西川のりお  それは高3の夏休み、同級生からの1本の電話で始まった。

西川のりお それは高3の夏休み、同級生からの1本の電話で始まった。

西川のりおの師匠は、なんと西川きよし。超マジメで超厳しいが一生ついていきたいきよし師と超メチャクチャで超面白い、でもついていけないやすし師。強烈な師匠に挟まれ、育まれた過激な弟子時代。


西川きよしに
「ついといでや
俺のそばからあんまり離れんようにしいや」
といわれている西川のりおは2人についていきながらテレビ局の中に入れたことに
(これはすごい!)
と興奮したが、テレビ局のスタジオは想像していたよりはるかに小さく
「近所の集会場所程度」
だった。
西川きよしは、
「周りの芸人さんの邪魔にならんようにせなアカンで」
といって出演者が集まる控室に。
中は芸人だらけ。
漫才オールスター的な番組で、吉本の芸人だけでなく他社の芸人が勢ぞろいし、テレビで何回もみて名前を知っている有名な人もいて、西川のりおはカチンカチンで直立不動。
「こっちやぞ」
西川きよしに呼ばれ、あわてていくと
「今日は軽くやっときますね」
といって若い女性が、西川きよしの顔にスポンジでなにかを塗り始め、男が化粧するのを初めてみた西川のりおは
「ゲッ」
と驚いた。

「忙しいやろ。
あんまり儲けたらアカンで」
と話しかけられた西川きよしは、
「そんなん、ギャラが安いですから・・・
やっぱり師匠みたいにならんことには」
と返事。
「ホンマかいな」
といって相手が去ると西川のりおに
「ホメてくれてもその気になったらアカンねん」
その横では
「スコーンといかな」
といって横山やすしが女芸人を笑わせていた。
西川のりおはトイレへ。
途中、ギターを練習している人に
「あとどれくらいしたら始まりますか?」
と聞かれ、
「あと5分くらいです」
と適当に答えた。
トイレから帰ってきた後、ギターを練習していた人がメンバーに
「もう本番だから用意せなアカンで」
に声をかけ、
「本番まで20分以上あるがな」
「さっきそこで聞いたんや」
「誰がそんなエエかげんなこと」
「トイレの前でや」
と話すのをみて首をすぼめた。

テレビ収録が始まり、やすきよは前半の最後に出番が来た。
うめだ花月でやった野球ネタを
「ピッチャーできるんかい?」
「アイアイサー」
「さっきタクシー乗って、アイアイサーいうたら一緒の乗ってる者が笑いましたんや。
ほんだら早速使いやがって」
横山やすしは、スタジオの端でみている西川のりおをっみながら笑い転げ、スタジオもそれをみて大爆笑。
出番が終わり、帰りのタクシーで西川きよしは
「恐い男やろ。
言うた通り使いおった」
そしてうめだ花月に着くと、西川のりおたちは入り口で待とうとしたが
「入っといで。
この子ら入れたって」
初めて花月の中に入った田中は
「ホンマに弟子になるん?」
と聞いたが、西川のりおは
「やるでえ」
と明るく答えた。
田中は悩んでいる表情をみせたが、そんなのことはおかまいなしだった。
家に帰り
「今日、きよし師匠にテレビ局に連れて行ってもらって有名な芸能人もいっぱいみたんや。
タクシーに一緒に乗せてもらったんやで」
と一生懸命話したが、兄も姉も
『コイツ、ナニいうてるねん』
という表情をするだけで無反応。
母親は
「ホンマかいな。
よかったな」
と気持ちをまったくこめずにいった。

