1975年九州場所前(昭和50年)
トンガから新弟子が入門してきたのは1974年10月。
きっかけは朝日山部屋後援者の娘がニュージーランドに留学し、トンガ国王の娘と知り合いになったことから始まる。
朝日山親方が1975年10月14日に亡くなる。
部屋は元小結・若二瀬の北陣が朝日山を襲名し、部屋を継いだ。ここで先代の妻と新朝日山がゴタゴタを起こしてしまった。
トンガ力士6名は先代夫妻に恩義を感じており新しい朝日山には従えないと主張し、そのまま1976年10月13日に廃業となってしまった。
二瀬山 勝語(先代の朝日山親方)
勝負審判泥酔事件
國登國生
元小結・国登の佐ノ山が泥酔。物言いの協議に参加できず
1980年11月場所12日目、序二段の取組で物言いがついたが、元小結・国登の佐ノ山が上がってこない。
泥酔で協議に加われないということはとんでもない大失態で、翌日の理事会で佐ノ山は勝負審判を解任された。
道交法違反
水戸泉眞幸
1985年(昭和60年)
水戸泉と蔵間が相次いで交通事故を起こす。
これがきっかけとなり、相撲協会は現役力士の運転を禁止した。
蔵間竜也
輪島廃業事件
元横綱・輪島の花籠が年寄株を担保に借金をし廃業
1981年3月場所途中に引退を表明。師匠の長女とも結婚していたので部屋を継ぐ準備は万全だった。引退と同時に花籠を襲名しそのまま部屋の師匠に収まった。
師匠としていきなり躓いたのは82年4月に夫人の自殺未遂騒ぎである。原因は花籠の先代遺族との金銭トラブルではないかと言われている。
さらに花籠の妹が経営していたちゃんこ店が倒産。この店の借金の担保になんと年寄名跡「花籠」を入れていた事が85年10月25日に判明。
事態を重く見た協会は九州場所中に花籠を委員から平年寄へ二階級降格に処した。借金の総額は3億円以上とも言われ、借金の返済を求めて債権者が部屋に集結し騒ぎにもなった。
琴天山が失踪
1986年7月場所(昭和61年)
期待されたカナダ人力士、琴天山が相撲界の水になじめず土俵に上がらず失踪してしまう。序ノ口、序二段、三段目でいずれも7戦全勝で優勝していたので、無敗のまま廃業となった。
力士時代の最高位は東幕下43枚目。プロレス転向後はアースクエイク、ビッグ・ジョン・テンタなどのリングネームで活躍した。
2006年6月7日、フロリダで膀胱癌のため42歳の若さで死去
北尾騒動
双羽黒光司(力士時代)
1987年12月27日、立浪との若い衆に関する意見の対立から部屋を脱走、そのまま「(破門同然の)廃業」という事態になった。
発端は、同日の夜に部屋の若い衆が「『あんなちゃんこが食えるか』と横綱(双羽黒)が言っている」と立浪に言いつけたことだった。立浪の主張によれば、ちゃんこの味付けについて立浪と大喧嘩した北尾は、仲裁に入った女将を突き飛ばし、「二度と戻らない」と言って部屋を出て行ったという。
一方、北尾自らの著書では「(ちゃんこが)美味い・不味いの問題ではなく、若い衆が料理を作れないほどたるんでいることで、(立浪)親方に再三指導するよう求めてきたが全く取り合ってもらえず、逆に親方から若い衆に謝罪するよう求められた。
それが納得できず、部屋脱走を試みるも女将が止めに入ったため、それを振り切る形で部屋を後にした。
すると親方がそれを見て『(女将に)暴力を振るった』と新聞記者を煽って大騒ぎになった」と明かしている。