男!! 江夏豊 王との対決は三振かホームランかの直球、力勝負

男!! 江夏豊 王との対決は三振かホームランかの直球、力勝負

剛速球と芸術的コントロール、王貞治との力と力の真っ向勝負、奪三振記録を王貞治からとるためにほかのバッターはわざと打たせる、3回しか投げられないオールスターゲームでの9連続三振、自らのサヨナラホームランでノーヒットノーラン、日本初のリリーフエース、江夏の21球、優勝請負人、大リーグ挑戦などなど記録と武勇伝のオンパレード


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すごい記録と記憶(感動)を残し、かつ武勇伝も多い

江夏豊
178 cm95 kg
左投左打
150km/hを超える直球
落差のある2種類のカーブとフォーク
卓越した投球術で
1967年~1975年、阪神
1976年~1977年、南海
1978年~1980年、広島
1981年~1983年、日本ハム
1984年、西武
と渡り歩き
1985年、渡米し大リーグに挑戦したが
最後の最後で大リーグ昇格は叶わずそのまま引退した
実働18年
206勝158敗193セーブ210セーブポイント
防御率2.49
2987奪三振
最多勝2回
最優秀防御率1回
最優秀救援投手5回
シーズンMVP2回
沢村賞1回
延長11回で自ら決勝ホーマーのノーヒットノーラン
ON(王・長嶋)と名勝負を繰り広げた20世紀最高の投手
日本一2度、リーグ優勝1度に大きく貢献し優勝請負人と呼ばれた
王貞治から401奪三振
オールスターで9連続奪三振
奇跡の21球
日本初のリリーフエース
36歳で大リーグ挑戦
など数多くの記録と武勇伝を持つ

野球は高校から始めた

「記録なんてのは破られるためにあるもんだから
逆に、いつまでも古い記録が残ってるのも淋しいもんだけどね
だから記録っちゅうのは
ワンちゃんの「868本塁打」、
金田さんの「400勝」、
福本の「1000盗塁」、
張本さんの「3000本安打」、
そして衣笠の「2215試合連続出場」
こういった積み重ねられた数字を本当の記録って言うんだよね
“瞬間的にできる記録”っていうのは8割が運だから、
階段を一歩一歩上る素晴らしさと苦しさがある“通算の記録”っていうのは
やっぱり偉大だなーって思うよ」
そういう江夏は
中学時代は砲丸投げの選手として活躍
大阪学院大学高等学校入学まで本格的な野球の経験はなかった
生まれつき右利きだったが
野球では圧倒的に左利きが有利ということで兄の指導でサウスポーに矯正された
兄は左用のグラブを買ってきてペンや箸など左で使うように指示した
右で箸を使うと兄が怒り左で使うと母が怒った
左利きは英語でLefty
サウスポー(Southpaw)は
southは「南方」
pawは「犬猫が前足で引っかく」
アメリカ南部出身の投手に左利きで力強く投げる投手が多かった事に由来する

阪神タイガース

1966年
夏の甲子園大阪府予選でベスト4
同年
第1次ドラフトで阪神タイガースから第1位指名
プロ野球選手となる
入団当初はストレートしか知らなかった
その威力と制球の正確さは抜群だった
砲丸投げをしていた影響で「担ぎ投げ」の癖があった
それを林義一コーチが矯正し変化球を教え込んだ
江夏は林を「お師匠さん」と呼ぶ

黄金の左腕、左手

現役時代はボールを片時も離さなかった
マッサージを受ける時も左手には必ずボールが握られていた
ボールを手放すのは眠っている時と大好きなショートホープを吸う時くらい
タイガースの同僚・田淵幸一はいう
「寝ながらでも江夏はボールと遊んどったね
ストレートの握りのまま三本指で部屋の天井に向けてはじくんですよ
キャンプ中、その練習を毎晩やる
“何で、そんなことするんや?”
と聞くと、
本人は
“指先の感覚が大事や”
て言うとったね
指先の感覚を磨くと同時に皮をこすらせることでマメをつくっとったんだと思う
投球練習を始めてからマメをつくったんじゃ練習が遅れてしまう
彼はそこまで計算しとったんですよ」
江夏の部屋の天井の汚れはほぼ1点に集中していた
こうして針の穴を通すとまで言われたコントロールを磨き上げていった

