松任谷由実
デビュー当初を別にすれば、現在に至るまで常に飛ぶ鳥を落とし続けているユーミンこと松任谷由実。なのですが、そんなユーミンにも低迷期があるんですよね。
それは78〜80年の間だと言われております。何故そんなことになったのかと言えば、1976年11月に4枚目のアルバム「14番目の月」リリースとほぼ同時に松任谷正隆と結婚し、ユーミンは一旦表舞台から姿を消すんですね。
これが痛かった!それまではアイドル的な側面もありましたから結婚によって人気に陰りが出たと、そうゆうことではないかと思われます。
ここからしばらく冬の時代が訪れるわけですが、その間の作品を改めて聴いてみると、なんで売れなかったのかねぇと言うぐらいに相変わらずクオリティが高いんですよ。
紅雀
荒井由実から松任谷由実となって最初のアルバム、それが1978年3月5日にリリースされた5枚目のアルバム「紅雀」です。
結婚後初のアルバムなんだからハッピーな作品を期待したファンは多かったのではないでしょうか?しかし何故かこのアルバムはジャケット同様にシブい。はっきり言うと地味。ユーミンらしくないとも言えます。そもそものコンセプトが悪かったのか、プロデューサーの松任谷正隆は叩かれまくり、終いにはユーミン自身も「これ以上はないほど地味な作品」と仰ってます。
まぁ、問題作ですよねぇ。

紅雀
「紅雀」がユーミンのアルバム史上どれだけ地味だったのかというのは、10枚目のシングルとしてアルバムと同時発売された「ハルジョオン ヒメジョオン」を聴くと分かるかもしれません。
ご存じない方も多いと思われるシングルですので、2008年3月にリリースされた「ReleaseYUMING SPECTACLE SHANGRILA Ⅲ~A DREAM OF DOLPHINE」からですがお聴きください。
後々まで歌い続けているわけですから本人は気に入っているのでしょうね。勿論悪い曲ではない、が、やっぱり地味ですよねぇ。それをまたなんでシングルにしたんだ!と言う思いは拭えません。
なにも新婚早々こんなものを作らなくてもと思ってしまいます。因みにオリコンで最高80位、やっぱりなぁという感じの順位ではあります。
このアルバムから売り上げが低迷したというのも納得で、これ聞かされた日には誰だって結婚は失敗だったんじゃないのかと勘繰ってしまうほどの地味さ加減です。
流線形'80
“これじゃいけん”と思ったか、「紅雀」にに続いて1978年11月にリリースされたアルバム「流線形'80」はまさにユーミン・ワールド全開で会心の出来となりました。これで低迷期なんだと驚くばかりの名盤ですよ、これ。

流線形'80
このアルバムがいかに充実しているかと言うのは、冒頭の3曲「ロッジで待つクリスマス」「埠頭を渡る風」「真冬のサーファー」を聴いてみると分かります。ユーミン、ノリノリ。
シングルカットされたのは1978年7月に「入江の午後3時(カップリング:静かなまぼろし)」、1978年10月「埠頭を渡る風(カップリング:キャサリン)」の2枚です。
それでは、松任谷由実 Yumi Matsutoya ライブレコーディング(1979年)「埠頭を渡る風」を聴いてみましょう。
なんで売れないかなぁ、これ。ノスタルジックなジャケットがいかんかったか?内容は充実しているんですけどね。
ところで、1978~81年までユーミンは毎年1年に2枚のアルバムをリリースしているんですよ。
OLIVE
前2枚のアルバムとは打って変わって1979年7月リリースの「OLIVE」のアルバムジャケットはヨーロッパの雑誌のようなデザインで、とてもオシャレ!ユーミンはこうじゃなくっちゃねの見本のような出来栄えです。

OLIVE
シングルカットされたのは「帰愁」。なんですが、何でもユーミンはこの曲が嫌いなんだそうです。
だからなのかは分かりませんが、YouTubeにもアップされていません!よっぽど嫌いなのでしょう。いい曲なんですけどねぇ。
仕方がないので、6年後の1985年11月に、研ナオコがカバーしたバージョンを聴いてみてください。
このアルバムの特徴としては提供曲、他のアーティストにカバーされた楽曲が多いという事が挙げられます。
「青いエアメイル」カバー:今井美樹
「最後の春休み」ハイ・ファイ・セットへの提供曲。カバー:伊藤麻衣子、千菅春香
「甘い予感」アン・ルイスへの提供曲。カバー:ザ・リリーズ、井上陽水 他
「帰愁」カバー:研ナオコ
「冷たい雨」バンバンへの提供曲。カバー:ハイ・ファイ・セット、倉田まり子 他
「風の中の栗毛」堀川まゆみへの提供曲。
なんと6曲も!実に半分以上ですね。これって名曲含有率の高さを示しているのではないでしょうか?
悲しいほどお天気
カメラ目線。こちらをキッとにらんだユーミンが凛々しくもあり怖くもあるアルバム「悲しいほどお天気」は1979年12月にリリースされました。
このアルバムジャケットで気になるのはカメラ目線よりも指ですね。細く美しい指ですが、なんか変なポーズ(特に左指)です。
何をしようとしているところなんでしょうかねぇ?カメラマンからの指示なのか?それともユーミンの癖か?何とも不思議なポージングのアルバムジャケットです。

