっていた
それにしても1ヶ月で20kgの減量は無茶である
本心では平仲を追い払いだけだった
不満があればすぐに手を出すケンカ屋は
ボクシングに1番大事に忍耐に欠けると思っていた
彼にとってボクシングは神聖なものだった
しかし平仲は本気だった
その夜から体操服を何枚も着込み
仕事着のカッパをかぶって走りに出た
最初は3kmがやっとだったが
5km、7km、10kmと距離を伸ばし
最後は20km走るようになった
毎晩バケツを満たすほどの汗をかいた
減量は10kgまですぐだったが
それからがキツかった
家族で夕食をした後
藪の中で喉に指を突っ込み
食べたものを吐き出した
ひと月後
別人のように引き締まった平仲が現れ
田野はたまげた
体重は70kgを切っていた
田野がパンチの基本を教えると
普通の初心者が1ヶ月かかるところ
平仲は3日で覚えた
パワーは並外れていた
春の高校総体が目前に迫っていた
3ヶ月で高校チャンピオン
「勝ったよ」
ボクシングをはじめて2ヶ月しかたっていなかったが
平仲はライトウェルター級で沖縄予選にエントリーした
田野は休学中の手前、試合会場には行けない
「1回戦ぐらい勝てれば・・・」
と思っていた
試合翌日
平仲は田野の家に来た
この一言が
田野の心身のバランスを回復させる特効薬となった
「また勝った」
「今度も勝った」
勝利のたび、平仲は田野に報告した
田野は
心を縛っていたなにかが解けていく思いがした
平仲は
ほとんどの試合をKOして沖縄大会を優勝した
沖縄で勝ち抜いた平仲は
全国大会でも優勝し
全国高校チャンピオンとなった
ボクシングのウェアとシューズが買えなかったため
体操服の短パンに荒縄を通してくくり
シューズはありふれた運動靴という姿だった
改めて平仲は田野に頼んだ
「ヒロシ
もっとパンチやディフェンス教えてくれんね」
田野はいった
そして
仲居真と平仲を引き合わせた後
東京の就職先へ旅立っていった
「沖縄から世界を狙ってみないか」
仲井真重次
チリチリアフロに口ひげ
仲井真は具志堅そっくりだった
平仲をみるなりつぶやいた
「シャドー3回、サンドバッグ3回、ミット打ち3回」
平仲はいわれたとおり3Rずつメニューをこなした
仲井真は
ミットを持って平仲のパンチを受けた
衝撃が腕を通り越して脊髄まで走った
練習後、
仲井真はいった
「まだプロは早い
大学でしっかり基礎を身につけたほうがいいな
バランスが悪い
このままプロで倒すか倒されるかのボクシングをやったら
お前は偏ったボクサーになる
力任せのボクサーは一か八かの勝負で壊れる
アマでロスオリンピックに出てからプロ入りは遅くないぞ」
「もっと練習すれば世界を獲れますか」
「お前次第さ
だがなプロとして世界を目指すなら
実力はもちろんだが
絵になるボクサーにならなきゃダメだ
ストーリーのないボクサーは客を熱くできないよ
客を喜ばせられなきゃ金にならん
お前はどこのジムからプロデビューしたいんだ」
「いやべつに・・」
仲井真のこの言葉で平仲は頭の芯がしびれた
「具志堅、上原兄弟
沖縄出身のボクサーはみんな東京のジムからデビューした
沖縄は強い選手を育てるだけでいいところはヤマトに持っていかれた
これじゃウチナーンチュは本物の夢を手に入れられない
俺は沖縄から世界王者をつくるために帰ってきた
金もない
テレビ局にコネもない
試合を組むのも大変だが
それでも世界チャンピオンをつくる自信はある
どうだ
やるか」
「沖縄から世界を狙います」
「我慢がいるぞ
内地で世界チャンピオンになる10倍、20倍の忍耐と努力がいる
それでもやれるか」
「会長
沖縄から世界を獲りましょう」
「よし大学へ行け
休みに帰ってきたら練習はいつでもみてやる
ボクシングの基礎を覚えるのはいいが
手先だけのアマチュアスタイルに染まるな
チマチマしたボクシングになりかけたら
いつでもオレが叩き直してやる
倒すボクシングを徹底的に教えてやる
酒は先輩にすすめられても絶対に飲むな
酒を飲んだら肺に水がたまる持病があるといえ
女には深入りするな
女でダメになった選手はゴマンというぞ
朝夕のロードワークには必ずダッシュを入れろ
ボクサーは疲れたときの瞬発力が勝負だ
