タイでチャンピオンとタイトルマッチ
野口は沢村を含めた数人の選手たちを連れてタイへ渡った
バンコクの空港に降り立ち、沢村が歩き出すと、一斉にフラッシュがたかれた
「有名人と一緒に乗り合わせたんだな」
沢村はそう思ったが
記者が自分を取り囲んだのを見て唖然とした
タイでは母国の英雄が異国の挑戦者を受けるということで大変な騒ぎになっていた
タイ国の国技であるタイ式ボクシングはタイのどの町にもジムがあるほど盛んで
プロ選手の数はなんと3000人いると言われている
相撲をとったことのない日本人がいないようにタイ式ボクシングをやらないタイ人もいない
タイの地を踏んだその夜、野口と沢村はさっそく本場の試合を見物に行った
「凄い
超満員だ
ああ、日本のキックの数100人の客とくらべてあまりに差がある
それに、試合内容も日本の試合とは迫力が違う」
沢村を本物ではないとする者たちを見返すためにタイに来たのだ
野口はチャンピオン以外はガンとして拒否した
そして対戦相手はポンチャイ・チャイスリアと決まった
燃えるトカゲの異名をとるタイ国ライト級チャンピオンである
ルンピニースタジアムは
1万5000人の観客を集め
リングはまだひっそり静まり返っていた
まさに嵐に前の静けさだった
まず沢村が入場
予想したほど野次は聞こえない
試合の賭け率は8対2でチャイスリア有利
沢村の惨敗は決定的と信じられていた
タイの軍楽隊が演奏する「勇者の門出」というメロディが場内に流れた
この曲はタイ式ボクシングでチャンピオンの試合だけに許されるもの
そしてトカゲのガウンを着たチャイスリアが入場
女性が自分の子供をチャイスリアに差し出す
「この子を抱いてやってください
坊やがあなたのように強く偉大な男に成長することができますように」
その様子を見つめる沢村と野口
「まさに国家的英雄ですね」
「うむ
タイ国では国王につぐ尊敬の的は、このチャイスリアかもしれん
その国王の今夜はこの試合を観戦するという」
「え」
「頑張りがいがあるぞ
いやでも日本のマスコミはデカデカと報道せざるをえまい」
沢村はチャイスリアの目に威圧された
「これほど凄みのある人間の目に初めてぶつかった
そのくせ下品でない凄み
219戦無敗205KOというキャリア通りの負けを知らない王者の目だ」
試合開始
第1Rは互角の立ち上がり
第2R
チャイスリアは回し蹴りで沢村の太ももを攻撃
そして太ももと膝を攻められた沢村は崩れるようにダウン
必死で立ち上がる沢村
脚は蹴りまくられ、充血し、青黒く腫れ上がっている
沢村は意地で第2R持ちこたえた
第3R
沢村は打ってくるチャイスリアの出鼻で右膝を直角に曲げ、飛び上がらんとするポーズを取る
ビクッとするチャイスリアに沢村は前蹴り1発
真空飛び膝蹴りをフェイントにした奇襲だった
たまらずダウンするチャイスリア
かろうじて立ち上がったチャイスリアに沢村は肘打ちの嵐
ここで第3R終了
第4R
前半は沢村が有利に攻め
後半はチャイスリアが盛り返した
最終第5R
死闘を繰り広げる二人はまったく同時にダウン
ダブルノックダウン
しかしあくなき両雄の敢闘精神は倒れてもなお組みあいたたきつけあった
血しぶきがリングサイドに飛び、記者のメモを濡らした
そして試合終了
2人は泣きながら抱き合った
「日本のキックボクシングは素晴らしい
私が保証する」
「タイ式ボクシングもさすがにすごい
この体で教えてもらった」
そして試合は引き分けに終わった
素晴らしい試合内容に感動して拍手を贈るタイ国人
タイ国王も拍手している
拍手しているタイ人の多くは8対2の賭け率なので損しているはずである
ゴールデン進出
