今人気の”ものまね”番組の基礎になった伝説の番組『象印スターものまね大合戦』、笑いを誘うと言うより感動することが多かった!!

今人気の”ものまね”番組の基礎になった伝説の番組『象印スターものまね大合戦』、笑いを誘うと言うより感動することが多かった!!

現在、各局で放映されているTV番組の中で連続ドラマなどが1クール終了し、新しい物が始まる前には必ずと言って良いほど、”ものまね”番組がオンエアーされている。実はこのような”ものまね”番組の元祖と呼べる伝説的な番組が存在しました。それが『象印スターものまね大合戦』でした。今オンエアーされている”ものまね”番組と比べると、ものまねを披露使用とする「芸能人」の本気度がハンパないことでした。


『象印スターものまね大合戦』とは?

『象印スターものまね大合戦』(ぞうじるしスターものまねだいがっせん)とは、1967年1月8日から1977年7月17日までの毎週日曜 19:30 - 20:00 (日本標準時)にテレビ朝日(1977年3月まではNETテレビ)を製作局としてテレビ朝日系列局ほかで放送されていた歌謡バラエティ番組である。象印マホービンの一社提供で作成されていたため、題名に”象印”が付加されている。

スターものまね大合戦のオープニング・ロール

番組進行、兼、司会は昭和の名司会者としての名声を欲しいままにした玉置宏さん!!

玉置 宏(たまおき ひろし、1934年1月5日 - 2010年2月11日)は、日本のフリーアナウンサー、司会者である。元文化放送アナウンサー。本名、玉置 宏行(たまおき ひろゆき)。日本司会芸能協会名誉会長、横浜にぎわい座初代館長。

ありし日の玉置宏さん

玉置宏と言えば、必ず司会の前置きとして「一週間のごぶさたでした」という名言・名調子で思い出す人々が多いのではないかと思います。

玉置さんは神奈川県川崎市出身で明治大学商学部を卒業後、1956年に文化放送に入社し、同局第1号の男性アナウンサーとなった。58年に三橋美智也の勧めでフリーになり、テレビやラジオの司会で精力的に活動した。この年から77年まで続いたTBS系「ロッテ歌のアルバム」や、67年から10年間続いたテレビ朝日(当時NET)系の「象印スターものまね大合戦」で司会を務め、冒頭のあいさつ「一週間のごぶさたでした。玉置宏でございます」は流行語にもなった。

ニッポン放送では78年から96年まで18年間、平日の午前中に「玉置宏の笑顔でこんにちは」を担当。親しみやすい口調に歌謡曲への深い造詣で同番組を聴取率ナンバーワンに導いた。そのほか、テレビ東京系の「にっぽんの歌」「昭和歌謡大全集」など、多くの番組で司会を務めた。

日本司会芸能協会の会長など要職を歴任したほか、漫才や落語にも詳しく、一時は落語家を志していたことがあり、漫才師のコロムビア・トップ・ライトの青空一門の客分となったこともある。

96年からNHKラジオ「ラジオ名人寄席」を担当していたが、2008年3月、玉置さん自身のコレクションである古典落語の音源を放送したところ、その一部に著作権がなかったことが判明し、番組が打ち切りになった。玉置さんは責任を取ってそのほかの番組の出演を取りやめ、司会業の第一線から退いた。

02年の開館当初からトラブルに見舞われ、一時は閉鎖も取りざたされた横浜にぎわい座だったが、玉置さんが03年に館長として就任すると、2年で黒字に転換。晩年まで芸能界に残した功績は大きく、大の横浜ベイスターズファンとしても知られていた。

『象印スターものまね大合戦』の番組概要

最近のTVで放映しているものまね番組では、いわゆる”ものまね”タレントが多数登場し、お笑いの延長のようなことを繰り広げる輩も多いように思えるが、『象印スターものまね大合戦』の場合は、勿論お笑いタレントが登場することもありましたが、大部分はものまねタレントが”ものまね”を披露するのではなく、当時の人気歌手やその他多彩なジャンルのスターたちが別の歌手の持ち歌をものまねで歌っていた番組であった。

