力道山なら勝てる!アメリカに勝てる! 敗戦で傷ついた日本人に勇気を与えたヒーロー

力道山なら勝てる!アメリカに勝てる! 敗戦で傷ついた日本人に勇気を与えたヒーロー

敗戦により荒廃し、占領された日本で、からだの大きな外人レスラーを叩きのめして、投げつけることで、鬱積とした日本人の感情を力道山は爆発させ勇気を与えた。


vs シャープ兄弟

Mike and Ben Sharpe

ルー・テーズに負けた力道山は、次の目的地であるアメリカに飛んだ。
そして世界タッグチャンピオンのシャープ兄弟と試合の契約を結んだ。
力道山は日本での第1戦は、東京でシャープ兄弟と行うことを決めていた。
日本の大卒の初任給が5000円の時代にシャープ兄弟は年間20万ドル(約36000万円)を稼ぐ人気兄弟だった。
力道山の帰国した5日後、シャープ兄弟が来日。
この日本初のプロレス中継は、日本テレビとNHKで放送された。
テレビ放映が開始され、まだ半年、テレビがサラリーマンの平均月収の7倍もした。
試合会場の蔵前国技館は12000人の観客が入った。
また新橋駅西口広場では20000人が、その他、有楽町、銀座、新宿、渋谷など都内30か所以上の広場で群衆ができて街頭テレビをみた。
メインイベントのリングに上がったのは、195㎝の兄ベン、197㎝の弟マイクのシャープ兄弟。
そして180㎝の力道山と170㎝前半の全日本選手権を10連覇した柔道の鬼、木村政彦だった。
日本の観客は、シャープ兄弟の筋肉にため息をもらした。
こんな大男に勝てるのか?
今なお敗戦の痛手は癒えておらず、アメリカへのコンプレックスは深かった。
しかし力道山は空手チョップを乱打し、木村政彦は、大男を投げ。
試合は3本勝負。
1本目は、力道山が199㎝のマイクをフォールして勝った。
観客たちは力道山の空手チョップに魅せられ拳を握った。
2本目は、木村政彦が場外に投げ飛ばされロープを超えてリング下に落下。
上がってきた木村政彦はロープ外からマイクの首を絞めた。
これが反則となり反則負けになった。
3本目は、3本目は時間切れ引き分け。
日本vsアメリカ。
ヘビー級の迫力。
プロレスラーの肉体と強さ。
数万の人々が、プロレスに心を奪われた。
とくに力道山が大男を叩きのめす姿は強烈だった。
力道山ならアメリカに勝てる。
人々はそう思った。
このシャープ兄弟と力道山のイベントは3連戦。
2日目は、9000人が入る国技館が13000人の超満員になった。
街頭テレビにも前日以上の人が集まった。
2日目は日本テレビの独占中継だった。
メインイベントは、力道山vsシャープ兄弟の兄ベンのシングルマッチ。
3本勝負を2本とった力道山が勝った。
この試合を街頭テレビでみていた57歳の男性が、興奮のあまり心臓マヒを起こし死亡した。
3日目は、シャープ兄弟の保持するNWA世界タッグのタイトルに、力道山と木村政彦が挑戦した。
日本がチャンピオンになるかもしれない。
人々は力道山と木村政彦がシャープ兄弟に勝つことを期待した。
1本目は、木村政彦が滅多打ちにあってフォール負け。
2本目は、力道山が空手チョップを乱打し、弟のマイクを倒し、わずか57秒でフォール勝ち。
3本目は、力道山がヘッドシザースをかけ両脚でベンの首を絞り上げた。
これでベンが額から出血。
レフリーが試合を止め、引き分け。
シャープ兄弟がタイトルを防衛した。
この3連戦後も一行は日本各地を転戦。
17日で14試合をこなしすべての会場を超満員にし、テレビの普及と発展にも貢献。
力道山は日本の戦後復興のスターとなった。
力道山は、自分が在日朝鮮人であることを終生、隠し続けなければならなかった。

