西川のりお  それは高3の夏休み、同級生からの1本の電話で始まった。

西川のりお それは高3の夏休み、同級生からの1本の電話で始まった。

西川のりおの師匠は、なんと西川きよし。超マジメで超厳しいが一生ついていきたいきよし師と超メチャクチャで超面白い、でもついていけないやすし師。強烈な師匠に挟まれ、育まれた過激な弟子時代。


西川のりおの本名は、北村紀夫。
父親は、大阪の商店街で自転車を営んでいて、西川のりおいわく
「客にダマされてばかりのお人好し」
片や母親は、
「銭がないのは命がないのと一緒や」
という経済主義。
結婚したときの持参金(嫁から婿に払うお金。婿から嫁に払うお金は「結納金」]を自転車屋の客に貸しつけて、西川のりおは
「ボンのオカンは取り立てがキツい」
といわれたことがあった。
顧客の1人、運送屋が倒産し、債権者会議で1番多く貸していた母親が代表となって会社の建て直しを行うことになった。
つまり運送屋もやっていた。
「ガメツいオカンで、中元でもらったカルピスも1年経ってから飲むんです。
色も白から黄色にニゴってましたよ。
おまけにそれを6倍じゃなしに10倍以上に薄めるんですよ」
兄2人、姉2人がいる末っ子で、長女は13歳上。
同じ部屋の4歳上の次女は、小4で芸能プロの入り、テレビドラマのエキストラなどをしたが、18歳から観光バスのバスガイドになった。

小学校の成績は5段階中、オール3。
字も絵もうまくなく、水泳のクロールと走るのが少し速い以外は、フツーだった。
ハナ肇、植木等、谷敬らが所属するお笑いジャズバンド、クレイジー・キャッツが大好きで、父親のステテコと腹巻を着て、鏡の前でモノマネをしていた。
クレイジー・キャッツは、毎年5月、大阪、梅田コマ劇場で1ヵ月間行っていたため、小3のとき、お年玉を無駄使いしないように温存し、友人と観にいった。
その友人は、近所に住む、人見知りで小声でボソボソとしゃべる荒物屋の次男坊で幼稚園からのつきあいだった。
大卒の初任給が10000円、高卒が8000円、中卒が5000円くらいの時代に、B席、550円を買った。
公演は1日2回あったが、観たのは16時開始の2回目。
芝居の後、歌謡ショーがあって、終わるのは20時くらいだった。
B席から舞台袖がみえ、暗いところで出演者が見え隠れし
「あの木下藤吉郎が植木等や」
「あれはハナ肇やろ」
とハシャギまくった。
女性出演者は化粧が濃く、イイ匂いにしてきて
「オカンや姉や近所の人と違って、出てくる人がすべてキレイにみえ、そっちの方のトキメキも多かった」
小3、小4と一緒に観にいった友人が、小5になると
「俺、今年からクレージー、もう行けへん」
といったため、1人でコマ劇場へ。
梅田の阪神百貨店の地下で1枚20円のイカ焼きを3枚購入。
「卵が入ってるのが20円、入ってないのが10円。
なんかハリこんだみたいな気分になった」
がB席に座ると、周囲はガランとしていて、大きな2階席もまばら。
全体的に空席が多く、全盛期に比べて観客数は減っていた。

公演後、コマ劇場の周りをウロついていると出演者が出てきて
「お疲れさんでした」
と声をかけ合うのを目撃。
そのうち取り巻きに囲まれながらクレイジーキャッツが出てくると
「お疲れ様でした」
に変化。
その中に大好きな植木等を発見。
テレビや舞台以外で初めてみたナマ植木等は、数人に囲まれながら、停めてあった黒塗りの車に乗り込んだ。
とても近づけないようなコワい空気があった。
小6の5月も1人でコマ劇場にいき、公演後、昨年覚えた楽屋口に行くと前年同様、舞台に出ていた出演者が次々と出てきた。
そして植木等が現れ、
「どれくらいかかる?」
スペアタイヤを取り付けていた付き人は
「10分もかからないです」
と返事。
1分、2分とタイヤ交換作業が進んでいくうちに
「何がそうさせたのか自分でもわからない」
という西川のりおは、進み出て、
「弟子にしてください。
毎年コマ観に来てるんです。
僕オモロいから弟子にしてください」
植木等は、学校指定の半ソデ半ズボンを着用した西川のりおをみて
「まだ小学校か中学校だろう」
「小学校です」
声を裏返しながら答えると、植木等はその緊張で固まる肩に手を乗せ、低い声で
「坊主、そんなことよりも勉強しろ」
そして
「直りました」
と付き人がいうと車に乗って去っていった。
西川のりおは
(植木等がオレにしゃべってくれた)
と心の中で叫んだ。
断られたことなど、どうでもよかった。
数年後、テレビを観ていて
「この人、どっかで見た顔や」
と気づいた。
タイヤ交換をしていた付き人が小松政夫という名前で笑いをとっていた。

