猿岩石 決して白い雲のように生きていなかった有吉弘行 &フラッとついていった森脇和成

猿岩石 決して白い雲のように生きていなかった有吉弘行 &フラッとついていった森脇和成

広島で生まれた有吉弘行は、高校卒業直前にテレビの規格に応募し、オール巨人の弟子になった。数ヵ月間、数々の失敗を繰り返した上、兄弟子を殴って謹慎処分に。処分中、無断で広島に帰り、同級生の森脇和成を誘って上京し、太田プロ入り。あるときはヒマラマ山脈を登り、あるときはガンジス川を渡り、あるときはゴビ砂漠を超える旅に出るのであった。


まだ弟子としておしぼりを渡していた堀之内も驚いて腰が抜けそうになった。
「あれから巨人師匠は僕の前では有吉の名前は口にしなくなりましたね。
僕のことが気の毒に思ったのかもしれません」
結局、堀之内は、4年間、弟子修業した後、ほんの少しだけ漫才師として活動した後、
「有吉の売れっ子ぶりに精神が持たない」
と廃業。
現在は滋賀県内の整体院「AQUAグループ」の社長をしていて
「滋賀県一の整体院にすることが当面の目標」
というが、テレビで有吉が高級腕時計を買っているのをみると、負けじとすぐに100万円の腕時計を購入。
今でも意識せずにはいられない。
「みんなにアホかっていわれましたけど、有吉だって他人からみたらバカみたいなことにこだわってきたから今があるはずなんですよ。
だから、いつか、僕も・・・
(殴られて)以降、まったく連絡は取っていませんが、今の有吉をみてると人って成長するんやなと思う。
ホンマ、スゴい奴やと」

有吉は
「巨人師匠の弟子につかせてもらって良かった」
というが
「6ヵ月のヒッチハイクと巨人のもとでの8ヵ月の弟子生活、もう1度どちらかをやれといわれたらヒッチハイクの方を選ぶ」
ともいい、「ダウンタウンDX」で共演したとき、オール巨人に
「楽屋の厄介者」
というあだ名をつけた。

1994年1月、
広島に帰った有吉は、高校を中退して圧接工(鉄筋工事で組み立てた鉄筋を接合する仕事)をしていた森脇和成と再会。
6月3日、
小学校からの夢、「お笑い」があきらめられない有吉は、
「芸能人にならない?」
と森脇を誘った。
そのときの森脇の心境は
「なんか「芸能人にならないか」とかいわれて 舞い上がっちゃいまして。
フラッとついていったら・・・」
3日後の6月6日、
2人で熊野町からバスで上京。
不動産屋に行くも軽くあしらわれてしまい、ホテル泊まるとお金が減ってしまうので文京区後楽園の東京ドームの屋根の下で野宿。
それは2週間ほど続いたが、その間にそのへんにいた犬がすり寄ってきたので、寂しかった2人は
「シロ」
と名づけて飼った。

10月、新宿区四谷の太田プロダクションに履歴書を送った。
太田プロは、関東では老舗のお笑いタレント事務所。
先輩に、ツービート(ビートたけし・ビートきよし)、たけし軍団、片岡鶴太郎、山田邦子、ダチョウ倶楽部、松村邦洋、笑福亭笑瓶、爆笑問題らがおり、
「泣く子も黙る太田プロ」
と呼ばれる大手。
そんな事務所の中で有吉は、

太田プロイケメン芸人ランキング第1位 寺門ジモン
太田プロブサイク芸人ランキング第1位 笑福亭笑瓶
太田プロボクシング実績ランキング第1位 具志堅用高
太田プロヨガ人間ランキング第1位 片岡鶴太郎
太田プロ元アイドルランキング第1位 彦摩呂、指原莉乃
太田プロ元プロレスラー現ラーメン屋店主ランキング第1位 川田利明
太田プロベストスタイルランキング 片岡鶴太郎

とランキングを制定している。

「猿岩石」というコンビ名は

・猿に似た男の子とつきあっていた「猿女房」
・岩石みたいなほくろが顔にあった「ほくろ岩石」

という中学校の女子の同級生2人のあだ名をくっつけてできた。
有吉は、猿女房が、森脇は、ホクロ岩石が好きだった。
ちなみに猿女房は
「松坂慶子」
(有吉)
「ん~、をちょっと崩した感じかな」
(森脇)
ホクロ岩石は、
「鼻の横のところにおっきなホクロがあったと。
それが岩石のようにみえたと」
(森脇)
「でも顔自体は全然整ってて、ホクロがついてるだけで」
(有吉)
「それに何よりほら、性格じゃないですか。
それで好きになっちゃったんですよね」
(森脇)
というが、2人とも告白はできなかった。
お笑いコンビとしては、有吉がボケ、森脇がツッコミ。
ネタづくりは主に有吉が担当した。

