マイク・タイソン vs イベンダー・ホリフィールド  不遇の黒人たちがボクシングに活路を見出し、アメリカの過酷な環境が最高のボクサーを産んだ。

マイク・タイソン vs イベンダー・ホリフィールド 不遇の黒人たちがボクシングに活路を見出し、アメリカの過酷な環境が最高のボクサーを産んだ。

マイク・タイソン、イベンダー・ホリフィールド、リディック・ボウ・・・ 1980~90年代、アメリカのボクシングは最強で、無一文のボクサーが拳だけで数百億円を手に入れることができた。しかしボクサーはお金のためだけにリングに上がるのではない。彼らが欲しいのは、最強の証明。そして人間は考え方や生き方を変えて人生を変えることができるという証だった。


アメリカは豊かな国だが、先進国の中でも富の分配が最も不公平な国で、多くの貧困が存在し、5人に1人が貧困家庭で育つ。
人はお金に困ると、とりあえず生きるためにと短絡的に行動しがちになる。
その結果、長期的にみると多くのチャンスを失うことになり、貧困から抜け出すことは困難になる。
困難が続くと夢を信じられなくなり底辺から這い上がれない。
多くのチャンピオンが過去に貧困や犯罪を経験したことがあるのをみると、ボクシングは貧困や反社会性から脱出する手段となり得ることがわかるが、貧困や反社会性からの逃避であるにも関わらずバイオレンス的なスポーツであるところが非常に面白い。
元来、人間は戦う生き物である。
凄惨な事故が起こればやじ馬ができるし、嫌いな人が苦しむことに快楽を覚える。
人は社会から暴力を排除しようとするが、暴力に興奮し、平和を望む反面、対立や闘争が好きである。
そして頂点を目指し、戦い、這い上がるボクサーの姿に感動する。

「ボクシングは、自分との戦い」

「ボクシングは、不安や恐怖に打ち克ち本当の自分を探し、自分自身を証明するための戦い」

「ボクサーはあえてボクシングを選び、リングで危険を冒す」

「ボクシングは、生き残ること、戦いという人間の本能に訴えかけてくる」

「ボクシングにはドラマがある。
なければ本物じゃない」

「金持ちは戦わない。
現状を抜け出したい者だけが戦う」

「リングサイドにいると圧倒される。
ボクサーは命をかけて何かのために戦っている
そこに惹かれる」

「1発のパンチですべてが決まる
ノックアウトすればスター。
だが食らえばダークサイドに転落する」

「ボクシングは、自分自身の努力によって成功するスポーツ。
勝ち続ければ最後にはチャンスが手に入る」

何も持たざる者でも偉業を成し遂げることができるボクシングは、アメリカンドリームそのものだった。

ボクシングはスポーツとしては純粋だが、ビジネス的には荒っぽい金持ちが大金が動かし、夢を追うボクサーにチャンスを与えていて、富裕層と貧困層の2極化した社会の現実も映し出している。
テレビ放映されるような大きな試合に出ることができるボクサーは一握りだが、例えばそれが実現し、ファイトマネー15000ドルを得たとすると
そこから

用具やジム利用代 、2000ドル
トレーナー(ファイトマネーの10%)、 1500ドル
マネージャー(上記差引額の1/3)

などを支払い、残った6955ドル(85万円)で、6~8週間後の試合に向け準備を行う。
年間4試合出場すれば最低限の生活ができるが、普通に仕事をする方が楽で稼げる。

MLB(野球) 49万ドル(6000万円)
NFL(アメリカンフットボール) 40万5000ドル(4900万円)
NBA(バスケットボール) 49万180ドル(6000万円)
NHL(アイスホッケー) 52万5000ドル(6400万円)