中学校に入ると、剣道部や水泳部に入ったが長続きせず帰宅部に。
勉強もスポーツもせず、夜ゴハンを食べてから荒物屋の友人と自転車に2人乗りで、6㎞離れたナンバへ。
そしてビル3階にある映画館の男子トイレの窓から忍び込み、ガラ空きの2階の指定席でタダ観した。
もちろん最初から観ることはできず、映画館の人間のガードが甘くなる時間帯、
「2時間の映画なら1時間か1時間半以上は過ぎた頃」
に入った。
それでも
「ガラガラの座席にコソッと座ると小さい山に登ったような満足感があった」
映画館でタダで入るスリルと快感に酔いしれながら、ジョン・フォード監督の『駅馬車』で襲われた駅馬車が救い出されるシーンに1週間連続で興奮した。
そして一緒に詐欺罪、建造物心有罪を犯していた友人と、
「嫌いな人間ベスト10」
を作成した。
あるときの1位は、本屋のオッサン。
立ち読みしているとハタキでパタパタと呼んでいる本をはたかれて
「いつまで読む気や」
とイヤミをいったのが選出理由。
他にも学校の担任の先生を
「習字の時間にクラスで1番可愛い女の子の後ろに回って2人羽織りみたいにして筆を持ってやり、きっと胸をさわるか、もんでいた」
と理由で選んだ。

クラスに好きな女の子がいてラブレターを書いたが、返事はなかった。
時間が過ぎ、忘れた頃、学校から帰ると自転車の店先にエプロン姿で立つ母親に
「お前、あんまり格好悪いことするなよ」
といわれた。
「なんやの?」
母親は
「女の子が嫌がってるのに手紙出して・・・・」
といってから紙を取り出して読み始めた。
「私のこと好きて周りの人にいわないでください。
迷惑しています。
私はあなたに対してまったく好意がありません。
ハッキリいって好きではないので、今後このような手紙も出さないで下さい」
そばで自転車を修理していた父親は聞こえないフリ。
西川のりおは、カバンをその場に落としそうになるほどショックを受けた。
「ホレッ」
と渡された手紙には、まったく気がないどころか、大嫌いですとハッキリ書いてあった。
「まして俺が1番嫌いな男と付き合っているとまで書かれてあった」
西川のりおは、
「お前が俺に対して嫌いていったことを後悔させてやる」
と誓い、
「俺が有名になって、どっかでバッタリ出くわしたとき『私のこと覚えてる?手紙くれたやろ』と話しかけてきたら、「アー覚えてるよ。大嫌いやて断られたがな」と笑って返したる。
『なんでこんな人嫌いいうたんやろう』って後悔させたる」
と自作自演の妄想劇場を繰り広げた。
しかし何になって見返せばいいのかは、まったくわからなかった。

中学校の成績は中の下だった西川のりおは、私立の工業高校、大阪工業大学高等学校(現:常翔学園高等学校)を専願で受験して合格。
入学まで時間があったので荒物屋の友人を
「1泊泊りで東京行こか」
と誘った。
「エエなあ。
行こか。
俺も東京で行きたいトコあんねん」
「行きたいとこてどこや?」
「新選組の土方歳三の墓が板橋にあんねん。
近藤勇が処刑されたところやったかなあ?
まあ行くまでにどっちが正しいか調べとくわ」
西川のりおは、彼がクレイジーキャッツに来なくなった理由が新選組だったことを初めて知った。
そして自分の東京行きの目的を
「渡辺プロって東京にあるんや。
俺、自分のいろんな写真を持って事務所行きたいんや」
と話した。
クレイジーキャッツは渡辺プロ所属で、その事務所が有楽町にあるのをパンフレットで知り、ステテコ腹巻姿で植木等のモノマネをした写真と履歴書を持っていくつもりだった。
友人は
「ああ、そうかあ」
といい、その後、2人は旅の日程を

