わが青春の第2次UWF   古い体質を持つ巨大組織に反発し、勝利!

わが青春の第2次UWF 古い体質を持つ巨大組織に反発し、勝利!

第1次UWFは1年半で倒産。新日本プロレスに吸収され、2年半、屈辱の出戻り生活を送るも、数々に事件を引き起こし、最後は解雇され、志高きロクデナシどもは再び立ち上がったのである。


1984年4月11日、第1次UWF旗揚げ。
しかし興行はまったく成り立たず、
「すぐに潰れる」
と思われていたが、藤原喜明、高田延彦が新日本プロレスを辞めて、またすでに新日本プロレスを辞めてタイガージムを設立していた初代タイガーマスク、佐山聡もUWFに参戦。
超メジャー団体を捨て、純粋に「強さ」を求める男たちが集まった超マイナーなUWFは、多くの支持を受けて生き残った。
プロレスラーが真剣勝負する姿は斬新で、ファン数は増え、2度、TV局から中継話もあったが、

1984年10月19日、佐山聡のUWF加入をめぐるタイガージムとのトラブルで浦田昇社長が逮捕
1985年6月18日、スポンサー会社である豊田商事の永野一男社長の刺殺事件

と、その度に事件が起こり、TBSとテレ東は撤退。
刺殺事件後、試合数を減らして質を高めようとする佐山聡と、主な収入源である興行数(試合数)を減らすことに反対な他の選手、フロント陣の関係が悪化。
1985年9月2日、佐山聡 vs 前田日明のケンカマッチが勃発。
結局、佐山聡はUWFを離脱し、稼ぎ頭を失った第1次UWFは、1年半で活動終了を余儀なくされた。

1985年12月6日、新日本プロレスのリングに、藤原喜明、前田日明、高田延彦、木戸修、山崎一夫らUWF勢がスーツ姿で登場。
26歳の前田日明は、
「この1年半UWFの戦いがなんであったかを確認するために新日本に来ました」
と挨拶。
猪木が
「よし!
一緒に頑張ろう」
といい、全員が握手したが、UWF勢にとって背に腹は代えられない苦渋の決断だった。

2ヵ月後の1986年2月6日、アントニオ猪木が藤原喜明を絞め落として勝つと、前田日明はリングに乱入し、不意打ちのハイキックを見舞ってダウンさせた。
1986年4月29日、アンドレ・ザ・ジャイアントが前田日明にセメントマッチを仕掛けたが、返り討ちにされ、リング上で大の字に寝転んでいった。
「It`s Not My Business」


1986年6月12日、前田日明がコーナーに詰まった藤波辰巳にニールキックを放ち、踵がこめかみを直撃し、藤波は流血。
最後は、前田のフライングニールキックと藤波のレッグラリアットが交錯し、ダブルノックダウンでドローとなったが、藤波は病院で7針を縫い、以後、欠場を余儀なくされた。
1986年10月9日、前田日明は、ドン・ナカヤ・ニールセンと対戦し、キックボクサーの攻撃を浴び続けた末、5R、2分26秒、逆方エビ固めで感動的な逆転勝利。
一方、同日のメインイベントで、アントニオ猪木は、 ボクシング元ヘビー級チャンピオン、「モハメド・アリを破った男」レオン・スピンクスと対戦。
しかし最後はフォール勝ちという凡戦に終わった。
この2大異種格闘技戦によって、前田日明は
「アントニオ猪木の後継者」
「新格闘王」
と目されるようになった。

1987年11月19日、6人タッグマッチで木戸にサソリ固めをかけようとして両手がふさがっている長州力に対し、前田日明は、リングに入って近づいていき、その顔面を蹴った。
試合後、長州力は、病院で前頭骨(頭蓋骨の前頭部)亀裂骨折、全治1ヵ月の診断を受けた。
こn「長州蹴撃事件」を受け、新日本プロレスは、前田日明を無期限出場停止処分にした。
1988年2月、新日本プロレスが前田日明を解雇。
3月、新日本プロレスとの契約期間を終えた高田延彦、山崎一夫、安生洋二、宮戸優光、中野龍雄は、更新せずに離脱。
一方、藤原喜明、木戸修は、新日本プロレスに残った。

そして1988年4月8日、UWFは、赤坂東急ホテルで会見を開き

・再び興行を開始すること
・旗揚げ戦は5月12日、東京・後楽園ホール
・大会名は「STARTING OVER」
・基本的に月1回、東京、札幌、大阪、福岡などの大都市を中心にプロフェッショナル・レスリングの興行を行っていく
・年2~3回、収容人員1~2万人の大会場で格闘技イベントの開催も予定している