いいかボクシング1本に集中しろ
オレは必ずお前を世界チャンピオンにしてやる」
「はい」
平仲18歳
仲井真29歳だった
ロサンゼルスオリンピックに出場
平仲は日本大学農獣医学科に進学し
ボクシング部に入った
そして一気に才能を伸ばした
最初は言葉の壁で
コミュニケーションがとれず
部屋に引きこもりがちだったが
試合に出て勝ち出すと
自然と打ち解けていった
全日本選手権優勝
アジア大会優勝
大学3年でロサンゼルスオリンピックに出場した
「これで平仲は終わった」
オリンピック選手村での平仲明信(ボクシング)と石森宏一 (レスリング)
オリンピックから帰国すると
いくつものボクシングジムからプロへ勧誘があった
中には4000~5000万円もの契約金を提示してきたところもあった
一方
プロの転向されるとエースを失う大学側は
卒業するまでアマチュアに残るように強要した
平仲の「プロ転向」を発表した
注目された所属ジムは
仲井真会長の「沖縄(現:琉球)ボクシングジム」だった
平仲はいった
しかし関係者は鼻で笑った
「なぜあんなちっぽけなジムに・・・」
「あのジムでは世界は無理だ」
「これで平仲は終わった」
大学も
一刻も早い退寮を命じた
平仲は部員が練習している間にひっそり寮を去った
見送る者はいなかった
たった4戦で日本タイトル奪取
オリンピック代表選手の平仲は、
A級ライセンスを許され8回戦(通常は4回戦)からプロデビュー
デビュー戦で日本ランカーを1RKO
デビューから10ヵ月弱、プロ4戦目で
日本J・ウェルター級チャンピオン、田名部雅寛に挑戦した
しかしアガってしまいまったく地に足が着かない平仲に
仲井真が激を飛ばした
自分を取り戻した平仲は
6R田名部を眠らせ
日本Jr.ウェルター級王座獲得した
横井一三 1RKO
藤尚美 4RKO
タイ・スチャーレン 2RKO
田名部政寛 6RKO(日本Jr.ウェルター級王座獲得)
西田輝英 1RKO
田名部政寛 5RKO
伊藤心 2RKO
ニロ・アラマグ 7RTKO
とデビュー以来連続8KO
9戦目は判定までいったものの
10~17戦目を連続KO
17戦全勝
日本王座防衛9度
世界ランク1位まで上りつめた
その圧倒的な強さは
世界タイトル奪取が期待されたが
地方のジムが
自力で世界戦をプロモートすることは容易ではなく
日本タイトルを防衛しながら
じっくりとチャンスをうかがうこととなった
世界挑戦
「沖縄から世界へ」を信念にイタリアへ
そしてようやく指名試合
(各階級のチャンピオンに一定期間に1度、ランキング1位との指名試合が義務付けられる
チャンピオンが楽な相手とばかり戦ったり試合をしないなど
不当に王座に居続けることを避けるための措置の1つ
ちなみに「指名試合」に対しチャンピオンが挑戦者を選ぶ試合を「選択試合」という)
で
世界タイトルへの挑戦が実現した
相手は
WBA世界J・ウェルター級王者、ファン・マルチン・コッジ
強打と堅実なテクニックを兼ね備えたサウスポーで
世界王座を3度獲得、通算10度の防衛を成し遂げた名チャンピオンである
多くの日本人選手が
経済力にモノをいわして有利な日本で試合を行うが
平仲は
「沖縄から世界へ」を信念にイタリアで世界戦のリングへ挑んだ
アウェイの洗礼は、
試合の前から始まった
送られてきた航空券は格安チケットだった
窮屈な席で
香港,サウジアラビアを経由し
ローマに着いたのは日本を発って30時間後だった
成田から直行便なら12時間である
vs コッジ
1R
コッジの「Látigo(鞭)」といわれる左で
平仲はガクンッとヒザを折った
「No」
平仲は否定したが
レフリーはスタンディングダウンをとった
2R
レフリーは頭から突っ込む平仲に「減点」を課した
3R、
ここまで優勢のコッジだが
平仲の左フックが炸裂してダウン
立ち上がったものの効いているコッジはクリンチし続ける
チャンスの平仲は
強引に攻めようとするが
またバッティングの警告を受ける
それでもコッジを再び倒し2度目のダウンを奪う
しかし倒し切れなかった
4R以降
エキサイトする平仲は前へ前へ出たが
コッジは近距離では打ち合わず手堅く攻めた
結局、判定3-0でコッジが勝った