・朝一番の新幹線で行くこと
・泊まる場所は向こうで適当に見つける
・帰りは夕方の電車に乗る

と決めた。
こうして西川のりおは、残していたお年玉を、初めてコマ劇場のためではなく、東京行きのために使った。
「もし渡辺プロが俺のことを気にとめ、使ってやるといい出したらどうしよう」
「オカンに『高校行けない』といったらどんな顔されるだろう」
そんな妄想や想像をしただけで胸がキュンとなった。
出発前日、友人が泊まりに来て、2人でコタツに入りながら久しぶりに
「嫌いな人間ベスト10」
で盛り上がり、ほぼ一睡もしないまま、6時発の新幹線に乗った。

雑誌で
「夢の超特急」
「近い将来、日本にこんなロケット型の電車が走る」
と紹介されていた新幹線に初めて乗った2人は、そのスピード感を感じながら、東京まで3時間30分をズーっと外の景色を観続け、9時30分に東京駅に着いたとき、頭はボーっとし足元はフラついていた。
「どっかに行けるだろう」
と山手線に乗り込み、神田、秋葉原、上野と知っている駅名がアナウンスされる度に興奮。
しかし
「新宿~」
という声を聞いた後、溶けるように寝てしまった。
強い尿意で起きると友人は後頭部を窓につけて寝ていて、
「東京~」
とアナウンスにホームの時計をみると14時50分。
「オイッ起きろ。
エラい時間経ってる」
と昼過ぎの山手線で大阪弁で友人をゆり起こし、ホームに降りた。

2日間しかいられないのに半日以上を山手線で寝てしまい、胸をふくらせて乗り込んできたのに一気に不安に。
「今晩どこ泊まる?
安いトコでないと金足りひんで」
「どっかあるか?」
「板橋に行って旅館探さへんか?」
友人が土方歳三の墓みたさにいっているのはミエミエだったが
「ああ、エエよ」
板橋に着いたときは、すでに暗かった。
商店街を抜け、人通りが少なくなったところに普通の民家のような旅館を発見。
入り口をガラガラと開けて、大きな声で
「すいません。
今日泊めてもらいたいんですが・・」
するとおばあちゃんが出てきて
「今晩泊まるの?」
「はい」
「学生さん、まだ子供だねえ。
食事はいる?」
「食事があるのとないのでは値段は違いますか?」
「そうねえ。
2食ついて2200円。
素泊まりだったら800円でいいよ」
中学卒業したての2人は顔を見合わせ
「800円の方でお願いします」
通された部屋は4畳半で、おばあちゃんが布団を敷いてくれた。
西川のりおは、なんだかわびしい気持ちになって、蛍光灯のヒモの先をみながら
「明日、渡辺プロに行くねん」
と独り言。
隣で寝ている友人とは一言も話さずに寝た。

翌朝早く、友人に
「旅館の近くに土方歳三の墓がある」
といわれ、仕方なく旅館を出てついていくと
「ここや、ここや」
と墓地の墓の1つを指した。
そして満足そうな顔で眺め、カメラを取り出して撮り出した。
全く興味がない西川のりおは
「小便したいから、どっかさせてもらえるところ探してくるわ。
カバン置いていくから待っといてな」
といって、商店街の方へ。
小さいパチンコ屋を見つけたが開店まで15分待った。
あわててトイレをすまし、汗をかきながら走って墓まで戻ったが、友人がいない。
「戻ってきたでえ」
何度も大声を出したが、応答はない。
西川のりおは
「ものすごい嫌な予感が全身に走りまくり、息使いが無茶苦茶荒くなった」
財布と切符は持っていたが、カバンの中には渡辺プロに持っていくものが入っていた。
友人はお墓をみれて満足かもしれないが、自分は来た目的を果たせない。
その後は、夕方の新幹線の時間まで、意味もなく山手線に乗って何周も回った。
「俺はどうなるんだ」
「自分勝手なヤツや」
「最低の男や、アイツは」
「もうこれが最後でつき合うことないわ」
「一緒に来たのは失敗やった」
心の中や周りに聞こえるくらいの独り言で罵っていると、極度の怒りとムカツキで東京の景色さえ腹立たしく思えた。

