ジョニ・ミッチェル
世界中から最も敬愛される偉大なる女性シンガー・ソングライターとの呼び声が高いジョニ・ミッチェル。なのですが、日本ではあまり知られていないというか、名前は聞いたことがあるが曲は知らんという人が多いように思います。そこんとこ、なんとなくボブ・ディランに似ている感じします。言うまでもなくディラン同様にジョニ・ミッチェルは素晴らしい。間違いなく天才。日本では過小評価されていますよねぇ。勿体ない話です。
と言うことで、一人でも多くの方にその魅力を知って頂こうと思い、ジョニ・ミッチェルを探ってみます。
デビューは1968年。初期の彼女は透明感のある繊細な歌声が遺憾なく発揮されたフォーク期といえます。フォークといっても南こうせつや山本コータローを想像されては困りますよ。
初期は映画「いちご白書」の主題歌として知られる「サークル・ゲーム」などが有名ですが、代表的なアルバムとなると1971年にリリースされた4枚目の「ブルー」でしょう。

ブルー
このアルバムは2020年版の「ローリング・ストーン」誌が大規模なアンケートで選んだ「オールタイム・グレイテスト・アルバム500」において堂々の3位に輝いています。
間違いなく名盤。「ブルー」は、聴いて損なし、持ってて損なしのアルバムで、ここまでのキャリアでもジョニ・ミッチェルの素晴らしさは十分に知ることが出来ると思います。が、ジョニ・ミッチェルの音楽性は現在までに二転三転と劇的な変化を遂げながら孤高の存在となっていきます。
お勧めは第二期。第一期がフォーク期であるならば第二期はジャズ。アルバム「ブルー」の後5枚目のアルバム「バラにおくる」にジャズの影響を受けた曲が入っていますが、6枚目以降が第二期ですね。
これが素晴らしい。ここからを是非とも一人でも多くの方に聴いて頂きたいと思います。
コート・アンド・スパーク
1974年に発表した6枚目のアルバム「コート・アンド・スパーク」。欧米では非常に評価の高いアルバムです。内容的にはジャズの要素を取り入れたジョニ・ミッチェル独自のスタイルといったところでしょうか?
しかしなぁ、ジョニ・ミッチェルを多くの人に聴いてもらうにあたってジャズってところが難しいですよねぇ。敷居が高いというのか、とっつきにくいジャンルですもんねぇ。
「そうか、だから日本ではジョニ・ミッチェルはあまり聞かれていないんだ、分かる分かる」と思ったそこの貴方、それは違います。分かっていません。
ジャズと言ってもマイルス・デイビスとかジョン・コルトレーンとかを想像してもらっては困ります。素晴らしいとはいえ彼らは入りにくい。なにより尻込みする。場合によっては毛嫌いさえする。私もその口でした。
が、ジョニ・ミッチェルは違います。特にこのアルバムは違います。もっとも以前聴いた時には私も「聴きにくい」と感じたのは事実です。
しかし、しかしですよ、時は流れて今聴くと「聴きやすくなってるっ!」これです。時が私に味方しているのです。時代がジョニ・ミッチェルに追いついたとも言えるのかもしれません。なんともスッキリ馴染むんですよ。ていうか、ジャズどうこうというよりも、ヒジョーにポップです。

