規制を回避するための裏技から生まれた牛肉の多業態展開
価格破壊を身上としたダイエーは、当時高嶺の花であった牛肉を主婦が気軽に買える値段にしようと考え、利益度外視で通常店舗の半値近くで販売する。
あまりの好評に売るための肉が足りなくなったが、当時は規制により輸入肉を販売することはできなかった。
そこで中内は、返還前の沖縄からの輸入には関税がかからないことに目をつけて、安価なオーストラリア産の子牛を沖縄に運び、6ヶ月間飼育した後、国内に輸入する方法を考えついた。
牛一頭を解体し、まずはすき焼き用の肉などを取り出し、スーパーのダイエーで販売する。
そして、スーパーでは高くて買ってもらえないステーキ用のヒレ肉のためにステーキハウス「フォルクス」を立ち上げる。
さらに、骨まわりの中落ち肉を有効活用するためにハンバーグレストランの「ビッグボーイ」を展開。
こうして、ダイエーは牛肉の多業態チェーンを拡大してくことになった。
お肉を腹いっぱい食べれることに感謝。
こうして日本に牛肉を安くたくさん食べられる習慣に貢献した中内だが、亡くなるまで「腹いっぱい食え」が口癖だったとという。
(2005年没、享年83。)
飽食の時代に育った我々の世代には想像もできない経験と志、そして工夫によって日本に根差した牛肉文化。
かつてダイエー傘下であった飲食店を利用する際には、こんな歴史に感謝しながら「腹いっぱい」頂きたいと思う。
流通王と呼ばれた故・中内功