上記にも説明したように、司会兼番組進行を玉置宏が担当し、当時名を馳せていた作曲家、作詞家、大御所女優など5名ほどが”ものまね”を審査する審査員として出演していが、今では、殆どないであろう劇場やホール会場での公開録画だった。会場セット後方の中央には「象印スターものまね大合戦」のタイトルロゴ(当時の象印のマークは左が逆向きで右が通常の向きだった)が掲げられていた。
また、番組前半には出演した歌手が歌う持ち歌披露コーナーがあった。番組の最後には審査員の審査が行われ、「象印賞(トップ賞)」の他、「努力賞」「アイデア賞」「熱演賞」「ユーモア賞」など出演者全員に賞が贈られた(出演者席上部のモニターに「○○賞」と点灯する)。スポンサーの象印からポットや電子ジャーなど自社製品が贈られたが、象印賞受賞者だけのプレゼントではなく、出演者全員への事実上の参加賞だった。なお、象印賞受賞者は「象印決勝大会」(後に「チャンピオン大会」と改称)に進出し、チャンピオン(会場全体が一旦暗くなり、ドラムロールが鳴って、出演者席上部の象印マークが点灯する)に輝くと天井(前期はくす玉が割れて、紙テープも入っていた)から大量の紙吹雪と風船(両方共雪崩の様に非常に量が多く、風船がステージに立ってる人が踏んで割れるほど)が降り、協賛航空会社のKLMオランダ航空で行くヨーロッパ一周旅行と、象印製品の一式フルセット獲得となり、更に、審査員からの花束と上部に「象印」のマークが付いたゴールデントロフィーも授与された。また、「象印スターものまね大賞」や「美空ひばりショー」「森進一ショー」(300回記念特集)「夏の紅白」等の特別企画も行われた。

第1回放送の前週に”予行演習”があった!!

第1回放送の前週に”予行演習”のようなパイロット版が放送され、美輪明宏のものまねを演じた大村崑が初代チャンピオンとなっている。後に「第15回 象印決勝大会」(1969年1月5日放送、江東公会堂で収録)では、同じ美輪明宏を演じた大村が扇ひろ子と同点となり、更なる決戦投票の末(3対2)大村崑が再びチャンピオンとなり、ヨーロッパ一周旅行を獲得した。大村は美輪本人から『黒蜥蜴』の衣装、コルセットは月丘千秋から借りるほどの熱の入れ様だった。

モノマネする崑ちゃん - YouTube

歌手の超!真剣なものまねがTVで見ている側にも伝わっていた!!

この番組が凄かったのは、普通の歌手が超!真剣にものまねをしていたところです。それがTVを見ていた私たちにも充分に伝わっていました。
今の吹けば飛ぶような軽量タレント「失礼!」がものまねをしても元が元だけになんとも感じませんが、当時は新春の特別番組での隠し芸とか特別な場合でもなければ、他人のものまねは勿論、他人の持ち歌を歌うような要求すらあまり歓迎されなかった時代でした。
また、歌手も今とは違い、「歌が上手い人がなる」時代でしたし(勿論、今も歌の上手い歌手は何人もいます)、そういう自負、誇りが、大なり小なりそれぞれの歌手にあったのだろうと思われます。
そんな頃に毎週、出演者を都合し続けられたというのも凄いと思いますが、中には、ものまねとは名ばかりで、ただ他人の持ち歌を声色替えて歌っている程度の、ものまねがかなり多かったのも事実です。それは見る側にとってもご愛嬌として受け入れていて、過剰には期待して見てなかった所もありました。

コロッケもぶっ飛ぶ”ものまね”上手の歌手たち

コロッケによる森進一のものまね

番組に出演した多くの芸能人、特に歌手たちの中には時々ですが、飛び抜けて器用な、タレントという言葉通りの方々が何人も輩出していました。

今はコロッケなど、ものまねタレントが大活躍していますが、コロッケもものまねの実力に舌を巻き、ぶっ飛んでしまいそうな真似の才能のある歌手がごろごろいたような覚えがあります。

そのような歌手を何人かご紹介することとしよう。

この番組で、言わば「四天王」的な存在だったのが、ちあきなおみ、三田明、五木ひろし、森昌子で、番組を見ていた人にとっては共通の思い出であろう。その他の歌手では当時、角川博が女性のものまねで強烈な印象を残している。正にインパクト大でした。
番組「四天王」の中では、特に五木ひろしと森昌子はそのレパートリーの多いことで有名になり、何でもこなせるのではとやっかみが入ったようだ。

角川博が女性のものまねでウケた!!