沢村が男がタイのチャンピオンとタイで戦って引き分けたということを快挙として日本のメディアも扱った
そして日本に戻った沢村たちに嬉しいニュースが飛び込んだ
毎週月曜日PM7:00から30分間、TBS系全国32局ネットで
沢村をエースとする野口プロモーション系のキックボクシングのテレビレギュラー放送がスタートすることになったのだ
沢村と野口は男泣きに泣いた
「テレビの定期放送が決定した
毎週月曜日夜7時のゴールデンアワーだ」
「よかった
これでキック界にも春が来た」
そして沢村の次の相手は
アメリカ・ミドル級チャンピオン:ジミー・ゲッツだった
ジミー・ゲッツはボクシング出身で、そのうえ空手も柔道も有段者だという
しかし試合はあっけなく終わった
2R2分05秒
ゲッツは沢村の右回し蹴りを左腕でブロックしたが
その左腕が骨折し顔を歪めてマットに崩れ落ちた
日本プロスポーツ大賞、殊勲賞
沢村人気は爆発した
地方の試合が増え始めた
翌年は年間で48試合が予定された
映画、ドラマ、クイズ番組などの出演が相次ぎ、芸能人なみの分刻みの生活となった
沢村はサインを求められると時間の許す限り1人1人にサインした
地方興行に出たとき宿舎に帰ってくると色紙が1m近くも積み上げられていることもあったが、
沢村は代筆を使わず全て自分でサインをした
キックの沢村
プロ野球では巨人がV4を達成し長嶋、王が人気を集めた
大相撲の大鵬、
サッカーの釜本
など
スポーツ界は軒並みスーパースターが活躍していた
そんな中、日本プロスポーツ大賞で沢村は殊勲賞を受賞した
キックボクシングは、野球・相撲・プロレス・プロボクシングに続く第5のプロスポーツと宣伝された
ハードスケジュール
遠藤マネージャーがいった
「王や大鵬を上回るキックの鬼、沢村忠の人気だって」
「遠藤、そんなものオーバーでもなんでもない
この野口がキックに託す夢はそんなちっぽけなものではない
そのためには沢村よ
貴様にとって最大の強敵と戦ってもらわねばならんぞ」
「最大の強敵?」
「それはお前のスケジュールだ
12月21日札幌
12月26日仙台
・・・・・・
日本全国縦断興行だ
キックのような激しいスポーツでこんなスケジュールでやった男はおらん
前人未到だ
だがキックの大きな発展のためにやらねばならん
テレビでしかキックを見たことのない地方の人にお前の生の試合を見てもらうことが我々の使命なのだ」
「わかりました」
「苦しいぞ
試合のほかにテレビドラマのゲスト出演もしてもらわねばならん」
「僕の命を存分に使ってください」
沢村はとにかく試合数が多かった
そして試合の合間に「喉自慢大会」や大阪の毎日放送の杉良太郎の主演番組「けんか太郎」にゲスト出演
試合が終わるのは夜9時
そのあとで地方の有力者との懇談会が待っている
キックがレギュラー番組化してからは
ほぼ毎週1回試合が組まれ対戦相手も大量に必要だった
ランキング入りしている選手やチャンピオンと戦えばそれなりに視聴率もアップし、観客動員数も増えるが、
そのような選手は少ない
必然的にランキング外の選手や格下の選手も引っ張ってこなければ対戦相手が足りない
「沢村があれだけ連戦をこなせたのは、マッチメイクの巧みさによるものだ
相手の中には、全力で戦わなければ勝てない相手もいれば、スパーリング程度の感覚で倒せる相手もいる
対戦相手に強弱をつけて、それらをうまく組み合わせていくのがプロモーターの腕だ」
と野口が語ったこともある
沢村の試合はとにかく面白かった
最初は劣勢になり、ダウンを奪われたりもするが
最後はバネのようなハイキック、真空飛びヒザ蹴り、飛び前蹴りで劇的に勝った
