試合は序盤から一方的なモーラーのペース。
毎ラウンド、ポイントを失い打ちまくられたフォアマンの顔は大きく腫れあがる。
しかし、驚異的なタフネスを見せ、足に根が生えているかのように倒れないフォアマン。
試合を見ているフォアマンのファンが勝利を諦めていく中、当のフォアマンは全く諦めていなかった。
打っても打っても倒れないフォアマンにモーラーのスタミナと集中力は切れ始めていた。
百戦錬磨のフォアマンはそこを見逃さなかった。
少し空いたガードの隙間を狙った右ショートストレートがモーラーのアゴに炸裂。
『象をも倒す』と呼ばれた強打一発でモーラーはダウンし、起き上がれない。
劇的な逆転で史上最高齢(45歳9ヵ月)の世界王者が誕生した。
勝利に沸くセコンド陣の喧騒をよそにフォアマンはコーナーで静かにひざまづき神に祈りを捧げた。
悪夢だった『キンシャサの奇跡』を払拭
アリに敗れた『キンシャサの奇跡』を、フォアマンは「自分を粉々に砕いた」と語っていた。
神の道へ進んでもその悪夢は決して消え去ることは無かった。
だが、それから20年後自らがアリに喫した逆転KOで世界王座に返り咲いたフォアマンは試合後『とうとう幽霊を追い払ったよ。』とつぶやいた。
復帰後は白を基調としたパンツを多く穿いていたフォアマンだが、この試合は『キンシャサの奇跡』と同じ赤に白ラインのパンツを穿いていた。
試合前に「今日だけは自分のために闘う」と語ったフォアマン、この試合だけは子供たちの為でなく20年前の悪夢を払拭する為に臨むということだったのかもしれない。
また、20年前『キンシャサの奇跡』でフォアマンと逆のコーナーでアリのセコンドを努めたアンジェロ・ダンディは、アーチー・ムーアと共に復帰したフォアマンのトレーナーとなっていた。
自分を倒しトラウマを植え付けた宿敵アリを引退するまで支え続けた男をセコンドに付ける。
フォアマンはどのような心境だったのだろうか?
二人がどのような感情と交渉を経て、手を結んだのかは明らかにされていないがフォアマンの王座復帰に大きな影響を及ぼしたと考えられている。
王座復帰から引退まで
タイトル獲得から約半年後、アクセル・シュルツを破りIBF王座のみ初防衛。
だが、WBAランク1位のトニー・タッカーと戦わなかったことで、WBAのベルトはシュルツ戦と同時に剥奪されてしまった。
その後、フォアマンはシュルツとの再戦を拒否したため、IBF王座も剥奪された。
アントニオ猪木はフォアマンに北朝鮮・平壌で異種格闘技戦をやらないかと持ち掛けていた。
しかし、フォアマンは「とんでもない。北朝鮮になど行かない。俺は第一に愛国者、第二にボクサーだ。わが国が北朝鮮と外交関係を持っていない以上、俺がそこに行くなんてありえない」と断ったという。
1996年11月3日、来日したWBUヘビー級タイトルマッチ
東京ベイNKホールでクロウフォード・グリムスリーを相手にWBUヘビー級タイトルマッチ(JBC非公認)を行い、12R判定勝ち。
来日した際のジョージ・フォアマン
1997年11月22日、一年ぶりの試合でシャノン・ブリッグスに12R判定負けして引退した。
70年代のフォアマン vs 90年代のフォアマン
70年代アリに敗れるまでのフォアマンと、90年代に王座復帰を果たしたフォアマン、どちらが全盛期だったのかという論争がある。
70年代のフォアマン(左)と90年代のフォアマン(右)
『史上最もKO率が高い70年代』と『一度もダウンしなかった90年代』
フォアマンの通算戦績は81戦76勝(68KO)5敗。
これを復帰前後に分けると下記の通りである。
【復帰前】
47戦45勝(42KO)2敗 KO率93%
【復帰後】
34戦31勝(26KO)3敗 KO率84%
復帰前と復帰後を別々に見てもともに歴代屈指と言われるべき戦績。
圧倒的な破壊力でフレージャーを2Rで6度も倒した復帰前はなんとKO率が93%。
歴代ヘビー級王者で最高のKO率を誇る男であった。
しかし、38歳で復帰してからもKO率が8割以上あったことは驚愕である。
復帰前が100kg程度であったのに対して復帰後はMAX145kgと大幅に増えた体重がパンチにさらなる重みを与え、スローに見えるパンチも大振りを減らし正確性が増したこと要因であると言われている。
また、復帰前の弱点であったスタミナを復帰後は克服している。
あえてフットワークを使わず、大振りを減らしたことで12R戦えるようにした戦術も素晴らしいが、車を引っ張るなどトレーニングによって足腰の強化も図っていた。
トレーニングで車を引っ張るフォアマン
そして、一番凄いのは復帰後のディフェンス技術の向上と打たれ強さである。
38歳で復帰してから48歳で引退するまで10年で34戦してKO負けはおろか、一度もダウンしていない。
90年代フォアマンは最も倒れせない男である。
弱点としては、相手を追う足が鈍い為アウトボクシングに徹して逃げ回る相手には判定負けする可能性が高いことである。
これらの点から対戦相手の誰もが恐れた70年代が全盛期だったとは必ずしも言い切れないのではないか。
なお、フォアマン自身は経験を活かせた90年代の方が強かったと語っている。
幻となったジョージ・フォアマン vs マイク・タイソン
フォアマンが復帰した時の王者はマイク・タイソンであったが、フォアマンが世界挑戦権を得た頃には王座を陥落し、レイプ事件で刑務所に収監されていた。
タイソンが服役を終えて再度王者になった頃には、フォアマンが王座を陥落しており翌年引退、何度も対戦話が持ち上がった両者は遂に戦うことなく終わった。
フォアマンとタイソン、どちらが強かったのかは未だにアメリカはもちろん日本でも論争となっている。
【タイソン優勢派の意見】
・フォアマンではタイソンのスピードに付いていけない。
・フォアマンのディフェンス技術ではタイソンのパンチをかわせない。
・ボクシング技術は進化しているので昔のボクサーの方が強いことはない。
・タイソンこそ最強の中の最強!それ以外は認めん!