角川博

男では、「美空ひばり大会」で気を吐いていた角川博を思い出します。彼がちょうどデビュー間もなかった頃ではないかと思うのですが、「美空ひばり大会」の中でマジで美空ひばりのものまねをやってたと思います。(私の記憶が正しければの話しですが・・・)当然の如く、女性歌手ばかりが真似する中での話しですから、大ウケにウケていました。彼は男女両方の歌手を真似ていたような記憶があります。

橋幸夫のものまねでは右に出る者なしの三田明!!

三田明はかなりデフォルメした森進一のものまねを披露していますが、これは森進一ものまね元祖の堺すすむ直伝のネタです。元々、三田のショーの司会を務めていた堺が三田に伝授したという話を度々、堺自身がテレビで話しています。

森進一のものまねを披露する三田明

上記の写真は三田明が森進一のものまねを披露した時の写真ですが、当時、三田明と言えは超!の付く程2枚目歌手だったのですが、(整形疑惑あり!)森進一のものまねでは一転して顔まで歪めて物凄いカッコになってやっているのには見ている観客や視聴者がドヨメき、爆笑の渦になったのを憶えています。まさに彼が元祖コロッケかもしれませんね。
また、彼の十八番は橋幸夫の「潮来笠」で、目をつぶって聞いていると、まさに本物が歌っているかのような錯覚をしてしまうくらい、似ていました。
WEBでその姿や音源を捜しましたが、あいにく存在しませんでした。今年の1月4日(水) 19:00~21:48 テレビ朝日で『蘇る歌謡曲』という番組で三田明が出演し、コロッケと橋幸夫の「潮来笠」のものまねデュエットをしたそうです。(おしい!!私は見逃しました!!)

男で”ものまねの横綱”と言えるのは、やはり五木ひろしでしょうか!?

ものまねのレパートリーが当時の芸能人男性の中では一番多く、梅沢富美男、森進一、一節太郎、ぴんから兄弟・・・最後には美空ひばりの真似までしていました。まさにタレント(才能)ですね。

ちあきなおみは張出横綱でしょうね!!

ちあきなおみは、島倉千代子や美空ひばりなどが十八番で、三田明に負けず劣らず、今日のコロッケのルーツと思わせるような「顔面模写」付きで、会場を沸かせていた。美空ひばり本人の前で真似してる回では、ひばりも大ウケで爆笑、ご機嫌だったようである。ちあきなおみが芸能界を引退してしまい、本当に残念に思うのははたして私だけでなのでしょうか?

また、ちあきなおみはよく”ものまね”をされる側でもあった。大きな付けぼくろで顔のほくろを強調されていました。今ではコロッケの定番になってしまいましたが・・・

極めつきは森昌子!!

まだデビュー間もないながらも、既に人気実力ともに抜群だった森昌子ですが、いかんせん子供みたいな顔と年なので、初めは誰も期待してませんでした。ところが彼女はスターものまねの概念を根底から覆したと言っても過言ではなかった。声は勿論、発声から振りからどれもソックリで、まるでものまね芸人といってもおかしくなかった(言葉は変ですが・・・)。
しかも、そんなレパートリーが他の歌手に比べて異常に多い!!彼女こそこの番組のMVP、最高殊勲歌手と言って良いと思います。
アグネス・チャン、風吹ジュンなど、誰でもできるものは当然として、ポップスからど演歌まで記憶に残る歌声は数知れません。

最後に

現在のものまねと当時のものまねを比べると、当時のものまねは、まねされる方に対して敬意があったように思う。歌がうまいとかどうかではなく、この人の真似がしてみたいという感覚である。
本来、赤ちゃんが、母親の真似をして、ことばを覚えるように、こうなりたい、あるいはこんな自分を表現したい、そんな自然の発露ではなかったかと思う。

当時、何よりすぐれているのは、芸能にかける意気込みはもとより、まねをするというより、『させてもらっている』という精神が伝わってくる。そして、自分にない何かを吸収しようとする姿勢や意気込みがある。これが70年という時代人の精神だと思うのである。

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