相手はマウスピースをゆっくり口から出しながらダウンした
こうして沢村の連勝記録は伸びていったが練習不足と試合の連続でコンディションは悪化していった
丸めたパンフレットで叩かれスリッパで叩かれボロクソに言われて退場
横浜文化体育館
対戦したカンワンプライ・ソンボーンは沢村にとっては弱い部類に入る選手だった
前年11月に対戦した時には真空飛びヒザ蹴りのKOで勝っていた
だが、この日の沢村は何か違った
身体が重い
パンチにもキックにもいつものスピードがない
逆に相手に何度もカウンターを喰らう
そして真空飛膝蹴りを1発も出さないまま
結果は5R判定負け
「馬鹿野郎
やめちまえ」
罵声が飛んだ
丸めたパンフレットで叩かれ
スリッパで叩かれ
こんなにボロクソに言われて退場するのも初めてだった
負けた原因ははっきりしていた
休みもない
練習時間もない
明らかに過密スケジュールが原因だった
連勝は31でストップした
この後沢村は、2週間ほど休みをもらい、
精密検査を受け
伊豆の土肥の海岸地帯でキャンプをはってトレーニングに集中した
そこへ野口がやってきた
「お前の姿が見られん東京のキックボクシングはまるで火が消えたようだ
やはりキックすなわち沢村忠なんだ
このへんで東京に戻り再起第1戦といかんか
ただしぐっと手ごわい相手でないとファンの信用は回復できんぞ」
「これで負けたらファンから見切りをつけられるでしょうね」
フライング・ドロップ回し蹴り
その復帰戦は名古屋の金山体育館
相手はタノンスク・キットヨーテン
18歳のタノンスク・キットヨーテンは沢村のいなかった日本のリングで日本選手たちを総なめにした
タイでもチャイスリアと同じ、もしくはそれ以上の力の持ち主と言われているという
タノンスクは沢村と死闘を繰り広げたポンニット・キットヨーテンの従兄でポンニットから真空飛び膝蹴りの弱点を教わっていた
そして試合開始
沢村は強烈なパンチの持ち主であるタノンスクに真空飛び膝蹴りをお見舞いした
タノンスクはガードをがっちり固めて、飛び膝蹴りを受け止めた
沢村はジャンプすることでタノンスクのキックを殺し
あせって前蹴りを繰り出すタノンスクの顔面に沢村の回し蹴りが炸裂した
沢村の第2の必殺技であるフライイング・ドロップ回し蹴りだった
「真空飛び膝蹴りというただ1つの必殺技では相手にマークされるから
長い年月の間ではどうしても威力が弱ってくる
しかし必殺技が2つになれば臨機応変、
相手選手はどちらでも攻撃されるか見当づかず、
再び真空飛び膝蹴りの威力もよみがえるだろう」
試合後、沢村は宣言した
「もう負けませんよ」
実際それから連戦連勝でKO勝ちを積み重ねて行く
カンワンプライに止められた31連勝には、約半年で追いついた
また、キックの試合は必ず録画放送で行われた
流血など凄惨なシーンをカットし編集してから放送したいとのテレビ局の意向によるものだ
しかし、いつも放送時間内に沢村が勝つものだから(録画だから当たり前なのだが)
「よく出来たショーだ」
と思っている人もいた
実際、地方に行くと
「今日は沢村さんが何分ころに出てきたから、何Rで勝つな、とだいたい分かるんですよね
よく出来ていますね」
などと言われたこともあった
沢村は八百長呼ばわりされることを嫌った
「冗談じゃない
怪我を隠し、相手が誰であれ、試合前は緊張していつも真剣勝負をしているのに」
勝ち続けることが逆に自分が疑われることになるとは
これほど悲しく腹立たしいことはなかった
やがてキックボクシングは3階級から7階級制へと変わった
体重制限を増やして7人の日本タイトルと東洋タイトルが誕生した
沢村は13度も防衛したミドル級からライト級に転向
