【小橋建太インタビュー(前編)】プロレスラーを夢見て「どんなときにも希望はある」

【小橋建太インタビュー(前編)】プロレスラーを夢見て「どんなときにも希望はある」

幾多の怪我、病気を乗り越えて多くのプロレスファンを魅了し続けた「鉄人プロレスラー」小橋建太。波乱万丈なレスラー人生を不屈の精神で歩み続けた小橋さん、その真っ直ぐな生き方に迫ります。


2020年1月、ミドルエッジ編集部(ミド編)は東京・等々力へ。

この日は「鉄人プロレスラー」小橋建太選手をインタビューするため、小橋さんが代表を務める株式会社Fortune KKを訪問することになっていたのです。



普段あまり感情を表に出さないミド編担当者が、この日ばかりは東急大井町線等々力駅を降りたあたりからニヤニヤしています。そう、1980年代の全日本プロレスから2000年代のプロレスリング・ノアまで熱烈なファンであり続けるミド編担当者にとって、小橋選手にインタビューする機会を得たことは、それだけでもう「ミドルエッジやっててよかった~!」な気持ちにさせられる格別な出来事なわけです。



端からみたら「こんな調子でインタビュー大丈夫か?」なんて疑念を抱かれても不思議ではない、ちょっとフワフワした感じでFortune KK事務所前に到着。



【小橋建太インタビュー(前編)】プロレスラーを夢見て「どんなときにも希望はある」をご覧ください。

1967年、京都府生まれ。
1987年、全日本プロレス入門。
1996年、三冠ヘビー級王座獲得。
2000年、プロレスリング・ノア移籍。
2003年、GHCヘビー級王座獲得。
2006年、腎臓がん発覚により長期欠場。
2007年、546日ぶりに日本武道館にて復帰。

2013年に引退後は個人事務所「Fortune KK」設立。フィットネスジム経営、講演/メディア出演など精力的に活動を続けている。

小橋建太さん

※前編、中編、後編全3回のインタビュー記事の最後には、小橋さんからのプレゼント情報を掲載します。どうぞお楽しみに。

高齢化社会に向けて、自分の健康は自分で守ろう

ミドルエッジ編集部(ミド編)

小橋さん、本日はよろしくお願いいたします。まずミドルエッジという取り組みについて…(以下、ご説明)

「僕がフィットネスジムを始めた志と似ていますね。日本はいまや4人に1人が60歳以上の高齢化社会、自分も今年53歳でもう高齢者予備軍といってもよいでしょう。自分の健康は自分で守ろう、体が動かなくなって医者に頼る前に自分の体は自分でケアしていこうと、そんな思いでレスラー引退後はフィットネスジムの経営に挑戦しました。いまも80代のお客様が3人、僕のジムに通ってくれています。」

「ミドルエッジは昔の思い出を活かして頭と心の健康を保とうとしている、僕はフィットネスジムを通して体の健康を保とうとしている。志が似ていますね(笑。」

ミド編)

有難うございます。小橋さんは2013年にレスラーを引退して以降、講演活動などにも精力的に取り組んでいらっしゃいますよね。引退後も充実した日々を過ごされていることと思います。

「ファンの方と昔話に花を咲かせることはとても嬉しいことです。もう引退したからリング上の新しい話題を提供することは出来ない、それでも昔のリング上の自分を応援してくれていたファンと繋がることが出来る。それは幸せなことだと思います。」

「正直、自分が引退するイメージはなかったんです。師匠のジャイアント馬場さんは生涯現役を貫いた方でしたからね。しかしレスラー人生で体に蓄積されたダメージの深さ、2009年にリング禍で亡くなった三沢さんのこと。万が一、自分自身もリング上で何か起きたとしたら人々がプロレスに夢を抱けなくなるのではないか。そんなことを思いながら、何より小橋建太のプロレスをお見せすることが出来なくなると判断した時、引退を決意したんです。」

ミド編)

小橋さんといえば、現役時代にはプロレスと結婚した男と揶揄されたほどの努力の人でした。引退を決意することは辛い決断だったと思います。

「誰よりも悔しい気持ちでしたね。でもあの頃に戻りたいという気持ちはないんです。昔は昔でかけがえのないものですが、いつでも今を充実させたいと思っています。人間は戻れることはなく時間は誰にでも、お金持ちでも貧乏でも平等に与えられるもの。だから今の時代を一生懸命に生きないといけない。昔やりたいことが出来なかったとしても、今からでもやれるんだったらやればいいし、肉体的に無理であっても年齢を重ねたからこそ出来ることもある。ミドルエッジを見ている人にもぜひそう考えていただきたいです。」

「現役を退いて講演活動を始めたころは台本を書いて何度も練習していましたよ。リングのうえでならどんな会場でも自信がありましたが、講演は自信がないのでトレーニングして。人の講演も聴きに行って参考にしたり、おかげで始めた頃よりは少しは良くなってきたかな(笑。」

ミド編)

(…ああ、レスラーとして応援していたころのイメージ通りの方だなと思いつつ)それでは、そんな小橋さんの半生を振り返っていただきたいと思います。

諦めなかったからプロレスラーになることが出来た

ミド編)

小橋さんがプロレスラーを志したきっかけを教えていただけますか?

