改めて、高橋名人のすごさを振り返る
1983年に「ファミリーコンピュータ」が発売されたものの、そのブームはまた一部だけの盛り上がりでしかありませんでした。一気にブームが爆発したのはその2年後の1985年頃。くすぶりつつ、点火のきっかけを待っていたファミコンブームの前夜、その頃彗星のように現れた子供たちのヒーロー。それが高橋名人だったのです。
始まりはコロコロまんがまつり
ハドソン全国キャラバン~スターソルジャー1986~ - YouTube
十六連射のヒーロー登場
ゲームが上手いお兄さん、という高橋名人のスタンスが一気に大ブームになった火付け役は「16連射」でした。
16連射 (じゅうろくれんしゃ)とは【ピクシブ百科事典】
懐かしのシュウォッチ!
「子供を指導するのではなく、一緒に遊んでいるお兄ちゃんでいよう」
こうして改めて動画を見てみると、高橋名人の語り口調と声の調子がとても優しいことに改めて気付きます。終始語りかけるように、色々なアドバイスをしてくれます。なかでも、子供たちが最も知りたい疑問である「どうすれば高橋名人みたいにうまくなるの?」という疑問に答える形で、「お友達と一緒に遊びながらテクニックを学ぶ」(だからみんなで仲良く、おしゃべりしながら遊ぶんだぞ)という優しい本音が透けて見えている気がしますね。「ゲームは惰性でやったってうまくはならないぞ」というまっとうなコメントも、だからゲームをやりすぎちゃ駄目だぞ!という意味合いでおっしゃってたのかな、と思ったりします。
高橋名人からのアドバイス
有名になりすぎたがゆえの弊害もあった
高橋名人 - Wikipedia
おそらく高橋名人のお話に基づくと仙台でこの噂は始まったと予想されます。当時はネットもスマホもないのに、900キロ離れた場所の小学生だった私の元にもこの噂は流れてきました。この伝播の大きさは何だったのでしょう。それほど高橋名人が子供たちに注目されていた存在だったといえるのかもしれませんが、この噂によって、ハドソンには業務に支障をきたすほどの多くの問い合わせが殺到したのだそうです。なんともひどい話です。
“高橋名人”という社会現象―高橋利幸氏、ファミコンブームを振り返る(前編) (1/5) - ITmedia ビジネスオンライン
高橋名人を特集した東京新聞の記事
高橋名人のファミコンゲーム別攻略法 - YouTube
思い出|高橋名人オフィシャルブログ「16連射のつぶやき」Powered by Ameba -3ページ目