コート・アンド・スパーク
トム・スコット、ラリー・カールトン、ウィルトン・フェルダー、ジョー・サンプルといったジャズミュージシャンがバックを固めた「コート・アンド・スパーク」は、1974年1月17日にリリースされると、全米アルバム・チャート4週連続で2位を記録するという大ヒットとなっています。
ジャズといっても参加ミュージシャンの顔ぶれからしてフュージョンってやつですよね。「フュージョンってのはあれだろ?薄まったジャズのこったろ?」とかって言う人がいますが、まぁ確かにジャズの軽いやつですね。もっとも、それが心地よいんですよ。
それにしてもフュージョンが一般的に人気が出てくるのは70年代の後半ですからジョニ・ミッチェルには先見性があるというか、早いですよねぇ。
先行シングルとして「陽気な泥棒」が1973年12月にリリースされています。
当時はジャズと聞いて尻込みしていたそこの貴方、私もですが、どうです?聴きやすいですよね?普通にロック、そしてポップですね。ジャズと言うよりも、ジャズ系のミュージシャンを起用した独自の音楽で良いと思います。このアルバムヒットするわけですよ。
「コート・アンド・スパーク」と同年に2枚組のライブアルバム「マイルズ・オブ・アイルズ」がリリースされていて、これまでのキャリアを総括する内容となっています。そして、これまた全米2位と言う大ヒットを記録して、ジョニ・ミッチェルは更なる高みへと駒を進めるのでした!
夏草の誘い
ジョニ・ミッチェルは聴きやすいのか?と言われると、ポップな部分はあるものの、なかなか手ごわい音楽ではあります。
例えば次の1975年にリリースされた7枚目のアルバムがの「夏草の誘い」。邦題は爽やかですが、原題は「The Hissing of Summer Lawns」。翻訳すると「夏の芝生のシューという音」となります。なんだ!それは?ですよね?Hissとはシッとかシューと言う意味で、不満・非難・制止・軽蔑・怒りなどを表すのに使う言葉だそうです。邦題からして「誘い」かと思ったよって人、多いんじゃないですかね?
で、「夏の芝生のシューという音」という訳の分からんタイトルが示すとおりに、このアルバム、なかなか訳が分からんのですよね。
もっとも訳が分からん事も含めてジョニ・ミッチェルの魅力と思って頂けると、より楽しめるかと思います。

夏草の誘い
参加ミュージシャンは、ヴィクター・フェルドマン 、ジョー・サンプル、ラリー・カールトン、ロベン・フォードにジェフ・バクスターなどなどジャズ系のミュージシャンに、ジェームス・テイラー、デヴィッド・クロスビー、グラハム・ナッシュといった昔ながらのフォークな方々も参加しています。
シングルとなったのは1曲目の「フランスの恋人たち」。原題は「in France They Kiss on Main Street」。曲調だけでいうと、フランスじゃ表通りでキスをするってことで、まぁ、ポップです。
問題は2曲目の「ジャングル・ライン」ですね。なんでもアフリカのミュージシャンのアフリカン・ドラムをループ録音して、ギター、モーグ、ボーカル・ラインに重ね合わされているということなんですが、おそらく日本人には祭囃子の笛と太鼓に聞こえると思います。
サンプリング音源がポップミュージックの世界で一般的になるのは80年代に入ってのことですから、やっぱりジョニ・ミッチェル早いです。
問題は音楽的な革新性がどうというよりも、収録曲のほとんどがサビがあるのかないのさえ分からないメリハリのない楽曲で占められていることです。一言で地味。
ただ、プリンスがジョニ・ミッチェルの最高傑作と絶賛するアルバムであり、ラストにはやりすぎってくらいシンセを導入した「シャドウズ・アンド・ライト」が入ってることを考えると地味の一言では済ませられない完成度のあるアルバムであることは事実でしょう。
逃避行
1976年にリリースされた8枚目のスタジオ・アルバム「逃避行」。
さて、ここからジャコ・パストリアスが登場します。ジャコ・パストリアスは、ソロ以外にもウェザー・リポートのベーシストとして知られており、ジャズ界に留まらずエレクトリック・ベースの奏法に革命をもたらしたとして、その名を歴史に残しています。ファンにとってはたまらんとこです。
70年代後半、ジョニ・ミッチェルとジャコ・パストリアスのコラボは双方にとって非常に充実したものになっています。

逃避行
ジャコ・パストリアスが参加しているからといって万人受けするかと言えば、正直難しいなと思います。ただし、1曲目の「コヨーテ」なんかはシングルカットされただけに聴きやすく、ジャコ・パストリアスのベースは、これでもかってぐらい目立っててカッコいいです。ロック好きを自称されている方であれば問題なくイケると思いますよ。
ラリー・カールトンやトム・スコットらジャズ・フュージョン系のミュージシャンが参加していますが、なんといってもジャコ・パストリアスの存在感が際立っているアルバム。ホント素晴らしいです!
シングルはポップなものが基本ですから、ジョニ・ミッチェルもご多分に漏れずシングルから入るととっつきやすいかもしれません。
ドンファンのじゃじゃ馬娘
1977年リリースの9番目のアルバムとなる「ドンファンのじゃじゃ馬娘」は、タイトルに相応しく、ポップでオシャレなアルバム・ジャケットに購買意欲が高まります。
が、購買意欲が高まるのはここまで。
このアルバム、ジョニ・ミッチェルが売れなくても構わないと考えて製作されたそうです。つまり好き勝手にやるってことですよ。こう聞くと、ちょっと尻込みしますよね。分かります。その内容が非常に実験的なスタイルと言われれば、引っ込めた尻が更に引っ込みますよね。更にはレコードでは2枚組という。こりゃとどめを刺されたも同然だ。
しかし、誤解のないように願いますが、このアルバムは傑作だ。聴く度に新しい発見のあるアルバムなんです。