とアメリカの4大メジャープロスポーツでは、最低保証年俸が定められているが、プロボクシングでは最低年俸保証はなく、たった一部のトップ選手が報酬のほとんどを独占している。
ボクシングは、生計を立てるのが難しい上に、とてもデンジャラスなスポーツである。
多くのプロスポーツは、国レベル、世界レベルで1つの連盟で統一され、ルールや規制を共有している。
しかしボクシングは大小の団体やプロモーターがいくつも存在し、それぞれが運営している。
例えば、MLBは選手と審判に年1回の心理テストを義務づけたり、脳損傷に苦しむ選手にNFLが7億6500ドルを支払ったり、他のスポーツでは連盟が必要な資金を与え、選手を支える専門家チームや体制が存在する。
そういった規制も体制も労働組合もボクシングにはなく、試合前にMRIを1回受ければ試合は許可される
1対1で長時間殴り合うボクシングはとても危険。
前から強いパンチを顔面に受けると、脳が頭蓋骨の後頭部側に激突し、さらに反動で前側にもぶつかる。
いわゆる脳震盪の状態に陥ったり、脳が腫れ、出血し血腫ができると記憶喪失、脳梗塞、動脈瘤、血管破損なども起こり、多くのボクサーは何らかの脳損傷に苦しむことになる。
脳のダメージの度合いによっては死に至ることもある。
試合直後は、変わった様子がなくても、数日後、突然倒れることもある。
試合後、控室でトレーナーに負けたことを詫び、頭が痛いと訴え倒れこみ、そのまま意識が戻らず数日後亡くなったボクサーもいる。
ボクサーは、厳しい体重制限があるため、禁欲的な生活を強いられる。
勝つためには激しい練習が必要で、肉体的にも精神的も苦しい思いをしなければならない。
そして試合では命がけで戦う。
何の保証もないため、将来の生活に不安を抱えている。
その上、健康を損なう危険性も高い。
底辺から頂点に這い上がるサクセスストーリーには必ず悲話もつきまとう。

アメリカの心理学者アブラハム・マズローは、
「人間は自己実現に向かって絶えず成長する」
と自己実現理論( Maslow's hierarchy of needs)を提唱し、人間の欲求を低次から高次まで5段階に分けた。

自己実現の欲求 (Self-actualization)
承認(尊重)の欲求 (Esteem)
社会的 (所属と愛の)欲求欲求 (Social needs / Love and belonging)
安全の欲求 (Safety needs)
生理的欲求 (Physiological needs)

人間の欲求には「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求(所属と愛の欲求)」「承認欲求」「自己実現の欲求」の5段階があるという。
結局、人生は、本当の自分、最高の自分を探す旅なのかもしれないが、そこへたどり着ける人間は稀である。
ボクサーがボクシングに惹かれる理由は、この辺りにあるのではないだろうか?
ボクシングは自分自身を証明するための戦いであり、技術や知識があっても大きな代償を払う可能性があり、恐怖に打ち勝つ勇敢さが求められ、勝ち続け、最強の称号を得ること、得ようとすることで、彼らは最高の人生を送れるのかもしれない。
そして彼らは人間は考え方や生き方を変えることで、人生を再生できることを証明した。

1962年10月19日、「The Real Deal(ザ・リアルディール、本物、真の男)」、イベンダーホリフィールド(Evander Holyfield)がアラバマ州アトモアで9人兄
弟の末っ子として生まれた。
家はスラムといわれる地域にあった。
文字が読めない両親は働きづめだった。
母親は路上のゴミを拾って収集容器へ運ぶ仕事をしていて笑われることもあったが、
「自分らしく生きればいい」
といった。
近所の人や学校の先生から
「貧乏がうつる」と避けられ、
「正しい言葉も文字も知らない。
どうせ1人前になれない」
といわれ落ち込むイベンダー・ホリフィールに母親は訊ねた。
「学校で足が1番速いのは誰?」
「俺」
「人より秀でたものがあればいつか花咲く」
8歳のときに母親に連れられていったボーイズクラブでボクシンググローブをはめたが、イベンダー・ホリフィールドの夢はトレーナーの言葉で始まった。
「モハメド・アリを知っているだろう?
君も頑張ればアリのように世界ヘビー級チャンピオンになれるぞ」
底辺に生きるつらさを知っていたからこそ、ビッグになりたい気持ちは大きく、そのための努力を推しまなった。
ある日、トレーナーに
「白人はボクシングに向いていない」
といわれスパーリングに押し出され、2度も倒されたイベンダー・ホリフィールドは
「負けたらチャンピオンになれないから辞める」
といってジムを出て、家に帰って母親に報告した。
「負けたから辞めた」
「思い通りにいかないこともある。
辞めたら夢はかなわない」
結局、イベンダー・ホリフィールドはジムに戻り、しばらくしてその白人を倒した。