と発表した。
所属選手は前田日明、高田延彦、山崎一夫、安生洋二、宮戸優光、中野龍雄の6人で全員が20代
前田は
「なぜ新生UWFをやることになったかといいますと、去年の事件(長州力顔面蹴撃事件)などもきっかけになったことはなったのですが、やはり前々からの、それこそ最初に新日本(プロレス)に入ったときの道場の雰囲気というのが自分の中にありまして・・・
ホントにプロレスの市民権を得るための努力や、ほかの格闘技者がみても納得できるようなものをリングでやりたい。
そうこうするうちに旧UWFで、そういうことが現実のものとして可能性があると認識するに至りまして、機会があればと、ずっと思っておりました。
今回、いろんな方の力によりまして、やっとここまでこぎつけました。
長年、仲間の間で温めてきましたことを実際の場で展開することによって、プロレス界のイメージや、興行会社のあり方とか、選手育成の問題とかを一番、理想的な形で、経営の上に則った方法で追求していきたいと思います。
微力ながら、これからもがんばります」
と挨拶。
世田谷の道場の看板も「UWF ユニバーサルレスリングプロレス道場」から「格闘技道場 UWF」に変わり、よりリアルファイト、総合格闘技の領域に突入。
ファンは、
「第2次UWF」
「新生UWF」
といって喜んだ。

1ヵ月後、1988年5月3日に発売された「週刊プロレス」は表紙にUWFの再旗揚げ戦のチケットを1枚、大きく斜めに配置。
編集長のターザン山本は
「5・12 UWFのチケット わずか15分で完売 いったいどうなっているのだ?」
と見出しをつけた。
そして5月12日、後楽園ホールは200枚の当日券を求めて並んだ徹夜組を含め、2000人を超えるの超満員。
19時、前田日明、高田延彦、山崎一夫、中野龍雄、安生洋二がリングに登場。
代表して前田が挨拶。
「ありがとう。
いろいろありました。
本当に長い時間が過ぎたと思います。
でもその間にも自分たちは確実に大きくなってきました。
それは自負しています」
と新日本プロレスでの2年半を肯定的に表現。
「『選ばれし者の光惚と不安、2つ我にあり』ということばがありますが、プロレス界の中で選ばれた者という自負と本当にできるのだろうかという不安があります。
でもその不安があるからこそ毎日必死で努力してリングの上で命がけで戦います」
と破滅的な人生を送ったフランスの詩人ポール・ヴェルレーヌの言葉、太宰治が短篇「葉」で引用した言葉を使って心情を表現。
この後、エキシビジョンを含むシングルマッチ3試合が行われた。
第2次UWFは、

・すべてシングルマッチ1本勝負
・勝敗はKOか ギブアップのみ
・5度のダウンでTKO負け
・レガースとシューズ着用

かつて第1次UWF時代に佐山聡が考案したルールで、6人共同じようなスタイルで戦った。
そこには第1次UWF時代のスーパータイガー(佐山聡) vs 藤原喜明のような個性の衝突はなく、一見、面白いものではなかった。
しかしファンはそれも真剣勝負の醍醐味と固唾をのんで見守り、試合が決まると歓声を上げた。

1988年6月11日、開幕戦に続き、2戦目の北海道・札幌中島体育センターも5000人の超満員。
勢いに乗るUWFは、

・3戦目は、2ヵ月後の8月13日に東京、有明コロシアムで行う
・そのビッグイベントの名前は「真夏の格闘技戦 THE PROFESSIONAL BOUT」

と発表。
有明コロシアムは、1万2000人収容可能の大会場だが屋根がなく、UWFは設営や雨天延期に備え、3日間借り上げたが、アルバイトスタッフの人件費などを含めると、もし悪天候が続けば会社存亡に関わる事態だった。
果たして試合前日、関東は台風が近づいて大雨。
翌日の天気予報は、
「降水確率80%、、夕方から雷雨」
だった。
しかし試合当日、8月13日の朝は快晴。
「天が味方した」
と歓喜した多くのファンが午前中から会場に押し寄せたため、入場時間が15時に早められた。
パンフレットやグッズは飛ぶように売れ、コロシアムは12000人の超満員となり、その中にはプライベートで観戦に訪れた松田優作もいた。
(翌年、40歳という若さでまさかの逝去)
18時半、イベントが始まる時間になると昼間は安定していた空は、雷が光り、いつ雨が降ってきてもおかしくない不安定な状態となった。
しかしコロシアムの中は強いエネルギーが充満し、レーザー光線、紙吹雪、スモーク、照明、音楽、など派手な演出で彩られながら試合は進んでいった。
第1試合、第2試合は、シュートボクシングの試合。
シュートボクシングは、1985年に創設された、寝技ナシ、パンチ・キック・投げ・立関節技で戦う、立ち技の総合格闘技。
試合時間は10分だったが、大村勝巳が李石を7分2秒で 大江慎が三宅秀和を6分11秒でKO。
第3試合、第4試合、第5試合は、UWFルール。
宮戸優光が中野龍雄に逆片エビ固めで、ノーマン・スマイリー(アメリカの黒人レスラー、「黒い藤原」と呼ばれた)が安生洋二に腕ひしぎ逆十字固めで、山崎一夫が高田延彦に、蹴りのラッシュ-ジャーマンスープレックス-起き上がった高田にハイキック-フォールで勝利。
第6試合は、シュートボクシングの創始者、シーザー武志 vs パーヤップ・プレムチャイ。
不良としてケンカで名を轟かさ、16歳でキックボクシングを始め、日本ウェルター級チャンピオンになったシーザー武が、元ムエタイ王者のパーヤップ・プレムチャイを2分36秒、左ミドルで倒した。