「なんや! カーブなんかいらんやないか!」

1967年5月31日
後楽園球場
読売ジャイアンツ戦
3回
阪神の先発、エース村山実が太腿痛で降板
ルーキーの江夏にリリーフの大役が廻ってきた
バッターは背番号1、王貞治
当時5年連続本塁打王
1本足打法の大打者との初対決だった
高卒ルーキーはストレートで真っ向から勝負を挑んだ
カウント2-0からの剛速球を王は空振り
初対決を見事三振に斬ってとった
天下の王貞治にストレートだけで3球三振である
「なんや!
カーブなんかいらんやないか!」
「プロでメシが食える」
と自信がついた瞬間だった

奪三振王

若干18歳で
シーズン225奪三振で最多奪三振のタイトルを獲得
オールスターゲームにメンバー入りを果たす
「オールスターゲームは
今はそうでもないけど、
当時はパ・リーグが自分達の存在を世間に知らしめる唯一のチャンスという感じだったんだよ
普段はどうしてもファンの注目がセ・リーグに集まっていたので
パ・リーグの選手は内心穏やかじゃなかった
この時とばかりに「セ・リーグをブッ叩いてやろう!!」というパ・リーグの選手の気概を強く肌で感じたね
今にして思えば1年目から出してもらったと言っても
実力で勝ち得た出場権じゃなかったと思うんだよ
当時のセ・リーグのメンバーを見渡すと
堀内君以外はベテランが多かったから、
川上監督としては「いつでも使える便利で元気な若い選手」が欲しかったんじゃないかな?
あの頃は巨人の選手がたっくさん選ばれていたので
第一印象は「オールスター戦と言ってもまるで巨人対パ・リーグだな~」っていう感じだったね
練習の時から巨人の選手だけはひとかたまりになってて他球団の我々からしたら近寄りがたい雰囲気があったよね
当時は巨人が9連覇を続けていた時代
強いということは勝負の世界では絶対的な権威だからね
オールスターっていうのはもちろん「お祭り行事」みたいな部分もあるんだけど、
やっぱり巨人の選手と他チームのグループに壁はあったよね
憧れの先輩と話をさせてもらういい機会だったはずだけど
今ほど私語が許されている時代ではなく、
ベンチで冗談は言い合ってもグラウンドでは挨拶以外の話はなかったからさ
もしもアドバイスを受けたいなっていう時はロッカーなど人目につかない所で聞く
そんな時代だったよね
金田(正一)さんとロッカールームで出くわしてさ、
『コラ若造、何サボっとんじゃ
早くベンチで応援して来い!!』
って言うわけさ
そしたら当然、今度はベンチで顔を合わせるでしょ? 
すると今度は
『オマエら、こんなトコで座ってないでブルペンに行けっ!!』
って言うんだよ
『ブルペンに行け』っていうのは『勉強してこい!!』ってことなんだよ
オールスターに出てくるような各チームの主力投手がどういうピッチングの調整をしているかをよ~く見とけっていう最高の親切だったんだ
でもあの人は口が悪いからああいう言い方になるんだけどね
この目で見るっていうのは絶対に必要なことだったからね
でも次の日も同じようにブルペンで見てたら、
『こんなトコでサボっとらんで、ベンチで応援して来い!!』
だって
「この人、その時によって言う事ちゃうな~」って
でもそれ以来かな、金田さんに親しみを持たせてもらったのは」

宿敵

当時の阪神のエース:村山実は
節目の記録となる三振を常に長嶋茂雄から奪うようにしていた
村山がON(王・長嶋)を指さし
「俺はこっち(長嶋)お前はあっち(王)や」
と江夏に命じた
村山実は
長嶋茂雄との対決に異常なまでの執念を燃やしフォークボールを連投した
江夏は思った
「村山さんは長嶋さんに向かう時、ロマンチストになった
それなら自分は王さんに対してプライドを武器にしよう」

新記録は王貞治から

1968年
9月17日
甲子園球場
読売ジャイアンツ戦
「王さんから新記録(シーズン奪三振記録)を奪う」
江夏は試合前からそういっていた
試合のスコアは0-0
緊迫したゲーム展開だった
しかし江夏は公約を守るため
バッターをわざと三振を獲らずアウトにしていくという曲芸のような投球を披露した
投手の高橋一三も低めの球でセカンドゴロに打ちとった
「森(昌彦)さんとピッチャーは三振を取らないようにするのがむしろ大変だった」
そして再び王の打席が回ってきた時
見事記録更新となる354個目の三振を奪った
しかし、試合のスコアは依然0-0
延長戦に入った
11回裏
バッターボックスに入った江夏は自らサヨナラ打を放った