悲しいほどお天気
それにしても「悲しいほどお天気」とは良いタイトルですよねぇ。女性でなくても、ファンじゃなくても「なんかその気分わかるわ~」と納得してしまうタイトル。天才と言ってしまえばそれまでですが、詩人ってことなんでしょうねぇ。
このタイトル曲も素晴らしいのですが、このアルバムで聴くべき曲は何と言っても「DESTINY」でしょう。この歌詞はユーミンにしか書けないと思います。ちょっとスゴイ!
「YUMI MATSUTOYA CONCERT TOUR 2011 "Road Show」より
「ジャコビニ彗星の日(The Story of Giacobini's Comet)」「影になって (We're All Free)」のように、このアルバムには英語のサブタイトルが付いています。
何故か?英語のタイトルが詩の内容を補っているようでもありますが、いやいや深読みは禁物。当時のユーミンは単にそんな気分だったという事でしょう。
時のないホテル
そしていよいよ80年代に突入!1980年6月「時のないホテル」リリース。このアルバムもまた「OLIVE」同様に提供曲、カバーされた曲が多く収録されています。「OLIVE」との違いはテーマが重く暗い!死に関わる楽曲もありますが、だからと言うわけでもなくヘビー!
が、「紅雀」のように地味な感じはしません。

時のないホテル
このアルバム先述のとおり、暗いし重いです。それでも今となっては人気があるんですよね。不思議と言えば不思議、ユーミン・マジックですよ。
シングルになったのは「よそゆき顔で」です。但しこの曲、通算14枚目のシングル「ESPER」のB面です。このアルバムに「ESPER」を入れなかったのは、もしかするとポップ過ぎたのが原因なのかもしれません。アルバムの中では浮いてしまいそうですからね。「ESPER」イイ曲なんですけどねぇ。
「1982年ユーミン・ビジュアル Vol.2」より
収録曲で注目すべきは「コンパートメント」です。コンパートメントとは個室型乗客席を指していてヨーロッパの列車にはよくあるのだそうです。
この曲のどこに注目すべきかと言うと、メインボーカルの使用音としては最高音にあたるF5(二点ヘ)が中間部に出てくるんですね。しかも7分16秒と、ユーミンのオリジナル曲では最長の演奏時間となっています。
あ、因みに、この曲のテーマは睡眠薬自殺です(重い)。
SURF&SNOW
同じようなアルバムばかり作っていたら飽きられてしまうと考えるのかもしれませんね。なので「紅雀」や「時のないホテル」のようなアルバムを作ってしまう。
で、「紅雀」の次のアルバムが「流線形'80」だったように「時のないホテル」の次は、お待たせしましたユーミン・ワールド全開の「SURF&SNOW」です。1980年12月のリリースでした。

SURF&SNOW
アルバムジャケットからも分かるように、幸せいっぱい、一家に一枚のハッピーなアルバムです。このアルバムからは一曲もシングルカットされなかったものの、「恋人がサンタクロース」や「サーフ天国、スキー天国」など、どの曲をシングルにしても良かったんじゃないのと思えるほど粒揃い!
でもまぁ、ここはやっぱり「恋人がサンタクロース」でしょうかね。知らない者はいない程、12月の定番ソングになってますよね。
なんかこの動画のユーミンはいつになくカワイイです。更に、2コーラス目から前面に出てくる高中正義も良い感じ!
如何でしたか?これが売れなかった頃のユーミンってんですから恐れ入りますよねぇ。興業的には低迷期と言われつつも、10~20万枚は売れてたってんですからビックリですよねぇ。
結婚を期に荒井由実ブームが下火になりました。改名というのも影響あったでしょう。しかし、全盛期に比べると売り上げは大幅に減退したとはいえ、10~20万枚って普通だとヒットですからねぇ。なんの問題もない売上でも低迷と言われてしまうユーミン、恐るべしです。