大阪へ帰る新幹線の発車時間の少し前、
「ここや」
と悪びれずに手を振る友人とホームで再会。
「お前何考えとんじゃ!
人のカバン持っていきやがって!
お前のせいで渡辺プロに行かれへんかったやろ。
どないしてくれるんじゃ!
お前はエエやろ、土方の墓みて。
興味もないのについていってやったんやぞ。
それをお前はなんや!」
「俺も探したんやで」
しどろもどろにいう友人に
「もうエエ。
お前とは今日限り。
もうつき合わんから」
そういってカバンを引ったくるように取り返し、別の号車の空席に座って大阪に帰った。
その友人は現在何をしているのかもしれない
「東京でカバンを持って急にいなくなったアイツは、やっぱり今でも許せない」
今に至るまで怒りは西川のりおの原動力である。

高校に入り、異性の肉体への興味と欲求が高まった西川のりおは、、エロ本を読み漁った。
入学してしばらくした頃、授業が終わって昼休みになり、校内食堂に行こうと立ち上がった瞬間、
「北村おるか、北村」
とかなりスゴんだ声が教室に響き渡り、振り返るのは怖かったので、とりあえず着席した。
後ろから近づいてくる気配がして
「お前、北村やろ」
ガラの声でいわれ、みてみるとガラの悪そうな男がいた。
「ハイッ」
裏返った声で答えると
「呼ばれたらすぐ返事せんかい。
応援団入ったのはわかってんねんやろ」
「僕そんなん入ってませんけど・・・」
相手が勘違いしていると思い答えたが
「入っとるやないか。
ちゃんとここに書いてあるやないか。
みてみい」
といって出された用紙をみてみると自分の名前が書いてあった。
慌てて思い出すと、入学式のとき、
『これからの学校生活について』
というアンケートに答えて、名前を書かされたことがあった。
(アレか!)
と思いつつ、
「名前を書いたときはアンケートだといわれ、応援団とは一切言われなかったのですが・・・」
と抗弁。
しかし
「もう入ったことになってんねん。
ごちゃごちゃいわんと早う屋上に上がらんかい」
といわれ、半ば強制的に屋上へ連れていかれた。

そこには肩幅くらいのスタンスで立って、太鼓に合わせて
「押忍!、押忍!」
と手を広げ、肘を曲げずにピンと伸ばしたまま手を叩く練習をしていている人や、大股に四股を踏んで立ち、先輩から腹に突きを入れられる度に
「ごっつあんです」
といっている人がいた。
西川のりおは、なんで殴られて礼をいっているのか理解できなかったが、結局、応援団に入ることになった。
1年生のときはツラく大変だった。
しかし2年生になって自分の舞(演舞)」に合わせて1年生が手を叩くのはかなり気持ちがよかった。
いつも1時間目の授業が終わると、すぐに校内食堂にいってコロッケ2個入りのコロッケ定食60円を食べるのがお決まりだったが、ロングの学生服、ダボダボの太いズボン、先のとがったクツをはいて、ガニ股で歩いていくと、席がいっぱいでも目が合えば譲ってもらえた。
4時間目が終わり、昼休みになると他の生徒がビクビクしながらみる中、応援団の練習。
「それがたまらなく気持ちよく、カッコイイと思いながら、意識しまくって演舞していた」
夏は、甲子園出場を目指す野球部の応援があった。
「かっとばせ、かっとばせ」
とツメ襟の学ランを着ての応援は、地獄の暑さだった。
西川のりおは、活力を求め、スタンドを見渡したが家族以外の女性は見当たらず、さらに暑苦しくなった。
野球部が負けた翌日から夏休みとなるので
「不謹慎だが正直なところ、早く負けてくれ」
と思いながら、学ランの背中に塩を浮かせながら応援。
大阪地区予選4回戦で負け、スタンドに向かって
「ありがとうございました」
といって泣きじゃくる野球部に拍手を送ったが、目は笑っていた。
そして翌日から夏休みをエンジョイした。


学祭のときは、学校が解放されて女性もやってきたため、かなり意識しながら大講堂やグラウンドで演舞。
「カッコええなあとみられてる」
と思って、何人かに声をかけたが全滅。
「こんな硬派な男よりロングヘアーでナヨナヨした軟派なヤツの方がモテる」
と嘆いた。
イヤイヤ入った応援団だが後悔どころか、かなり良く、高校3年生になると
「団長になってやろう」
と思うほどになっていた。
まず人にみられるという快感を知ったこと。
そして発声練習で腹式呼吸ができるようになったことは、後の仕事に大いに役立った。
何より
「生まれて初めてケツを割らずに3年間全うした」
ということが大きく、そのために被ったダミ声は勲章だった。

