西川のりお  それは高3の夏休み、同級生からの1本の電話で始まった。

西川のりお それは高3の夏休み、同級生からの1本の電話で始まった。

西川のりおの師匠は、なんと西川きよし。超マジメで超厳しいが一生ついていきたいきよし師と超メチャクチャで超面白い、でもついていけないやすし師。強烈な師匠に挟まれ、育まれた過激な弟子時代。


西川のりおがと田中は、西川きよしが自分たちのことを思っていてくれたことがうれしくて、再び花月に通うようになった。
花月の正月興行は、12月31日の大晦日が初日。
素人名人会を3日後に控えた西川のりおと田中は花月に行って、初日の出番を待つ西川のりおと横山やすしに挨拶。
そして西川きよしにカッターシャツを着せ、ズボンにベルトを通し、はきやすいようにズボンの前を持って渡し、靴と靴ベラを用意し、最後に後ろから上着を着せた。
「師匠、出番1本前です」
といわれると西川きよしは早めに舞台袖へ向かった。
横山やすしは、
「横山が8時45分に行くから、即飲めるように。
即やで」
「大晦日?
関係ない。
スタンバイOK」
「何が年末や。
帰って狭い家掃除するだけやろ」
と電話をしまくり、仕事後の段取りをしていた。
「デンデン」
と囃子が鳴って、落語家が舞台を降りたのがわかり、西川のりおは
「やすし師匠、出番です」
「ナンギやなあ。
小便でけへんかったがな。
もう満タンやねん」
西川のりおと田中は、袖から舞台を見学した
終わると舞台を降りてきた師匠におしぼりを渡し、楽屋に戻ると師匠の舞台衣装をハンガーにかけ、クツを片付け、私服を着せる準備。
「エラい年末やった、来年もよろしく」
横山やすしは足早に楽屋を出た。
「今年はありがとうございました。
来年もよろしくお願いします」
西川のりおと田中があいさつすると、西川きよしは
「こちらこそよろしく。
来年はいよいよ高校卒業やなあ」
と優しい言葉を残して去っていき、西川のりおは
(明日も新年のあいさつで花月に来んとアカンな)

その夜は寝つけないまま、元旦を迎え、田中と待ち合わせしているうめだ花月前へ向かい、西川きよしがやってくると
「明けましておめでとうございます。
昨年はいろいろお世話になりました。
今年もよろしくお願いします」
「今年もガンバロ」
正月興行の花月は、琴の音が流れ、門松や羽子板、タコ、獅子舞などが飾られていた。
楽屋に入ると明らかに酒臭く、西川きよしも先輩芸人にすすめられ、湯呑茶碗で日本酒を飲み干した。
すると横山やすしが入ってきて
「明けましておめでとうございます。
昨年は・・・・」
「長い長い。
アイサツはショートに」
すでにどこかで飲んでいるようで
「やすし君には酒すすめんといてな。
これ以上飲んだら舞台で暴れ出すか寝てまうかどっちかや」
「かなんやろ、この男。
じきブレーキかけんねん。
人がアクセル踏もうとしてんのに」
この日の舞台衣装は羽織袴だったので手伝いはできなかった。

漫才が終わり
「お疲れさまでした」
というと
西川きよしは
「オーッ、お疲れさん」
といってポチ袋を差し出し、ためらう西川のりおに
「お年玉や」
といい、目で
『もらっとけ』
と促した。
「ありがとうございます」
西川のりおは表彰状をもらうように深々と頭を下げて受け取った。
「俺はお年玉はやらん主義やねん。
その代わり大人になったら酒飲ましたる」
「君らも、今日は正月やし早よ帰ったり」
花月の帰り、西川のりおと田中は喫茶店へ。
コーヒーを頼んで、きよし師匠の前ではご法度のタバコを吸った。
「お年玉もらえるとは思わんかったな」
丁寧に
「きよし」
と書かれたポチ袋を開けると5千円も入っていた。
昭和45年当時、大卒の初任給が平均5~6万円。
西川のりおは、金額の大きさも、西川きよしの気持ちもたまらなくうれしく
(この金は貯金しよう)
と決めた。
「今もこの金は貯金通帳に残っている」

家に帰り、コタツでミカンを食べながらテレビを観ている母親に
「きよし師匠にお年玉もろてん」
といったが、
「そうか。
それはよかったな」
と振り返りもせずにいわれた。
翌日、花月にいって、西川きよしにお年玉のお礼をいうと
「お父さんとお母さんは、弟子入りするのになんといってはるんや」
西川のりおはバツが悪そうな顔で
「オトンとオカンは師匠のところに来てるの本気にしてません」
「正式に決まったら両方にお家にあいさつに行くから今はもうこれ以上いわんとき」
「ありがとうございます」
「君ら、明日ここから生で名人会やろ。
俺もできる限りみたいと思てたんやけど、ちょうどその時間、他局の生放送にいかなアカンねん。
お客さんはいっぱい入ってるけど雰囲気にのまれんようにしいや。
ヤンタンとは客層がちゃうから、同じネタでもゆっくりしゃべりや」
「はい、ありがとうございます」


1月3日、西川のりおは、金ボタンの黒いジャケットにグレーのスラックスを着て、花月へ。
お揃いの服を着た田中と合流し、中に入ると、売店のオバちゃんに
「ちょっとアンタら何やのん」
「名人会に出るんです」
「へえ、きよっさん知ってはるの?」
「ちゃんといってます」
そのやりとりを不思議そうな顔でみているテレビ局の担当者に
「出演者の皆さん、こちらへお集まりください」
といわれ、ロビーへ移動。
そこにベテラン漫才師がやってきて
「今日出るらしいな。
キー坊から聞いたで」
といわれた。
テレビ局の担当者は、西川のりおと田中が親しげに話す様子をみて、
「君ら、プロやないんやろな。
西川きよしさんのお弟子さんか?」
西川のりおと田中は
「プロでも弟子でもないんです。
いつも優しくしていただいているだけです」
「ファンやいうたら大事にして相手にしてくれてはるんです」

