無名のジミー・ヤングに判定負けし、突如引退。
1977年3月17日、当時無名のジミー・ヤングに最終回ダウンを奪われた末に判定負け。
試合後のロッカールームで「神と出会った」と28歳の若さで引退を表明、牧師に転身した。
突然の引退宣言に周囲は「アリと再戦する勇気を失った」と考えた。
引退決意の理由については、ノンフィクション作家・山際淳司がフォアマンに直接取材を行って聞き出した内容が著書『スタジアムで会おう』にて明かされている。
宣教師として青少年の更生に尽力するフォアマン
敗北による心の傷が癒えたらすぐにカムバックすると周囲は思っていたが、フォアマンは復帰の誘いを頑なに断り続けた。
やがて、引退から何年も経っていくと復帰の噂も無くなり、フォアマンは完全に過去のボクサーとなっていた。
宣教師となったフォアマンは、不機嫌そうに顔をこわばらせていた以前から別人のように変わり、柔和で穏やかな笑顔を絶やさずユーモアを連発するようになったという。
ヒューストンの通りで説教をし始め、ボクシングで稼いだお金で教会も設立した。
そして、かつて不良だった少年時代から職業訓練とボクシングとの出会いに救われたように、自分も青少年の更生を手伝いたいと考えるようになっていく。
青少年更生施設の建設費用捻出のため38歳でカムバック。
残りの財産を使いユースセンター(青少年の保護・更生施設)の建設したフォアマンであったが、雇っていた会計士が横領事件を起こし、資金難に陥ってしまう。
教会とユースセンターを手放さねばならない状況になり、「このままでは多くの青少年を救う夢を実現できない…」とフォアマンは復帰を決意した。
負け犬のままリングを去ったんじゃないと、わかって欲しかった。
ジョージ・フォアマン・ユースセンター
『無謀』と嘲笑されたフォアマンの復帰
復帰を決めた38歳のフォアマンだったが約10年のブランクは彼の体を別人に変えていた。
若きフォアマン(左)と、復帰後のフォアマン(右)
ジョージ・フォアマンが復帰した1987年、ボクシング界の王者はマイク・タイソン。
ヘビー級としては小柄ながらガードごと薙ぎ倒す桁外れのパンチ力、ヘビー級史上最速の評価をモハメド・アリと分かつスピード、急所を正確に打ち抜く高度なコンビネーション、そして相手のパンチをことごとく躱す鉄壁のディフェンス技術を武器に次々に大男たちをキャンバスに沈めていた。
「70年代の拳を振り回すだけのボクシングは、現在の発達したボクシング技術には通用しない。」
「あの腹でボクシング?サンドバッグのように打たれて殺されるぞ。」
「タイソンとやるどころか、誰にも勝つことはできない。」
などとフォアマンの復帰は歓迎されることなく、嘲笑された。
なかには、「マイクタイソンとの対戦し大金を要求したいだけの詐欺行為だ」と批判するジャーナリストすらいた。
マイク・タイソン(Mike Tyson)