2日目、4月14日、大きな道路の脇に立って、ヒッチハイク開始。
ロンドンまで行くためには、まず中国に入らなければならない。
「広州、広州、チャイナ」
停まった車に声をかけるが、そう簡単に行ってくれる人は見つからない。
2時間後、ベンツが1度、2人を通り過ぎた後、停車。
「アッ、停まった」
車にかけよって話すと乗せてくれるという。
「OK?」
「やった」
2人はガッツポーズをとり、地面に置いていた荷物を肩にかけた。
九龍市街を出発したベンツは、約30㎞国道を走って、国境にある中国出入国管理事務所に到着した。
「いよいよ中国突入だ」
と思いきや職員に
『Do You Have Chinese Visa(中国のビザはありますか)?』
といわれ、
「ノー」
2人は初めて
「国境を越えるためにはビザというやつが必要らしい」
と知った。
外国に行くときはパスポートが必要なのは一般常識。
パスポートは、各国の政府、外務省が発行し、渡航者の身分証明書となる。
一方、ビザとは、渡航先の国の政府が外国籍の人間に対して入国を認めるために発行する入国許可証。
書類や面接で事前審査を行い、承認された場合に発行される。
現在、菊の紋章の入った日本のパスポートを持っていれば、ビザなしで渡航可能な国が192ヵ国もある。
パスポートのみで最も多くの国に渡航できるため
「日本のパスポートは世界最強」
といわれている。
しかし以下の33ヵ国に渡航する際はビザの取得が必要になる。
ヨーロッパでは唯一、ロシア
アジア地域では、北朝鮮、パキスタン、アフガニスタン、ブータン、トルクメニスタン
カリブ地域 では、キューバ
中東地域 では、 イラク、シリア、サウジアラビア、ラビア、イエメン
オセアニア地域では、 ナウル(バチカン、モナコに次いで世界で3番目の面積が小さい国)
アフリカ地域では、アルジェリア、アンゴラ、ブルキナファソ、ブルンジ、カメルーン、チャド、中央アフリカ、コンゴ共和国、コンゴ民主共和国、コートジボワール、赤道ギニア、エルトリア、ガンビア、ガーナ、リビア、マリ、ナイジェリア、シエラレオーネ、南スーダン、ニジエール、ギニア、リベリア
日本のパスポートを持つ者が中国に入る場合、観光、商用、親族知人訪問、通過の目的で、滞在日数が15日間以内であれば、ビザは免除となる。
15日以内に出られるかわからない猿岩石の場合、ビザが必要だった。
ビザの申請をする入境事務局は九龍にあると教えられた猿岩石は、再びベンツに乗せてもらって逆戻り。
舞い戻った九龍市街でベンツのドライバーにお礼をいってお別れした。
「香港で初めて捕まえた車ってベンツだったじゃない。
でさー、あのサブちゃんっていう人がさー、ここ顔に傷があってさ、どうみてもヤクザなんだよな」
(有吉)
「そう。
そうなんだよ。
で、しゃべんないんだよ。
こっちから話しを振ってもさ」」
(森脇)
「だって英語がほとんど分かんない」
(有吉)
「そうそう。
で、一言しゃべったのが、ブーンって走ってて、対向車線で事故してたのよ。
そんときに、『オウ、オオウ』っていう。
それだけだったんだよね」
(森脇)
「そうそう。
まあでも結局いい人だったんだよね」
(有吉)
「いい人だったんだけど、むっちゃくちゃ怖かったね」
(森脇)
ベンツと別れ、その足で事務所に行くも、この日は日曜日でお休み。
仕方なくマクドナルドをテイクアウトして、九龍公園の小さな塀に囲まれた場所に戻って2連泊。
3日目、4月15日、
「もう今度は来んよ」
塀と地面にいいながら出発。
入境事務局にいって必要事項を書き込んで、ビザを申請した。
すると女性スタッフは
『発行できるのは18日になります』
といった。
発行は3日後、費用は2人合わせて1650香港ドル(2万1500円)だった。
「サンキュー」
といって事務所を出た2人は、九龍公園に戻り、塀と地面に
「はい、ただいま」
といって3連泊。
4日目、4月16日は、九龍公園で1日中、海を眺めて、4連泊。
5日目、4月17日、九龍公園で1日中、ボーッと過ごした後、5連泊。
九龍公園は、繁華街の中にありながら15haという広大な面積を持ち、朝は太極拳や剣舞・中国将棋を楽しむ人々の姿がみられ、噴水や中華庭園、野鳥園、展望台などもあり、夏にはプールも楽しむことができるというゴージャスな公園だが、寝泊まりしている2人にとっては、あまり快適ではなかった。
「体がかゆくて仕方ない。
体もくさい。
服もくさい」
(有吉)
6日目、4月18日、ようやくピザが発行される日になり、九龍公園、そして塀と地面とおさらば。
事務所に着くと
『This is Chinese Visa』
と女性スタッフから説明を受け、ビザが貼られたパスポートを受け取った。
4日ぶりのヒッチハイクは
「To CHINA」
と書いた紙を掲げ、1時間後に中国の親せきの家に行くという車をGETし、2度目の国境を目指した。
同行スタッフは中国出入国管理事務所に入る前に猿岩石の意思を確認した。
『これ、越えたら引き返せないぞ』
「はい!」
『ここでやめるっていえばやめていいよ』
「いえ、やります」
2人は、今度はビザを持って事務所に入ると30分ほどで審査完了した。
国境から20㎞北の深センの親せきを訪ねるという車のヒッチハイクに成功し、いよいよ2ヵ国目、中国へ突入。
「サンキュー」
深セン駅の前で降ろしてもらった2人は、すでに夕方が近く、
「どうしよう、マジで」
(有吉)
「今日、一晩こして、とりあえず明日、深センから離れよう」
(森脇)
そのまま駅前で野宿の準備をしていると中国人が集まってきて話しかけられた。
「わかんない」
といっていると
『日本人?』
と日本語で話しかけられた。
「日本人です」
『こんなところいたら危ないですよ』
「危ないですか、ここ?」
「僕ら、ここで野宿しようと思ってるんですけど」
『えっ?
絶対に危ないッスよ』
猿岩石があまりお金が使えないというと、その日本人の男性は一緒に安いホテルを探してくれ、フロントと交渉し、1泊1人60元(720円)に値切ってくれた。
しかし通された部屋はなんと10人くらいの相部屋だった。