ザ・ルースターズ
ザ・ルースターズの人気(特に初期)は解散してから高まったといって良いでしょう。
これはTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTやBLANKEY JET CITYといった人気者たちがザ・ルースターズ・ファンであることを公言したことが大きいように思います。
初期のザ・ルースターズは、簡単にいうとビートバンドですね。デビュー当時のザ・ローリングストーンズをスピードアップしたサウンドと言いますかね。ボーカルの大江慎也が言うところの「最新型」のサウンドとはまさにこれだったわけです。
流石にカッコいいですねぇ。
勢いがあります。人気が出るのも分かります。
しかし、しかしです。だか待てよと言いたい。勿論初期のルースターズは最高だ。だからと言って初期のルースターズにばかりにスポットライトが当たるのは納得がいかない。
ここから先、そう、中期のルースターズこそが最高も最高なのだと言いたいのです。
ニュールンベルグでささやいて
初期のザ・ルースターズとは、アルバムでいうと3枚目までということになるかと思います。ビートバントという見方をすると3枚目のアルバム「INSANE」の、レコードで言うところのA面までと言って良いでしょう。
B面は毛色が変わっていて、その後のルースターズを予見するような曲が顔を出しています。
「INSANE」のB面を聴いて、当時のファンは次のアルバムが待ち遠しかった。いったいどんなことになるんだろう?!この思いで期待が高まったものです。
「INSANE」のB面には、「Case Of Insanity」「In Deep Grief」という2曲が収められているのですが、当時の日本の音楽界ではありえない楽曲でした。ネオサイケというかオルタナティブというか、日本ではちょっと他に類を見ない楽曲だったといえます。
果たして「INSANE」の次の作品はどうなったかと言うと、期待を裏切ることなく12インチの4曲入りマキシ・シングルとして1982年11月21日にリリースされました。ルースターズの中期の始まりです。

ニュールンベルグでささやいて
まぁ、リアルタイムで聴いた人であれば、1曲目の「ニュールンベルグでささやいて」で先ず腰を抜かしたはずです。ファースト・アルバムで聴くことのできたビート・バンドの面影などどこにもない!とはいえ、リズムは強力だ。井上富雄(ベース)、池畑潤二(ドラムス)のコンビネーションは素晴らしすぎます。もちろん花田裕之のギターにも文句のつけようはありません!
そして大江慎也のボーカル。
当時の日本でこんな音を出していたバンドは他にはいませんでしたよ。
メンバーはみんな素晴しいのですが、ここからの大江慎也のボーカルは他の追随を許さなくなります。スゴイではすまされんのです。大江慎也は、マネのしようがないスタイルを築き上げていくことになります。
大江慎也のボーカルがなぜ特異性を持ったのかというと、「バリウム・ピルス」の歌詞を読んでみれば明らかなのですが、このころから精神に異常をきたしてしまったということが挙げられます。
大江慎也は「ニュールンベルグでささやいて」リリース後に1983年6月までの半年近く精神科に入院することになります。
ただ、当時はそんなことは微塵も想像できず、多くのファンは能天気に「ニュールンベルグでささやいて」に狂喜乱舞していたのですよ。
C.M.C
「C.M.C」とは巡航ミサイルキャリアの事で、大江慎也がシドニー・ルメット監督、ヘンリー・フォンダ主演の映画「未知への飛行」を偶然見てインスピレーションが湧き出来た曲だそうです。
海辺でバカンスを楽しんでいたらいきなりミサイルやら爆弾やらが落ちてきて辺り一面が戦場になるというとんでもない内容の曲。この曲が収録された2枚目の12インチ・シングル「C.M.C」は大江慎也が退院した1983年7月にリリースされました。
「ニュールンベルグでささやいて」とはまた打って変わって疾走感溢れるまさに最新型のロックンロール「C.M.C」。とはいえこの12インチ・シングルには純然たるオリジナルの新曲は「C.M.C」と「カレドニア」しか入っていません。
12インチとはいえシングルですから曲数が少ないことでの不満はありません。
問題なのは事前に雑誌では最大の問題作と煽られていた「GO FUCK」という曲が入っていない!このことです。
「GO FUCK」はライブでは「ニュールンベルグでささやいて」や「C.M.C」などと同時期に頻繁に歌われていてファンの間ではよく知られている曲でした。
当然今回の12インチ・シングルに収録されるものだと思っていただけに残念でなりません。
まぁ、おそらく歌詞に問題ありということでオミットされたのでしょうが、本来はこの12インチ・シングルの核となる楽曲だったのでしょうけどね。大江慎也の歌詞がねぇ…