そして東洋ライト級のチャンピオンとなった
キックの鬼
テレビで沢村を主人公としたアニメ「キックの鬼」が放送を開始
沢村人気は子供たちの間にも浸透していった
あるとき試合で真空飛び膝蹴りをしたとき、
ファンから
「手抜きするな」
と野次られたという
アニメでは真空飛び膝蹴りの時、高く飛ぶが、
実際はそこまで飛ばないため、そう思われたのであろう
ライオンを殺気立たせる
沢村は雑誌社の取材で動物園でライオンと対決したこともあった
「オリの中のライオンと戦えるかという設定でした
もちろんライオンは戦う気もありませんし、間にはオリがあります
今考えてもばかばかしい取材です
私はライオンに視点を定め全身から気を発しました
臍下丹田からでる息吹は猛獣といささかも変わりません
今でも当時と変わらぬ気を発散することは可能です
ライオンは振り返り、殺気を込め戦いの姿勢をとりました
私は別に驚きもしませんでしたが、雑誌のスタッフは腰を抜かさんばかりの興奮でした」
金に執着なし
この頃の沢村のファイトマネーは1試合50万円くらいだった
平均的な初任給が3万円くらい
総理大臣の給料が90万くらいという時代にそれだけの収入があった
いつもつかんで帰る激励賞は多い時には50本を超え、1本の中身は数万円
それに加えてレコードの印税や映画やテレビの出演料などが加わった
これだけ収入があっても沢村にはほとんど貯金がなかった
好きな車は7台所有し
お中元やお歳暮、
後輩たちへの面倒や援助
自分の誕生パーティで出席者に大量のプレゼントを贈ったり
大量に入ってきた金も大量に使ってしまった
「武人が金に執着するのは醜い」
という考えを持っていたようである
「試合が終わると私はいつもミイラでした
手も腕もすねも腿も腹さえも腫れ上がりジーンズははけませんでした
ぐるぐると全身にテープを巻き、加熱し、腫れ上がらないように安静を保つ毎日でした
そしてまたリングに上がったのです
私の許には何十人もの選手がいました
そして決して1人では戦えないのです
トレーナーからコーチ、練習相手からスタッフまで大勢の人の助けがあってリングにのぼれるのです
当時私の試合3試合でマンション1戸が買えると言われていました
しかし私のファイトマネーは多くの選手達の生活を支え
更に問題を起こすことのないよう、そして欠かすことのないスタッフへの感謝のために消えていきました
今でもあの時こうすればなんて考えることはありません」
(沢村忠)
.
沢村は
日本に2台しかないシボレー・コルベットの所有したが
もう1人の所有者だった大場政夫が事故死したため沢村も手放した
因縁のパナナン・ルークパンチャマ
パナナン・ルークパンチャマ戦では
ファンは衝撃の光景を目撃することになる
4R0分56秒
沢村より身長3cm体重10kg上回るパナナン・ルークパンチャマは
沢村がジャンプした瞬間、パナナンの右ストレートが沢村のアゴを打ち抜いた
沢村はそのまま背中から落ちて後頭部を激しく打った
沢村はタンカに乗せられて退場
それから30分意識不明になった
幸い、医務室で意識は回復
すぐさま、パナナンへの雪辱を誓った
連勝は134、3年3ヶ月で止まった
沢村はパナナンとの対戦で
初戦はは判定勝ちで勝ったものの連続KO記録を止められ、
2戦目は壮絶なKO負けで連勝記録を止められここまで1勝1敗
「同じ相手に続けて負けるわけにはいかない」
そう言い聞かせた3度目の対決では
2R
パナナンが右回し蹴りを放った瞬間
沢村は右フックをパナナンの顔面に叩きつけた
パナナンはこの一撃でマットに沈み、
沢村のKO勝ち
野口キックボクシングジム襲撃事件