三振かホームランか

王との名勝負は続いた
通算57の三振を奪い
20本の本塁打も打たれた
1度の死球もない
王から最も多く三振を奪った投手は江夏で
江夏から最も多く本塁打を打った打者は王である
王は江夏との対決について後にこう語っている
「江夏君のストレートは150km/hは出ていない
にもかかわらず打てない
それはズシリと重いからだ
あんなボールを投げる投手はいなかった
江夏は僕には殆どストレートしか投げなかった
それが僕には解っていたし、
江夏君は僕が解っていた事を解っていてストレートを投げてきたものだった」
江夏が生涯でもっとも本塁打を多く打たれたのは王の20本
その20本は全てストレート
江夏は王との対決でカーブもチェンジアップも使ったがウイニング・ショットはストレートのみであった
ストレートを待つ王
それを承知でストレートを勝負球に使う江夏
ストレートにこだわる理由は何か?
それは江夏の「プライド」だった
江夏は
シーズン401奪三振の世界記録と
通算1000奪三振記録を
「王さんから獲る」
と志願の登板
王に対しストレートの握りを見せて勝負を挑むという
今では野球漫画でも見られなくなったパフォーマンスをしたが
王は2ホーマーを放ち江夏を粉砕
新聞は
「個人記録に拘りチームの勝利を犠牲にした」
と一斉に批判
プロ野球に「勝負の美学」が残っていた時代の最後の逸話だった

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勝敗以上に大切なモノ

甲子園球場での巨人戦
ペナントレース終盤に来て阪神と巨人の差は僅か0.5ゲーム
事実上の優勝決定戦と言われたゲーム
ここで江夏の「プライド」が阪神の運命を決めた
7回表
阪神が2点リード
1死
末次民夫が四球で歩き
土井正三がセンター前ヒット
高田繁が三塁前に意表をつくバントで揺さぶりをかけ満塁
ここで打席に王を迎える
江夏はここでもストレート一本の攻め
いきなり2-0と王を追い込む
遊び球はない
次の3球目
外角低めの最高の1球
文句なしのストライク
キャンプではこの「外角低め」のコントロールを磨く為に1日250球も投げ続けた
「勝負あった!」
主審・谷村
「ボール!」
無情の判定
江夏
「ストライクやないか!」
バッテリーを組んでいた辻”ダンプ”恭彦も食い下がる
が、当然判定は覆らない
ここからが江夏の真骨頂
2-1となった4球目
全く同じコースの外角低めに渾身のストレートを放る
「ボール!」
2-3からのラストボール
内角低めのストレート
左打者に対する膝元へのコントロールは
江夏の前に江夏なし、江夏の後に江夏なしとまで言われる最高の1球
そんな自信のある1球
「ボール!」
押し出し
なお満塁
バッター:長嶋茂雄
王との対決で精魂尽き果てた江夏に
もはや長嶋に対する術はなかった
逆転の一打がレフト線に飛んだ
なぜ江夏は王に対して「渾身のストレート」しか投げなかったか?
「それは・・・・オレがオレであることを確かめたかったんだ」
江夏豊という投手のプライドを賭けた王貞治との対決
「勝敗以上に大切なモノがある」
今の野球ファンには到底理解できない心情であろう

9連続奪三振

1971年のオールスターゲーム第1戦
1回裏
全パの先頭打者有藤(ロッテ)を三振に始まり
3者連続三振
2回表
自ら西宮球場の右翼席上段に3ランを叩きこむ
2回裏
3者連続三振
3回裏
3者連続空振り三振
連続9人から三振を奪う
9人中8人が空振り三振
9人目の打者:加藤がバックネット側に打ち上げたファールを追おうとした捕手:田淵に
「捕るな!」
と叫んだ
オールスターゲームでは投手は3イニングまでしか登板できないため
9連続奪三振は最高の成績である