【フォアマン優勢派の意見】
・復帰前のフォアマンならタイソンに圧勝だ。タイソンと同タイプのフレージャー戦を見れば歴然。
・フォアマンは大柄だが接近戦に強く、タイソンが中に入ったら強打をモロに食らう。
・アリですら前半は逃げ回るしかなかった。タイソンが殴り勝てるわけがない。
・タイソンが2回も負けたホリフィールドに42歳のフォアマンの方が善戦していた。
などなど、激しい論争が繰り広げられている。
この二人は『ハードパンチャー』、『全盛期が短い』、『メンタルが弱い』、『スタミナに不安がある』など共通点も多い。
互いの全盛期をどこからどこまでと判断するかや、リアルタイムで見ていたのがどちらだったのかという世代の違いによって大きく意見が異なっている。
なお、両者の試合をリアルタイムで見てきたボクシング評論家・ジョー小泉氏は70年代のフォアマンは全盛期のタイソンを上回るとの見方を示している。
【合成】若きフォアマンvsマイク・タイソン
マイク・タイソンと共に歴代最強のヘビー級ボクサーと言われるモハメド・アリ。
だが、アリはフォアマンとの直接対決で勝利したが、アリが敗北したことのあるフレージャーやノートンをフォアマンはあっさりKOしており、『キンシャサの奇跡』と言われるようにあの敗戦は様々な要因が重なって生まれた奇跡なのだとフォアマン最強説を唱える人も根強く存在している。
フォアマン、アリ、タイソン。3人の戦績を比較してみると下記の通りである。
◆フォアマン:81戦76勝(68KO)5敗 KO率84%
◆アリ:61戦56勝(37KO)5敗 KO率66%
◆タイソン:58戦50勝(44KO)6敗2無効試合 KO率76%
ボクシング引退後のジョージ・フォアマン
1997年に引退したフォアマンは再び宣教師として青少年の更生に力を入れる。
そして、その傍らで意外な成功を収める。
チーズバーガー好きで知られるフォアマンは、引退前の1995年から「サルトン」という家電メーカーと契約し、卓上グリルの広告塔となっていた。
テレビショッピング番組では自ら出演し、商品をPR。
この『ジョージ・フォアマン グリル』と呼ばれる卓上グリルは大ヒット商品に成長していく。
様々なバリエーションを出してロングセラーを記録、5500万台以上を販売し、自身も1億5000万ドル(日本円にして約180億円)を稼いだという。
卓上グリルを売り込むジョージ・フォアマン
ビジネスにおいても成功したフォアマンはその資金も躊躇なく、青少年の更生につぎ込んでいった。
彼がボクシングに復帰することで守り抜いた「ジョージ・フォアマン・ユースセンター」からは1万人以上の不良や問題児が卒業していったという。
フォアマンには10人の子供がおり、うち息子は5人、全て名前は『ジョージ』である。
次男のジョージ・フォアマン3世(MONK)はユースセンターで働きながら、父の後を追いプロボクサーになりデビュー戦を1RKO勝ちで飾った。
『ビッグ』の愛称で呼ばれた身長192cmの父より大きい196cmのMONKはその後も連勝街道を突き進んでいる。
16戦16勝(15KO)無敗
※2016年7月時点
フォアマンと息子、MONK。
2016年6月3日、かつての宿敵モハメド・アリが入院していた病院で亡くなった。
スラム街の不良少年がボクシングを通して富と栄光を得るが挫折。
宣教師として愛や平和を説き、恵まれない子供達の為に現役復帰する。
そして、45歳の年齢で世界王座を再び手に入れ、ビジネスマンとしても大きな成功を収める。
稼いだ私財で多くの問題児を更生させ、温厚な人柄で今も世界中のファンに愛されている。
まるで、映画や小説のような人生を歩んできたジョージ・フォアマン。
彼こそまさに『生ける伝説』である。