素人名人会の出場者は、幼稚園くらいの女の子の日舞や大学生の落語、70歳を過ぎた男性の民謡、OLの歌などの面々。
ほとんどの出場者に身内や友人がついていたが、西川のりおと田中は、運転手をしてくれていた友人を呼ばなかった。
西川きよしに注意され、
「浮かれている場合ではない」
と改心した結果、自然と声をかけなかったのである。
しかし
「名人会出るからみとってや」
と周囲の宣伝は盛大に行っていた。
収録が始まると、西川のりおの精神状態はナチュラルでノリノリだったヤンタンのときと違い、ドキドキ動機を感じるほど緊張。
田中も落ち着かずに同じところをグルグル歩き回っていた。
「次ですから来てください」
スタッフに促され、舞台袖へ。
西川のりおは
「いつも通りいこう。
大丈夫や」
といったが、その声は裏返り、全然大丈夫ではなかった。

「さあ、次は高校生で漫才。
それではお願いします」
司会者のコールの後、舞台中央へ走った。
「ドライブいこか」
「かわいい女の子が歩いてくるな」
いつものドライブネタだが、満員の客席から笑いがまったく起こらない。
誰1人笑っていない状況に焦り、早口になってどんどんネタを進めていき、
「もうエエわ」
という田中のセリフで漫才が終わったが、客席は
「シーン」
と張り詰めたような静けさだった。
司会者が出てきて
「友達同士なんでっか?」
審査員をしていた落語家は
「テンポが早いのと間がないのを取り違えて、お客さんがどこで笑ったらええかわからんようになってしまい、演っている自分らだけが何回も練習してはるんでわかってネタをやってるつもりが、お客さんは意味が解らんかったんちゃいまっか」
西川のりおは、恥ずかしくて背中を丸めながら袖へ引き上げた。
人前でネタをして初めてイヤな気分になった。
「君らプロかと疑っていた人間が、ザマアミロといわんばかりに口元に薄ら笑いを浮かべていた」

西川のりおは何時間も一言もしゃべらず、西川きよしが花月にくるのを待った。
18時過ぎ、やってくると
「お疲れ様でした」
「お疲れさん。
名人会どやった?
ガツンといかれたか」
西川きよしに観ていたかのようにいわれ、西川きよしと田中は顔を見合わせた。
そして自分たちと同じ舞台に上がったやすしきよしは、同じ客を大爆笑させた。
「さあボート仲間の新年会や」
横山やすしはサッサと楽屋を出ていった。
「どうやってん」
座布団に座った西川きよしに聞かれ
「まったくダメでした」
「いうた通りになったやろ。
金払ったお客さんのところで、そんなかんたんにウケへんよ。
プロのもんでも前座のときはウケへんねんから。
アガったやろ?
雰囲気の飲まれて早口になってしまって、なにいうてるか客がわからんかったんやろ。
素人と玄人はそこが根本的に違うんや。
まあ素人でいろいろ出たりするんは今日で卒業や。
いよいよこの世界に入る心の準備をしとかなアカンで。
君らが想像したり思てる世界とは違うから。
それだけはくれぐれもいうとくで」
西川のりおが家に帰ると家族がコタツに入ってテレビを観ていて
「ただいま」
というと
「お帰り」
と返してくれたが誰もこちらをみない。
しばらくして母親が
「あんまり大きいこといわんほうがエエで。
お前がテレビ出るいうから、あっちこっちに電話したのにエラいカッコ悪いわ」
というと父親が
「アホ、テレビ出れただけでも大したもんや」

正月が終わって3学期が始まると、学年末テストが西川のりおの頭痛の種となった。
1年生、2年生と多くの科目で追試を受けて、
「絶対に点数は足りていないが、おそらくオマケかお情け」
でかろうじて進級してきた。
進路指導の面接で
「これからどうするつもりや」
と聞かれ
「僕大学はやめときますわ」
と答え
「誰がいつ大学いくの勧めた。
それより卒業できるかどうか心配したほうがエエぞ」
「はい」
「もし卒業できたらどうすんねん」
「家の運送屋、手伝います」
「それがエエ。
そのためにも学年末テストは死ぬ気でがんばらんと」
高校に行っていない西川きよしにも
「なんかチラッと聞いたけど、成績悪いモンばっかり集めて、もう1回試験受けなアカンのがあるらしいな。
まさか君ら、そんなんはないやろ。
そんなん受けなアカンかったら弟子はいらんで」
と笑いながらいわれ、西川のりおは
「もう捕まる寸前の犯人のようにハラハラを越えた状態だった」

そして西川のりおは思った。
「やるべきことは1つ。
カンニングしかない」
今さら勉強しても点数が取れないのは明白だった。
左右斜め前の席の2人がクラスでトップクラスの成績を誇っていたのが幸いだった。
学年末テストの1週間前、2人に
「俺、実は弟子入りすんねん。
そやけど追試ウケるんやったらアカンいわれてるねん。
テストのとき、答案チラッとみせてくれへんか。
お前には他にも工業製図書いてもろたりしてホンマ世話になったけど、コレが最後の頼みや。
俺もできる限り試験勉強はする。
なあ助けて。
お願いや」
「しゃあないな。
バレへんようにやってくれよ。
バレたら全科目0点になった上、停学やからな」
西川のりおが家で試験勉強を始めると母親に
「時季外れの台風来るんちがうか」
「なんか悪いことでもしたんか」
と本気で心配された。

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