近鉄いてまえ打線の起爆剤として大活躍した【大石大二郎】は・・・。

近鉄いてまえ打線の起爆剤として大活躍した【大石大二郎】は・・・。

1981年から近鉄バッファローズ自慢のいてまえ打線を起爆させる役割としてトップバッターで走り続けた大石大二郎は小さな体から、自ら爆発させることもあるほど、走攻守の揃った選手である。そんな関西の人気者がどんな風に活躍してきたかご紹介します。


いてまえ打線のトップバッターとしてダイヤモンドを走り回る男。大石大二郎

1957年3月13日生まれ
身長176cm、体重75kg
右投げ両打ち
ポジション:遊撃手、外野手

近鉄バッファローズ、猛牛いてまえ打線の切り込み隊長として、球界にその名を轟かせたスター選手。
4度の盗塁王を獲得し、走攻守と3拍子揃った選手は珍しい存在でしょう。

通算415盗塁は史上7人目の快挙である。

大石大二郎(おおいし だいじろう)

大石大二郎の獲得タイトルや主な表彰や記録

盗塁王:4回 (1983年、1984年、1987年、1993年)

新人王 (1982年)
ベストナイン:3回 (1983年、1984年、1990年)
ダイヤモンドグラブ賞:3回 (1982年 - 1984年)

オールスターゲーム出場:9回 (1982年 - 1984年、1986年 - 1987年、1989年 - 1990年、1992年 - 1993年)

400盗塁:1995年8月30日、対日本ハムファイターズ22回戦(東京ドーム)、9回表に二盗(投手:西村基史、捕手:山下和彦) ※史上7人目

大石大二郎のプレースタイルは?

身長166センチと小柄な体で、近鉄バッファローズの1番打者として長い間、活躍してきた大石は盗塁王も4度獲るなど福本豊を理想な選手として尊敬してきた選手である。

1番バッターとして守備・走塁・打撃と期待された選手

走攻守の能力でいえば、世界の王貞治や長嶋茂雄をしのぐ能力と言われる身体能力の高い選手である。

大石のプレースタイルとして、打撃に関していえば、1番バッターとして塁にでることはもちろん、本塁打も意識して打席に立っていたとのこと。

実際、1984年には29本塁打を放っている。バッティングは特に指導された記憶はなく、グリップを上げて叩きつける打法をこだわっていた。

走塁に関していえば、積極的な走塁をこだわっていた。足には自信があり、盗塁だけではなく一塁程度しかいけそうにない打球も、果敢に三塁まで走ることもこだわっていました。

三塁にいる場面では、外野にフライが言った瞬間にタッチアップで走るかどうかを判断して、走塁していたそうです。

守備に関しても、二塁を守っていた大石だが、その守備範囲の広さは他の選手に一目おかれた存在であった。打者の特徴と、捕手のサインを見て、投球モーションに入った時には動いていたといいます。

長年の経験が重要でして、やってきた打球を処理するイメージを大事にして試合に臨んでいました。

プロに入るまでの大石の活躍!!

近鉄バッファローズのレギュラーとして大活躍の大石大二郎

3年目の1983年は60盗塁で盗塁王のタイトルを獲得し、福本豊の連続盗塁王記録を13年で止めた。同年から1番・二塁手に定着し、2年連続のダイヤモンドグラブ賞に加えてベストナインにも選出された。翌1984年も盗塁王、ダイヤモンドグラブ賞、ベストナインを獲得し、パ・リーグを代表する二塁手となっていった。1984年のオールスターゲーム第3戦ではそれまで8連続奪三振を続けていた江川卓と対戦してセカンドゴロを打ち、江夏豊に並ぶ9連続奪三振の記録を阻止した。 1987年には3回目の盗塁王を獲得したが、この頃から右肩痛が続いた。このため1988年は10.19の後の11月に大阪厚生年金病院で右肩の手術を行い、12月8日には都ホテル大阪で結婚式を挙げている[5]。1989年は年明けから夫人も帯同してハワイやサイパンでリハビリに取り組み、その後もチームのキャンプには参加せず石川県小松市の温泉で単独トレーニングを行った。8月3日の対オリックス戦で右ふくらはぎの肉離れが起きるなど、同年は出場が109試合に減少したものの、打率.277などトップバッターとしてまずまずの働き[6]でチームの優勝に貢献した。現役時代の出来事では、この優勝と前年の10.19が最も思い出に残っているという

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%9F%B3%E5%A4%A7%E4%BA%8C%E9%83%8E#.E5.B9.B4.E5.BA.A6.E5.88.A5.E6.89.93.E6.92.83.E6.88.90.E7.B8.BE

大石大二郎 - Wikipedia

引退後は解説者へ・・・そして、コーチ・監督へと

引退してから、すぐにコーチの道もあったが断り、野球解説者への道へと進んだ。1998年から2002年まで関西テレビで活躍している。

2003年には、古巣近鉄の一軍守備・走塁コーチに就任し、スライディング練習にビデオを使って確認したり、自身の走塁がどうなっているのか、具体的にイメージさせて、その年は盗塁数が大きく上回る結果となっている。

2005年に近鉄が球団統合され、オリックスの2軍チーフコーチへと就任。2007年には1軍ヘッドコーチとなり、2008年には内野守備・走塁コーチも兼任するようになり、首脳陣の中心的存在になっていった。

2008年にテリー・コリンズ監督が辞任し、一軍監督代行に就任した。

監督代行に就任してからは、チームの方針を一新し、先発投手の1試合100球制限の撤廃、休日や早出の練習推奨などを打ち出し、また前監督が行われる事が出来なかった二軍視察も積極的におこなうことで、5位だったチームが上位争いに加わるまでになった。

翌2009年には主力選手の故障などから、大きく負け越し、責任を取る形で解任となり、現在では地方の野球チームコーチを行いながら、評論家の活動もしている。

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