vs 木村政彦

この後、木村政彦も郷里の熊本で「国際プロレス団」を立ち上げた。
また柔道の山口利夫も大阪で「全日本プロレス協会」を結成し興行を開始した。
日本国内で力道山の「日本プロレス」と3団体が乱立した。
『国際プロレス団』を旗揚げした木村政彦は、ある取材の中でこういった。
「シャープ兄弟戦ではやられ役を演じたが、真剣勝負なら私は力道山に負けない。
力道山のプロレスはショーだ。」
この発言をマスコミが大きく取り上げた。
力道山も、その挑戦を受けた。
「私だっていつだってやってやりますよ
木村なんてどうとも思っていません」
1954年11月26日。
木村政彦が上京し、記者会見を開き正式に力道山へ対戦を申し入れ、力道山もそれを受けた。
「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」といわれた不世出の柔道家、柔道の鬼:木村政彦。
プロレスのヒーロー:力道山。
果たしてどちらが強いのか?
この抗争劇は「昭和の巌流島対決」と呼ばれた。
またこの試合の勝者は、全日本プロレスの山口利夫と対戦することが決まった。
チケットは2日で完売した。
その後、新田新作ら、数人の男が新橋の料亭に集まった。
力道山と木村政彦は卓をはさんで座った。
事前に互いの意思を確認するために念書が交わすことになっていた。
その内容は、
・この試合は、1本目は力道山、2本目は木村政彦がとり、3本目は時間切れ引き分けとする。
・次の試合では力道山が勝つ。
ということだった。
要は、2人で勝ったり負けたり引き分けたりしながら、お互いに儲けようということだった。
木村政彦は、署名捺印した念書を力道山に差し出した。
しかし力道山は念書を忘れたといって、口頭で約束した。
木村政彦は、後にこの念書が暴露されるとは思っていなかった。

1954年12月22日。
昭和の巌流島対決が行われる蔵前国技館をたくさんの群衆と機動隊が取りまいた。
この試合は第1回プロレス日本選手権も兼ねていた。
その賞金は総額300万円。
うち勝者が7割の210万円を、敗者が3割の90万円を手にする。
また前座の4試合も、力道山の日本プロレスと木村政彦の国際プロレス団の凄惨な対決となった。
第1試合は、二所ノ関部屋の力道山の弟分である芳の里と柔道4段の市川登。
寝技では負けると思った芳の里は市川登の顔面に張り手を張って張って張りまくった。
市川登に逆エビ固を極めかけられると、一目散にロープへ張って逃げた。
そして再び立ち上がると張りまくった。
合計、50発以上の張り手で市川登を沈めた。
プロレスではなかった。
真剣勝負のケンカマッチだった。
第2試合、駿河海と大坪清隆は引き分け。
第3試合、ユセフ・トルコと戸田武雄も引き分け。
第4試合、日本プロレスの遠藤幸吉が立ノ海を体固で破った。
そしてメインイベント。
力道山110㎏。
木村政彦95㎏。
テレビとラジオ同時中継によって日本中が見守る中、2人はにらみ合った。
4分、木村政彦が力道山の胴を両腕で締めつけるサバ折り。
そしてすばやく手をはなして一本背負いを決めた。
投げられた力道山はすばやく身をかわし、寝たまま木村政彦の首を絞めた。
そして立ち上がって抱え投げ。
木村政彦はリング外へ逃れた。
このようにオーソドックスなプロレスの展開で進んでいった。
しかし試合開始後、13分、木村政彦が力道山の下腹部を軽く蹴った後、突然、力道山が豹変した。
いきなりフライングキックを浴びせた。
木村政彦はコーナーに詰まった。
追いつめた力道山は、容赦なく左頸動脈から左顔面、肩、胸へ空手チョップを滅多打ちした。
次第に木村政彦の腰が落ちだし、ついにコーナーにうずくまった。
レフリーがカウントをとった。
立ち上がった木村政彦の顔は変形していた。
そしてよろめくようにロープ際を移動した。
なおも力道山は空手チョップを見舞った。
木村政彦は崩れ落ち口から血を噴いた。
力道山はそれでも攻撃をやめない。
木村の顎にキックを叩き込んだ。
木村政彦の前歯は折れ、さらに出血した。
レフリーが2人を分けてカウントをはじめる。
この約40秒間に、張り手12回と蹴り7回が叩き込まれた木村政彦はピクリとも動かない。
「・・・、8、9、10!」
15分49秒、レフリーは手を振り、ゴングが鳴らされた。
2本目は試合続行不可能となり、レフリーは力道山のKO勝ちを宣告した。

