室伏広治の学生時代「アジアの鉄人」と呼ばれた父親とやり投げの「幻の世界記録保持者」によって覚醒。

室伏広治の学生時代「アジアの鉄人」と呼ばれた父親とやり投げの「幻の世界記録保持者」によって覚醒。

ハンマー投げは、パワー×技×精神力、そして人間の本能を呼び覚ませ!!!


投てき種目は、砲丸投、円盤投、ハンマー投、やり投の4種目があるが、国体で行われるのは2種目だけで、砲丸投とやり投、円盤投とハンマー投が交互に行われていた。
そのため室伏広治が高校3年生のとき、国体はハンマー投げがなかった。
埼玉県立鴻巣高校に進んでから、やり投げが専門になった照英は、インターハイで70mを投げるのではないかと期待されていたが、ケガで記録が出ず、国体で雪辱を果たそうとしたがうまくいかず、出場を断念。
そんな状態で国体が行われる山形県に行き、体が大きくなった室伏広治に会って、
「北斗の拳のケンシロウみたい」
と驚いたが、
「やり投げ投げられないから、教えてよ」
といわれ、さらにビックリ。
「身体能力がすごいから、千葉県の点取り屋さんとして「やり投はどうだい?」という話になったみたいで。
試合前日だったと思うんですけど「教えてよ」といわれて、「こんな感じ?」「ああ、そんな感じ」と。
そのぐらいのやり取りしかしてないんですが、私も「うまいねー!」とかいっていましたね」
翌日の本番、照英いわく、
「助走もグジャグジャで、コウジだけ操り人形みたいだった。
でも最後の2、3歩だけタタタタと走って、バンッと。
それでビューンと飛んで・・・・」
という室伏広治のやりは68m16も飛び、2位。
1位は、赤嶺永啓(沖縄県立久米島高等学校)の68m42で大会新記録。
室伏広治の記録は優勝してもおかしくないレベルで、実際、その後、25年間、千葉県高校記録となった。
照英は、度肝を抜かれた。
ハンマー投ですごい記録を出しながら、100mを10秒台で走り、成田高校のリレーの選手としてインターハイに出たり、跳び方が上手なわけじゃないのに立ち幅跳びや立ち三段跳でも1番で、体力テストのハンドボール投げで野球部員でも45mを投げることができれば強肩といわれる中、65m以上を投げる室伏広治に、
「自分たちは一体何のためにトレーニングしているの」
と思い、その悔しさをバネに数ヵ月後、70mに到達した。
ちなみにこの第47回国民体育大会のスローガンは、「思いっきり躍動 21世紀の主役たち」で、
松井秀喜(野球)や華原朋美(馬術)も出場していたが、この後、みんな思い切り躍動した。

室伏広治は、父、重信が勤務する中京大学に進学。
数年前、大相撲の若花田と貴花田が藤島部屋に入門するとき、3階の自宅から着替えが入ったバッグを持って2階の大部屋に移り住み、以降、涙を流して見送る母親の藤田憲子を「お母さん」ではなく「女将さん」、父親を「お父さん」ではなく「親方」「師匠」と呼ぶようになったのをテレビでみていた室伏広治は、父、重信に、父子の関係を絶って指導を仰ぐべきか質問し、
「角界と大学の陸上部は違う。
ハンマー投げの技術は、むしろ親子だからこそ伝わる微妙なニュアンスがある」
といわれた。
しかし父親がコーチであることに窮屈さを感じ、いうことをきかない反抗期に突入。
結果、大学1年生のときに椎間板ヘルニアになり、
2年生になって練習再開したが、
「自分のやりたいトレーニングをして記録を伸ばしたい」
とウエイトトレーニングを開始。
父、重信は、
「ウエイトトレーニングはやり方を間違えると取り返しのつかないことになる」
といってやり方を教えようとしたが、室伏広治は、聞く耳を持たず我流で取り組んだ。
その結果、強引に腕で振り回す投げ方になり、日本選手権は、64m10で3位。
高校の記録、66m30に及ばない記録に室伏広治は、初めて
「ハンマー投げをやめよう」
と思った。
そんなときにやり投げの溝口和洋に
「一緒に練習をやらないか」
と声をかけられ、ワラにもすがる思いで飛びついた。