ドンファンのじゃじゃ馬娘
傑作とは言え、ジョニ・ミッチェル初心者がこのアルバムから入るのはツライと思います。前作のフュージョン・サウンドをさらに推し進めた作品といえると思いますが、初心者にはツライ。ジャコ・パストリアスとのコラボはこの作品でも最高なのですが、初心者にはやっぱりツライ。
何がそんなにツライのかと言えば、例えば同時に6台ものギターが演奏されている曲があるのですが、一部のギターはチューニングが異なっているんですね。不思議な余韻が残るのですが、ここを心地よいと感じるか、気持ち悪いと感じるかでツラさが大きく変わってきます。
また、インスト、またはそれに近い曲が入っています。ここを心地よいと感じるか、さっさと歌わんか!と感じるかでツラさはまた大きく変わってきます。
そしてピアノの即興演奏とフルオーケストラで編曲された4曲目は16分もあります。ここを心地よいと感じるか、退屈と感じるかでツラさが大きく変わってくることは、もう言うまでもありません。ジョニ・ミッチェル初心者の多くはこの問題をクリア出来ないものと思われます。
アルバムから聴きやすいということで1曲選ぶとすれば「オフ・ナイト・バックストリート」かもしれません。この曲でアルバムの雰囲気だけも伝わればいいなと思います。
先に、ジョニ・ミッチェルはシングルから入ると理解しやすいかもしれませんと書いたのですが、なんか自信が無くなってきました。「オフ・ナイト・バックストリート」はチャートインしませんでしたがシングルです。
しかし、しかしですよ、このアルバムは発売から3週間でゴールドディスクを獲得していますからね。アメリカのリスナーの感受性は凄いなぁと思います。
日本も負けてはおれません。とは言え、このアルバムはジョニ・ミッチェル初心者にお勧めするのは私も正直ツライ。
しかし、幸いにもアルバム・ジャケットはオシャレですから、ここはひとつジョニ・ミッチェル初心者の方はジャケ買いといきましょう。
何年か経ってジョニ・ミッチェルに慣れたころに聴き返すと、このアルバムの素晴らしさはきっと分かるはずですからね。
ミンガス
通算10枚目、70年代最後を飾るジョニ・ミッチェルのスタジオ・アルバム「ミンガス」。ジャズ期最後のアルバムです。ジャコ・パストリアスとの最後のコラボアルバムでもあり、これまで所属していたアサイラム・レコード最後のスタジオ・アルバムでもあります。最後、最後、最後です。けじめをつける!そんな意気込みを感じますね。
因みに「ミンガス」とはジャズ界の巨匠チャールズ・ミンガスのことです。ミンガスはベーシストなのですが、ジャコ・パストリアスもベーシスト。3年後に結婚するラリー・クラインもベーシスト。ベース、ベース、ベースです。ベース以外には興味なし!そんな強い思いを感じます。

ミンガス
「グッドバイ・ポーク・パイ・ハット」をはじめ、チャールズ・ミンガス作曲が4曲。そのミンガスも参加していますが、ジャコ・パストリアス、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、ピーター・アースキン、ドン・アライアスなどジャズ・フュージョン界の豪華オールスター夢の競演って感じの演奏陣。完璧!
ジャズの要素がヒジョーに高いわけですが、聴きにくいかといえば不思議なことに、そんなことないです。シングルとなった「デ・モインのおしゃれ賭博師」を聴いてもらえると分かって頂けるのではないでしょうか?!
如何です?ジャズの要素があるからって、ジャコ・パストリアスが参加しているからって、身構える必要はありませんね。今聴くと、なんかオシャレって感じですよ。
ジョニ・ミッチェルは、この後ジャズ期を総括したライブアルバム「シャドウズ・アンド・ライト」をリリースしてジャコ・パストリアスと別れ、新たなステージへと向かいます。
80年代のジョニ・ミッチェルもまた独創的で素晴らしいのですが、それはまた次の機会に!