C.M.C
「C.M.C」は、レコード発売前のライブでは「Summer Summer Summer」と名付けられていました。レコーディングの際にプロデューサーの柏木省三より「もう少し凝った曲名にしてくれ」と言われ「C.M.C」となったそうですが、「Summer Summer Summer」の前の仮タイトルは「夏休み」だったと後年のインタビューで大江慎也が答えています。
この内容の歌詞でタイトルが「夏休み」だったら…恐怖が増す。
当時は日本で12インチ・シングルはまだ珍しかったのですが「どうして12インチを出したのですか?」という質問に対して大江は「曲がないけん」と答えています。
イギリスでは盛んに12インチ・シングルをリリースするバンドが増えていましたから、新しもの好きのルースターたちがやらないわけがないって感じで「曲がないけん」というのはジョークのように思えますが、大江慎也の精神状態が悪くなっていたことで曲が書けなかったというのも事実なのでしょう。
因みに、収録されている楽曲が4曲までのものが「シングル」、6曲までのものを「ミニ・アルバム」、それ以上は「アルバム」という定義になっているそうですよ。(カラオケやリミックスはカウントされません)
ルースターズのライブ中止。この告知を見ても“大江どうかしたの?”くらいに軽く思っていました。その大江慎也が戻ってきたと思いったら、ドラムスの池畑潤二が脱退するんですね。
これには驚きました。もう大江の病気どころではないって感じです。池畑潤二はルースターズのサウンドの要ですからね。
この12インチ・シングルがオリジナル・メンバー最後の作品となります。
DIS.
1983年10月21日に発売されたルースターズの4枚目のアルバム「DIS.」のジャケットには驚きました。
川の中に浸かっているメンバー。そのシルエットからそれが、大江慎也、花田裕之、井上富雄であることが分かります。美しいジャケットです。
そして誰もがこうつぶやきました。「あれ?池畑は?」
今と違って当時はインターネットなどない時代。ルースターズは一般的に売れているとは言い難く、メジャーなテレビや雑誌にはほとんど登場しないわけで、メンバー脱退のニュースなどほとんど報じられなかったんですね。
誰もが「池畑は岩の影になってるのかな?」と思ったものです。
池畑潤二の脱退が分かるとさぁ大変。ルースターズのサウンドはどうなるのか?これです。
で、アルバムを聴き終えた感想はドラムスがどうしたどころの話ではありません!アルバムを覆いつくしている大江の不安定なボーカルに心を奪われてしまうのです。

DIS.
一聴すると無気力にも聴こえる大江慎也の歌唱。それまでの大江の歌い方は、ぶっきらぼうではあっても無気力ではなかった。いや、むしろ逆。活力に満ちてましたからね。
ここで好みが分かれるところです。ルースターズは、力任せのビート・バンドから孤高のバンドへと変化を遂げることになります。ルースターズ自体、または大江慎也にしてもその変化は望んでの事ではなかったのかもしれません。大江慎也の精神疾患による不可抗力ともいえるものでしょう。結果として、前代未聞のあまりにもナイーブな楽曲が誕生することになります。
アルバムに収録されている「 I'm Swayin' In The Air」が、「THE AIR」のタイトルで8枚目のシングルとしてリリースされました。
ドラムスは池畑潤二から灘友正幸に交代。力強さはなくなったものの、大江慎也の新たな世界を表現するには最適だったともいえます。
尚、このアルバムから、下山淳(ギター)、安藤広一(キーボード)が加入しています。この二人の貢献度は大きいです。
そうは言ってみても、オリジナルメンバーでこのアルバムが作られていたらとの思いは消せません。「ニュールンベルグでささやいて」「C.M.C」の流れは途切れてしまいましたからねぇ。
GOOD DREAMS
1984年4月にリリースされた5枚目のアルバム「GOOD DREAMS」に添えられたメンバー写真を見て「知らん人がおる」と思ったファンは多かったと思いますよ。
池畑潤二の脱退の時と同じように、新メンバー加入の情報も伝わりにくい状況でしたからねぇ。このアルバムで遂に下山淳と安藤広一がジャケットに姿を現すのですが、今度は井上富雄が居ないことにファンは驚くのでした。
人数こそ増えたものの、気が付けばオリジナルメンバーは大江慎也と花田裕之の2人。「GOOD DREAMS」は、先ずメンバーチェンジに驚かされるアルバムです。