「この年のシーズン前半は6勝9敗と肩の故障もあってあんまり成績が良くなかったんだよ
だから本来であれば監督推薦で選ばれることはなかったのに
有難いことにファン投票でオールスターに出られることになった
ボク自身にしてみればあの時ほど「ファンって有難いなぁー」と思ったことはなかったね
嬉しくもあり、正直、照れくさい気もしていたんだ
そんな時、ある親しい新聞記者から冗談まじりに
「こんな数字でも出してもらったんだから
お返しのためにファンを喜ばせるようなことをしろよ!!」
って言われてね
そんなこと言われてもマウンド上で一曲歌うわけにもいかんしねー
じゃあ、去年は8つ取ったんだから、今年は9ついってやろうと
何をしようかと思ったら、自分の場合は三振を多く取るしかないと
(この前年のオールスターで連続ではないが計8個の三振を取っていた)
1人も走者を出さず、「9者連続」ってのは自分でも夢にも思っていなかったよ
そんなことができたらマンガの世界ですよ
そこまでボクは自信家じゃなかったしね
「9個の三振を取りたい」っていう願望はあったけど連続ってのはまさに予想外というか
1回を3者連続で取った時は「ワー」、
2回で6者連続になったら「オー」になってきて
そして3回
7人目のバッターを三振に取ったら観客の歓声がほとんどなくなって
俗に言う「水を打ったように静けさ」になったんだよ
8人目を三振に取った時はバックで守っているミスターや王さんの声が聞こえてくるほどでね
普段は歓声が大きいから守りの選手の声なんて聞こえないものなんだけど
先頭打者から8人連続で三振を取ってとうとう9人目
その最後のバッターがキャッチャーの後方にファールを打ったんで
咄嗟にキャッチャーの(同僚の)田淵に
「追うな!!」
って叫んだんだよ
よくマスコミには「江夏が捕るなと言った」と書かれることがあるけど、
実際は「どうせスタンドに入るんだから、早く座ってくれ」という意味で叫んだんだよ
というのもキャッチャーが捕りに走ると時間が取られてこっちの集中力が途切れるから
待たされなければ三振を取る自信があったから早く投げたくて仕方なかった
最後の球がキャッチャーミットに収まった瞬間、
それまでの静けさがウソのように、もの凄い歓声が上がってさ
ただ意外とあっけないなという感じだったね
「なーんだ、こんなモンか」と
自分でもホっとしたのは確かだけど
最後の三振を取ったボールを田淵がてっきりボクに渡してくれるもんだと思っていたら、
彼はいつものようにマウンドの方へポーンって投げちゃうんだよ
それを自分で取りに行くのもカッコ悪いと思ってそのままベンチに戻ったら、
何と王さんが拾ってボクに届けてくれたんだよ
あの時からかな、ボクが真剣に王貞治のファンになったのは
「それに比べてオマエは冷たい男だなー」と田淵には後々何回も文句を言ったけどね
毎年オールスターの季節になるたびにいろいろな人に話題にしてもらえるのは
この年齢になるととてもありがたいと感じるね
思い出は押し売りできないもので
自分にとって印象的なことでも他人にもそう思ってもらえるとは限らない
それを一般の方にも「あれは凄かった」と言ってもらえるのは選手にとって最高に嬉しいことだよね
あの9連続奪三振っていうのはボクの個人的な記録であって、
あの試合にはもっともっといろんな記録が重なってるんだよ
ボクの後に渡辺さん(巨人)から最後は小谷さん(大洋)まで5人の継投で繋いでノーヒットノーランを達成したゲームなんだよ
さらに5人合計で「1試合16奪三振」でしょ
これも未だに破られていないオールスターでの記録なんだ
ボクの9連続奪三振ばかりが表面に出るけど
それを中心にして5人で作った大記録がさらに2つもあるってこと
たまたまボクはその試合の先発だっただけ
未だに破られていないのは誇りに思っているけどね
投手から見ればね
バッターからしたら「コノヤロー!!」っていう試合だよ」
オールスターゲーム第3戦は
6回から登板
江藤(ロッテ)を三振
野村克也(南海)が初球をバットに当ててセカンドゴロにし記録はストップ
前年(1970年)のオールスターゲーム第2戦2回一死から5連続三振を合計し
オールスターで15連続奪三振を達成
通算1000奪三振を記録

ノーヒットノーラン&サヨナラホームラン

1973年8月30日
中日ドラゴンズ戦
阪神:江夏vs中日:松本の投手戦となった
9回表
中日打線をノーヒットに抑える
0-0のまま延長戦
10回表、11回表、中日打線をノーヒットに抑える
11回裏、打者:江夏
初球をライト側ラッキーゾーンにホームラン
サヨナラ勝ち
劇的な自らのサヨナラホームランでノーヒットノーランを達成
朝日放送のアナウンサーが興奮のあまり
「バンザーイ!
江夏大バンザイ!」
と万歳を連呼
後日、公平性を欠くと注意を受けた
その時の江夏のコメントが
「野球は1人でも出来る」
これが論議を呼んだ
一切言い訳をしない性格がそれに拍車をかけた

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