喜劇人としての矜持を持ち、喜劇役者にありがちだった二枚目俳優に対する劣等感とは全くの無縁であったという榎本。財津一郎によれば、最晩年の1969年12月に行われた演技指導において、車椅子から倒れて起き上がれない状態の中、涙を浮かべながら指導をしたと言います。その際に「これくらいの気持ちで悲劇を演じなきゃ、これは喜劇にならない」と言い放ったとも。
その直後の1970年1月7日、榎本は肝硬変により死去しました。享年65。死後その功績が認められ、勲四等旭日小綬章を受章しています。そして戒名である「天真院殿喜王如春大居士」の通り、喜劇とともに生き抜いたその生涯は、死後50年が経過した今でも伝説として語り継がれています。
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