1966年6月30日、イベンダー・ホリフィールドが生まれた4年後、「Iron(鉄)」、「The Baddest Man on the Planet」、マイク・タイソン(MikeTyson)が、ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン区で生まれた。
ブルックリン(Brooklyn)は、ニューヨーク市の5区のうちの1つ。
約50の地区にユダヤ系、ラテン系、ロシア系、イタリア系、ポーランド系、中東系、カリブ、アフリカンアメリカ系、アイルランド系、ギリシャ系、中国系などさまざまな民族が同居していた。
かつては造船業や製造業で栄えたが、第2次世界大戦後、技術革新が起こり経済がシフト。
工場や倉庫は閉鎖され、多くの人が去り、街の一部が廃墟化。
残った人の多くは貧困層となり、犯罪が多発。
ニューヨークにありながら1990年代初頭まで観光人は皆無だったが、マンハッタンの地価高騰に伴い、賃料が安いブルックリンに人々住むようになった。
街は再開発が進み、廃墟だった建物はリノベーションされていった。
1875年に開行した政府銀行(Williamsburgh Savings Bank)は、結婚式やパーティーなどを行うイベントスペース「ウェイリン(Weylin)」に、1929年開業の37F高層タワーは、1階がイベントスペース、上階は高級アパートメントとして現在も現役。
19世紀に外国から到着したコーヒーや砂糖、毛皮などの保管していた倉庫は、外観をそのまま残して店舗やレストランとなった。
レンガ壁。
打ちっ放しのコンクリート床。
廃材利用の家具
見上げればむき出しの配管が縦横無尽に天井を走る。
素朴で飾らない。
でもおしゃれ。
そんな「ブルックリンスタイル」は世界から注目を集めるようになった。

しかしマイク・タイソンが生まれたときは、まだ悪名高き街だった。
父親はマイク・タイソンが生まれてからすぐに家を出てしまい、母親は大学に通うほどのインテリだったが父親の看病のために中退し、彼女の友人はほとんどが売春婦で、毎週末にやってきては乱痴気パーティを繰り広げた。
一家はブルックリンや隣のフォート・グリースを転々とし、マイク・タイソンが7歳のときにブルックリン地区ブロンズビルのアンヴォイ通りにある集合住宅の2階へ引越してきた。
1980年代、このエリアは、アメリカ最悪のゲットー(Ghetto)と呼ばれ、黒人男性の平均寿命は25歳。
ゲットーとは、中世、西欧諸国でユダヤ人が強制的に住まわされた居住区で、キリスト教徒の支配者の支配が及ばないという宗教的な意味も持ち、宗教弾圧の象徴でもあった。
第2次世界大戦中は、ドイツがユダヤ人を強制的に移住させた地区 や迫害されて集まったユダヤ人コミュニティーがそう呼ばれた。
そして現在では、異国で同じ民族が集まって住む地域をそう呼ぶことがあり、マイク・タイソンが生まれた時代、アメリカでゲットーといえば一般に黒人が多く住む地区を意味した。
外国人記者が、アメリカで1番危険な街を取材しようとコーディネーターを雇おうとしたが、行き先を「ブルックリン、ブロンズビル」と告げると
「嫌だ。
絶対に行きたくない」
と断られ、代わりに過去にそこに住んでいたという男を紹介された。
「100ドル札を体のいろいろなところに入れろ。
1箇所ではなく、なるべく分散させるんだ。
そしてそれを出せといわれたら抵抗せず、1枚出せ。
いいか、絶対に抵抗しちゃダメだぞ」
男は厳しい口調で忠告。
そして車で街に向かうと、閑散とした通りで男たちがドラム缶に火を起こし暖をとっていたが、警戒するようにこっちをみてきた。
さらに進んでいくと、車が逆さまになって燃えていた。
結局、記者は車から降りることはできなかった。