GOOD DREAMS
中期ルースターズ・ファンの間でもアルバム「GOOD DREAMS」はイマイチ評価が低いように思います。ひとつには先に出た2枚の12インチ・シングルの寄せ集めといった趣であること。更にそれらの曲はミックスされており12インチ・シングルの方が良かった(これは好み)ということ。
半分は既存曲で、「Drive All Night(Elliot Murphy)」と「All Alone(サンハウス)」はカバー。でもって「Hard Rain」は「雨」というタイトルで以前からライブでやってましたからファンにとっては目新しいものではありませんでした。
しかし、そんなことよりも問題だと思うのは「Hard Rain」です。大江慎也、花田裕之、下山淳による3本のギターの掛け合いはカッコよくも美しく文句なしです。が、この曲はライブでは後半のアレンジが素晴らしかったのですよ。ところがどうしたことか、スタジオ・テイクにはその後半部分がそっくりカットされています。まぁ、後半部分を含めると8分近くになりますから、アルバムではカットせざるを得なかったのかもしれません。だったら、この曲こそ12インチにしてほしかった!という声は今も昔も残念ながらルースターズには届きません。
だからと言って「GOOD DREAMS」がつまらないアルバムかと言えば、全くそんなことはありません。既存の曲が多いということは、言ってみればベストアルバムの趣き。悪かろうはずがありませんよ!
極めつけとなるのがタイトル・チューン「GOOD DREAMS」です。正にレコードの帯に書かれた「求めた夢_求める夢」というコピーそのまんま。胸が締め付けられるような、狂おしいような、切なく甘美な名曲なんですよ。
上の画像はビデオ「PARANOIAC LIVE」からのものですから、アルバム「GOOD DREAMS」リリース直後のライブですね。観て頂くとお分かりのように、ボーカルは後から録音しなおしています。まともに歌えていないのでボーカルを差し替えないと商品にならんとの判断だったのでしょうが、分かってない!と言わずにはおれません。
歌えていない、そこがイイ!そこが聴きたい。そう、声にならない声こそが図らずも大江慎也が到達した唯一無二の世界だったわけです。奇妙なステージ・アクションと共に大いに好みの分かれるところですね。
Φ PHY
近年ファンになったファースト・アルバムを高評価する方には俄かに信じがたいかもしれませんが、1984年12月にリリースされた6枚目のアルバム「Φ PHY」こそが当時もっとも好セールスを記録したルースターズのアルバムなんですよね。

Φ
好セールスを記録したのに「GOOD DREAMS」に続いて「Φ PHY」からもシングル・カットはされていません。レコード会社はシングル・ヒットはあきらめたのでしょうかね。まぁ、確かにアルバムを通して聴いてこそ良さが分かるのが「Φ PHY」というアルバムですから、シングル・カットなど、どうでもいいと言えばどうでもいい。世にも繊細で美しいロック・アルバムです。是非ともアルバムを通して聴いて頂きたいです。
しかし、「GOOD DREAMS」はシングルにしてほしかった!なんならテレビドラマかなんかとタイアップでもしてほしかった!十分ポップですからね。
が、大江慎也の精神状態は悪かった。それは歌詞のまったく異なる「GOOD DREAMS」のデモを聴くと良く分かります。
う~ん、この歌詞ではヒットは望めんか。しかし、このデモは胸に迫る。繊細過ぎる淡い夢のようとでもいいますか、掴もうとしても掴み切れない何かがここにはある。儚く美しい、唯一無二の存在。そう、まさに「Φ PHY」だ。
レコード会社やプロデューサーにも立場というものもあるでしょう。それは分かる。分かりはするがファンとしては、ありのままの大江慎也を聴いてみたかった!
まぁ、現在ではこうして「GOOD DREAMS」以外にもいくつか公式にデモを聴くことが出来るようになったのでありがたいですけどね。しかし、デモの内容で「DIS.」や「GOOD DREAMS」が完成していたとしたら…それはGOODなのかBADなのか分かりませんがファンの夢ですね。
「DIS.」というアルバムは、寒風吹きすさぶ都会の中に立ち尽くしているといった印象です。対して「GOOD DREAMS」を経て到達した「Φ PHY」は、誰もいない荒野。いや、荒野ではないですね。無の世界とでも言えばいいのでしょうか、風さえも吹かないって感じです。美しいサウンドと不安定で、ちょっとでも触れるとバラバラになりそうなボーカルが聴く者の胸を締め付けます。
「Φ PHY」リリース後に大江慎也は脱退し、中期ルースターズは終わりを告げます。そしてオリジナル・ルースター最後の一人となった花田裕之がボーカルを担当することで後期ルースターズが始まるのでした。