1973年富山県出身。大学卒業後に就職したテレビ制作会社で、 ADとして1年間働くも、挫折し、漫画家を目指す。 2006年から単行本が発売された『昭和の中坊』(原作・末田雄一郎)で、 昭和(1970年代)の少年たちの実態を生き生きと描き、幅広い読者から支持を集めた。 好評につき後日談『おれたちのラブ・ウォーズ〜その後の昭和の中坊たち〜』も発表。 自身の体験を再現した名品『日本をゆっくり走ってみたよ〜あの娘のために日本一周〜』(2011年)なども含め 「昭和の懐かしく心地よい空気を感じさせる、NHKの朝ドラのような作風」と評される才人である。
取材:尾之上浩司(https://shimirubon.jp/users/1672465)

左から平田昌幸「漫画アクション」編集長、吉本浩二先生、地球のお魚ぽんちゃん先生
――本日は、最新作『ルーザーズ〜日本初の週刊青年漫画誌の誕生〜』の刊行を間近に控えた吉本浩二先生に、代表作『昭和の中坊』の執筆秘話をうかがいます。
同席したのは、長く吉本先生の担当を務め、現在は双葉社「漫画アクション」編集長の平田昌幸氏。
そして学生時代に『昭和の中坊』と遭遇してハマり、後にご自身も漫画家として同じ双葉社から『男子高校生とふれあう方法』でデビューすることになった、美人漫画家の地球のお魚ぽんちゃん先生です。素顔は公表NGというのが極めて残念ですが、かなり欅坂系が入っている、じつにお美しい方です。
今回、編集部からこの座談会を収録したいとのお話が出たのは、どのような事情があったのでしょうか?
**「漫画アクション」編集長・平田昌幸氏(以下:編集長)**
昨年、本誌が創刊50周年を迎えまして、創刊当時の話を描いた『ルーザーズ』という新作を吉本さんに描いていただいています。その吉本さんの10年前の作品『昭和の中坊』を、当時女子大生だったぽんちゃんが読んでいて、ご自分でも漫画を描くようになり、ツイッターで話題になり、引く手あまたのなかで「漫画アクション」を選んでもらえた、というのは『昭和の中坊』の影響が大きいんですよね。
実際に2人が会うのは、今日が初めてなんですよ。
**地球のお魚ぽんちゃん先生(以下:ぽん)**
吉本先生にお目にかかれて光栄です。ネットではお顔を拝見していましたが、直には初めてです。
**吉本浩二先生(以下:吉本)**
(ぽんちゃん以上に緊張していて)あ、はい、そうなんですか……。
――そうなんですよ。吉本先生、緊張してらっしゃいますね。
**吉本**
女性のファンというのが、ほとんど経験がないんで……。読者は40代以上、50代にかけての男性だと思っていましたから。

激レアな矢島先輩Tシャツを着用し、気合いを入れて対談に臨む吉本先生
デビューまで
――大学を卒業されて、テレビの制作会社に就職されて、そこで絵がうまいから漫画家になってみてはどうかと周囲から勧められたのがデビューのきっかけだったんですよね。
**吉本**
はい。ADになって1年程働いていました。
――社会人になる前から、漫画家を目指そうと思ってらっしゃいましたか?
**吉本**
昔から憧れはありましたけど、目指そうとまでは……。でもADを1年経験し、人を相手に働くよりも、紙を相手にしたほうが自分に向いているのではないかと考えたんです。
――最初、どんな漫画を描こうと思われたのですか?
**吉本**
青春漫画ですね。
――描かれてきた作品を追っていくと、生身の人間を描くことにこだわりがあるように思いましたが、特に思い入れが強いキャラクター像はありますか?
**吉本**
カッコ悪いけど、行動力のある人でしょうかね。自分がそうではないもので。
**編集長**
日本一周したじゃないですか(笑)。ムチャクチャ行動力ありますよ。
**一同**
(爆笑)
――憧れていた女性に見合う強い男になるためにバイクで日本一周する『日本をゆっくり走ってみたよ〜あの娘のために日本一周〜』は、完全に実話なのだそうですね。驚きました。