それからも毎日、うめだ花月に通った。
ただ待機場所は入り口ではなく、切符切りの横の扉を
「おはようございます」
といって関係者のように通って、ノレンのかかった楽屋口の前に変わった。
8月31日の日曜日、この日はうめだ花月の楽日(らくび、最終日)
その1回目の舞台が終わった後、西川きよしに
「オッシャ、君らも一緒にコーヒー飲みに行こか」
といわれ、うめだ花月の向かいにある喫茶店「アメリカン」へ。
西川きよしは、アロハシャツに白いパンツ、白い靴という舞台衣装で2階の席へ。
「あの人、テレビ出てる人違う?」
周りがザワつき、視線が集中したとき、西川のりおは
「俺をみているわけではないが、なんという気持ちよさ」
と快感を感じた。
立ったままの西川のりおと田中を、西川きよしは
「立っとかんと座り。
コーヒーでエエか?」
と聞かれ、西川のりおは背筋を伸ばして
(ホンマは冷コー(アイスコーヒー)が良かったなあ)
と思いながら
「ハイッ」
返事。
西川きよしは
「今仕事中ちゃうから楽にしいや」
と優しくいった。
コーヒーが来ても猫をかぶって飲まない西川のりおたちに
「冷めるから早よ飲み」
西川のりおは、喫茶店に入れば必ず冷コー(アイスコーヒー)で熱いコーヒーは初めてだったが、ミルクと砂糖を入れて初めて飲むと
(うまいな!)
そして猛烈にタバコが吸いたくなった。
高校に入って間もなく吸い出し、このときもセブンスターを忍ばせていた。

そのとき唐突に西川きよしが
「ひょっとしたら、もうタバコ吸うてねんやろ」
といったためにオドオドしてしまい、西川きよしは、、その様子を笑った。
「学校、9月になったら始まるやろ。
せっかく行かせてもろてんねやから、学校はちゃんといっときや」
マジメな顔でいう西川きよしに、西川のりおは
「そしたら僕らはこれから師匠のところに行くのにどうしたらよいでしょうか」
と使い慣れない言葉で質問。
「日曜とか祝日みたいな休みの日においで。
もし実際にやるとしても卒業してからやからな。
まだまだ考える時間もあるから、あせらんでもエエし。
ほんでよーう考えてみ」
それは西川きよしの真心だったが、西川のりおは心の中で
(ひょっとしたら弟子にせえへんつもりちゃうか)
と不安になった。

うめだ花月からの帰り、初めて漫才をした天満の公園を歩いていると田中がハンドルを持った運転手のフリをして
「不細工な女やな」
西川のりおは1度後ろをみてから顔を前に戻し、
「お前んとこの姉さんや」
「誰がやねん!
オッ、次はエライきれいな女の子や」
「俺んとこの姉さんや」
「ええかげんにせえ」
と2時間ほどやすきよの漫才をした。
そして天満駅まで来ると
「茶しよか」
と行きつけの喫茶店へ。
昼間、ガマンしたタバコを吸いながら、1曲50円のジュークボックスで大好きないしだあゆみの「喧嘩の後で口づけ」をリクエストし、足でリズムをとりながら
「♪けんかのあとでくちづけをぉ~」
と口ずさんだ。
そして西川のりおが
「休みの日は全部行こな」
と明るくいうと田中は煙を吐きながら
「行こ行こ」
と軽く応じた。

夏休みが終わり学校が始まっても、休みの日と応援団の活動がない日は欠かさずうめだ花月へ通って
「弟子まがいの用事」
をするようになった。
ある日、西川きよしは
「楽屋へ入れてあげるけど師匠とかいうなよ。
俺より先輩の人がまだ弟子とってないねんから」
といってから、少し悩み、
「そうや。
呼ぶときは兄さんというように。
エエか、くれぐれも師匠というなよ」
と念押しした後、
「よし、入り」
夢にまでみた楽屋に入れることになり
「俺はコーフンの息はすでに超えて、ボワァ~~。
田中は目をむけるだけむいて、きよしより大きかった」
西川きよしに続き、ノレンをくぐって入り通路を歩くと、公衆電話と出演者の名前と出番の時間が黒板が置いてある場所があって、紺色の事務服を着た60歳くらいの女性と50歳くらいの女性が立ち話をしていた。
「この子ら知り合いの子で漫才を勉強したいのでよろしくお願いします」
「まだ学生やな。
子供の顔してるがな」
「ハイッ高校3年生です」
西川のりおは、他では決してみせないブリブリブリッ子で返事。
西川きよしに
「お茶子さんいうて楽屋のいろいろな用事をしてくれてはんねん」
と教えてもらい、後をついていくと階段があり
(狭いし汚いしボロいし手すりはサビてるし)
と心の中で毒づきながら降りていった。