マイク・タイソンは、大きな近眼鏡をかけ、チビで、デブで、外では近所の悪ガキによくイジメられた。
そして家の中も危険だった。
母親は、恋人を家に入れていたし、姉と寝るためにたくさんの男たちが現れた。
母親と姉、その恋人たちは、マイク・タイソンにネガティブな言葉を浴びせ殴った。
学校でもイジメられたマイク・タイソンは不登校になり、授業が終わるまで学校周辺で時間を潰していた。
ある日、数人の少年が近づいてきて押さえつけられた。
「俺たちと飛ばないか?」
逆らうことができず一緒についていくと、そこは廃墟で彼らのたまり場だったが、飼育箱が置いてあって中にたくさんのハトがいた。
「学校でイジメられるより、ここにいたほうがいい」
マイク・タイソンは彼らの盗みの手伝いを始めた。
この街で貴重品を身に着けて歩けばたちまち奪われてしまった。
やがて適応すれば奪われなくなるが、高度に適応した者は奪う側となった。
盗品を売りさばき、スウェット、ゴーグル、スポーツシューズを買った。
カッコ良さがステータスだった。
マイク・タイソンは自分と同じアパートの住人からも盗んだが、中には母親の友人もいた。
生活保護手当をもらって酒を買ってきた母親の友人が家に来て飲んでいるのを確認すると、マイク・タイソンは自分の部屋から非常階段を上って部屋に忍び込み、手当たり次第に盗んだ。
部屋に帰って盗難に気づいた母親の友人が戻ってきた。
「ローナ、みんな持っていかれちゃった。
ベビーフードまで」
彼女が帰ると母親はマイク・タイソンの部屋にいった。
「お見通しだよ。
お前なんだろ?」
「俺じゃないよ、母ちゃん。
ほら見てくれ。
俺はずっとこの部屋にいたよ」
「いや、お前は正真正銘の盗っ人だ。
私は生まれてから人様の物に手をつけたことは1度だってないのに。
いったい誰に似たんだろうね」
マイク・タイソンが不良の仲間に入ったのは、家や学校よりも、そこが暖かかったからで、たとえ悪いことをしたとしても警察に仲間のことはしゃべらなかった。
ヤクザやギャングは、親分、子分、兄弟など疑似家族を形成し、不良たちも仲間に強い絆を求める。
裏切ったり抜けるときは、指詰め、リンチなどキツい制裁が加えられた。
家や社会に居場所がないさみしい者同士が集まり、家族のような強い絆を求めるが故と思われるが、人生の価値を真剣に考えず、軽率に反社会的な行動を続けていけば、いつか破綻する可能性も高かった。
 

1965年1月15日、マイク・タイソンが生まれた翌年、「The Executioner(死刑執行人)」「The Alien(宇宙人)」、バーナード・ホプキンス(Bernard Hopkins)が、フィラデルフィア北部のスラム街で生まれた。
豚肉と豆の煮もの2缶を男女7人の兄弟で分けるため、母親は
「豚と豆の煮ものには変わりない」
と他の食べ物を混ぜた。
仕事づめの父親はドラッグをやっていた。
「家には両親がそろっていたが暮らしはかなり苦しかった。
とても普通とはいえない家庭だった」
バーナード・ホプキンスは、学校には通っていたが教室には入らず、仲間と学校の周辺にたむろしてサボった。
出席するとしたらバスケットボールができる体育の授業だけ。
勉強よりそっちの方が大切だと思っていた。
大統領になりたいとは思わなかったが、極悪のワルになることが目標で、路上の客引きや麻薬の売人が手本。
自分の車を持ち、たくさんのアクセサリーを身に着けている彼らが輝いてみえた。
悪いことをしているのはわかったが、普通の労働者より多くのものを持ち、いい暮らしをしていた。
街で暴力、ドラッグは日常茶飯事。
誰かが誰かを殴ってもとがめられない無法地帯。
痛めつけられた者は、恐怖に苦しみ続けるか、無神経になるか、悪党になるか、強くなるかだった。
道で物理的な障害に出会ったら、
「恐れてはいけない。
とにかく困ってないと見せかけるんだ。
むしろトラブルが好きだと」
フィラデルフィア北部はボクシングが盛んで、バーナード・ホプキンスも10歳で始めた。
99戦95勝4敗とアマチュアとして有望だったが、いつの間にか遠ざかり路上のストリートファイターとなっていった。