高3の夏休み、他の高校に通う中学時代の同級生から電話があった。
その同級生は、田中といい、それほど仲が良かったわけではなかったが、やけに明るい声で
「久しぶりやなあ。
花月の招待券が2枚手に入ってん。
観に行かへん?」
と誘ってきた。
「花月て何やってるねん」
「漫才やろ。
落語やろ。
そうや、テレビで観てるやろ、新喜劇、吉本新喜劇や。
面白いから行こうや」
「そうかあ、ほな行こか」
西川のりおは、勢いに乗せられ応じたが、なぜ田中が自分を誘ってきたんか不思議だった。
「田中というやつは、ケンカは強くないが、ちょっとカッコウをつけて不良っぽい格好をしている男だった。
まさかこれが俺の人生と運命を変える出会いになるとは、このときは知る由もなかった。
同級生の1本の電話が」

当日、大阪環状線、天満駅で待ち合わせ。
一駅乗って大阪駅で降り、夏の暑い昼下がりにうめだ花月に向かった。
大きな看板にペンキで色とりどりに名前がいっぱい書かれてあり、
「大きい字で書いている人と小さい字で書かれてる人があるなあ」
というと
「大きい字は看板芸人で、小さい字は前座の人間やなあ」
と田中が得意顔で教えてくれたので
(コイツ、なんでそんなこと知ってんねん)
と訝しんだ。
「ほな行こうか」
前をいく田中について花月の入口へ。
「これで2人分ですね」
と敬語でチケットを渡した田中に
「あの券、なんの券やねん」
と遠慮気味にたずねると
「株主券や。
オカンが知り合いからもろてきよってん」
「株主券てなんや」
「吉本の株持ってたら何枚かもらえんねん」
ロビーを抜け、扉を開けて劇場の中へ。
「コマからみたらかなり小さい劇場で入り口の女の人も心なしかコマの女(ヒト)の方がキレイだった」
しかし中に入った途端、大きな笑い声が聞こえた。
そこにコマ劇場のような仰々しさはなく、カッコウをつけて気取っている客は1人もいなかった。
「今始まったとこみたいやなあ」
歩いていく田中の後をキョロキョロしながらついていくと、客数は400人か500人くらいで劇場の半分より少し多め。
客層は中年から年配のオバちゃんが大半だった。

田中は舞台上にに男性の若手漫才師がいるのに
「ここ空いてるから、早よ来い」
と大きな声でいい、西川のりおは多くの人の視線を浴びながら前進。
さらに
「何してんねん。
早よ」
と自分を呼ぶ田中の声が場内に響く中、最前列ど真ん中の席に座った。
舞台を見上げると若手漫才師のアゴがみえるほどの至近距離で、田中は
「トップや。
前座やな」
と説明。
西川のりおは、声を出さずにコクリとうなずいた。
「次はやすしきよしや。
これがオモロいねん。
今売り出し中や。
漫画トリオももう居てないから、次はこのコンビや」
パチパチと自分たちで手を叩きながら赤青のアロハに真っ白なラッパズボンをはいた2人の男が出てきて
「横山やすしです」
「西川きよしです」
と自己紹介。
西川のりおは
(メガネかけた方は、エラい神経質な顔した銀行員みたいやな)
と思った。
銀行員がボケたりヘマをやるともう一方は、しゃべる度に目をむいて、
「パッチーン」
と音をさせて頭を叩いた。

やっているのは野球ネタで、キャッチャーのきよしが
「(指が)1本は直球。
2本はカーブ」
とサインを説明。
ピッチャーのやすしが投げようとするが、
「股ぐらボリボリかいたら何のサインか、ようわからへんがな」
再びきよしは
「1本は直球。
2本はカーブ。
わかったやろ?」
とサインを説明。
やすしはサインをみながら
「ハッキリわからんなあ
1本か2本か」
といって投げるときよしは
「カーブやないか!」
と怒る。
「カーブのサイン出したやないか!」
「1本しか出してないやないか」
「もう1本出してるやないか」
やすしに股間を指さされたきよしは激しく目をむいて
「そんなモン、計算に入れるな。
ややこしい」
会場は大爆笑。
笑いすぎて客がせき込むと、やすしは
「客がセキしとるやないか。
なんとかせい」
きよしはその頭を
「パシッ」
とはたくと笑いは頂点に達した。
2人はしゃべくりまくり、舞台の端から端まで動きまくった。
横山やすしのボケと西川きよしはツッコみに客席の西川のりおはハマってしまった。
「人生で本気で本当に面白すぎて笑いすぎて涙が出て腹がよじれたのは、これが最初で最後といっても言い過ぎではない」