「おはようございます」
楽屋に入った西川きよしはすでに楽屋にいた芸人たちに挨拶。
「この子ら知り合いの子で・・・」
と紹介された2人が
「借りてきたネコ以上の異常な状態」
でいると、真っ赤なTシャツ、白のエナメル靴、白のスラックスの横山やすしが入ってきて、
「コイツら、ついに楽屋いれてもろたんかい」
やすしの登場で楽屋の空気は一気ににぎやかになり、きよしが
「かなんな。
もう出番ギリギリの時間やがな。
ボート乗ってたか、船券でも買うてたんと違うか」
とチャかすと
「ボートには乗っとらんかったけど、コッチのほうに乗っとった」
といって小指を立て、楽屋に大きな笑いが起こると西川のりおたちをみながら
「かなんな。
この子ら、兄ちゃんの秘密知ってしまったのね」
「君ら、ようウケるから、やすし君、舞台で何いうかわからへん」

「ハンガーに吊ってるズボンとって」
鏡の前で準備している西川きよしにいわれ、初めて用事を頼まれた西川のりおは、ドギマギしながらステージ衣装をハンガーから外して渡した。
「サンキュー」
「やすし師匠もとりましょか?」
「アイアイサー」
そういった横山やすしは、女物のガードルをはいていた。
「ワシなあ。
男のイチモツがモッコリしてふくらみがバレるのイヤなんや。
そやからブリーフはいた上にガードルをはいてんねん」
それからステージ衣装のズボンをサッとはき、ベルトをキュッとしめ、カッターシャツのボタンを留め、ネクタイをギュッと締め、靴を履くまで動作が
(無呼吸でやってるん違うか)
と思うほど異様に速く
(こんな人間いない)
と思った。
反対に西川きよしは、何度も七三分けのヘアスタイルを斜めから、正面からと10回以上チェックし、衣装もゆっくりと1つ1つ確認しながら着ていた。
「ヨッシャ」
西川きよしは、自分に気合を入れるようにいい、やすきよは楽屋の細い階段をかけ上がって舞台袖へ。
これまで客席から観ていた西川のりおは、舞台袖の小ささ、狭苦しさに驚いた。
舞台で行われていた夫婦漫才が終わって、出囃子が鳴ると
「行こか」
「ヨッシャッ行こ」
西川きよしと横山やすしは声をかけ合った後、すぐに舞台のマイクめがけて走っていった。
西川のりおは、初めて横からやすきよ漫才を観た。
舞台上では横山やすしがメガネを外されて投げられ、それを探す仕草で爆笑をとっていた。

西川のりおは学校では
「エエかげんにせえよ」
と目をむいて西川きよしのマネをやって
「やすしきよしは最高にオモロいでや」
と熱く語っていたが、高3の冬のある日、田中が電話で
「友達がヤンタンの桂三枝のやってる土曜日の素人演芸コーナーにハガキ出しよってん。
俺らの名前で
どないしたらエエねん」
といってきた。
「行ったらんとしゃあないのとちゃうの」
「その予選が来週の土曜日の昼からやてハガキまで来てるらしいわ」
西川のりおは、予選に出る不安と、その一面識もない友達への不満が入り混じる中、練習を続けた。
ドライブネタをやることにし
「不細工やなあ」
「お前んとこの姉ちゃんや」
「かわいい女の子やなあ」
「俺んとこの姉ちゃんや」
のやりとりを練習。
予選前日、
「明日やるだけやってアカンかっても別にエエから気にすることないやん」
「そやな」

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