あの頃にハマっていたのものはこれだ!!第1回ゲスト『プロレスリング・ノア 丸藤正道選手』vol.2
~誰もが思いを馳せる時代がある~あの頃にハマっていたモノが誰にでもあるはず。そんなあの頃にはまっていたモノを紹介していく特別企画。丸藤正道選手のインタビュー企画第2弾は、丸藤選手がプロレスの道に進むきっかけとなったレスラーや好きだったあのマンガについて語って頂きました!
【田上明】「ダイナミックT」もう一人の四天王、三沢亡き後のプロレスリング・ノアを支える田上明。
1990年代に全日本プロレスでジャンボ鶴田のパートナーとして超世代軍と数々の激闘を繰り広げ、後に川田利明と聖鬼軍を結成して全日本プロレス四天王に君臨した田上明。恵まれた体格を生かしたダイナミックな動きから「ダイナミックT」と称されました。三沢光晴がプロレスリング・ノアを設立した際はともに行動し、2009年三沢急逝の後は2代目社長として活躍しています。
【秋山準】策士の役を買って出た秋山準、プロレスリング・ノアが一気にメジャー団体に駆け上がった影の立役者はこの人か。
全日本五強⇒プロレスリング・ノアのエース⇒全日本プロレス社長へ。波乱万丈のマット界で常に自ら仕掛け行動し続ける賢者、そして「鉄人」バーニング小橋建太の永遠の盟友でもあった秋山準を追う。
【小橋建太】「ミスタープロレス」まさにプロレス一途に駈け抜けた男!「プロレスの鉄人」とも称された青春の握り拳、小橋建太!!
1990年代に大型外人レスラーと数々の激闘を繰り広げ、全日本プロレス四天王に君臨した小橋建太。バカがつくほど真面目にプロレス一筋な彼は、いつしか「ミスタープロレス」「鉄人」と称されるようになりました。多くのプロレスラーやアスリートが尊敬するプロレスラー小橋建太の剛腕ラリアットやマシンガンチョップは日々の尋常でない練習量の賜物。青春の握り拳は見る者に勇気を与えてくれました。
プロレスラー三沢光晴。全日本プロレスのトップからプロレスリング・ノアを立ち上げたエルボーの貴公子
1990年代にスタンハンセンやジャンボ鶴田と数々の激闘を繰り広げ、全日本プロレス四天王に君臨した三沢光晴。数々の難敵を撃破した魂のエルボー、ヘビー級離れした華麗な跳躍力、どんな技も真正面から受け立ち上がる不屈のスピリット。黙して語らない男の美学に私たちは酔いしれました。後にプロレスリング・ノアを設立してプロレス界の頂点に君臨した三沢。2009年に急逝したものの、彼の栄光が色褪せることはありません。
長きにわたって新日ジュニアをささえ、そして他団体、さらには世界を股に活躍し続けるライガー。まさに「リビング・レジェンド」である彼の魅力を探ってみよう。
佐々木健介は、ジャパンプロレスから新日本、そして他団体へと渡り歩き、パワー殺法を武器に大活躍しました。長年にわたって日本プロレス界を支え続けましたが、2014年、惜しまれつつも現役を引退してしまいましたが、今こそ輝かしい佐々木健介の全盛期を振り返ってみましょう。
プロレスラー天龍源一郎と三沢光晴、まるで年の離れた兄弟のようだった二人の関係について。
「ミスター・プロレス」天龍源一郎と、2009年にリング上の災禍でこの世を去った天才プロレスラー・三沢光晴。互いに多くを語らなかった漢気溢れるレスラー二人の若き日の交流について。
不沈艦『スタン・ハンセン』がノアにサプライズ登場!三沢との名勝負を動画で振り返る
全日本時代に三沢光晴と数々の激闘を繰り広げたスタン・ハンセンがノアのマットに初登場。サプライズでノアファンに挨拶を行なった。三沢とハンセンの名勝負動画と共に紹介。
【三沢光晴と橋本真也、小川直也の遭遇】2001年、NOAHと同時期に立上げを迎えたZERO-1はまさにカオスでした!!
三沢光晴やプロレスリング・ノアを語る上では、全日本プロレス時代に叶わなかった他団体交流もその一つ。新日本プロレスや全日本プロレスとの交流による夢カードに私たちは興奮したものです。その中で唯一、殺伐とした交流が対ZERO-1だったのです。
プロレスの必殺技と言えば、ラリアット!なんて人は多いはず。 一人帰り道、電柱に向かってラリアットを繰り出したのは良い思い出。 そんなラリアットの使い手ベスト5を独断と偏見で選びました!