10歳のとき、マイク・タイソンは初めて逮捕された。
「ある日、何人かでアンボイ通りの貴金属店を通り過ぎようとしていると、宝石商が箱を運んでいるのがみえた。
俺がその箱をひったくって、みんなで逃げた。
うちのブロックの近くまで来たとき、タイヤがキキーッと音をさせ、車から私服警官が何人か駆け出してきて、俺たちめがけてパン、パンと発砲し始めた。
俺は日ごろから根城にしている廃墟に逃げ込み、難を逃れた。
警官が何人か建物に入ってきた。
『ちきしょう、あのガキども、頭にくるぜ、こんな建物に誘い込みやがって』
『殺してやるからな、ろくでなしども』
白人の警官たちが話すのを聞いて心の中で笑っていた。
ここは俺の庭なんだ。
奪った宝石箱の中には、高級腕時計や金貨のペンダントヘッド、ブレスレット、ダイヤモンド、ルビーがどっさり入っていた。
2週間かけてそれを売りさばいた。
ある場所で一部を売り、別の場所に行ってほかの品々を売った。
こういう路上強盗はうまくやってのけたのに、初めて逮捕されたのがクレジットカードの窃盗だったのは皮肉な話だ。
こんな子どもがクレジットカードを持っているわけないから、年上のやつを店に行かせ、俺が指示してあれやこれや買ってもらい、そいつにも何か買わせてやった。
後で別の年上のやつにそのカードを売りつけるつもりだった。
あるとき、ベルモント・アヴェニューの小売店に入ってカードを使おうとした。
俺たちはこぎれいな格好をしていたが、クレジットカードを持てる年齢にはみえない。
洋服やスニーカーをどっさり選んでカウンターに持っていき、レジの女にカードを渡した。
女はちょっと失礼といって席を外し、電話をかけた。
アッと思ったときにはお巡りがやってきて、俺たちは逮捕された。
俺は地元の警察署に連行された。
おふくろは電話を持っていなかったから、警察が迎えにいって署へ連れてきた。
おふくろは俺をみるなり怒鳴りつけ、その場で死ぬほどぶちのめされた。
おふくろが署に来てぶっ叩かれるのがいやでならなかった。
その後、おふくろは友達と酒を飲んで俺をぶちのめした話をする。
隅で体を丸めて身を守ろうとしても、かまわず攻撃された。
あれはちょっとした心の傷になっている。
今でも、部屋の隅にちらっと目が行くと、おふくろに叩かれたときのことが頭に甦り、思わず目をそむけてしまう。
食料雑貨店でも、外の通りでも、学校の友達の前でも、法廷でも、おふくろは平気で俺を叩いた」
逮捕されたマイク・タイソンは裁判所へいったが、未成年だったため刑務所に入らずにすんだ。

マイク・タイソンが入っていた「ザ・キャッツ」は、「ピューマボーイズ」 というグループとモメていた。
仲間が公園で「ピューマボーイズ」と言い争いになり、10歳のマイク・タイソンも加勢しにいった。
普段は武器など使わないが、盗んでためていた銃を仲間で分け合った。
マイク・タイソンは第1次世界大戦で使われた銃剣つきのM1ライフルを抱えて路上を歩いていった。
公園につくと仲間の1人がいきなり発砲したため、みんな逃げ出し、群衆がキレイに割れていった。
道に停めてあった車の影に隠れた数人の「ピューマボーイズ」を見つけたマイク・タイソンは、M1ライフルを構えようとしたとき背後に気配を感じ振り返ると、拳銃を持った男が自分に狙いを定めていた。
「何をしているんだ?」
マイク・タイソンの兄、ロドニーだった。
「さっさと家に戻れ!」
マイク・タイソンは公園を出て、家に帰った。
11歳のとき、マイク・タイソンは、年上の仲間と盗みに入り、現金2200ドルをいただき600ドルの分け前をもらったマイク・タイソンは、ペットショップにいって100ドル分の鳩を買った。
それは店員が地下鉄に乗せるのを手伝う大量の鳩で、廃墟までは近所の知り合いが運ぶのを手伝った。
ところがその知り合いが近所の悪ガキどもに鳩の話をいいふらした。
悪ガキのリーダー、ゲーリー・フラワーズは仲間と鳩を盗みにいった。
それを見かけた母親から教えてもらったマイク・タイソンは通りに飛び出し、急いで隠れ家に向かった。
マイク・タイソンが来たのをみると彼らは鳩をつかむ手を止めたが、ゲーリー・フラワーズはコートの下に1羽隠した。
「鳩を返せ」
マイク・タイソンは恐怖心を押し殺し叫んだ。
ゲーリー・フラワーズはコートの下から鳩を取り出し
「鳥が欲しいのか?
こんなものが?
なら返してやるよ!」
といい鳩の首をねじ切って投げつけた。
マイク・タイソンの頭とシャツに血がつき、鳩の胴体は道路にぐったり横たわっていた。
「俺の大切な鳩を・・・」
マイク・タイソンは、それまでずっと臆病で、喧嘩なんかしたことがなかった。
しかしそのときは湧き上がってくる怒りを抑えることができなかった。
覚悟を決め、何発かしゃにむにパンチを繰り出し、そのうちの1発が当たるとゲーリー・フラワーズは倒れ、起き上がってこなかった。

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