ピコ太郎のモデル?無頼派芸人「トニー谷」

ピコ太郎のモデル?無頼派芸人「トニー谷」

1950年代前半に活躍したコメディアン「トニー谷」をご存知でしょうか?トニングリッシュと呼ばれる独自の言語を駆使した舞台パフォーマンスで人気を博した彼は、同時に、その強すぎる個性ゆえに多くの人から疎まれる、嫌われ者でもありました。そんな、ピコ太郎のビジュアルモデルにもなったとされるトニー谷について調べてみました。


ピコ太郎と似ている?

去年一大ブームを巻き起こしたピコ太郎。彼のビジュアルにはモデルが存在したのをご存知でしょうか?
モチーフにしたとされているのは、昭和に活躍した舞台芸人(ヴォードヴィリアン)・トニー谷。オールバックのヘアースタイルとメガネ、ハの字の口髭…。たしかに、外見的特徴にはかなり類似点があり、胡散臭そうは雰囲気もそっくりです。

ピコ太郎

ピコ太郎(PIKOTARO)オフィシャルサイト

トニー谷

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もともと、トニーを模したキャラとして有名だったのが、赤塚不二夫の漫画『おそ松くん』に登場するイヤミです。ルックス的に似ているのはもちろんのこと、語尾に「~ざんす」をつけるところ、外国語交じりの言葉づかいなところ、常に人を見下したような態度をとるところなど、トニーの芸風そのものをコピーしているといっても過言ではありません。

イヤミ

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ようするに、トニー谷というヴォードヴィリアンは、それだけキャラが起っていたのです。彼の歩んだ芸人人生は、破天荒の一言に尽きます。しかも、それはスポットライトが当たる舞台の上・テレビカメラの前だけに限った、破天荒さではありません。楽屋裏、私生活、全ての局面において傲慢不遜、厚顔無恥を貫き、どれほど憎まれ、嫌われようが、お構いなしに悪役芸人としての流儀を通し続けた、空前絶後の怪人なのです。
そんな不世出のヴォードヴィリアン、トニー谷について迫りたいと思います。

“素人芸”で身を立てたという意味で、タモリと同じ?

異端・邪道・外道芸人の華である‐

評論家・小林信彦氏の名著『日本の喜劇人』においてこのように評されるトニー谷。彼は所謂、師弟関係の中で芸を磨いたタイプの芸人ではありません。素人芸によって身を立てた成り上がり者であり、そういった意味でタモリに似ているといえるでしょう。本人も晩年、このサングラスの後輩タレントをいたく気に入っていたようで、『今夜が最高!』で共演も果たしています。

際立った独特の言語感覚

彼の芸風で際立ったのが、その独特なしゃべり方。「レイディース・エン・ジェントルメン!…アンド・おとっつぁん・おっかさん!おこんばんわ!ジス・イズ・ミスター・トニー谷ざんす!」という自己紹介をはじめ、「アイブラユー」「ネチョリンコンでハベレケレ」「さいざんす」「バッカじゃなかろか」など、日本語と英語を奇妙に捻じ曲げて自己流にアレンジする才能に長けていたのです。

もう一つ有名なのが、そろばん芸。彼の代表曲『そろばんマンボ』において、まるで打楽器のように、軽快かつリズミカルに叩きならす様は、一見の価値ありです。
しかしこれ、坊屋三郎のアイデアをパクったのものだったらしく、怒った坊屋がイチャモンをつけるも、トニーは「盗まれるほうが間抜けなんだよ!」と逆ギレしたといいます。

また、トニーはもともと、50年代にブームとなったジャズコンサートにおける司会業で人気に火がついた芸人ということもあり、客イジリもお手の物でした。しかし、愛のあるイジリではありません。うるさい客がいると「シャラップ!アホウ!」「おだまり!」と一喝し、ある公演などでは、客の頭を蹴り上げていたといいます。
実に粗暴な振る舞いですが、これがウケていたというから、当時いかに人気者だったか分かるというものです。

とにかく共演者・スタッフから嫌われまくっていた

前述したように、トニーは楽屋裏でも破天荒。楽屋に乱入してはヌードダンサーや女性タレントに抱きつき、触りまくったといいます。また、古川ロッパ・柳家金語楼・伴淳三郎といった先輩喜劇人に対しても、一切、敬意を払わず、裏方のスタッフには、しょっちゅう理不尽な難癖をつけて怒鳴っていたのだとか。当然ながら、このようにあたり構わず、横柄な態度を取るトニーを好きになる者など誰もいませんでした。

暗い少年時代を過ごしていた

トニーは、徹底して私生活を黙秘するコメディアンでした。舞台やテレビで自分のことを語らないのはもちろん、生い立ちについて少しでも質問されると、烈火のごとく怒っていたというから、そのこだわりたるや半端ではありません。

その裏には、自分の過去に対する強烈なコンプレックスがあったとされています。トニーは、東京市京橋区銀座生まれ。実父はトニーが誕生する少し前に死亡。代わりに戸籍上の父となった伯父からは、ひどい虐待を受けたそうです。
17歳の時には、実母も病死。実の両親を2人共に亡くし、戸籍上の父とその再婚相手の継母からは、さらに過酷な仕打ちを受けることに。これに耐え切れず、トニーは家を飛び出し、18歳にして自活の道を歩んだのでした。

こうした暗い思い出を含めた一切の過去を、トニーは封印しました。大谷正太郎という本名さえも「谷正」と偽名を使い、完全に抹消しにかかります。少年時代の友人から「正ちゃん!」と声を掛けられても、「人違いでしょう」と一蹴。戦時中同じ部隊にいた戦友、実の妹が訪ねてきても門前払いを食らわし、「楽屋への訪問、知り合いといいふらすこと、全部お断りします」と言い放ったといいます。ここまでする人、他にいるでしょうか?

トニー谷

トニー谷 - Wikipedia

長男の誘拐事件あたりから、人気が低下していく

50年代前半は爆発的人気を博したトニーでしたが、その人を食った芸も徐々に飽きられはじめ、50年代中頃には人気も下り坂に。そこへ来て起こったのが、長男の誘拐事件。1955年7月15日から21日にかけて拘束された後に愛児は無事保護されたものの、犯人の動機が「トニー谷の、人を小バカにした芸風に腹が立った」だったために、トニーは芸風の変更を余儀なくされます。

ご存知ですか? 7月16日はトニー谷が亡くなった日です | 文春オンライン

この事件以降、仕事は激減。60年代に日本テレビの『ニッケ アベック歌合戦』で司会をつとめたのが最後の輝きであり、以降は、ハワイと東京で隠居のような生活を送った後に、1987年、69歳でがんのため亡くなりました。

妻によると「家では良き夫であり父だった」とも語られているトニー谷。最盛期には不遜な振る舞いを繰り返したかと思えば、晩年には立川談志の前で昔の無礼を泣きながら土下座して詫びたりと、その人物像は不可解極まりありません。実像がはっきりとつかめないからこそ、多くの人が彼に興味を惹かれるのでしょう。

(こじへい)

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