チャンピオンベルトを巻かれた力道山がリング上で歓声に応えていたとき、リングサイドで観戦していた大山倍達が怒り叫んでいた。
「おのれ!
リキドウ!
許せん。
ブッ殺してやる。」
大山倍達は、木村政彦を「昭和の宮本武蔵」と尊敬し、武の道の先輩として慕っていた。
また以前、雑誌の企画で力道山と対談したとき、記者の要望で、腕相撲を行った。
この腕相撲もお互いの顔を立てるために引き分けにしようというものだったが、記者のカメラのシャッターが切られた瞬間、力道山は急に力を入れ勝ってしまったという。
そして再び目の前で力道山は同じ手を使って勝った。
純粋な強さを追い求めて生きる大山倍達にとって、許せないことだった。
控室に戻った力道山は記者団にいった。
「リングに上ってから2度も木村は引き分けでいこうといった。
自分から挑戦しておきながらこんなことをいうのはとんでもないことだと思った。
・・・
首を絞めたときフォールできたが、このときも木村はやめてくれといってきたので離れた。
その直後、彼が僕の急所を蹴ってきたのでしゃくにさわり遠慮していた空手チョップを用いてあのように叩きのめす結果になってしまった」
それに対し木村政彦はこう答えた。
「力道山は、僕が引き分けようといったという話だが、そのようなことをいったとしたら彼の心理状態を疑いたい。
この試合で力道山も大した技もなかった。
そもそもこの試合をやる前にプロレスのルールの範囲内でフェアプレーでやるようにお互いに証文を入れ、日新プロの中川氏に渡してあるわけだ。
それだから私としては引き分けにしてくれなどスポーツマンシップに反するようなことはいわない」

その夜、力道山は自宅で、弟子3人にライフル銃を渡し、襲撃に備えた。
東京でのシャープ兄弟との3連戦だけで2500万円、その後の地方の試合の利益を入れると7000万円以上、現在でいえば数十億円の利益が出たという。
一夜で大金が動く興行にはヤクザが絡んでいることは多い。
力道山は木村政彦のバックにいるヤクザ組織の報復に備えたのだ。
結局、その夜は誰も来なかったが、力道山自身も寝ずに恐怖の一夜を明かした。
翌日、力道山は木村政彦から受け取った念書をマスコミに暴露した。
これが大きな記事となって、世間を震撼させた。
木村政彦は、その輝かしい格闘技人生に大きな汚点をつけられた。
力道山は大阪で全日本プロレスの山口利夫の挑戦も退け、名実ともに日本一となった。
木村政彦と山口利夫はその後もプロレスを続けたが、やがて消えていった。
国際プロレス団と全日本プロレスが消滅した後、力道山の日本プロレスが日本に君臨した。

プロモーターとしても一流

ザ・デストロイヤー

力道山は、海外からレスラーを呼び、試合の組み合わせを考え、自らもリングに上がり血と汗を流し戦った。
しかし収益の多くを新田新作社長に持っていかれた。
例えば、木村政彦との試合では数千万円がプロモーターに入ったが、プロモーターから力道山と木村政彦には2人合わせて150万円しか出ない。
7000万円以上、利益があったシャープ兄弟との試合でも、力道山には1試合10万円で2週間分の140万円。
それにアメリカでの交渉など手間賃として10万円が上乗せされた。
大相撲時代のタニマチであり、自らマゲを落とした後の就職先の社長であり、日本プロレス社長だった新田新作が50歳で亡くなった後、力道山はリングのヒーローだけではなく、経営や興行も行い始めた。
プロモーターとしても力道山は一流だった。
自分がリング上で叩きのめした外人レスラーにはその夜、特別に接待した。

フレッド・ブラッシー

ザ・デストロイヤーは、覆面を外していることを力道山に注意されてから、日本にいるときは空港を通るとき以外、いつも覆面をした。
銀髪を振り乱して相手に噛みつく吸血鬼:フレッド・ブラッシーは、その試合をみた人を8人もショック死させた。
彼はヤスリで自分の歯を研ぐというパフォーマンスを行ったが、これを考えヤスリを彼に渡したのは力道山だった。
198㎝、240㎏のグレートアントニオには、バスを4台を引っ張るパフォーマンスを行った。
これも力道山のアイデアで、実は緩やかな下り坂で行った。

リキスポーツパレス

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