『昭和の中坊』の単行本に付箋をびっしり付けて対談に臨むぽんちゃん先生
『昭和の中坊』誕生
**吉本**
平田さんと、漠然とした新作の相談をしたのが始まりでした。
**編集長**
そのときは“ダメな『三丁目の夕日』”みたいなものをやりたくて、相談をしていました。その直後に、漫画原作者の末田雄一郎さんから同様の企画を頂いたんです。「あ、これは2人を組ませると面白いかも」って思いました。結果、大正解でしたね。
**吉本**
僕が考えていたのは80年代、90年代が舞台の話で、末田さんは70年代だったんですよね。それで、70年代の方が面白いなと考えました。
**編集長**
描きたいことは昔のバカな男子の日常だったので、時代が違うだけでやりたいことは同じだったんです。まずはト書きになっている原作を頂いて、吉本さんに投げて、ネームを作ってもらうのですが、最初は四苦八苦していたのがだんだんと阿吽(あうん)の呼吸に変わっていきましてね。
ネームは大変苦労されていて、吉本さんは“中学生の自分”が降りてくるのをひたすら待っていました。締め切りが迫って焦って中学生の吉本さんが降りてこないうちに書くと、変なネームになりましたね。大人が考えた中学生の話になっちゃうんです。
**吉本**
サイゼリアでネームをしてました。中学生がいるので。あと、中学生時代の同級生に電話をしたのを覚えています。

左から主人公のニゴシこと猿田清志、滝沢、丸木
昭和の中坊 1/末田雄一郎|ブックパス
1977年、昭和でいうなら52年。東京の架空の町・野川区にある野川台中学の生徒たちの日常を追った青春漫画である。
PCも、携帯電話も、ネットもない時代だが、中学生の興味の対象は今と大差ない。 中学1年の猿田清志(さるたきよし)、通称・ニゴシを中心にした中坊たち、 マドンナの岩渕などの女子生徒、親、教師、先輩などで構成されたミニマムな人間関係のなかで、「包茎」「コンドーム」などへ の好奇心に誘われて失敗や挫折を味わいながら、中坊たちは成長していく。
『ウイークエンダー』『イヤハヤ南友』『オールナイトニッポン』『キャンディーズ』といった、当時ならではの固有名詞に覚えがある読者は必読。 「成人雑誌の自動販売機」「成人雑誌のインチキ広告」など、当時を知らない世代には、貴重なカルチャーギャップを楽しめる作品になるはずだ。

『昭和の中坊』執筆当時を振り返る吉本先生
原作者との二人三脚
**編集長**
ニゴシがお父さんの実家に帰省する話(第21話「黒部の太陽娘」)を作るときに、末田さんは山育ちなので山奥を舞台に原作を書いてもらったんです。しかし吉本さんは海育ちなので、漫画では海辺の話に“超訳”してもらいました。末田さんと吉本さんのコンビネーションが神がかっていたので、そういうことができたんだと思います。
**吉本**
すごく楽しかったですよ。
**編集長**
毎回、ゲラゲラ笑いながら作ってました。
――「読者の食いつきが良いな」と感じられたのは、いつですか?
**編集長**
連載スタート前に、まず読み切りで掲載したんです。すると反応が良くて、当時の編集長が連載にしようと。当時、吉本さんは2本の連載があったんですが、そこに追加させてもらいました。
**吉本**
こんなことを言うとなんですが、あの時期のことは『昭和の中坊』しか、ほとんど覚えていないです(笑)。
――『昭和の中坊』で、吉本先生自身が「これは自分の代表作になるぞ!」と手応えを感じたのは、どのあたりからでしょうか?
**吉本**
豆タンクやモッチーが出てきた頃からですね。

モッチー&豆タンク
昭和の中坊 1/末田雄一郎|ブックパス
――モッチーは、積極的で男っぽい女子の望月さん。豆タンクは、望月さんといつも一緒にいる、小柄で残念系の女子。この2人が、ニゴシの憧れのマドンナ、岩渕さんとも仲いいんですよね。

