北斗晶
北斗 晶
Akira Hokuto
本名:佐々木(旧:宇野)久子
デンジャラス・クイーン
鬼嫁
チャコちゃん
佐々木健介の妻、マネージャー、セコンド
健介オフィス代表取締役社長
そんなのストリップじゃねえか
宇野久子(北斗晶)の生家は十数代続く農家だった
北斗晶が語る「出産の痛みのたとえ」がとてつもなく恐ろしい… - M3Q - 女性のためのキュレーションメディア
宇野久子(北斗晶)が
高校を中退し
全日本女子プロレスのオーディションを受けたいと告げたとき
祖父ははじめて孫に手をあげた
「あんな水着着て 女同士で髪の毛を引っ張ったり そんなのストリップじゃねえか それも高校中退なんかしてそんなことやるなんて」
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それでも宇野久子(北斗晶)は
オーディション(入団テスト)を受け
そして合格した
当時はクラッシュギャルズブーム、女子プロレスブーム真っ只中で
受験者は3500人もいた
そして合格者10人だった
全日本女子プロレス
ダンボールを担いでいる宇野久子(北斗晶)
全日本女子プロレスは
新人は厳しい練習とトレーニング
山のような雑用をこなした
また完全な縦社会で
後輩は先輩に奴隷のように扱われた
耐え切れずやめていくものもいたが
宇野久子(北斗晶)は夢を忘れずがんばった
その明るいキャラクターから
同期からは
「ブスA」という仇名をつけられた
これはイジメではなく北斗は同期の人気者だった
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連戦連勝、前座知らずの脅威の新人
1985年、
宇野久子(北斗晶)は
あまりの身体能力からプロテストが行われないままプロデビュー
新人王決定トーナメントで準優勝になるまで連戦連勝
最優秀新人賞獲得
1986年、
全日本ジュニア王座獲得
1987年
堀田祐美子とのタッグで
WWWA世界タッグ王座を獲得した
この頃になると優しかった先輩たちが豹変し
執拗ないじめと、無視がはじまった
100発投げ
全日本女子プロレスには
「100発投げ」という激しい特訓がある
これはプロになった新人が
先輩選手の大技を10発ずつ続けて10人受けるというものである
東北の巡業中の練習で
宇野久子(北斗晶)が「100発投げ」を受けることになった
50発、60発くらいにになると
フラフラになり
やがて立つことさえできなくなっていく
そんなときは周囲が声をかけ
声をかけられた選手は振り絞って立つ
こんなシーンが繰り返されるのだが
宇野久子(北斗晶)に声をかける者はいなかった
「ドーン」
「ドーン」
宇野久子の(北斗晶)の体が叩きつけられる音だけが鳴り響き続けた
最後の10発は長与千種だった
1発目、「起きろ!」
2発目、「私の時だけは立ち上がって来い!」
長与は1発ごとに叫んだ
新人時代、さんざん先輩からイジメられた長与は
宇野久子(北斗晶)の気持ちがわかっていたのかもしれない
「チコさん(長与)のときだけは立ちたい」
北斗は泣きながら立ち上がった
しかしその夜、
宿舎である先輩から不穏な噂話
(この話はまったく根も葉もないデタラメ話だった)
を聞かされた
「千種とナッちゃん(大森ゆかり)は
あんたとプヨプヨ(堀田祐美子)がやめないなら私達がやめるっていってた」
「・・・・!!!」
宇野久子(北斗晶)は愕然とした
昼間の長与はなんだったのか?
プロレスをやめたくなった
その後も
100発投げは毎日続いたが
ある夜、
北斗はタッグパートナーである堀田祐美子に告げた
「プロレスをやめたい
明日、1人で東京に帰る」
「もう1回頑張ろう」
堀田は引き止めた
翌日、
宇野久子(北斗晶)は青森八戸大会の会場に着くと
1人、バスから抜け出し
八戸駅から東京行きの特急に飛び乗った
宇野久子(北斗晶)インタビュー 1988「長与千種のやさしさに触れ、誓ったこと」|長与千種サポートサイト
首折り制裁マッチ
脱走した宇野久子(北斗晶)にペナルティとして制裁マッチが組まれた
それは小倉由美&永堀一恵とのWWWA世界タッグの初防衛戦だった
小倉由美は2年先輩
永堀一恵は1年先輩だった
3本勝負の2本目
永堀が北斗をボディスラムのように担ぎ
コーナーのセカンドロープに立つ小倉に渡すと
小倉はポンと一瞬跳ね上がって
リングへ直角にツームストーンパイルドライバー!
北斗の頭がマットに突き刺ささり
そのままフォールされカウント3
北斗は首を押さえて、立ち上がれなかった
それでも3本目のゴングが鳴ると
北斗は
ずっと首を押さえながら
相手の攻撃に耐え
反撃さえしたが
最後は力尽きた
北斗は、
実は首が骨折していたが
あろうことか
そのまま3本目も戦い抜いたのだ
そして試合が終わった帰りのバスの中で意識がなくなり
やっと病院に運ばれた
23年後の有難う。|北斗晶オフィシャルブログ そこのけそこのけ鬼嫁が通る Powered by Ameba
真相はわからないけど・・・
この事故は
先輩である小倉由美が
「嫉妬でやった」
「後輩に抜かれて焦っていたので加減を忘れた」
などともいわれるが、
北斗のケガを聞いた小倉は号泣し、
その夜一晩中付き添い
毎日のように見舞い
「悪意はなかった」
という
本来
小倉由美は
後輩の面倒見がよく
「ゴンゴン」さんと呼ばれていた
この事故の後、小倉は精彩が欠くようになり
小倉の引退セレモニーでは
北斗晶は涙を流しながら花束を贈呈した
死にたい
北斗は、
病院で数ヶ月間ベッドに寝たまま首を動せない状態が続いた
頭蓋骨に6カ所の穴をあけ
頭に固定器具が備えつけられた自分の姿を鏡でみて
何度も自殺を考えた
ブル中野の愛
そんな宇野久子(北斗晶)を
度々見舞いにきていたブル中野が励ました
北斗はブル中野の大ファンで
素人時代は私設でファンクラブをつくり
プロレス雑誌に会員募集の投稿をしたこともあった
憧れの人の励ましに北斗は勇気づけられた
後に北斗が復帰後、ブル中野と戦ったとき
ブルは北斗にパイルドライバー(首の怪我の原因となった技)を容赦なくかけた
「やめろー!」
会場から悲鳴があがったが
ブルは北斗が本気でプロレスを続ける気があるのかを確かめたかったのだ
そして北斗は「デンジャラス・クイーン」と呼ばれ
女子プロレスの頂点に登りつめていくことになる
北斗晶
医者からは
「もしプロレスに復帰したら
30歳過ぎには後遺症で体が動かなくなる可能性もある」
といわれたが
宇野久子はカムバックした
そして名前を「北斗晶」に変えた
小倉由美からプレゼント
また復帰戦のコスチュームは
小倉由美からプレゼントされたものだった