井上陽水のバックバンドとしては、音楽関係者からの注目を集めていました。しかし、アーティスト安全地帯としては、その魅力を発揮することができない彼ら。そこでスタッフは打開策として11月に発売を予定していたシングルの作曲を、井上陽水に依頼することを提案します。しかし、玉置浩二は、それを断り、自ら一週間部屋にこもって、曲を作りあげます。そして、その作り上げたメロディに、井上陽水が、ノート1冊丸ごと使うほど熟慮を重ねて歌詞を綴ります。
こうして、1983年11月、安全地帯4枚目のシングル「ワインレッドの心」はリリースされるのでした。
1983年~1985年 ヒット曲連発、一躍スターに
1983年11月にリリースされた、安全地帯4枚目のシングル「ワインレッドの心」は、セールスチャート1位を獲得し、売上も約71万枚を記録します。その後も「恋の予感」「熱視線」などのヒット曲をリリース。
1985年2月には、武道館での2日間のライブも成功させます。
1985年6月にリリースされた、安全地帯の9枚目のシングル「悲しみにさよなら」は、セールスチャート1位を獲得、約44万枚の売上を記録します。
こうして快進撃は続いていきます。
安全地帯の名曲『碧い瞳のエリス』は商品名をタイトルに含めたCMソングとして誕生した… - Middle Edge(ミドルエッジ)
1986年~2003年 ソロ活動開始と安全地帯の休止
1986年、映画『プルシアンブルーの肖像』で俳優デビュー。
1987年、シングル「All I Do」でソロデビュー。
1993年、安全地帯の活動を休止しソロに専念。
1996年、「田園」が大ヒット。同年末の第47回NHK紅白歌合戦への出場を果たす。バックバンドにTOKIOを据え、59.9%の歌手別最高視聴率を記録。放送後に更に売上を伸ばし、グループ/ソロ通じて初のミリオンセラーを記録しました。
2002年、約10年ぶりに安全地帯の活動を再開。2002年と翌2003年にアルバムをリリースし、ツアーを行う。そして2003年いっぱいで安全地帯の活動を休止する。
2009年、安全地帯復活でファン大歓喜~現在まで
2009年12月25日、所属レコード会社により安全地帯活動再開第1弾シングル「蒼いバラ」のショートクリップが公開。
2010年1月8日、6年ぶりの「安全地帯」活動再開を発表。