マドンナの岩渕香織
昭和の中坊 1/末田雄一郎|ブックパス
**編集長**
豆タンクは吉本さんがアドリブで入れたんですよ。
**吉本**
ああ、そうなんですか! すっかり忘れてました。
**編集長**
「モッチーみたいな委員長タイプの女子って、金魚のフンみたいな子がつきまとってるじゃないですか」ってアイデアを出したの吉本さんですよ(笑)。
**吉本**
末田さんが、豆タンクのキャラをさらに広げてくれたんですよね。キャッチボールがうまくできていたんですね。

吉本先生のお話しを一言一句聞き逃すまいと真剣なぽんちゃん先生
**編集長**
肥後くんも一発キャラの予定だったんですよ。

エロ情報豊かな肥後くんはみんなの人気者に
――九州から転校してきた自然児ですね。おおらかな。そんなニゴシたちが大学生になった姿を追った続編シリーズの『おれたちのラブ・ウォーズ~その後の昭和の中坊たち~』のお話も聞かせてください。
**編集長**
当初は高校生編をやる予定だったんですが、吉本さんが「中学とあまり変わらないんじゃないですか」っておっしゃって。で、すっとばして大学生にしたほうが、面白いんじゃないだろうかってことで始まりました。

何故か一番緊張している吉本先生
編集さんも加わった三人四脚の青春
――担当だった当時は、頻繁に仕事場に通われていたのですか? 環境はどんなものだったのでしょうか?
**編集長**
ゴミがすごかったですね。
**吉本**
す、すいません……(笑)。いちばん乱れていましたね。
**編集長**
寝てなかったですよね。何時に電話しても、いつも起きていました。
**吉本**
格好をつけているように思われるかもしれませんが、無我夢中だったんだと思います。当時の自分の私生活のこと、あまり覚えていないんですよ。

まだちょっと距離があるのが、吉本先生とぽんちゃん先生の手元からうかがえます
**編集長**
吉本さんは僕の2歳下なんですが、一緒に青春時代を過ごしたような気がしますね。
**吉本**
ニゴシたちに混じって、自分もあの場にいるような感覚で描いてました。すいませんね、平田さんにも振り返ってもらってしまって。
**編集長**
いえいえ(笑)。
――当時を振り返るための取材ですので(笑)。
**吉本**
『昭和の中坊』から『おれたちのラブ・ウォーズ~その後の昭和の中坊たち~』とのめりこんでいたので、連載終了後に日本一周の旅に出たんです。
『昭和の中坊』で、自分が持っているものを全部出しきってしまったんで、色んなものをインプットしたくなったんです。
旅に出ようとするニゴシと自分が重なって見えましたね。漫画では、みんなが引き止めてニゴシは旅に出なかったので、もしニゴシが旅に出ていたら何を見たのか、知りたくなったんです。
**編集長**
現実では、誰も吉本さんを引き止めなかったので、旅に出られましたね(笑)。
**吉本**
『昭和の中坊』は僕にとって本当に特別な漫画です。夢中で描いていました。
――連載の開始当時、どういう読者に読んでもらいたい、反応してほしい、と思われていましたか?
**編集長**
『三丁目の夕日』を買って読んでいる層ですね。そこが動いてくれればと。ところが意外にも、ぽんちゃんみたいな女性読者から反応があり驚きました。
――女性読者の代表ということで、そのあたりの事情を地球のお魚ぽんちゃん先生にお伺いできますでしょうか?
**ぽん**
知ったのは大学生のときなんですが、男性の先輩から「面白い漫画があるから」って、ちょっと前に出た「漫画アクション」を貸してくれたんです。それで読んだらこれが面白くて単行本を読み始めました。
――中年男性読者を狙った昭和レトロな作品に、美人大学生が熱狂。さらには、みずから漫画を描き始め、『昭和の中坊』と同じ双葉社からデビューすることになるまでの話は<後編>でお楽しみください!