「もうエエわ」
といってやすしきよしが舞台から降りた。
笑いすぎて汗だらけの西川のりおは
「短いなあ」
「15分以上やってたで」
同じく笑いすぎて涙が出ている田中はサッと返答。
その後、落語や手品、新喜劇を観たが、その最中もやすきよの漫才が頭をよぎり、
「もう1回最初から観ようや」
田中に頼むと
「もう1回みても同じネタやし、同じことしよるだけやで」
とあまり乗り気ではない様子。
しかし
「みたいねん」
と食い下がり
「ほな、みよか」
と渋々いう田中に
「ありがとう」
「悪いなあ」「ゴメンなあ」
と必死にヨイショ。
とにかくどうしてもやすしきよしがみたかった。

2回目の舞台が始まり、トップバッターの若手漫才師は
「♪街の灯りがとてもきれいねヨコハマー
ブルーライトヨコハマー♪」
といういしだあゆみの歌を
「ヨコハバー」
などと崩していくネタだったが、西川のりおは、
「早よ、終われ」
と独り言。
横の田中は寝ているように目を閉じていた。
舞台の上の1人が
「お前の歌が下手やから1番前のお兄ちゃん2人寝てるがな」
と振ってきたが、無視。
もう1人が
「寝てへんがなあ。
恐い顔して怒ってるがな」
といっても笑えなかった。
「もうこれ以上やっても怒られるわ」
2人が頭を下げて引っ込むと、田中は、
「1回目と一緒やろ」

続いてやすしきよしがセンターマイクに向かって走ってやってきた。
「横山やすしです」
「西川きよしです」
と挨拶。
以後は同じネタが繰り広げられ、西川のりおは大声で笑ったが、田中はあまり笑わなかった。
そしてやすしが
「股ぐらボリボリかいたら何のサインか、ようわからへんがな」
といったとき、西川のりおは思わず
「1本は直球。
2本はカーブ」
といってしまった。
すると西川きよしが目をむいて
「かなんな。
この前に座ってる兄ちゃん、たしか1回目も観とったがな。
やりにくいなあ」
まさか自分の言葉を拾って話しかけてくるとは思ってもみなかった西川のりおは驚愕したが、その後も
「早よ、サインみて投げんかい。
このズボン安いから屈んだらシワが入るんや」
と西川きよしがいうと舞台に向かって
「〇〇〇〇ちゃう?」
と安売りチェーン店の名前をいった。
「そうや、980円や。
ほっといてくれ。
兄ちゃん詳しいなあ」
西川きよしは再び客席の西川のりおに話しかけて
「その代わり、靴はどこで買うた思てんねん」
と白い靴を強調。
西川のりおが
「〇〇〇〇や」
と格安シューズ店の名前を出すと
「そうや。
シューズで980円。
そやからすぐに底抜けんねん。
この兄ちゃん一体誰やねん」
西川きよしがノッて返す度に客は大爆笑。
「もうエエわ」
やすしきよしはアドリブの強さを見せつけて漫才を終わらせた。
「みんな笑っとったなあ」
西川のりおがいうと
田中は冷めた口調で
「あれは客イジリや」
そして
「出よか」
といって立ち上がり、西川のりおは出口に向かって追いかけた。

ロビーに入ると少し離れた場所から
「よっしゃ行こか。
阪神の方が早いやろ」
「よっしゃ」
という声がして、やすしきよしが近づいてくる。
前を通り過ぎるとき、西川のりおは
「さっき観ました」
と声をかけた。
西川きよしは移動を続けながらも
「どうもありがとうございます」
それに対し
「キー坊、こっちや」
という横山やすしは、舞台とは程遠いシカメッ面だった。
「キヨシのこと、ヤスシはキー坊と呼んどったな」
西川のりおはつぶやきながら、出演者が客と同じ出入口を使って楽屋入りするのがわかり、
(ひょっとしたら・・・)
とほくそ笑んだ。
そして田中に
「明日も花月来うへん?」
「明日来て何すんねん」
「やすきよにあって声かけるねん」
「フーン、ホナ来よか」
田中は仕方ないヤツやという顔でOKした。

