それをみて自分は父を選んだんです
前田日明、「親という存在」を語る~アウトサイダー横浜大会当日に実父が逝去【週刊 前田日明】: カクトウログ
高校時代
北陽高校
離婚後は父と2人暮らしをしていたが
ある日、父は
「2~3か月出張にいってくる」
といい韓国に行き
結婚し
以後
生活費を稼ぐために日本に戻ってきては
前田に1、2万円置いて、
また2か月、3か月、韓国へいくという生活を送った
前田は
高1の終わりから工事現場で働き始めた
やがて父は
韓国で離婚し
日本へ帰ってきたが
すぐに日本で女ができた
父はいった
「昔は15歳で元服だ
16過ぎてるんだから1人で暮らせ」
そして
前田は普段は高校と仕事に行き
ホームレスの炊き出しに並んだり
「マグロ漁船に乗ったら1,000万円稼げる」という話を聞くと
「それだ!!」と思ったりしていた
空手とバイクに熱中
また
高校時代の前田は
空手とバイクに熱中した
前田日明、在日コリアンの叫び【週刊 前田日明】: カクトウログ
「輪島さんお疲れ様です、僕ファンです」
格闘王・前田日明 インタビュー/@ぴあ
アメリカで空手の道場を開きたい
前田は
極真空手の大山倍達の弟子達のように
アメリカで空手の道場を開きたいという夢を持っていた
大学受験に失敗した後は
アメリカに行く金を貯めるためアルバイトに明け暮れた
佐山聡との出会い
あるとき
前田日明が先輩と公園で練習していると
佐山聡(初代タイガーマスク)がきて聞いてきた
「それはキックですか、空手ですか?」
そしてその後、1週間、
前田と佐山は道場で一緒に練習した
「佐山さんは 身長は小さかったですけど サイコロみたいに横幅がありましたし もう組んだらポーンって投げられてどうしようもなかったですね 「力は凄いなぁ」と思ってね」
http://www.excite.co.jp/News/reviewbook/20150630/E1435600822682.html?_p=3「アリの弟子にしてあげる」という口車に乗り、新日本プロレスへ入門した若き日の前田日明 - エキレビ!(3/4)
当時、佐山聡は
アントニオ猪木の付き人やっていて
大阪で出会った前田日明のことを話した
猪木はそのことを新日プロレスの営業部長だった新間寿に話した
そして新間は前田日明を新日本プロレスに勧誘した