溝口和洋は、やり投げでオリンピックに2度出場。
現在(2024年)でも破られていない日本記録保持者で、幻の世界記録保持者でもあった。
和歌山県の農家の長男と生まれ、格闘技が好きだったので中学校で剣道部に入ったが
「防具つけてメンメンいうだけでアホらしい」
と2ヵ月で退部。
その後は将棋部に入り、中学校3年生のときにNHK教育テレビで「やり投げ教室」をみたのをきっかけに高校では陸上部に。
普通に練習をして、たまにサボって彼女とデートするような部員だったが、高校3年生のときにパンチパーマでインターハイに出場して、6位になり、国体でも、2位。
陸上部顧問の勧めで京都産業大学へ進学すると、いきなり全国大会優勝を狙える70m台を出したが、肘のケガで大学2年生と3年生は活躍できず、大学4年生になるといきなり79m58の学生記録。
その後、82m超えを3度も投げ、ロサンゼルスオリンピックの日本代表になったが予選落ち。
東京での解散式が終わった後、
「エラい失敗してもた」
と日本代表のブレザーを丸めてゴミ箱に捨てた。
「ロスで初めて外人と試合したんやけど、そのときあいつら大した練習してないことがわかった。
身体能力だけで投げてる感じで技術的には未熟や
それがわかったからわしにも可能性があると思った」


大学卒業後、ゴールドウィンがスポンサーになり、引き続き京都産業大学で好きなだけトレーニングできるようになった溝口和洋は、世界との差を
「負けているのはパワーだけ」
と分析。
「だったらそれをつけたらええだけや」
と規格外のウエイトトレーニングを開始した。
行うウエイトトレーニングは、全部で30種目。
その中から1日12種目ほどを選び、4時間以上、ウエイトトレーニング。
やり投げの技術練習を2時間ほど行うため、1日6時間がノルマで、最長練習時間は12時間。
「ホンマは24時間やりたかったけど、さすがに無理やった」
というが、12時間トレーニングした後、2、3時間休んで、さらに12時間練習したこともあった。
ウエイトトレーニングをした後、
「補強」
として懸垂や逆立ち歩きを行うが、
「懸垂はMAX、できる限り回数をやる。
例えば懸垂を15回できるのなら、それをできなくなるまで何セットでもやり続ける。
間に休憩を入れても良いが、5分以上、休むことはあまりない。
初めは反動なしでの懸垂だ。
この懸垂ができなくなった初めて、反動を使っても良い。
それでもできなくなったら、足を地面に着けて斜め懸垂をやる。
ここまでくると指先に力が入らなくなり、鉄棒を握ることすらできなくなっている。
ベンチをやっているときから、シャフトを強く握っているからだ。
しかしここで止めては、100%とはいえない。
そこで今度は、紐で手を鉄棒に括りつけて、さらに懸垂を行う。
ここまでやらないと、外国人のパワーと対等には戦えないのだから、無理は承知の上だ」

「わしのウエイトは、とにかく毎日MAXを挙げるだけ。
だいたい疲労ってなんやねん。
そんなもん根性で克服できる
死ぬ気でやったら人間、不可能はない」
「オーバートレーニングってなんやねん。
そんなもん気持ちの問題や。
その日は疲労困憊でバーベル挙げられなくなっても次の日にはまた挙げられるやろう。
それやったら挙げたほうがエエいうことや」
「120~140%、つまり体力的限界を超えているわけだが、そこは精神、俗にいう根性でカバーする。
毎日、火事場の馬鹿力を無理やり出せばよいだけのこと」
「ホンマにこれでエエんか、エエんかって自問自答しながら限界まで練習した。
練習中に死んでもエエと思った。
1回、ウエイトしているときにブアッと冷や汗が出て倒れたことあったけど、コーラ飲んで少し休んで、また練習再開じゃ」
などと圧倒的なウエイトトレーニングをこなしつつ、食事は
「ホカ弁にラーメンライス」
で海外ではハンバーガーばかり食べて、
「食事なんかしっかり食っときゃ、それでええ。
後はプロテインとビタミン剤で十分」

練習後は後輩を引き連れ、タバコを吸いながら一晩でウィスキ1、2本を軽く空け、
「酒はホンマは嫌いなんや。
ストレスがたまっとったから、よく飲んどったけどな。
女も面倒くさい。
アレは口説くまでが楽しいんや」
仲良しこよしを嫌い、気に入らない選手のことは、
「やりで突き殺したろか」
マスコミも
「トレーニングの苦労も知らないで好き勝手書いては他人の話でメシを食う」
と嫌い、いい加減な記事を書いた記者を国立競技場で追い回してヘッドロック。
日本陸上競技連盟のことも
「陸連ってなんやねん。
何もしとらんくせに金ばっかり持っていきよる。
わしのCM出演料なんか、ほとんど陸連が持って行ったんやぞ。
人の足ばっかり引っ張りよるし、アイツらただの金取り団体やないか」