1995年2月、事務所に入って4ヵ月後、猿岩石は太田プロのライブ「噂のSHOWTIME」で初舞台を踏み、同月、TBS「TICOS」でテレビ初出演。
10月、フジテレビの若手ネタみせ番組「新品部隊」でレギュラー獲得。
関東では同期にアンタッチャブル、ふかわりょう、劇団ひとり、オアシズ、アンジャッシュ、ハリウッドザコシショウなどがいたが
「コントでは自分たちが1番」
と思っていた。
(関西ではココリコ、中川家、ケンドーコバヤシ、藤井隆、陣内智則などが同期)
日々、仕事で忙しかったが、ほとんどがアルバイトで芸人の仕事は月1回くらい。
この頃は下北沢のステーキ店「カウボーイ」でアルバイトをしていた。
芸人の仕事は数が少なく、ましてやTV関係の仕事となると大事なチャンスだったが、日本テレビ「TVおじゃマンモス」の前説は1回で降ろされた。
「全く盛り上がらなくて、もうシーンとしてました」
(森脇)
「『拍手ーっ!』っていうのも恥ずかしくてできなくて・・」
(有吉)

1996年1月、日本テレビ「しんバラ THE NEXT GENERATION」に出演。
3月、
「半年間スケジュールが白紙であること」
という募集条件で内容は明かされないまま、番組オーディションを受け、バナナマン、劇団ひとり、TIMらに競り勝って合格した。
その番組は
「みたいものをみる。
したいことをする。
会いたい人に会う」
という3つのコンセプトのもと、さまざまな無茶に挑戦するバラエティ番組「進め!電波少年」だった。
番組のメインMCは、松本明子と松村邦洋。
松本明子が「進め!電波少年」で最初に行った企画は、
「1000万円を体に巻きつけて、原宿駅から竹下通りを通って、表参道の交差点の富士銀行まで歩いて行く」
というもので、指令を受け、途中、ファストフード店でジュースを買うときは100万円の束から支払った。

松村邦洋の最初の企画は、エイズが社会問題になっていたので芸能人にエイズ健診を受けてもらうというもの。
健診の結果を紅と白の旗を持った先生が、アウトだったら紅、セーフだったら白を上げて告知したがお蔵入り。
(数年後、未公開映像として陽の目をみた)
次にやったのは、「チーマーを更生させる」という企画だった。
その後も体を張る企画が続き、アラブの砂漠で遭難したこともあった。
アラスカでスノーモービルに連結したソリに乗って2,000m級の山の森に入ったとき、天候が悪化。
危険を感じたスノーモービルの運転手は
『後で助けに来る』
といってソリを切り離した。
英語がわかんない松村は、
「置いていかれた」
と思い、自分で歩き出した。
吹雪の中、番組のスタッフがスノーモービルに乗って松村を探していると、ホワイトアウト状態の中から松村がライトでボーッと照らし出された。
「松ちゃん! 松ちゃん!」
と叫んでもまだボーッとしてるので、
「ちゃんとしろよ!」
と本気でひっぱたいた。

土屋敏男エグゼクティブディレクターは、まだTVに2回しか出ていない若手、猿岩石に決めた理由を
「東京ドームで野宿をした経験があったから」
としている。
4月13日、2人はアイマスクと大音量のヘッドホンをつけられ
「だまされて」
香港島に連れていかれた。
これが初めての外国だったが、ショッピングモール、タイムズスクエア内の特設スタジオに放り込まれ、そのまんま東に
「なんや、君たち」
とフラれ、
「猿岩石ぃー、ウォー」
と新人芸人らしく気合の入った声でガッツポーズ。
ちなみにで有吉は金髪、森脇は黒髪、ヘアスタイルは2人共、マッシュボブだった。

香港と松本明子らがいる東京のスタジオが中継でつながった状態で番組は進行。
香港のスタジオで
「ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」
という企画名が発表された。
そして
「これから香港からロンドンまでヒッチハイクで行ってもらいます」
「現在いる場所から西へ西へと直線距離にして、だいたい 2、3万km(実際は3万5000km)」
「期限は無期限なんですが、3ヵ月くらいかなぁということで・・(実際は6ヵ月かかった)」
と超アバウトな説明。
ルールは

・旅のご予算は、10万円(番組から支給、それ以外のお金は持っていけない)
・移動は徒歩かヒッチハイクのみ(お金を払って乗り物を利用するのは禁止)
・旅の道中、猿岩石の2人に1人のスタッフが同行し撮影するので3名で移動するが、スタッフは一切、手助けはしない。

またルールではないが、(おそらく仕事として)2人は旅の間、「酔っぱらったとき以外は」毎日日記をつけた。
これが番組で放送されるとき、様々な場面でナレーションと共に引用された。
帰国後は『猿岩石日記』と書籍化し、それはシリーズとなって累計250万部のベストセラーとなる。

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