4日目、4月16日は、九龍公園で1日中、海を眺めて、4連泊。
5日目、4月17日、九龍公園で1日中、ボーッと過ごした後、5連泊。
九龍公園は、繁華街の中にありながら15haという広大な面積を持ち、朝は太極拳や剣舞・中国将棋を楽しむ人々の姿がみられ、噴水や中華庭園、野鳥園、展望台などもあり、夏にはプールも楽しむことができるというゴージャスな公園だが、寝泊まりしている2人にとっては、あまり快適ではなかった。
「体がかゆくて仕方ない。
体もくさい。
服もくさい」
(有吉)
6日目、4月18日、ようやくピザが発行される日になり、九龍公園、そして塀と地面とおさらば。
事務所に着くと
『This is Chinese Visa』
と女性スタッフから説明を受け、ビザが貼られたパスポートを受け取った。
4日ぶりのヒッチハイクは
「To CHINA」
と書いた紙を掲げ、1時間後に中国の親せきの家に行くという車をGETし、2度目の国境を目指した。
同行スタッフは中国出入国管理事務所に入る前に猿岩石の意思を確認した。
『これ、越えたら引き返せないぞ』
「はい!」
『ここでやめるっていえばやめていいよ』
「いえ、やります」
2人は、今度はビザを持って事務所に入ると30分ほどで審査完了した。
国境から20㎞北の深センの親せきを訪ねるという車のヒッチハイクに成功し、いよいよ2ヵ国目、中国へ突入。
「サンキュー」
深セン駅の前で降ろしてもらった2人は、すでに夕方が近く、
「どうしよう、マジで」
(有吉)
「今日、一晩こして、とりあえず明日、深センから離れよう」
(森脇)
そのまま駅前で野宿の準備をしていると中国人が集まってきて話しかけられた。
「わかんない」
といっていると
『日本人?』
と日本語で話しかけられた。
「日本人です」
『こんなところいたら危ないですよ』
「危ないですか、ここ?」
「僕ら、ここで野宿しようと思ってるんですけど」
『えっ?
絶対に危ないッスよ』
猿岩石があまりお金が使えないというと、その日本人の男性は一緒に安いホテルを探してくれ、フロントと交渉し、1泊1人60元(720円)に値切ってくれた。
しかし通された部屋はなんと10人くらいの相部屋だった。