1996年1月4日、東京ドームで武藤を破ってリベンジに成功するもの、一度対抗戦の果実に手を出したUWFインターには安定顧客がつかず、結局ネタ切れとなって12月にUWFインターナショナルは解散しました。
総合格闘技興行PRIDEへ、かつての最強看板の名折れ・・・
高田延彦 - Wikipedia
「400戦無敗の男」ヒクソン・グレイシーは本当に強いのか? - Middle Edge(ミドルエッジ)
総合格闘家として勝てなかった高田、しかしUインター時代の仲間たちはそれぞれの道で輝く
PRIDE最後の舞台、高田があえてUインターの名前を出し、「高山!金原!田村!安生!垣原!宮戸!中野!」と叫んだ様子を見て、彼の決して楽ではなかったプロレスラー・格闘家人生を想った人間は多かったことでしょう。
そのU戦士たちをみていきましょう。
高山善廣
「帝王」高山善廣
プロレス界の帝王にまで上りつめた男、高山 善廣 - Middle Edge(ミドルエッジ)
金原弘光
「UWFの智将」金原弘光
田村潔司
介錯を務めた男、田村潔司
安生洋二
グレイシー道場破り、「Mr.200%」安生洋二
【Mr.200%】安生洋二率いるゴールデンカップス結成のきっかけは? - Middle Edge(ミドルエッジ)
垣原賢人
稲妻伝承、「カッキーカッター」垣原賢人