「僕がプロレスラーに憧れたのは、幼いころに全日本プロレスの会場で“ジャンボ鶴田VSミル・マスカラス”を観戦したのがきっかけです。当時のプロレスといえば全日本プロレス、新日本プロレス、国際プロレスがありましたが、母子家庭で育った僕はジャイアント馬場さんの存在に父親像を重ね、全日本プロレスに憧れるようになりました。」

「高校を卒業する時、家庭の事情で大学進学を断念して就職の道を選びました。地元京都の大手企業だった京セラに就職したのですが、そのときはプロレスラーになりたい気持ちがありながらも一歩踏み出す勇気がありませんでした。」

「文句でなく意見しよう」京セラのサラリーマン時代

ミド編)

全日本プロレスにはその2年後に入団することとなります。京セラ時代のこと、そしてどのような経緯で全日本プロレス入団を果たすことになったのでしょうか?

「高校を卒業して京セラに就職しました。勤務地は滋賀県の八日市工場というところでしたが、同じ職場の同期が約30人いたんです。はじめに各人が部署希望を出してから配属されるのですが、僕は同期の誰もが敬遠するような過酷な労働環境の部署に配属されてしまったんです。」

「配属の希望が叶えられずに不貞腐れましたよね、はじめは文句ばかり言ってました(笑。ところが当時の同期は大半が中途採用、もう家庭を持っている人も多かったんです。いざ働き始めると誰も文句など言う暇もなく真面目に働きます、それぞれ家族や生活がありますしね。そんななか、いつまでも文句を言う自分が恥ずかしくなりました。そのときに文句を言うのでなく意見を言おうと考えたんです。真面目に一生懸命働く中で気が付いた改善点をどんどん意見しようと。職場がより良くなるための労働環境の改善、これだったら前向きですからね。」

「そうして新卒の一年間を真面目に働くなか、鹿児島への転勤を言い渡されました。ここもまた通常は新卒が行くところではない過酷な職場でして。赴いたらもう、深夜労働や休日出勤は当たり前、いまでいうところのブラックな現場でした(笑。そんな生活を半年間続けましたが、その間は遊びに行く暇もなかったので結果的にはお金を貯めることが出来ました。」

マイク・タイソンに触発されて

「やっぱりプロレスを諦めることが出来ない、そんな気持ちになった直接のきっかけは同い年のマイク・タイソンです。あるとき、新聞でマイク・タイソンの記事を読んだんです。まだチャンピオンになる前の若き日のマイク・タイソン。少年院に出たり入ったりを繰り返していた問題児がプロボクサーとして破竹の快進撃を繰り広げている記事を。そのとき、どうしてもプロレスラーになるんだ!と、自分のなかのスイッチが入りました。」

計画通りとはいかなかった全日本プロレス入団

「プロレスラーを志してからはまずマイカー購入や自動車教習所通学などでこさえた借金を完済したうえで、2か月間じっくりトレーニングに集中するための資金を蓄えてから京セラを退職しました。勤めていたころも自主トレーニングは常に行っていましたが、プロになるのだからと朝から晩までトレーニングに集中する期間が欲しかったんです。」

ミド編)

思い立ったらいてもたっても、でなく計画的に考えて行動されたんですね。

「そうです。当時の僕は186cmで100kgちょっとでした。体格の採用基準は満たしていたし京セラを辞めて体を鍛えあげ、満を持して全日本プロレスに履歴書を送りました。」

ミド編)

ご自身で描かれた計画通りですね。

「ええ、ところが2週間後に全日本プロレスから不合格通知が届いたんですよ…。」

ミド編)

え!!落ちたんですか??

「はい、落ちました。でもこれだけ準備して体も鍛えたのに書類だけで落ちるなんて納得いきませんよね。だからすぐ全日本プロレスの事務所に電話をかけましたよ。すると君には実績がないと。当時のプロレス界では実績が重んじられていまして、すでに入団していた菊池選手(菊池毅:大学生アマレスのチャンピオン)や北原選手(北原光騎:シューティングの選手)は僕よりも体が小さかったんですが入団していました。」

「こんな感じでしたが、その後も諦めきれず何度も全日本プロレス事務所に電話をしました。また君か…なんて言われ続けましたが、諦めたらそこで終わりですからね。」

ミド編)

諦めたら終わり、といいますか普通なら絶対ここで諦めてしまいそうですね。。。

「その後、トレーニングで通っていたジムオーナーの伝手を辿りまして、一ヵ月後に全日本プロレスが滋賀県大津市で大会を行うのでそこに来いと。改めて入団テストを行ってくれることになったんです。」

ミド編)

まさに諦めなかった小橋さんの執念ですね。

「当日、試合会場に行ってみたら馬場さんとの面談が用意されていたんです。」

「僕は人を信じるタイプなので、その後の連絡を待っていました。ところが巡業から帰って2週間、3週間、電話はかかってきません。1か月経ったとき、これはおかしいと思って再び全日本プロレスの事務所に電話をしたんです。すると…。」

ミド編)

え、伝わっていなかったんですか?もし小橋さんが確認しなかったら…。

「はい、あの時に諦めて電話していなかったらやっぱりプロレスラーになれなかったんです。」

ミド編)

小橋さんの諦めない気持ち、諦めたらそこで終わりという言葉。その気持ちがあったからこそプロレスラーになることが出来たんですね。

「書類で落とされて何度電話しても取り合ってもらえず、入団テストで“東京来い”と言われても連絡が来ない。それでもダメなら東京の全日本プロレス事務所に乗り込んで直談判するつもりでした。諦めなかったからプロレスラーになることが出来たんです。

・・・・・・・・・・

諦めたらそこで終わり、小橋さんの言葉はとても重く感じました。普通なら諦めてしまいそうな状況から見事全日本プロレスの門をくぐり、ついにプロレスラー小橋建太の進撃が始まることとなります。次回は【小橋建太インタビュー(中編)】青春の握りこぶし「全力ファイト、自分を信じて」です。

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