ロサンゼルスオリンピックで予選落ちした2年後、アジア大会で76m60を投げて、金メダル。
さらに翌年、世界陸上で、80m24を投げて6位。
ソウルオリンピックのメダル獲得を期待され、常々、
「日本記録なんか、どうでもいい。
記録には2つしかない。
世界記録と、自己ベストだ」
といっていた溝口和洋は、
「ソウルでは当然、金メダルです」
と宣言。
しかし1988年のソウルオリンピックで予選落ち。
4年間ほとんど休まずにトレーニングを続けてきた溝口和洋は、帰国後、しばらくの間、酒浸りになったが、
「アカンかったやないか」
といわれ、トレーニングルームへ直行。

復讐に燃える溝口和洋は、ソウルオリンピックの翌年の初戦、4月に北九州で行われた大会で2投目に85m22を投げ、自身の持つ日本記録を1m以上更新。
さらに翌月、世界トップの選手が集まる国際グランプリシリーズに日本人として初めて参戦。
国際グランプリは、欧米の17箇所を転戦し、大会のランク、記録、順位がポイント化され、ワールドランキングが更新され、シリーズ終了後、累計ポイントでチャンピオンを決定する。
世界各国から様々な選手が参加し、入賞者には賞金も出た。
「陸連はなんも知らんから海外遠征のときにそういう試合があるて聞いて参加を決めたんや。
賞金のこと報告なんかしたらアイツらにとられるから黙って自分で受け取って使った」
という溝口和洋は、ゴールドウィンに英語を話せるトレーナーをつけてもらい、旅費など金銭交渉は自分で行った。

5月17日、国際グランプリシリーズの初戦「ブルースジェンナークラシック競技会」がアメリカ・カリフォルニア州サンノゼで開催。
やり投げは、まず3回投げ、上位8人に入れば、さらに3回投げることができ、合計6回投げ、最高記録を競う。
溝口和洋は、1投目に80m24。
2投目は、84m82で、大会新記録。
3投目は、ファウル。
そして4投目、
「究極の一瞬を捉えた」
という一投は、計測後、
「87m68」
とアナウンスされ、ヤン・ゼレズニー(チェコ)の持つ世界記録87m66を2㎝上回る世界新記録。
「New World Record!!」
興奮した場内アナウンスが流れ、場内は騒然。


しかし喜んだのも束の間、なぜか再計測が行われ、ビニール製のメジャーが細くなるほど強く引っ張られ、出た記録は、
「87m60」
と8㎝も短縮。
F1に参戦し、
「ホンダエンジンなくしては総合優勝を狙えない」
とまでいわれた本田技研工業が、FIA(国際自動車連盟)会長、ジャン=マリー・バレストルに、
「F1にイエローはいらない」
と屈辱的な言葉を浴びせられたのが数年前。
アメリカやヨーロッパには白人至上主義が存在していて、この再計測も、恐らく人種差別的な意図があった。
あまりの横暴に抗議したが聞き入れられず、溝口和洋は、
「まあこんなもんでええか」
といって着替え始めた。
「冷静に考えると、いくら安物のメジャーを引っ張ったとして、それで8cmも縮むわけがない。
恐らく芝生にいた計測員が、再計測のとき、故意に着地点をわずか手前にズラしたんちゃうか。
そら悔しないいうたらウソになるけど、このときは『そっちがその気やったら数センチじゃなく、もっと大幅に更新したるわい』と思うたんや」
この87m60は、もちろん日本新記録となり、現在(2024年)でも破られていない。

アメリカで自己ベストを2m以上も更新し、世界歴代2位の記録を出した溝口和洋は、翌6月、日本選手権に出場。
試合前日の深夜まで飲み、一睡もしないまま国立競技場へいってタバコをふかした後、81m70を投げて優勝。
「一応、気つかって外で吸うたんやけどな」
7月のロンドン国際グランプリでは、放った6投がすべて80mを超え、85m02で優勝。
その後もヨーロッパを転戦。
ポイント上位者のみが参加できる国際グランプリシリーズ最終戦は、モナコで行われ、日本人として初出場し、このとき発行された国際陸上競技連盟の機関紙「IAAFマガジン」の表紙は、溝口和洋だった。
国際グランプリシリーズ最終戦で、180㎝の溝口和洋は、83m06を投げたが、198㎝のスティーブ・バックリー(イギリス)に敗れて2位。
ちなみに3位のシグルズル・エイナルソン(アイスランド)は、188㎝だった。

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