大阪駅から電車に乗らず、天満駅に向かって歩いた。
時間は19時を過ぎ、暗い中、西川のりおはとりつかれたようにやすきよの漫才についてしゃべった。
話足りず別れるのがイヤだったので天満駅の手前にある公園でしゃべっていると田中が
「サイン、ハッキリ出してくれなわからへんがな」
と横山やすしのセリフをいった。
「・・・・・・・」
西川のりおは言葉が出ない。
「しゃがんでキャッチャーになったらエエねん」
という田中に従い、キャッチャーになり、田中のリードでやすきよ漫才を再現。
ネタを完全に覚えている田中に驚きつつ
「俺もやれるんじゃないか」
と思った。
「18歳の夏の夜、生まれて初めて漫才をした。
晩御飯も食べず空きっ腹だったが、夢でいっぱいだった」

翌日、再び天満駅で集合し、田中と歩いて大阪駅に向かった。
うめだ花月に着くと劇場前にある出演者の出番表を確認。
「12時45分が出番やったら、15分漫才して1時にはここ(正面玄関)に出てくるな」
「多分そうやろ」
しかし13時30分になってもやすしきよしは出てこない。
「なにしてんねんやろ」
「会ってもしゃあないやろ。
会ってどないすんねん」
「昨日あんだけ、俺らやすしきよしとやりとりして笑わせたんや。
憶えてるで」
田中が帰りたそうだが、西川のりおは何時間でも待つつもりだった。
「ハッキリいって熱く燃えてたね」
1回目の公演が終わって客がドバっと出てきた。
時間は16時を回り、田中はしゃがみこんでいたが、西川のりおは、まったく疲れを感じていない。
「2回目は4時45分や」
やすしきよしに会うことだけを考えていた。
新しい客を入れて2回目の公演がスタートした。

「会って声をかけても相手してくれへんし、客とのやり取りなんかイチイチ憶えてへんで」
田中があきらめるよう催促したとき、西川のりおはやすしきよしを発見。
「来たッ!
出てきたで!」
声を上ずらせながら、あわてて出入り口に近づこうとして、しゃがんでいる田中を蹴ってしまった。
「痛っ」
やすきよにどこかに行かれては困るので西川のりおに『ゴメン』をいう余裕は、精神的にも時間的になかった。
そして出て行こうとするやすしきよしに大きな声で
「こんにちは。
昨日花月で1番前に座って声をかけた者ですが」
2人は立ち止まり、横山やすしがメガネの奥で目を細めながら
「なんや」
「昨日客席から安いズボンはいてるなあと声をかけたんですが」
すると西川きよしが
「漫才やってる最中に客席からあんなこというたらツブシや。
漫才がグチャグチャになって他のお客さんに迷惑なんや。
君らだけが客やないんやからな。
しゃべってきたからアドリブでかわしたけど・・・
オチの前に何回かしゃべってきたんやで。
今度からあんなことやったらアカンで」
西川のりおは
『昨日のオモロい子か』
といってホメられると思っていたので、少しビックリしたが、笑顔は崩さず、西川きよしに
「高校生か?」と聞かれて
「ハイッ」
と元気よく返事。
「アルバイトはしてないのか」
「してません」
「花月来る暇あったらアルバイトでもした方がエエんちゃうか」
西川のりおは意を決し、
「弟子になりたいんです。
弟子にしてください」
と気持ちをぶつけたが、西川きよしは
「そんな事、立ち話でする話やない」
と声を凄ませた。

「キー坊、この子なにいうてんねん?」
横山やすしは、西川きよしにそう聞いた後で
「これからは漫才よりボートの方がエエで」
と西川のりおにいい、
「キー坊、急ごか。
向かい側のタクシーに乗った方がエエ。
進行方向やからな」
といって横断歩道へ向かった。
その渡るスピードと動きは忍者のようで、西川きよしは
「そしたら」
といって追った。
西川のりおは、2人が乗ったタクシーがあった場所をしばらく眺めていた。
そして田中に
「やった!
相手にしてもらえたで!」
うめだ花月を去ったのは18時過ぎで6時間以上、滞在していた。
10時に朝食を食べてからで8時間以上、何も食べていなかったが、体に不思議なエネルギーが充満していて、空腹感は全くなかった。
そして別れ際、
「明日も花月行こな」
田中はその勢いに
「そやな」

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