沢村忠 真空飛び膝蹴り、キックの鬼、不滅のスーパースター、不屈のサムライスピリット、そして失踪、その伝説に迫る

沢村忠 真空飛び膝蹴り、キックの鬼、不滅のスーパースター、不屈のサムライスピリット、そして失踪、その伝説に迫る

幼い頃からノンコンタクト空手を学び大学で日本チャンピオンになる。「タイ式ボクシング(ムエタイ)こそ地上最強の格闘技だ。」 そう挑発されてムエタイに挑戦。初戦をKO勝ちして自らの「地上最強の格闘技は空手」説を証明。しかし2戦目に16度もダウンさせられ病院送りに。伝説はここからはじまった。


野口は再起は無理だろうと思った
それどころか沢村の体は日常生活に支障がないほどに回復するのだろうか
そして戦わせたことに対して自責の念に苛まれいたたまれない気持ちとなった
せめて戦いをねぎらってやろうと病室を訪れたとき、沢村から驚くような言葉を聞いた
「もう1回やらせて下さい」
「よく言ってくれた
実は私は君の空手ならタイ式の一流とやっても互角に戦えると考えていた
ところが完全に敗れた
私は今更ながらタイ式の強さに惚れ直した
しかし君の根性にはもっとほれたぞ」
沢村はあれだけやられてもまだ戦う意志があった
このままで終わってたまるかという気持ちがその後の沢村忠を生み出すことになる

片まゆ毛、鼻ひげ

約1ヵ月後、沢村は退院し、長野の八ヶ岳山中にこもった
昔の武者修行侍のように完全に世間の生活から離れることで全てをタイ式ボクシングにかけた
目的はキックの練習はもちろんだがメインは精神鍛錬だった
人のいない山奥で夜を明かし孤独と恐怖に耐えることで精神が成長すると考えたのである
狂人じみた特訓を続ける沢村であったが強敵は深山の夜であった
我慢できない孤独感が彼を襲った
(ううう、さびしい
ネオンまばゆい銀座の雑踏
人間が無性に恋しい)
(うおお、もうたくさんだ
東京に帰る
夜があけたら山を下るんだ)
しかし朝になって思い返す
(帰ってどうなる
みじめな負け犬に成り下がるだけだ
男として、ダメになるだけだ)
沢村は人恋しさに山を降りて行かないように片方の眉毛だけを剃り落とした
(これでいい
この顔ではとうてい人前には出られん
眉がそろうまでいやでも山中で特訓を続けるほかない)
約2週間の山籠りを終え沢村は山を下った

野口修と沢村忠

下山した沢村は野口宅で合宿生活に入った
野口は精悍になった沢村を見て満足した
「そうだ
そのひげをそる時、鼻ひげだけ残すといい」
「え、この若さで鼻ひげですか」
「鼻の下の髭は試合中に鼻血が出たとき、血が口へ流れ込むのを防いでくれる」
こうして鼻ひげ顔の沢村忠が誕生した
「キックボクシングを世間に広めるためには、
選手育成はもちろんのこと、
テレビで放映してもらうことが不可欠」
そう考える野口はしょっちゅう沢村を連れてTBSへ出かけ営業活動にいった
キックボクシングの説明をし
沢村対サマン戦のビデオを放送して欲しいとアピールした
最初は相手にされなかったが
1年半もの活動の結果、
ついに森副部長が興味を示し
自分が手がけていた番組「サンデースポーツ」の中で沢村対サマン戦を紹介
こうして初めてキックボクシングが公共の電波で放映された

超人的な特訓

「タイ式とは違う一撃必殺の空手の威力が
タイ式のスピードとタイミングの上に乗ればいいんだ」
空手家からキックボクサーとなるべく沢村は本格的にトレーニングを開始した
全身を武器とするため自ら様々なトレーニング方法を考え出し超人的な特訓に取り組んだ
みぞおちの急所を守るため15kgくらいの鉛の玉を何度も腹で受け止める「腹筋鉛玉落とし」
野球のバットで腹をバットで30回くらい連打で殴ってもらいパンチに耐える不死身の体に鍛える「バットめったうち」
車のタイヤを天井からぶら下げそれを反動をつけて腹で受け止める「タイヤショック」
指の力を鍛えてパンチの力を増す「2本指腕立て伏せ」
コンクリートの柱におでこをたたきつけ頭突きの威力を増す「頭蓋骨固め」
足のバネを鍛えるための「鉄げたランニング」

