先頃遂に実現した歴史的な米朝会談の映像を見ていて、思わず脳裏に浮かんだのが燃える闘魂、アントニオ猪木の姿だった。

燃える闘魂、アントニオ猪木!
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なにしろ北朝鮮でプロレスの試合を行ったり、個人的に訪朝して拉致問題解決に働きかけるなど、ここ最近の世界的な歩み寄りよりも遙か以前に、個人レベルの外交力で世界平和の架け橋となろうとしていた、この偉大なプロレスラーにして政治家である、アントニオ猪木。

金曜夜8時と言えば、『ワールドプロレスリング』
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未だに我々ミドルエッジ世代にとっては、金曜夜8時「ワールド・プロレスリング」で繰り広げられた、数々の名勝負が記憶に刻み込まれている。そう言えば、子供の頃に猪木の自伝や修業時代のエピソードを漫画で読んだ、そんなミドルエッジ世代の方々も多いのではないだろうか。そこで今回は、時代を越えて過去に何度も発表されているアントニオ猪木の自伝漫画化の中から、まず70年代に発表された漫画『アントニオ猪木物語』を振り返ってみようと思う。
漫画『アントニオ猪木物語』概略

掲載誌表紙
本作が掲載されたのは、「別冊少年チャンピオン」1974年9月号。
作者はこの頃週間少年マガジンで、『愛の戦士レインボーマン』のコミカライズ版を描かれていた小島利明先生。
アントニオ猪木が、1972年に新日本プロレスを旗揚げした直後に描かれた本作は、後の様々な伝説や名勝負が誕生する前だけあって、今見返すと非常に中途半端で薄い内容に思えるのが残念!だが、この時期のアントニオ猪木に対しての世間の認識を知る上では、逆に最良の資料と言えるかも知れない。

PS2用ソフトにも、伝説の腕折りシーンが!
ちなみに、猪木がタイガージェット・シンの腕を折る伝説の事件が起きたのも、この作品が掲載された翌年のこと。
では、果たしてこの伝記漫画の中では、一体どんなエピソードが披露されていたのだろうか?
漫画『アントニオ猪木物語』内容紹介

本作の扉絵

実は祖父が猪木の名付け親だった!

父親が突然亡くなったことで、一家の運命は大きく変わることになる。
何と猪木は11人兄弟だった!石炭商を営む猪木の父は当時横浜でも1,2を争う大金持ちだったが、横浜市の市議選に立候補した昭和24年、その父が急死!一家の生活は祖父が面倒を見ることになる。
後年描かれた他の伝記漫画と本作が異なる点、それは猪木が一家でブラジルに渡るまでの描写が長いことだ。
実はこの伝記漫画では、祖父がサンパウロに住む友人から仕事を手伝って欲しい、との連絡を受けてブラジルへの移住を決めたと描かれている。だが、後年描かれた伝記漫画では、父親が亡くなって生活が厳しくなったために、ブラジル移住を決意した様に描かれているのが普通なので、今見ると逆に「あれっ?」と思う展開になっているのが興味深い。

ブラジルへの移民の旅の途中、祖父が亡くなってしまう。
こうして父を亡くした猪木一家は、ブラジルへと移民の旅に出ることになる。
だが、長い船旅の途中で祖父が急死!船の決まりで遺体はブラジルまで運ぶことが出来ず、残念ながらそのまま海へと流されてしまったというこのエピソードは有名で、他のアントニオ猪木伝記漫画でも同様の描写が登場することが多い。ちなみに祖父の具体的な死亡の原因が描かれている場合もあれば、こうした遺体の処理について全く触れられていない漫画も存在する。

希望の地だったはずのブラジルの現実に愕然とする猪木一家。

後の必殺技のヒントは、意外な所に!
実はこの部分も、後年のアントニオ猪木伝記漫画とは異なる部分だ。
ブラジルに着いてからの、過酷な農場での労働が描かれている場合がほとんどなのだが、本作は猪木と祖父の絆に焦点を当てて描かれているため、ブラジルでの厳しい生活や苦労は殆ど登場しないのが珍しい。コーヒー豆の収穫で軍手が破れて手が血だらけに!そんな良く知られたエピソードが一切登場しない上に、後の力道山からのシゴキのエピソードも省略されているなど、全体的に子供向けの内容に統一されているのが、この伝記漫画の特徴だと言える。

力道山先生との運命の出会い

後のライバルとなる、ジャイアント馬場との出逢い!

固い握手を交わした二人!

この当時はNWFヘビー級の王者だった猪木!

亡き祖父に活躍を誓う猪木!
ここまで見てきた通り、ブラジル時代の過酷な農園生活や、力道山からの理不尽な差別や体罰、そしてジャイアント馬場とのライバル関係など、後年発表された伝記漫画に描かれていた様な、猪木のハングリー精神を生み出す元となったエピソードは殆ど登場して来ない本作。
その結果、今は亡き祖父との強い絆を描いたラストに着地するのだが、現代の視点で見返すと実に物足りないこと甚だしい。
我々ミドルエッジ世代が燃える様な展開の伝記漫画が登場するには、やはり80年代のプロレスブームを待たなければならなかったのだ。
最後に
いかがでしたか?
まだ格闘技世界一決定戦に挑む前、1974年に発表された自伝漫画だけに、ブラジルでの苦労や力道山との複雑な師弟関係などの、本来見せ場とされる部分が殆ど登場しないため、実にあっさりとした印象を受ける本作。掲載されたのが小中学生向けの漫画雑誌だった点を考えれば、それも無理のないことだったのかも知れない。
では、果たしてこの内容が80年代に入ると、一体どの様に変化して行くのか?次回はその80年代版伝記漫画『アントニオ猪木物語』を振り返ることにしよう。