第7試合、メインイベントは、前田日明vsジェラルド・ゴルドー。
ジェラルド・ゴルドーは、オランダの伝説の武道家、ジョン・ブルミンから極真空手を学んだ。
196cmの長身で懐を深くして構え、強烈な突きとしなるような蹴りで第4回世界大会でBEST16。
同じジョン・ブルミンの道場で学んだヨハン・ボスは、ボス・ジム(K-1グランプリで4度優勝した「Mr.パーフェクト」アーネスト・ホースを輩出)を、トム・ハーリックは、ドージョーチャクリキ(K-1グランプリで3度優勝した「20世紀最後の暴君」ピーター・アーツを輩出)を設立したが、ゴルドーもドージョー・カマクラという道場を開き、自身、キックボクシングの試合にも出場し続けた。。
前田日明戦は、ヨハン・ボスを通してUWFからオファーを受け、快諾した。
腕に「極真」と刺青を入れたゴルドーは、トランクスにグローブというキックボクサースタイル。
前田はパンツ、レガース、シューズ、素手のUWFスタイル。
特別ルール、3分×5R。
前田もキックを出すが、テニックとスピードが違いすぎて全く当たらない。
ゴルドーは軽快な動きから、速いパンチ、キックをコンビネーションで繰り出し、そのほとんどをヒットさせた。
打撃戦では圧倒的に不利な前田は、組みついて投げて、グラウンドに持ち込み関節技を極めようとするが、長身のゴルドーはすぐにロープにエスケイプ。
そして立ち上がるとパンチとキックを浴びせた。
4R、ゴルドーの右のハイキックをもらった前田がフラついた。
ゴルドーはトドメの右ハイキック。
これはよろめきながらよけた前田によって空振り。
執拗に放たれる3発目の右ハイキックを前田はキャッチし、倒し脚を極めたがロープに逃げられてしまう。
立ち上がった後、攻めて来る前田に、ゴルドーは4度目の右ハイキックをカウンターで入れた。
腰を落としてたたらを踏んで後退する前田にゴルドーは5度目、トドメの右ハイキック。
前田は、これをキャッチしてリングに引き倒した。
そしてロープを目指してほふく前進しようとするゴルドーをリング中央に引き戻し、脚に関節技を極めてタップさせた。
4R、1分10秒、劇的な逆転勝利に、凄まじい歓声と拍手が起こり、前田コールが鳴り止まなかった。
こうして第2次UWFは、第3戦目も大成功させた。

この有明の大会はTBS「プライムタイム」、フジテレビ「FNNスーパータイム」というテレビのニュース番組でも取り上げられた。
プロレスをショーとしてみなしスポーツとしては扱わない一般マスコミとして異例のことだった。
しかし有明コロシアムは、第1次UWFに比べて、全体的に膠着が多く、迫力に欠けていた。
また

・山崎一夫のフォール勝ち
・筋金入りのボディと精神力を持つはずの元ムエタイ王者が日本人のミドルキック1発でKO負け
・ゴルドーの5回連続右ハイキック

など真剣勝負としては、疑わしい部分もあった。
松浪健四郎(日体大レスリング部出身、全日本選手権グレコローマン70kg級3位、大学教授、衆議院議員)は
「UWFは真剣勝負にみせたプロレス」
すでに総合格闘技「シューティング(現:修斗)」の道を歩み出していた佐山聡も
「関節技は一瞬で極まる。
極まれば、数秒間ガマンしたり、ロープに逃れるのは不可能」
「UWFは真剣勝負とか格闘技とか、そういう言葉使っちゃダメだよね。
格闘技のニオイが少しするプロレスですよとかいわなきゃ。
普通のファンにはわからないようにやっても僕らがみればすぐにわかりますから」
とコメント。
ジェラルド・ゴルドーも後に

・最初はリアルファイトだと聞いていたが日本に向かう飛行機の中でヨハン・ボスに「負けなければいけない」といわれた
・「冗談じゃない、オレはマエダを殺す」と拒否したが、執拗に説得され、最終的にビジネスとしてフィックストマッチ(結末が決まった試合)を受け入れた
・試合の前々日に前田日明とリハーサルを行い、右ハイキックから関節技というフィニッシュを決めた
・決まっていたのはフィニッシュだけで、過程や試合時間は決まっていなかったので、緊張感があった

といっている。
第1次UWF時代から、実はケツ(フィニッシュと勝敗)は決められ、内容はアドリブというプロレスだった。

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