むこうずねは弁慶でもうたれると泣くほどの急所だが、
スリコギを使ってスネを叩く「泣かずの弁慶特訓」では
叩くたびにスネは腫れ上がっていった
それでも我慢して叩いているとだんだんと痛みもなくなり腫れもしなくなった
スリコギでは役不足になり
牛乳ビンを使うようになり
半年もするとビール瓶をスネで叩き割れるようになった
そしてビール瓶を克服すると今度はコーラのビンを使うようになった
そのころの野口ジムのタイ式の日本選手は沢村1人だけで
あとはタイ人選手が4人いるだけだったが
沢村はその4人を練習で血祭りにあげた

ジムにあった急所図

次の段階として沢村は90日間のビザを取得して1人タイへ向かった
そして知人の紹介でタイの富豪の家に住みこみの使用人として働きながら本場タイの技を学んだ
「タイのルンピニ系のジムは陸軍が統治していました
私は軍の将校の家に下男として登録され訓練に明け暮れました
軍には徴兵で集められた優秀なボクサーが何人もいました
練習にはこと欠きません
日本人の練習生は彼にとって良い標的でした
激しい訓練で私は空手からキックボクサーとして変身していったのです」
(沢村忠)
沢村忠の帰国後、
野口修氏はキックボクシングのコミッションを立ち上げ
選手の募集と育成に着手した
ボクサーで名乗り出る者はなかった
野口は日本中の空手家に声をかけ選手をかき集めた
帰国後、沢村は一気に9連勝した
しかも9人中8人が強烈な蹴りをくらって肉離れを起こした
人間凶器となった沢村に野口はある話をもちかけた
「本場タイ国のチャンピオン級と勝負する気はあるか?
これを東洋ミドル級タイトルマッチにし、お前が勝てばチャンピオンだ」
「しかし、チャンピオンは本場タイで決めているんでしょう」
「ああ
タイ式のチャンピオンはな
だがキックボクシングのチャンピオンはまだ決まっていない」
「え、すると」
「そうだ
いよいよ日本におけるタイ式ボクシングをキックボクシングの名のもとにスタートさせることにした
それにはタイ国一流に勝たなければファンは納得せん
自信はあるか」
「怖いです
しかし、死んでもやります」

いいファイトをすれば必ずお客さんはつく

沢村がサマン・ソー・アジソンに惨敗した悪夢の日からほぼ1年
東京新宿体育館でキックボクシング発足記念発表会の試合の日が来た
新宿体育館は超満員となった
メインイベントはモンコントン・スイートクンvs沢村忠の東洋ミドル級王座決定戦
試合前、沢村はスイートクンがタイでソー・アジソンに勝っていることを知って驚く
「本当ですか、会長」
「その通り
そのくらいの大物の勝たなくては、新生キックボクシングのチャンピオンとして日本では認めてくれん」
そして試合開始
余裕綽綽のモントーコンであったが、沢村は互角に渡り合う
あせりはじめるモントーコンに対して精神的に優位に立つ沢村
そして沢村の飛び蹴りがモンコートンの胃をえぐる
リングサイトで見ていた寺内大吉は
「タイ人の黒い肌がそこだけ一瞬色を失った」
と表現した
結果は3R、沢村のKO勝ち
これで悪夢の敗戦から復活後10連勝
キックボクシング東洋ミドル級チャンピオン沢村忠が誕生した!!

それはまた日本キックボクシング界の夜明けでもあった
この試合は「サンデースポーツ」の中で放送された
ただ試合10日後に放送される録画放送ではあったが従来の扱いに比べれば格段の進歩だった
とはいえ、まだ経営は苦しかった
この頃、沢村は日本橋の穀物取引関係の会社に勤めながらジムに通った
まだまだキックで生活が出来るには遠く及ばなかった
会場設営、ビラ配り、ポスター貼り、切符売り・・・
全て沢村を含めた選手とスタッフが全員で行っていた
野口は沢村に言う
「これからが大変だ
今日からは追う立場から追われる立場
追われる立場が追う立場より数倍厳しいことはすべてのスポーツのチャンピオンが認めている
お前の王座を狙って次々に本場タイ式の強豪が日本を襲ってくる
これに打ち勝つのは人並みの業ではダメだ
お前だけの必殺技を身につける必要がある」

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